クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

†Protognathinus spielbergi Chalumeau et Brochier,2001についての検証

Protognathinus spielbergi Chalumeau et Brochier,2001

Type data: Eocene, Grube Messel, Germany.

http://www.fossilworks.org/cgi-bin/bridge.pl?a=taxonInfo&taxon_no=280682

http://www.bio-nica.info/biblioteca/Chalumeau2991ProtognathinusSpielbergi.pdf

 産地はドイツのメッセル採掘場。約4900万年〜4000万年前の新生代第三紀始新世の地層から出土した甲虫化石を基に記載された。

 検証説明のため画像を引用する。

f:id:iVene:20210929224034j:image

(「F. Chalumeau and B. Brochier. 2001. Une forme fossile nouvelle de Chiasognathinae: Protognathinus spielbergi (Coleoptera, Lucanidae). Lambillionea 101:593-595」より引用したタイプ標本図)

 タイプ標本は55mmの大型甲虫の岩石化石。原記載ではチリクワガタと比較されるが、化石では触覚は鮮明とは言いづらいのでProtognathinus spielbergiがクワガタではない可能性が浮上する。

 この産地からは複数のクワガタと同定されている化石が見られる。しかし、いずれも同定に必要な触覚が不鮮明。というかラメラが球状棍棒形態。それと何れの標本も腹節板が何枚なのか見えにくい。

 Krell, 2006によればメッセルでは500個以上のコガネムシ上科(Scarabaeoidea)の化石が発見されていて、見つかったものの中では大半がコガネムシ科でクワガタムシ科やセンチコガネ科はかなり少ない。合計すると少なくとも20種が区別できるとの事。しかしクワガタムシ科とされている画像を見ても納得いかない点がいくつも見られる。

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(「Gert Tröster (1992): Fossile Insekten aus den mitteleozänen Tonsteinen der Grube Messel bei Darmstadt – Mitteilungen des Internationalen Entomologischen Vereins. 191 - 208.」より引用した図)

 この標本の腹節板は6枚で構成されているように見える。後脚腿節と密着する腹節板はくいこんだ形態で見えにくいが、なんとか見える。それ以外が不鮮明で判然としない。もし6枚構成ならセンチコガネ科の可能性が高まる(見かけ上5枚でもありうるが)。ちなみにクワガタとして紹介されていた。しかし触角形態はクワガタらしからぬ。だが、Protognathinus spielbergiのものに近しい形態をしている。

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(「TARONI, G. 1998. Il Cervo Volante (Coleoptera Lucanidae): natura, moto, collezionismo.
Milano: Electa.」より引用した図)

 この標本もクワガタとして紹介されていた。しかし触角形態はクワガタらしからぬ。だが、Protognathinus spielbergiの触角に近しい形態をしている。

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(「Stephan F. K. Schaal, Krister T. Smith, MESSEL – Ein fossiles Tropenökosystem Pressemitteilung und Bildmaterial. 2018, XV, 355 Seiten, 393.」より引用した図。サイズは30mmとの事。

 この標本もクワガタとして紹介されていた。しかしコレも触角形態がクワガタらしくない。Protognathinus spielbergiの触角に近しい形態はしている。

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(「https://www.dmns.org/science/zoology/projects/fossil-scarabaeoids/」より引用した図)

 標本は特に同定表示が無いが、他の標本画像との比較研究のため引用した。触角は破損が多いが、Protognathinus spielbergiの触角基部に近しい形態をしている。

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(「Frank-Thorsten Krell. 2019. HIGH QUALITY INSECT PRESERVATION - FOSSILS IN AMBER (BALTIC, LEBANON, MYANMAR) AND FROM THE MESSEL FORMATION (EOCENE, GERMANY), WITH EMPHASIS ON SCARAB BEETLES. SUNDAY SPEAKERS.」 より引用した図)

 この標本もクワガタとして紹介されていた(前述引用の2018年の文献で紹介されていた40mmの「コガネムシ上科甲虫化石」にソックリ)。しかしコレも触角形態がクワガタらしくない。とはいえProtognathinus spielbergiの触角に近しい形態をしている。

 クワガタに分類される事への違和感は、どの化石も大型種でありながらクワガタらしい触角に見えづらい点が挙げられる。大型のクワガタにしては触角の第一節が短か過ぎる(キンイロクワガタにも短い種はいるが其れよりも度を越して短い)。そして触角節数が見づらい事(11節ならクワガタムシ科では無い)。また今回参考に見得る限り、複数の全ての化石でラメラが球状棍棒形態的すぎる上、ラメラ各節の分離状況が分からない程に各節が密着している形態は、これらがクワガタムシ科では無い事を示唆している。複眼の付き方がクワガタの現生種では見られないような不思議な配置である疑問点もある。それとクワガタにしては上翅の長さが体格に比べて短小すぎる傾向も違和感が大きい(どの標本も後翅を閉じていない事も気になる)。

 一見すれば確かにクワガタと言いたくなるが、細かい特徴を見ていくと疑問点がワラワラ出てくる。悩み考え、キバの長いセンチコガネ科(Geotrupidae)が居る事を思い出した。オオキバセンチコガネ(Genus Lethrus)である。調べてみると触角が第一節からラメラ先端までソックリだった。体格について確かにクワガタらしい雰囲気が強いが、センチコガネ科らしさも垣間見える。この状態の化石で絶滅種であるため詳しくは分からないが、オオキバセンチコガネ等のやや特殊な形態のセンチコガネ科に近い雰囲気がある。始新世のこの頃はクジラの祖先が犬のように四足歩行で陸上を歩いていた時代であり、クワガタそっくりなセンチコガネの1系統群が居ても特に驚きは無い。

 以上の事から現行分類のクワガタムシ科であるとは認めづらく、センチコガネ科だと考えられるが如何か(巨大なエンマムシ等だった可能性もある)。

 あとメッセルの昆虫化石は何故か多彩な色が付く個体が多い。文献の一つでは構造色が関わるとの事だったが、外骨格の変質で変化してはいないんだろうか。

 また、綴り違いのProtognathusの属名が使われる事があるが理由がよく分からない。1950年にBasilewskyがProtognathus属を設立したとあるけど、どうもゴミムシ科(Carabidae)Anisodactylus zabroides Alluaud, 1917の属分類新編成時に設立された属名らしい。クワガタやセンチコガネの類はゴミムシとは結構遠縁。

 以下のURLだと石炭紀の情報が付随する。なかなかに混乱気味という印象。石炭紀は甲虫の記録は無くクワガタやセンチコガネの類は無縁。

http://www.fossilworks.org/cgi-bin/bridge.pl?a=taxonInfo&taxon_no=%2066359

 何かのシノニム(異音同義語)的扱いをしているとも思えない。Wikipediaの一部ページでは恰もシノニム扱いだが属名の音が一部重なるというだけでホモニム(同音異義語)かのようにしているように表現されている。

https://yamm.finance/wiki/Protognathus.html

 ホモニムについては、国際動物命名記載第四版の条53にて定められている条文により制限される。科階級群、属階級群、種階級群で、それぞれ異なる。

53.2. 属階級群における同名. 属階級群においては, 複数の適格名であって同一の綴りで設立されたものは、同名である.

例. 属名 Noctua Linnaeus, 1758 (鱗翅類) Noctua Gmelin, 1771 (鳥類) は同名である.

56.2.1文字違い. 属階級群名2つの間の違いがたった1文字であっても, それらは同名ではない.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 つまり、属名は別々に設立された全く同じ綴りがホモニムとされる。ProtognathinusProtognathusの綴りは-inの有無の差異があり発音も全く異なるため、条53にて同名と見なす差異には当てはまらない。

 ちなみに以下は種階級群のホモニムについて。示されているように幅がある。生物種分類学命名法の黎明期では、同種生物を示しているつもりで微妙な誤記載が絶えなかった為に設けられた幅と考えられる。ちなみにホモニムなのでシノニムリストに入る。

条58. 同じ綴りだと見なす種階級群名の変体綴り. 別々の名義タクソンに対して設立された種階級群名であって, 次の各号の点でしか綴りが違っておらず, しかも, 同一の由来と意味であるものは, それらが示す名義タクソンが同一の属もしくは同一の寄集群に含められたときは, 同名だと見なす.

58.1. aeoeeかの使用 (caeruleus, coeruleus, ceruleusなど).

58.2. eiiyかの使用 (cheiropus, chiropus, chyropusなど).

58.3. 同一ラテン文字に対するijかの使用 (iavanus, javanus; maior, majorなど).

58.4. 同一ラテン文字に対するuvかの使用 (neura, nevra; miluina, milvinaなど).

58.5. 同一の文字に対するckかの使用 (microdon, mikrodonなど) .

58.6. 子音の気息音か無気息音か (oxyrhynchus, oxyryncus など).

58.7. 単子音か二重子音かの使用 (litoralis, littoralisなど) .

58.8. tの直前にcがあるかないか (auctumnalis, autumnalisなど).

58.9. fphかの使用 (sulfureus, sulphureusなど).

58.10. chcかの使用 (chloropterus, cloropterus など) .

58.11. thtの使用 (thiara, tiara; clathratus, clatratus など) .

58.12. 複合語中での異なる結合母音の使用 (nigricinctus, nigrocinctus など).

58.13. 半母音iyeiejijかとしての転写 (guianensis, guyanensisなど).

58.14. 人名, 地名, またはそのタクソンの宿主その他の共生体の名前に基づいた属格語尾としての, あるいは複合語である種階級群名の要素間の,-i か-iiか, -aeか-iaeか, -orumか -iorumか, -arumか -iarumかの使用(smithi, smithii; patchae, patchiae; fasciventris, fasciiventrisなど) .

58.15. 接尾辞や語尾の直前に-iがあるかないか (timorensis, timoriensis; comstockanacomstockiana など) .

例. Chrysops calidusChrysops callidusの種小名 (それぞれ, “暖かい” と “賢い” の意味)は, 別々の起源と意味をもった単語に由来するため, 本条に列挙した号のひとつ (条 58.7を見よ) の点でしか違ってはいないが, 同名ではない.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 念のため英語版・仏語版にも目を通し、論理的な齟齬は無いと確認済。

【References】

F. Chalumeau and B. Brochier. 2001. Une forme fossile nouvelle de Chiasognathinae: Protognathinus spielbergi (Coleoptera, Lucanidae). Lambillionea 101:593-595

Gert Tröster (1992): Fossile Insekten aus den mitteleozänen Tonsteinen der Grube Messel bei Darmstadt – Mitteilungen des Internationalen Entomologischen Vereins. 191 - 208.

Stephan F. K. Schaal, Krister T. Smith, MESSEL – Ein fossiles Tropenökosystem Pressemitteilung und Bildmaterial. 2018, XV, 355 Seiten, 393.

TARONI, G. 1998. Il Cervo Volante (Coleoptera Lucanidae): natura, moto, collezionismo.
Milano: Electa.

Frank-Thorsten Krell, 2006. Fossil Record and Evolution of Scarabaeoidea (Coleoptera: Polyphaga).

Frank-Thorsten Krell. 2019. HIGH QUALITY INSECT PRESERVATION - FOSSILS IN AMBER (BALTIC, LEBANON, MYANMAR) AND FROM THE MESSEL FORMATION (EOCENE, GERMANY), WITH EMPHASIS ON SCARAB BEETLES. SUNDAY SPEAKERS.

 【追記】

 生物種学名について、動物に関しては非常に多様な誤解がなされている。

 一つはタイプ標本が無くても絵だけで良いという認識。標本が無いならどうやって空想動物では無いと解るというのか。

 また条文同士に矛盾があるという認識。よく読めば矛盾ではなく、条文同士が互いに補い合っている事が分かる。

 それから出版による適格性や先取権、原記載論文と其れ以外の論文の違い、あるいは現生種における亜種以下の変異名の扱い、雑種の扱い、規約により制限される事項は条文中で明言されている事のみと言う事。

 ごく稀に、一般使用の種学名に変異とおぼしき分類群を入れ込み「広義」的な種学名として文章に記述する人がいるが、其れは間違いである。生物種学名に広義も狭義も無い。「変異」は現在の知見では「表現型」の概念であり、メンデル遺伝学やモーガン遺伝学、また其の他の変異概念を考慮されたものでなくてはならない。遺伝的形態が分離出来るならば、それは遺伝型名としての記載に委ねられ、規約上では種学名からは除外される。

 亜種階級については、ある既知種との生物的な隔離は無い事に加え、地理的隔離による半永久的不可逆的な形態を獲得している集団を分類するものである。地域変異の場合はフェノコピーの可能性など遺伝子的機能性を考えれば可逆性があるので亜種以下の変異に区分され学名としては適格性が無い(ある条件以外では除外される)。ちなみに此の時点で、既知種のタイプ標本を含めた精度の高いデータ標本を複数と、新たに観測された生物集団の複数の標本との比較考察が必須になる。また生物学的にはネオタイプ設立時にパラタイプが無い場合は、パラタイプに代わるタイプシリーズが必要不可欠になり(形態の再現性保証、タイプシリーズでは無い標本とのコンタミネーション対策、ネオタイプ逸失の際の対策の為)、多くの場合は、ネオパラタイプやパラネオタイプとして論文に定義される(規約に定義されていないから使用すべきで無いと曲解している人もいるが、規約にそのような制限は無い)。

 国際動物命名規約の目的について、以下URLで平易に解説されている。

https://repun-app.fish.hokudai.ac.jp/course/view.php?id=419

 交通ルールに喩えられている説明は、私も考えた事があったので分かりやすい。しかし現実には其の交通ルールすら守らない人が多数派なのだが。。そういえば私が通った自動車学校は、金はいっぱしに取るくせに毎日教官が遣う言葉の意味が変わるので大変だった。怨みが強すぎて末代まで祟ってしまいそうだ(成仏出来ない)。

国際動物命名規約

前文

 国際動物命名規約は、 当初は国際動物学会議によって, 1973年以降は国際生物科学連合(IUBS) によって採択された,条項と勧告の体系である.

 本規約の目的は, 動物の学名における安定性と普遍性を推進することと, 各タクソンの学名が唯一かつ独自であることを保証することである. 条項と勧告のすべては, それら最終目的を遂げるためのものであって, 分類学上の思考や行為の自由を束縛するものではない.

 公表の先取権は, 動物命名法の基本原理である. しかしながら, 長年受け入れ れてきた学名をその慣れ親しんできた意味のまま保全するために, 本規約が定める条件下で先取権の適用を緩和することがある. 個別の案件で命名法の安定性が脅かされているとき,本規約の厳密な適用は、定められた諸条件下で, 動物命名法国際審議会によって留保されることがある.

 用語を使用するにあたっての厳密性と一貫性は, 命名規約にとって必須である. 本規約中で使用される用語の語義は, 用語集に示されている. この前文と用語集はともに, 本規約の条項と不可分である.

 本規約の著者は, 動物命名法国際審議会である.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 前文で既に二重三重の解釈をされないよう釘を刺されている。学名には、分類学上の思考や行為の自由を束縛しない学名の普遍性・安定性の推進、また各分類群の学名での唯一性・独自性の保証を最終目的として遂げる事が規約によって求められている。この理念が大前提の規約条項・勧告なのである。つまり特定の生物集団が新種生物として分類可能と気づいた原著者が、記載する場合は、その1新種生物の概念定義に対して、唯一独自安定普遍な学名を決定されたいという事なのである。

 稀に噂話を根拠にシノニム関係の2学名の出版日が逆転するから有効名を変えるなんていう記載があるが、それは原記載者らが後から全員同意しても出版物に日付が掲載されているなどの物的証拠がなければ認められない。事実確認を怠って記載をしてはならない。

21.3. 不完全に特定される日付. 公表の日が著作物のなかで特定されない場合, その著作物が公表された著作物として存在していることを示すもっとも早い日を公表の日付として採用するものとする. しかし, そのような証拠がないときには, 採用するべき日付は,

21.3.1. 日ではなく月と年が特定されたり示されたりする場合は,その月の末日. もしくは,

21.3.2. 年だけが特定されたり示されたりする場合は,その年の末日 .

21.4. 不正な日付. 著作物のなかで特定されている公表の日付が不正であることがわかった場合, その著作物が公表された著作物として存在していることを示すもっとも早い日を採用するものとする. 日についての証拠がないときは,条21.3の条項を準用する.

21.5. 分割発行された著作物の日付. 1つの著作物の各分冊が別々の日に公表された場合,各々の分冊の公表の日付は個別に決定するものとする.

21.6. 幅をもった日付. 著作物のなかで特定される公表の日付が幅をもった日 付である場合, その著作物は、その幅の最後の日に公表されたものとす る.ただし, そのようにして決定された日付が不正であることを示す証拠 があったり、その著作物が分割して発行された証拠があったりする場合, 公表の日付は, 条21.3~21.5の該当する条項を準用して決定するものとす る.

21.7. 特定されない日付.公表の日付が著作物のなかで特定されない場合, そ の著作物もしくはその分冊が公表された著作物として存在していることを 示すもっとも早い日をその著作物やその分冊の公表の日付として採用する ものとする. 日についての証拠がないときは,条21.3の条項を準用する.

21.8. 別刷りと前刷りの先行配布. 2000年よりも前に, ある記事を公表するべ き著作物の特定された公表日付に先立って別刷りを配布した著者は, それ によってその著作物の公表の日付を早めたことになる. 1999年よりも後に 行った別刷りの先行発行は,そうではない.ただし, 前刷りは,固有の公 表の日付がはっきりと銘記されているため,それらの発行日から公表され た著作物であり得る (用語集:“別刷り”,“前刷り”を見よ).

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 中には先取権を勘違いしている人もいるが、出版、規約に従って綴られた種名、タイプ標本指定、また記載種の形態的特徴記載が揃えば、十分適格な種学名となる。ホモニムではないシノニムなどになるか否か等は生物学的問題で、命名規約とは別問題でありうる。命名規約は生物学的問題より現実的では無いため、規約条文を利用して生物学の定説を覆す論理は空想以外に無い。例えばスケールバーが無い記載論文が通るのも規約に書かれていないからで、実際には図示にスケールを付記しない図は正しい表記では無いとされる。現生種のホロタイプ等担名タイプ標本のみの記載でパラタイプ等のタイプシリーズ以外の標本との区分を設けられていない論文に至っては、自然現象なら大前提となる「変異幅」や「新種ではない既知種の稀型かもしれない可能性」に関する論理を無視し「将来的に被参照資料として特別な信頼性を付与された副模式標本資料の観察を怠る事を推奨」してすらいる。また複数個体で記載されていた方が、変異が被りシノニムになるのか、有効な種なのか判定しやすい。はっきり言って担名タイプ標本一個体の指定で記載される論文は第三者からの生物学的な批判を避けようとしているとしか思えない(ここで複数頭での記載だと誤同定の懸念がある等と言ってくる人がいるが、観察者側の目や思考または思想など別問題であり、変異とそうでない特徴の違いを概念として持っていなければならない)。だが此処で科学的根拠としての問題点を批判する訳だが。

3. 1999年よりも後に提唱されたある種階級群タクソンの担名タイプが単数ないし複数の保存標本で構成される場合、提唱者は, その担名タイプがすでに収蔵されているか将来収蔵されるコレクションの名称を表明しておくことが要求される.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 またホロタイプの売却、論文に記載されない「定義外タイプ標本の増産」などは、生物種について研究者間での物議を醸し出すような分類群であった場合、科学的参照資料と別データ標本(偽データや、パラタイプが偽データの場合を考慮せねばならない)コンタミネーション蔓延が懸念され、規約内での問題では無いが、実験科学的には再現性の著しい損失になるため大問題と考えられる。実際に古い記載種であるとパラタイプの掲載が全く無い論文が多く、「タイプ標本」というラベルが付いていてもデータラベルからの追跡・ラベルが贋作でないかという検証が困難な標本の場合はパラタイプ逸失という可能性すら出てしまう。

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 そして極めて深刻且つ広く感染している誤解は、種小名の修正方法の条文と考える。ここについては非常に沢山の条文で「原綴りを変えてはならない、維持せよ」というニュアンスの記載が倩とあるのだが、部分的且つ恣意的に種小名の性語尾を変更させる条文のみしか読まない人が多く(チェリーピッキング行為)、性語尾を変更させる場合についての条文を誤解している。命名規約の序文では属名と種小名との間の性の一致を放棄しようとしたが合意が得られなかったため廃止された旨が掲載されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0

 実は私も命名規約を熟読するより前は、巷の誤った憶測を信じていた。だが、しっかり読んで見れば、正反対の解釈の方が正解に近いという事が分かった。

寄せられたすべての文書は, 1996年6月にヴィチェンツァ (イタリア)で開催された編集委員会の1 週間におよぶ会議に向けて, 分類され注釈が施された. 編集委員会は, この非常に広範な文書群を注意 深く吟味した結果、多くの条項を書き直すことにした; 討議用草案の提案の一部 (たとえば, 新学名すべての強制的“登録” や、属名と種小名との間の性の一致の放棄) が廃止されたのは, 実践上の困難という理由と動物学者の間の十分に広般な合意が得られないという理由との両方あるいは一方による.(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 これは真面目に原記載論文で種小名の語源を詳細に説明記載している人の意思を汲む場合のみに適応する理念の条文になっている事を示しているのだが、それに気付いている人は居るのだろうか。また、命名規約で採用される「慣用」の概念が具体的に規約内で記載がある事を気づいている人はいるのだろうか。

 学名が決められる迄についての規約条文を引用して解釈を模索すると以下のように一本に纏まった道筋を説明出来る。簡単な話では無いが、国際動物命名規約第四版は全文を読み、また別途関連する法律や科学的知見からの総合判断をしなければ一つの解釈にならない設計になっている。

 先ず種小名とは何か。

種階級群名.species-group -(←以下"name"が省略されている); 種小名または亜種小名.

種小名.英 specific-,仏épithète spécifique;二語名および三語名における第2番目の学名 [条5].

種名.species-, -of a species;種の階級にあるタクソンの学名. 属名と種小名の結合による二語名 (亜属名や挿入された種階級群名といった挿入名 [条6]が使用された場合でも,それを二語名の構成要素として数えない).

種よりも低位の学名. infraspecific-;種という階級よりも低位にあるすべての学名に対する一般的な用語. この語は, 亜種小名と, 亜種よりも低位の学名とを含む.

(国際動物命名規約第四版より抜粋※青文字は原文に当記事で付記しているもの)

 という事らしい。※なお、このブログ記事では「種階級群名」が受ける扱いについて「種小名または亜種小名の意」であるところを「種小名」で代用して喩える(種階級群名として受ける処理は、種小名と亜種小名で変わらず、種小名が先に処理を受ける為)。亜種小名と種小名で昇格や降格があっても特には問題な話は無い。ちなみに「種よりも低位の学名」は、種小名・亜種小名以外は適格性が無い(「変異」などの型名は別扱いになる)。

11.9. 種階級群名.

11.9.1. 種階級群名は, 複数文字からなる1語あるいは複合語(条11.9.5 を見よ)でなければならず, かつ, ラテン語もしくはラテン語化された単語であれば, 次のいずれかであるかまたはいずれかとして扱わなければならない. すなわち,

11.9.1.1. 主格単数形の形容詞または分詞(Echinusesculentus, Felis marmorata, Seioptera vibrans 中の種階級群名の如く), または,

11.9.1.2. 属名と同格の主格単数形の名詞 (Struthio camelus, Cercop ithecus diana 中の種階級群名の如く), または,

11.9.1.3. 属格の名詞(例えば, rosae, sturionis, thermopylarum, galliae, sanctipauli, sanctachelenae, cuvieri, merianae, smithorum), または,

11.9.1.4. 属格の実名詞として使用される形容詞であって,問題の動物が共生する生物の種小名に由来するもの (Trisopterus luscus に寄生する橈脚類 Lernaeocera lusci中の種階級群名の如く).

11.9.2. ラテン語文のなかで提唱された形容詞の種階級群名であって, ラテン語文法の求めるところにより主格単数形ではない形で書かれたものは、適格性の他の要求を満たしていることを条件に, 適格である. しかし,必要に応じて,主格単数形に訂正しなければならない.

例. Illiger(1807) は, ハエ類の新種Musca pavidaを "... species occurrit, Grossae et Tremulae intermedia ... quam Pavidam nuncupamus" [M. grossaM. tremulaとの中間的な種がいる. それをここでpavida と呼ぶ] と書いて記載した対格であるpavidamという形で公表されたこの種小名は, 主格であるpavida さに訂正する.

11.9.3. 種階級群名は, (明示的に, または文脈から暗示的に) 属名とあいまいさなく結合して公表されなければならない.

例.上記,条11.9.2の例中で, 結合は, 並置や言語 (すなわち, 本文の他の部分から明瞭に異なるラテン語名の使用) などによって明示されてはいないが,文脈から明白である. 種小名 pavidaは、Musca と結合して公表されたとされる .

11.9.3.1. その属名は有効である必要もないし、 適格である必要すらない。

11.9.3.2. 種階級群名は, 実際には属名の修正名や不正な綴りに結合して公表されたとしても、属名の正しい原綴りに結合して公表されたものと見なす [条33].

11.9.3.3. 新しい種階級群名を公表する文脈中においてあいまいでないことを条件に, 属名は, 略記で引用してもよい.

11.9.3.4. 属との結合は、あいまいであってはならないが, 暫定的なものであってもよい.

例.二語名 Dysidea? papillosa Johnston, 1842において, 属との暫定的な結合は,当該種階級群名の適格性に影響しない.

11.9.3.5. 種階級群名であって, 最初から挿入名 [条 6.2] として公表されたものは, その行為によっては適格になり得ない.

11.9.3.6. 種階級群名であって, 以前から適格だった属名と結合して1961年よりも前に公表されたが同じ著作物中でその新種あるいは 新亜種を含む条件つきで提唱された [条15] 新しい名義属を伴 なったものは, 以前から適格だったその属名との結合で適格にされたものと見なす (条 15.1 および条 51.3.3 を見よ).

例. Lowe (1843) は, 魚類の新種Seriola gracilis を設立し、同時にその名義種を含む新属 Cubiceps を条件つきで提唱した. その行為によって彼は, まず最初に名義種 Seriola gracilis Lowe, 1843 を設立し, その後, 条件つきで提唱した属 Cubiceps にそれを移したと見なされる.後者の属のなかに  あっては,この学名は, Cubiceps gracilis (Lowe, 1843) と引用される.

11.9.4. 種階級群名は、接続詞でつながれた複数の語であってはならないし, ラテン語アルファベットで綴れない記号を含んでもならない (条 11.2 を見よ. ハイフンの使用については,条32.5.2.4.3 を見よ).

例.“rudis planusque" ("-que" が接続詞) のような表現や "?-album" は, 種階級群名として許されない.

11.9.5. 著者が一貫して二語名法の原理 [条5.1] を採用している著作物のなかで, 種階級群名が、合わせてひとつの実体 (例: 宿主種,地理的区域)を示す分離した複数の語として公表された場合, それら構成要素語は, 合わせてひとつの単語を形成していると見なし, それらをハイフンなしで結合する [条32.5.2.2] .

例.Colubernovaehispaniae, Calliphoraterraenovae, Cynips quercusphellos (最後の語は宿主植 物の二語名に基づいている)などのなかの種小名は、設立時には2個の単語として公表されたが, 許容される. なぜなら, それらが合わせて単一の実体を示しているからである. ただし, Aphisaquilegiae flava ("Aquilegia の黄色い aphis")のなかの語 "aquilegiae flava" は,許容可能な 種階級群名ではない. なぜならば, 単一の実体の名称に基づいていない説明的な句だからである.


6.2. 種の集群や亜種の集群に与えられた学名. 種小名を丸括弧にくるんで属階級群名の後ろへ付加, あるいは属階級群名と種小名の間へ挿入し、 ある属 階級群タクソン内の種のひとつの集群を示すことができる. 亜種小名を丸 括弧にくるんで種小名と亜種小名の間へ挿入し、ある種内の亜種のひとつの集群を示すことができる. そのような小名は,つねに小文字で書き始め,かつ,略さずに書かなければならず, 二語名や三語名の語数には数えない. 先取権の原理は,このような学名にも適用する [条 23.3.3]. それらの適格性については条11.9.3.5 を見よ.

勧告6B. 挿入された種階級群名の分類学的意味. 条6.2 で述べる付加的な分類階級のどれかに位置する集群を示したいと思う著者は, どんな著作物のなかであれその表記法を使う最初の場所で, その集群の分類学的意味を表す用語を, 挿入された種階級群名と同じ丸括弧へ入れるべきである.

例.チョウの属 Ornithoptera Boisduval, 1832 のなかで種O.priamus (Linnaeus, 1758)は,他にO. lydius Felder, 1865やO. croesus Wallace, 1865 を含む地理的姉妹種の集群のなかでもっとも古く命名された構成員である. O. priamus 集群に与える分類学的意味は, “Ornithoptera (superspecies priamus)” という表記法で表すことができ, その集群の構成員は “O. (priamus) priamus (Linnaeus, 1758)”, “O. (priamus) lydius Felder, 1865", "O. (priamus) croesus Wallace, 1865" という表記法 で表すことができる.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 つまり種小名というのは、ラテン語ラテン語化された単語ならば何らかの品詞として扱われるものとされる。しかし種小名なのに形容詞?分詞?何故その品詞と扱うという条文なのか(だが、よく考えたら種小名となる単語はいずれかの品詞ならどれでも良いような書き方だ)。条文の文脈からも分かるように「学名となるまでの種階級群名:手記から出版される前の種小名など」では、「学名となった種階級群名:出版された後の種小名など」と異なり、適格性の獲得以前に関係する語源となる単語の性質状態としての扱いを受けている。また「学名となった種階級群名」が語源の性質として扱われる条文は一切出てこない。つまり品詞の扱い方の解釈は、種小名の、記述記載時以前(適格性未獲得)・原記載出版時以後(適格性獲得後で学名と呼ばれる)・後出記載(適格性喪失後の可能性も有り)という一方向的な時系列的要素によって異なるようになりえる事が読解出来る。これから下記後述に詳しく説明する。

条31.種階級群名.

31.1. 人名由来の種階級群名.人名に由来して形成される種階級群名は、名詞の属格, 同格の名詞、形容詞かまたは分詞のいずれかである [条11.9.1]. 31.1.1. 種階級群名は,それがラテン語である人名に由来して, あるいは, ラテン語化されたかまたはされている現代人の人名に由来して形成された名詞の属格であるならば, ラテン語文法の規則にしたがって形成するべきである.

例.Margaretは, MargaritaもしくはMargarethaとラテン語化すれば,その属格はmargaritaeもしくはmargarethaeとなる. 同様にNicolaus Poda は男の人の名前ではあるが,これをラテン語名とし て扱うならその属格は podaeになる. Victorや Herculesという名前はこれをラテン語として扱うならその属格はvictorisherculisになる. ローマ人のPlinius という名前は, 英語化すればPlinyなの だが,その属格はplinii である. FabriciusとSartoriusは,これらをラテン語名として扱うならそれ らの属格はfabriciisartoriiであるが, 現代人名として扱うならそれらの属格はfabriciusisartoriusiとなる. Cuvierは, Cuvieriusとラテン語化すれば,その属格は cuvieriiになる.

31.1.2. ある種階級群名は,それが現代人の人名から直接形成した名詞の属格であるならば, 人名が男の人1人の名前ならば -i を, 男の人を含んだ複数の人の名前ならば-orumを, 女の人1人の名前ならば-aeを, 複数の女の人の名前ならば-arumを、その人名の語幹に付加して形成するものとする(条11.9.1.3を見よ). これら学名の語幹は, 属格を形 成したときの原著者の行為によって決定される.

例.本条項の下で, Poda由来のpodai, Victor由来の victori, Cuvier由来のcuvieriなどの種階級群名が許容される.また, Puckridgeからは puckridgeipuckridgiを形成し得る.

31.1.3. 条31.1.1と31.1.2の下で形成された原綴りは, それを保存するものとする[条32.2]. ただし, 不正である場合はこの限りではない [条 32.3, 32.4](種階級群名の不正な後綴りについては, 条33.3と33.4を 見よ).

例. 種階級群名cuvieriicuvieriは, それぞれ条31.1.1と31.1.2の下で許容され、もし適格ならば別々の正しい原綴りとして保存される (同じ属名に結合したときのそれら小名の間の同名関係については, 条 58.14 を見よ).

勧告31A.同格の名詞としての人名を忌避すること. 人名に基づいた新しい種階級群名を設立する場合は, 小名が属名の著者権の引用のような外見になるのを避けるために、同格の名詞にしない方がよく,属格の学名を形成するのが望ましい.

例. Gould(1841) が属Dasyurus Geoffroy, 1796中に種小名geoffroiiを設立した. 仮に彼が同格の名詞としてgeoffroyを提唱していたとしたら, 結合 Dasyurus geoffroyはまぎらわしくまちがいのもとだったであろう. 種小名が人名と同じ綴りであるPicumnus castelnauAcestrura mulsantなどのような学名もまぎらわしい (まちがって種小名を大文字で書きはじめたりすればなおさらである [条28]).

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 なるほど。人名由来についても間違えてはいけない。

 ちなみに間違いが分かった場合は以下の条文に従われる。

32.5.訂正しなければならない綴り(不正な原綴り). 32.5.1.情報を外的な出典に頼ることなしに,原公表そのもののなかに,不慮の過誤,すなわち書きまちがい,書写者の過誤,印刷者の過誤などであるという明白な証拠があるならば,それを訂正しなければならない. 不正な換字,不正なラテン語化,不適切な結合母音の使用はいずれも,不慮の過誤とは見なさないものとする.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 原記載の中で、不慮の過誤と分かるならば訂正しなければならないし、特定出来ないなら原綴りを維持しなくてはならない。例えば、ラテン語のような文字列でも、ラテン語由来であると書かれていないならば、記載者の頭の中ではフランス語やスペイン語、英語や、あるいは最もありそうな事だが個人的に想起されたニックネームを名詞的用法とした由来だった可能性を否めない。直接の由来を断定出来ない種小名は訂正されない。記載者が何処かの一節で気に入った単語を何も考えずに由来としたのかもしれない。同著者が原記載以外の文献で新たに書かれる由来話を書いたとしても(自由に由来を二転三転される事への防止策として)認められないとする条文である。語源由来が詳しく説明されていない生物種小名が、ラテン語等の形容詞か分詞などとどうやって特定出来るのか?ラテン語を習ったところで全く分からない。二命名法が流行りだした18世紀はラテン語で論文を書かれる事が主流だったらしいが、そのラテン語の論文記述の中でラテン語ギリシア語以外の語句が使用されていなかったとは言い切れない。英語の論文が主流になったころにも別言語が混じっていた。また、規約に挙げられているラテン語由来前提の例は属名のところだけで、種小名に適用はされない。

31.2.性の一致.種階級群名は,それがラテン語もしくはラテン語化された形容詞もしくは分詞の主格単数形であるかまたはそれに終わるなら,それが現に結合している属名とつねに性を一致させなければならない.

31.2.1.種階級群名であって,同格の単純名詞もしくは複合名詞(または名詞句)であるものは,それが結合する属名と性を一致させる必要はない(原綴りを維持し,性語尾を変えないものとする.条 34.2.1 を見よ).

例. Simia diana (Simiadianaはいずれも女性) 中の種小名は, Cercopithecus diana (Cercopithecus は男性)という結合中でもそのまま変わらない.Melanoplus femurrubrum (Melanoplusは男性. rubrum の性は中性のfemur に性が一致している)やDesmometopa m-nigrum (Desmometopa は女性nigrum は中性形であり, m に性が一致しているなぜなら, アルファベットの文字は中性だからである) 中の名詞句においても同様である.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 特定の形態を持つラテン語由来の種小名について、「種小名の後出記載において、属の変更分類に伴って語尾の性を合わせるため、属変更の論文を書く度に種小名の語尾綴りを変えろ」という特異的な意見の人がいるが、規約では一切そのような指示をする条文は無い

条48. 属の帰属の変更.

適格な種階級群名は, 異なる属名と結合するときはいつでも、必要ならば性語尾の変化をして [条34.2], 別の結合の一部になる.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 条48は後出記載の話ではなく、原記載時の話である。"いつでも"という文言は"必要ならば"という文言での制限が明瞭であるため原記載時以前で考えられ、後出記載では学名として既に名詞化しているため"正当な理由を持つ修正"以外の用件においては他条文により効力が無い。

 つねに合わせておかなければならないのは、原記載の時点での属名とラテン語の形容詞か分詞の由来と限定して特定されうる語源説明がある種小名の性であり、規約上では後記載では既に生物種学名の意味を持つ名詞のラテン語になっているので、普遍性を維持するため属の変更時に綴りを変えなくても良いようになっている。31.2.の「現に結合している属名とつねに性を一致させなければならない」は「種階級群名は,それがラテン語もしくはラテン語化された形容詞もしくは分詞の主格単数形であるかまたはそれに終わるなら仮定内の話である何故に後記載の学名が語源と同じ意味を維持した単語だと勘違いする人間がいるのか本当に理解出来ない。思い込みや過剰解釈で腑に落ちるているんじゃなかろうか。其れはもはや生物種学名であり語源とは合同(≡)の意味を持たない)。結論、性語尾を属名に合わせなくてはならない(間違っていた場合に後で訂正しなくてはならないと認められる)状況は、原記載において、「ラテン語もしくはラテン語化された形容詞もしくは分詞の主格単数形であるかまたはそれに終わる単語が由来である。」と述べられた上で、種小名の原著論文での属名の性と一致していない場合のみである。そのため属名の原記載では性の説明がある場合が多いし、どちらか分からない場合は男性形として扱われる。

31.2.2.ある種階級群名の著者が,その小名を名詞と見なすか形容詞と見なすかを指示せず,それがどちらであるとも見なし得るときであって,しかも,用法を証拠にはどちらか決められないとき,その小名は,その属名と同格の名詞として扱うものとする(原綴りを維持し,性語尾を変えないものとする. 条34.2.1 を見よ

例. -ferもしくは-gerに終わる種階級群名は, 同格の名詞であるかまたは男性形の形容詞である. Cephenemyia phobifer (Clark) はしばしば C. phobiferaとして使われてきた. ところが, 設立時の二語名はOestrus phobiferである. Oestrusは男性であるため, その二語名中のphobiferは、男性形の形容詞かまたは同格の名詞の両方の可能性がある. したがって, それは, 同格の名詞として扱うものとし、女性の属名Cephenemyiaと結合しても変化しない.

31.2.3.ある種階級群名(あるいは複合語の種階級群名の場合ならば,その最後の構成単語)が, ラテン語の単語でもラテン語化された単語でもないならば[条 11.2,26],本条の目的のためには,それを不変化語として扱うものとし,それが結合する属名と性を一致させる必要がない(原綴りを維持し,語尾を変えないものとする.条 34.2.1 を見よ

例.melas, melaina, melan, polychloros, polychloron, celebrachys, nakpo (黒色の意のチベット語) などの種階級群名は、ある性の属名との結合から別の性の属名との結合に移されても, そのまま変えない. しかし, melaena は, ラテン語化した形容詞 (ギリシアmelaina に由来) であり,別の性の属名との結合に移されたときは適切なラテン語の性語尾 (男性なら -us, 中性なら-um) に変えなければならない.

34.2.種階級群名.ラテン語であるかまたはラテン語化した形容詞もしくは分詞である種階級群名の語尾は,その小名が結合する属名とつねに性が一致していなければならない[条 31.2]. 性語尾が不正であるときは適切に変えなければならない(その学名の著者と日付は変わらない[条 50.3.2]).

34.2.1.種階級群名が同格の名詞であるとき,その語尾は,その小名が結合する属名と性が一致している必要はなく,その属名と性を一致させるために変更してはならない[条 31.2.1].

 

性の一致. 英gender agreement, 仏 accord grammatical; 属名と,それが設立時もしくは後になって結合する種階級群名 (それが, ラテン語の, またはラテン語化された, 形容詞か分詞の場合)との間の文法上の性の一致.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 命名規約の用語集にある「性の一致」のところでもややこしい表現があるが、これは属名の設立時に新種小名が付く場合か、設立時よりも後の属名に新種小名が付く場合の話と読解出来る。種小名の後出記載との関係性は言及が無い。

 31.2.2.の例文に書かれているように{前略}設立時の二語名で、{中略}形容詞かまたは同格の名詞の両方の可能性がある。したがって、それは同格の名詞として扱われる。」この認識が非常に重要である。規約の条文中で悩ましい「属名に種名語尾の性を合わせる云々」は、全て種名が適格性を獲得するよりも前段階の話であり、設立後の二語名は全て名詞的用法なのだ。ここの例文だけだと、まるで、じゃあ設立時の二語名のうち種小名が形容詞だけの語源ならば、属分類を変える後記載で結合する属名が女性形なら種小名も女性形の語尾に変えても良いかのような言い回しにも読めるが、これは「原綴りの性語尾を間違いと誤解して不当な訂正をされた例」に対して書いてある文章であり、別の条文(31.2.2.や32.5.1.または34.2.1.など)から其れは出来ない事が読解出来るそもそも設立時に種小名の語源文字列が、種小名としての名詞的用法を獲得している時点で形容詞か分詞の他に名詞としての品詞を適用されるため属名と同格の名詞と扱われ、以後はあらゆる条文により「性語尾を合わせない・合わせてはならない」と言う理解しか残ら無いお分かりいただけるだろうか、例文はあくまでも例文で上位の条文にかかり、他を含めあらゆる規約内条文より優先される事は無い。お気づきいただけたであろうか、例文中の使用例は全ての条文に従った上では踏襲出来るが、言い回しで他の条文よりも越えた解釈はされない文章になっている。

 新種記載する際に種小名の語源がラテン語の形容詞か分詞か説明した場合には属名に性語尾を合わせなければ規約に従い修正される不正な綴りになるが、そうでない時の種名の語源は原記載論文に書かれた種小名(名詞)という解釈にもなるから原綴りが変わらないという訳である。

 31.2.3.は、実はそんなに重要ではない(ここの例文に関する解釈は後述するが、簡単に言うと適格性が未だ一度も獲得されていない時点での種小名の話)。これは例文からも分かるように語源がラテン語ラテン語化した単語では無い場合は、修正を考えなくて良いと言うだけの事。しかし「本条の目的のためには,それを不変化語として扱うものとし,それが結合する属名と性を一致させる必要がないという直接的な命名規約の理念の文体化は注目に値する。例えば直接の語源がギリシア語由来では変形しないが、ラテン語の形容詞化したもの由来では変形する。つまり新種小名の直接の由来する語源がラテン語ラテン語化したものか否かが重要であり、種小名の語源の更に語源からは直接の影響を受けないという意味も示されている。条26では学名として名詞になった後で、ラテン語ギリシア語らしい語体ならそう扱われるとされる。つまり「種小名」と「学名」では微妙に扱いが異なり、学名になれば名詞としての品詞を獲得しているので変化が関わらないようになっている。

 規約の文脈を読めば分かるが、

ラテン語であるかまたはラテン語化した形容詞もしくは分詞である種階級群名の語尾

種階級群名は,それがラテン語もしくはラテン語化された形容詞もしくは分詞の主格単数形であるかまたはそれに終わるなら

ーーーという一見、種の名前が名詞でなくて形容詞?と疑問したくなるエキセントリックな文章をしているのは、種階級群名に成りかけの語源単語に関する条文と読解せねばならない

 規約文章中、条文同士で相反しそうな記述があった場合、それは読者に他の規約文章全体からの解釈を求められているという事(例えば33.4. と58.14. は一見シノニムになるかならないかで相反するように見えるが、33.4. は同一の名義タクソンに対して設立された種階級群名だから修正名や不正な後綴りとしてシノニムにならず、58.14. は別々の名義タクソンに対して設立された種階級群名だからホモニムとしてのシノニムになるとする条文であるので相反しない)。

11.2. ラテン語アルファベットの強制使用.

学名は,最初に公表されたとき, ラテン語アルファベット26文字 (文字 j, k, w, y を含むものとする)の みで綴られていなければならない. 最初に公表されたときの学名中の区別的発音符その他の記号, アポストロフィや抱き字, ハイフンなどの存在や,複合種階級群名中の数字の存在は, その学名を不適格にしない(訂正については,条27と32.5.2 を見よ).

11.3. 由来.学名は, 本章の要求を満たしていることを条件に, ラテン語, ギリシア語, あるいは他の言語 (アルファベットをもたない言語でもかまわない) の単語かまたはそれに由来する単語, もしくはそういう単語から形成したものとする. 学名は, 単語として使用するために形成したものであることを条件に, 文字の任意組合せでもよい.

例. ギリシア語由来のToxostomaやbrachyrhynchos. アルゴンキン語由来のopossum. アラビア語 由来のAbudefduf. ロシア語由来のkorsac. チベット語由来のnakpo. ココイムジ・アボリジニー語 由来のcanguru.文字の任意組合せであるGythemon. 文字の任意組合せ cbafdg は単語として使用できず,したがって学名にならない.

 

条26. 学名におけるギリシア語またはラテン語の仮定.

ある学名の綴りもしくはある複合名[条31.1] を構成する最後の要素語の綴りギリシア語もしくはラテン語のある単語と同じであるとき, その学名もしくはその要素語は, その学名を適格にしたときに著者が異なることを述べていない限り,それら言語の単語だと見なす.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 条26も学名における」「ある学名の」と述べられている時点で、既に適格性を獲得した扱いの設立時以後の属名および種小名の学名を指してラテン語ギリシア語として扱うという意味と分かる。「生物種学名はラテン語が使われる」と言われる一般論は、そういう意味であるし、例えば語源が英語だとされれば学名でも踏襲されるというだけの話。故に既に名詞なので後記載での属分類変更では性語尾は変えられない。原記載の新種小名になる語源の単語は様々な可能性がありうるが、後記載の学名の語源は「原記載で学名になった後の種小名」である

 この条文が、種小名の語源の時点で偶然ラテン語っぽいからラテン語と見なす条文という解釈は出来ない。語源の時点では通俗名と同じく適格性獲得を経験していない為そう解釈出来る。

 例えばだが、これまで多くの応用科学論文の使用で、属名を形容詞的に文章に組み入れてある例が有るが、綴りは変更されていない既に名詞であるので形容詞的用法をされても名詞、つまり学名というのは応用された論文でも、そう言う風に扱われているのである。

学名. scientific - ; 条 1 に合致する〈あるタクソンの〉名称で、通俗名とは違う. 種階級群よりも高い階級にあるタクソンの学名はすべて1つの学名からなるが, 種では2つの学名 (二語名), そして亜種では3つの学名(三語名)から構成される [条4,5]. 学名が必ずしも適格とはかぎらない.(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 条1に合致する分類群の名称という事は、適格性を獲得した名称である。

1.3. 除外. 次のものに対して提唱された名称は, 本規約の条項から除外する.

1.3.1. 仮説的概念.

1.3.2. 奇形標本そのもの.

1.3.3. 雑種標本そのもの (雑種起源であるタクソンについては,条17.2を見よ).

1.3.4. 亜種よりも低位の実体. ただし, 当該名称が後世に条45.6.4.1 の下で適格名だと見なされている場合は、この限りではない.

1.3.5. 一時的な参照符であって, 動物命名法における学名として分類学上正式に使用することを目的としないもの.

1.3.6. 1930年よりも後の, 現生動物の仕業.

1.3.7. 命名されたタクソンがその一員であることを示す目的で、 ある分類学的群全体を通して一定の接頭辞や接尾辞を付加して適格名 [条10] を変形したもの.

例. Herrera (1899) は, 一定の形式にしたがってすべての属名にそれらが所属する綱を示す接頭辞をつけることを提案した. たとえば昆虫綱のすべての属名の頭へIns- をつける. こうして作られた語は“動物定型名" (意見書72) であり, 動物命名法へは入らない.

 

章4. 適格性の要件

条10. 適格性を授ける条項. 学名や命名法的行為は、次の条件下でのみ適格になる.

10.1. 満たすべき一般条件. 学名や命名法的行為は、本条の条項および、条11から条20までのうちの該当する条項を満足しているときに限って, 適格であり, かつ著者権と日付をとる(日付と著者については条21と50を見よ). 学名は,これら条件を完全に満たしてはいなくても審議会によって適格と裁定されることがある [条 78~81].

10.1.1. 新しい名義タクソンに関連するデータもしくは命名法的行為の公表がいったん中断され後の日付で続けられたとき, その学名もしくは行為は, 該当する条項の要求を満たした時点ではじめて適格になる.

 

条11. 要求. 学名および命名法的行為 (該当する条項において) は, 適格であるために, 次の条項を満たさなければならない.

11.1. 公表. 学名および命名法的行為は,条8の意味において1757年よりも後 に公表されたものでなければならない.

 

条8. 公表したことになるもの. 著作物は, 本条の要求を満たし、しかも条9の条項によって除外されないならば, 本規約の意味において公表されたと見なす.

8.1. 満たすべき要件. 著作物は,次の要件を満たさなければならない.

8.1.1. 公的かつ永続的な科学的記録を提供する目的で発行しなければならず,かつ,

8.1.2. 最初に発行された時点で, 無料あるいは有料で入手可能でなければ ならず,さらに,

8.1.3. 長期保存に耐える同じ複本をいちどに多部数製作可能ななんらかの 方法によって,同時に入手可能な複本からなるひとつの版として制作 されたものでなければならない.

 

公表する. publish; (1) なんらかの出版物を発行すること. (2)条8に合致し,かつ条9の条項によって除外されない著作物を発行すること.(3)前記(2)に 該当する著作物において, 学名, 命名法的行為, あるいは命名法に影響を及ぼす情報を公けにすること.

 

条9. 公表したことにならないもの. 条8の諸条項にかかわらず,次の各号はどれも、本規約の意味において公表したことにならない.

9.1. 1930年よりも後の, なんらかの方法によって現物そっくりに複製された手書き.

9.2. 写真そのもの.

9.3. 校正刷り.

9.4. マイクロフィルム.

9.5. なんらかの方法で作られた録音そのもの.

9.6. 標本のラベル.

9.7. 図書館やその他の文書館などへ予め供託されていたとしても、 公表 [条 8] されなかった著作物の注文による複本.

9.8. (たとえば, World Wide Web のように)電子信号として配信される文書や描画. あるいは,

9.9. 集会, シンポジウム, コロキウム, 会議などの参加者を主たる対象として発行される場合の, 記事, 論文, ポスター, 講演の文書, その他類似物の 要旨.

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(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 命名規約での「学名」に、適格とは限らない例外に該当する一つ「棄権され適格では無い公表」であり、「公表されたが抑制された著作物中の分類学的情報」と同じ命名法的地位をもつとされる。そもそも命名規約で明言されているように、学名は、一度も適格性を獲得した事が無い通俗名とは違う。

 また、適格性を失った「除外名」一度「学名」化している名詞であるので、やはり性語尾の事を考えなくて良い

8.2. 公表は棄権し得る. 公的かつ永続的な科学的記録のために発行するのではない,もしくは、命名法の目的のために発行するのではないという趣旨の言明を含む著作物は、本規約の意味において公表されたものとならない.

8.3. 学名と行為は棄権し得る. ある著作物が, そのなかの学名と命名法的行為のすべてあるいは一部が命名法の目的に関して棄権されているという趣旨の言明を含んでいるならば, 棄権されたそれら学名と行為は適格ではない. そういう著作物は公表されたものではあり得る (すなわち, そのなかの分類学的情報は、公表されたが抑制された著作物中の分類学的情報と同じ命名法的地位をもつ. 条 8.7.1 を見よ).

8.7. 抑制された著作物の地位. 命名法の目的のために審議会が強権 [条81] を 発動して抑制した著作物であって, 本条の条項を満たしているものは, 本 規約の意味において公表されたものであることにかわりはない.ただし, 審議会が,その著作物は公表されなかったものとして扱うと裁定した場合 はこの限りではない.

8.7.1. そのような著作物が公表された記載や描画の出典として適格であることにかわりはない. しかし, 学名や命名法的行為 (担名タイプの固 定や、 条24.2による優先権の決定など) を適格にすることができる著作物という点で適格性を失う.


条81. 強権発動.

81.1. 目的および範囲審議会は,ある特定案件に対して本規約の諸条項を適用すれば、安定もしくは普遍性が損なわれ混乱が引き起こされるだろうと 判断される場合, 審議会規則に規定する告知期間満了と同時に, その適用を緩和する強権 [条78.1] をもつ. そうした混乱を防ぎ安定し広く受け入れられる命名法を促進する目的のために, 審議会は, 強権を発動して, 学名, タイプ固定等の命名法的行為、もしくは公表を保全したり, 全面的に, 部分的に,もしくは条件つきで抑制したり,一定の優先権を付与したり, 適格にしたりすることができ,さらに,置換名を設立することができる.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 例えば敢えて他の人達がやっているように誤解してみるとする。仮に「赤い」=「鹿」=「赤い鹿」という語源での意味用法を種名に当て嵌めたように言い表すと、「赤いならば鹿であり、鹿ならば赤い」「黒い赤い鹿がいて、あの壁は赤い鹿だ」という文章が出来てしまう。これは利便性の希薄な、というか破綻した非現実的な文章である。所謂、同音異義語の弊害である。理解し合う小規模グループの内輪で、互いに意味を汲み取れる場合の僅かな例で通用するが、全く公用語でしか相手に通じない場合に極めて障害となる。

 また、あるいは例えば、「赤い鹿とアカシカ」というと一見同じに思えるが、アカシカだからと言って赤い鹿と限らない事があるのが生物であるし、赤い鹿だからと言ってアカシカではない同属別種のシカである可能性も否めない。属名と種名のみで、型名は規約では認められていないのだから、よくよく考えれば由来と種名は別の意味を持つようになる事を見通せるのだ。

「形容詞か分詞の名前(名詞)は〜」という凄まじく意味の通らない言い回しが絶対になされないのは、其れ等への対策なのである。

 それに種小名の性語尾のみ違う別種が、別属から同属に移ってきた場合に、語尾を合わせるために先に存在していた種名とホモニムになりうるシステムだとすると、命名法としてはかなりナンセンスである。そんな無策な理念で長々と規約を書いている訳が無い。

 しかし稀に、人名などの修正や分類編成の変化で綴りが被ってしまうホモニム例は有り、それは先取権の適用により古参同名の種小名が優先され、後から綴りが重複してきた新参同名の種小名の分類群には新種名称が与えられホモニムの種小名は其の新分類群のシノニムになる。これは仕方のない処置である。だが、この条文を踏まえれば、もし、種小名を永遠に語源として形容詞や分詞と扱う規約ならば、先駆種名を自由に属変更して性語尾のアレコレを悪用しシノニムにしつつ新種名称をでっち上げるという、ある意味での詐欺行為が蔓延するリスクに対し無防備である

 説明すると、先ず生物種名となった時点の単語が由来以前と同じ形容詞や分詞としての意味だとする解釈が変だという事を理解出来ると考えられる。由来となった言葉は、あくまでも由来であって、由来の意味がそのまま生物種学名で維持されたら文章の意味が大混乱する。種学名は、その動物の種学名以外の意味を持たない。そして「学名の種小名」はその動物の学名であるというだけで分かるだろうが、名前、即ち名詞である。だから、文章に出てくる同綴りの別な単語などと意味を読み間違わないために、頻繁に使用される種名と属名は斜体などの別のフォントにすべきと、わざわざ命名規約に書かれているのだし、属名の頭文字は固有名詞のように大文字にするようにと規約に書かれている(種名は属名と間違わないために小文字)。

 語源の意味が種小名になっても変わっていないと勘違いしている人は、属名と種名を形容詞的用法で記述する際は斜字体など別フォントにしてはならないという考えすらしてくる。じゃあ属名頭文字の大文字も小文字にして、文章上だとあらゆる意味に取れるように表記しろというのか。其れは規約の理念と相反する。

 私自身、古い文献では何度読み間違えそうになったか分からないほど、紛らわしい表現は不便極まりない。ここまで書けば流石に読み手は理解しただろうか。規約に従い、尚且つ数多の原記載を読めば、原綴りを変えても良い例など殆ど滅多に存在しない。生物種学名、即ち「名」になって久しい単語を、属が変更されたからと言って恣意的に形容詞や分詞の由来の単語として再度読み取るというのは、どう考えても適切ではない。規約をどれだけ読んでも、結果論として「別属に移動したら接尾辞の性を新しく接続する属名の性に合うように変える事」を取り決める条文は一切全く無い。属の分類が変わる時に綴りの変更の可否を考えられる単語は無い。後出記載になる為、既に生物種小名(名詞)については変更の必要は無く原綴りを維持するものだからである

 31.2.3.の例文中にある「ー{前略}ーnakpo (黒色の意チベット語)などの種階級群名は、ー{中略}ーmelaena は, ラテン語化した形容詞 (ギリシアmelainaに由来) であり, 別の性の属名との結合に移されたときは適切なラテン語の性語尾 (男性なら -us, 中性なら-um) に変えなければならない.」の文言は、それが新種名(sp. nov.)として原記載で形容詞か分詞のラテン語由来との説明と、ラテン語由来と説明され詳しい意味を説明されている場合のみでは品詞を特定されうるため、結合する属名に種小名の性語尾を合わせる事を要されると読解可能である。

 「ある性の属名との結合から別の性の属名との結合に移されても」や「別の性の属名との結合に移されたとき」という例文の表す時系列は、語源、あるいは適格性未獲得な種小名を結合する属から新種記載時の種小名へ移動する時を指し、種小名の後出記載で属の分類を変更する時系列では無いと読解できる。原記載論文中での属分類検討や、手記などの適格性を持たない俗称的段階の記載種名を採用する場合に当てはまる。原記載論文の文章中や、手記からの引用だった場合に、語源を説明するならば出版までに正確な綴りにしておくよう促す例文である。つまり原記載以前での決定に関する話であり、種小名の後出記載では別の条文から「学名になっているんだから名詞じゃないか。性語尾を変えちゃいかん」と制限されている。

 もし条文中に「ある種の属分類を変更する記載の際、原記載での種小名の語源が形容詞か分詞なら性語尾を新たに結合する属に合わせなくてはならない」というものがあれば、確実に、「31.2.2.ある種階級群名の著者(←原記載者に限らず全ての著者)が,その小名を名詞と見なすか形容詞と見なすかを指示せず,それがどちらであるとも見なし得るときであって,しかも,用法を証拠にはどちらか決められないとき,その小名は,その属名と同格の名詞として扱うものとする(原綴りを維持し,性語尾を変えないものとする. 条34.2.1 を見よ」の条文や「34.2.1.種階級群名が同格の名詞であるとき,その語尾は,その小名が結合する属名と性が一致している必要はなく,その属名と性を一致させるために変更してはならない[条 31.2.1].」相反するものとなる。適格性を獲得した種小名は名詞としての用法も同時に獲得し其のように使用されているため、後記載で語源となる設立時後の種名は名詞として扱われ、語尾の性は変わらない(後記載で属分類が変わっても変わらなくても原綴りが維持される)。後記載での著者らが、記載する種名を「命名規約に従い原記載で学名となった種名の単語が名詞としての用法を持たない形容詞か分詞であるとして説明する事自体」がそもそも文法上誤りである。

 詳細に語源を説明し命名した原記載と、語源を予想されるようには考えられずに命名された可能性のある原記載の、両方の意思を汲み取らなければならない。語源を説明されていない種名に関して後年に勝手で不確かな解釈で綴りを変更される事は、原記載を著した時点の記載者にとって極めて不本意である可能性を否めない

 ちなみに後記載で原記載者や別人が語源を記載しても原綴りを変更する為の有効な記載にはならない。原綴りの訂正という条文に従うには其の誤りかもしれないと懸念される点について情報を外的な出典に頼ることなしに、原公表そのもののなかに、明白な証拠がなくてはならないからだ。

付録B 一般勧告

6.属階級群や種階級群タクソンの学名は,地の文に使われているのとは異なる字体(フォント)で印刷するべきである.そういう学名は,通常,斜体で印刷されるが,高位のタクソンの学名には斜体を用いるべきではない.種階級群名はつねに小文字で始まるものであり,書くときはつねに属名に続けるべきである.種よりも高位のあらゆるタクソンの学名は,大文字で始まる.(国際動物命名規約 第4版 110ページ 付録B 第6項より)

 また私自身は、ラテン語の用法は理解しづらいと思った事があり、学会論文への記載時に査読者か編集長に質問した際、「種小名の語源ではラテン語由来と書かなければ、ラテン語のような綴りでも語源がラテン語としての適用と特定出来ない。」というお答えを聞いて、極めて妥当と理解し其の論理に従っている。同様にラテン語由来と書いてあったとしても形容詞か分詞と特定可能なような意味の記載が無ければ「ニックネーム的なラテン語由来かもしれない」という語源不明の可能性が浮上するため、規約に従えば同格の名詞と扱われて然るべきなのである。

「だろう運転」は認められていないのだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86%E9%81%8B%E8%BB%A2

 もう一度下記する。

32.5.訂正しなければならない綴り(不正な原綴り). 32.5.1.情報を外的な出典に頼ることなしに,原公表そのもののなかに,不慮の過誤,すなわち書きまちがい,書写者の過誤,印刷者の過誤などであるという明白な証拠があるならば,それを訂正しなければならない. 不正な換字,不正なラテン語化,不適切な結合母音の使用はいずれも,不慮の過誤とは見なさないものとする.(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 前述にも書いたが、規約の序文を読んでみれば、「属名と種小名の性の一致の放棄」が合意が得られなかったため廃止されたとある。おそらく、多説により毎回のように語尾綴りが「修正」されてはリスト上で学名と生物との関係を引用しづらくなるデメリットがあるので、其れを解消するためこの無意味に性の一致をさせる習慣を命名規約で失くしたかった思惑が読み取れる。しかし、放棄としてしまうと、原記載でわざわざ由来を示して文法に沿った命名をしている記載を蔑ろにしてしまうようでもある。かと言って、由来が書かれていない場合に、原記載の時点とは別な由来を付して原綴りを意図的に変えてやろうという輩に対する対策は捨て置けない。つまり、今の規約のようになっているのだ。

 なぜ原綴りがまるで何かの間違いのようであっても、その原綴りを維持し変えてはならないと何度も国際動物命名規約に書かれているか、その理念を知って規約を読む必要がある。

 ただし、以下の例外で誤綴り(不当な修正名など)が、正しい綴りとして入れ替わる事が認められている。

確立された用法を守るために行動する著者に権限を与える措置

11.有効な学名として, 過去50年のうちの10年間を下回らない期間中に, 少なくとも10名の著者により25個の出版物中で使用されている学名, 1899年よりも後に有効名として使われていない古参異名や古参同名によって置き換えてはならない (これには, 審議会の裁定を必要としない).

12.たいていの場合, ある学名の慣用されている特定の綴りは, たとえそれが原綴りでは ないことが判った場合でも, 維持しなければならない; たとえば, ある科階級群名の広く使われている綴りは,たとえそれが文法的に正しくない語幹から作られたものであっても, 維持するものとする.

 

23.9. 優先権の逆転. 先取権の原理の目的 [条23.2] にしたがって, その適用を次のように緩和する. すなわち,

23.9.1. 次の条件が両方とも当てはまる場合は, 慣用法を維持しなければならない. すなわち,

23.9.1.1. 古参異名または古参同名の方が, 1899年よりも後に有効名として使用されていないこと. かつ,

23.9.1.2. 新参異名または新参同名の方が、特定タクソンに対する推定有効名として, 直近50年の間で10年間を下回らない期間中に, 少なくとも10人の著者によって公表された少なくとも25編の著作物中で使用されていること.

23.9.2. 条 23.9.1 の条件が両方とも当てはまることを見つけた著者は,その2つの学名を共に引用して, 若い方が有効であることとその行為が本条にしたがって執られたものであることを明確に述べるべきである. 同時に, その著者は,条23.9.1.2の条件に当てはまる証拠を挙げ、その著者の知るかぎり条23.9.1.1の条件が適用されることも述べなけ ればならない. その行為の公表の日付から後, 若い方の学名が古い方の学名に勝る優先権をもつ. 引用する場合, 若い方であるのに有効である学名は擁護名という用語で、また, 古い方であるのに無効である学名は遺失名という用語で地位を示さなければならない (用語集を見よ). 主観異名関係の場合、 2つの学名を異名と見なさないときはつねに, 古い方の学名を有効だとして使用し得る.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 だが、23.9.1.2.で定められているような、ここまで狭い条件に当てはまる例は少なく、例えば医療関係の論文で多用された場合には緊急を要する可能性があるため、利便性を優先されるべきという理念と推察する。

 この"過去50年"というのは国際動物命名規約第四版が規定された時点からのものと考えられ、極めてレアケースである。

 また、この条文を踏まえると「慣用」されている原綴りを、語源を理由にいきなりラテン語の文法に当て嵌めて性語尾を変更するという事も明らかに不正だという事が解る。

 ちなみに後綴りに関する規約は以下の通り。ここの条文は、原綴りと後綴りの理解を明確化されており非常に重要である。

条33. 後綴り.

33.1. 後綴りの種類. ある学名の後綴りは, 原綴り [条32.1] と異なっていれば,修正名[条33.2], 不正な後綴り [条33.3], 強制変更 [条34] のいずれかである.

33.2. 修正名.ある学名の原綴りに対する明らかに意図的な変更であって強制変更でないものは, “修正名” である. ただし、条33.4に規定されるものを除く.

33.2.1. ある学名の原綴りに対する変更を“明らかに意図的”であると解釈するのは, その著作物自体のなかかもしくは著者 (または出版社) の正誤表のなかに, 意図を明確に示した言明があるとき, あるいは, 原綴りと変更した綴りの両方を引用して前者の代わりに後者を採用したとき,あるいは,同一著作物内の複数の学名が同じように扱われてい るときに限る.

33.2.2. ある不正な原綴りを条32.5にしたがって訂正したものは, “正当な修正名”であり,そのように訂正された学名は原綴りの著者権と日付を維持する [条19.2].

33.2.3.上記以外の修正名はすべて“不当な修正名” である. 不当に修正された学名は適格であり, 固有の著者と日付をもち, 原綴りの学名に対する新参客観異名である. それは,同名関係に入り,代用名として使用し得る. しかし,

33.2.3.1. ある不当な修正名が慣用されており,しかも原著者と日付に帰せられているならば,それを正当な修正名と見なすものとする.

33.3. 不正な後綴り. ある学名の後綴りのうち正しい原綴りと異なるものは, 強制変更でも修正名でもなければ, すべて“不正な後綴り” である. それは,適格名ではなく,不正な原綴り [条32.4] と同様に同名関係には入らず,代用名として使用し得ない.しかし,

33.3.1. ある不正な後綴りが慣用されており, しかも原綴りの公表に帰せられているとき, その後綴りと帰属を保存するものとし, その綴りを正しい原綴りと見なすものとする.

33.4. 種階級群名の後綴りにおける, -ii の代わりの-iの使用およびその逆などの選択綴り. 人名に基づいた属格である種階級群名であって正しい原綴りが-iiで終わっているものの, 後綴りにおける属格語尾-iの使用, およびその逆は, その綴りの変更が意図的であったとしても、不正な後綴りだと見なすものとする. 同じ規則を -aeと-iae, -orumと-iorum, -arumと-iarumに適用する.

33.5. 疑わしい場合. 原綴りと異なるある後綴りが修正名であるか不正な後綴りであるかの判別が疑わしい場合, それを修正名としてではなく不正な後綴り(したがって不適格)として扱うものとする.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 種学名の強制変更というのは、語源説明と命名規約の両方ともに沿わない原綴りであった場合に適用される。属分類が変わったところで性語尾を変える条文では無い。

 また属名についての規約。

11.8. 属階級群名. 属階級群名(条10.3も併せ見よ)は,複数文字からなる1語でなければならず, かつ, 主格単数形の名詞であるかまたはそのように扱わなければならない.

11.8.1. ラテン語文のなかで提唱された属階級群名で, ラテン語文法の求めるところにより主格単数形ではない形で書かれたものは,適格性の他の要求を満たしていることを条件に,適格である. しかし,主格単数形に訂正しなければならない.


条30. 属階級群名の性. ある属階級群名の性は,本条の条項によって決定する.

30.1. ラテン語もしくはギリシア語の単語から作った学名の性. 条 30.1.4が定める例外を除き,

30.1.1. 属階級群名であって, ラテン語の単語であるかまたはそれに終わるものは, 標準的ラテン語辞書のなかでその単語に与えられている性をとる. それが複数の要素語から作られた複合語であるとき, 性は、最後の要素語によって与えられる (名詞の場合, その名詞の性. ラテン語接尾辞などその他の要素語の場合には, その要素語に特有の性).

30.1.2. 属階級群名であって, ラテン文字への換字のみを施しそれ以外変 更していないギリシア語の単語であるかまたはそれに終わるものは, 標準的ギリシア語辞書のなかでその単語に与えられている性をとる.

30.1.3. 属階級群名であって,語尾を換えてラテン語化したり,ラテン語 接尾辞もしくはラテン語化した接尾辞を付加してラテン語化したりしたギリシア語単語であるものは、その換えた語尾もしくはそのラテン語接尾辞に標準的な性をとる.

30.1.4. 次の例外を認める:

30.1.4.1.学名を設立する際に著者がそれはラテン語ギリシア語から作ったものではないと述べた場合, または, ラテン語ギリシア語として扱わないと述べた場合 [条26], それの性は, その学名があたかも文字の任意組合せであるかのようにして決定する[条 30.2.2].

30.1.4.2. 通性もしくは可変の性(男性もしくは女性) をもつ単語であるかまたはそれに終わる属階級群名は, 男性として取り扱うものとする.ただし, その学名を設立するときに著者がその学名は女性であると述べたり形容詞の種階級群名との結合で女性として扱っていたりする場合は,この限りではない[条31.2].

30.1.4.3. 属階級群名であって, -ops に終わる複合語であるものは, 男性として扱うものとする.由来や著者がどう扱ったかにかかわらない.

30.1.4.4. 属階級群名であって, 接尾辞-ites, -oides, -ides, -odes, -istes のどれかに終わる複合語であるものは, 男性として扱うものとする.ただし, それの著者がその学名を設立するときに別の性だと述べたり、別の性の変化形の形容詞である種階級群名と結合させて別の性だとして扱ったりしている場合は, この限りではない.

30.1.4.5. 語尾を換えたラテン語単語であるかまたはそれに終わる属階級群名は,その新しい語尾に標準的な性をとる. その語尾が特定の性を示さない場合は, その学名は、男性として扱うものとする.

例. Dendrocygnaは, その連結の第二部分がcygnus (白鳥. 男性)から形成されたものではある が, 女性である.

30.2. ラテン語でもギリシア語でもない単語から形成した学名の性. 30.2.1. ある学名は,それが (非ラテン語アルファベットからラテン語アルファベットへの換字を要することなしに)現代ヨーロッパの言語の性をもつ名詞を正確に再現しているときは,その名詞の性をとる.

例.Pfrille は,ドイツ語の女性名詞 Pfrille(コイ科の小型魚類)に由来するので,女性である.

30.2.2. 条 30.2.1 が適用されない場合, ギリシア語やラテン語の単語から 形成したのではない学名は,その学名の著者がはっきりと特定した性をとる.

30.2.3. 性が特定されない場合,学名は,設立時に含められた名義種[条 67.2]の形容詞である階級群名との結合によって指示される性をとる. 30.2.4. 性が特定も指示もされない場合,学名は,男性として扱うものとする.ただし,その学名が-aに終わるときは女性であり, -um, -on, -u のどれかに終わるときは中性である.

例. Jackmahoneya (Jack Mahoney に由来)は,著者が男性だと特定したので, 男性である. Oldfieldthomasia(Oldfield Thomas に由来)および Dacelo (Alcedo のアナグラム)は,著者が女性 として扱ったので, 女性である. Abudefduf (アラブ語由来), Gekko (マレー語由来), およびMilax (Limaxのアナグラム) は,著者が性を特定も指示もしなかったので, 男性として扱う. Buchia (von Buch に由来), Cummingella (Cumming に由来), Zyzza (文字の任意組合せ), および Solubea (アナ グラム)は,すべて女性として扱い, アナグラム Daption は中性として扱う.

勧告 30A. 性と由来は明示するべき. 著者は, 新しい属階級群名を設立するときに, その性と由来をはっきりと言明するべきである.

勧告30B. 性は自明なものにするべき. 著者は, 新しい属階級群名の性が自明であるようにする ために, ラテン語でもギリシア語でもない単語に基づいて新学名を形成しその性を述べるにあたって,その学名の性としてその語尾にふさわしい性を選ぶのが望ましい.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 読んでわかるように、属名と種小名で命名方式は異なる。種小名と異なり、30.1.でも分かるように属名はラテン語ギリシア語由来が大前提となる。属名がラテン語ギリシア語由来でないとするなら、違う旨を記載しなければ認められない。属名の性を決めておかねば、ラテン語の形容詞か分詞の単語を語源由来とした場合の種小名の性語尾は不安定になる為に属名の性は強制的に決まる。だが30.1.4.でも分かるように女性形か男性形か分からないなら男性として扱うように促されていて難解である。また違う言語由来ならばまた条文が異なる。

 例えばツヤクワガタ属(Genus Odontolabis)は種によって男性形だったり女性形だったり、また人によって語尾記載が異なっていている。"Odontolabis"は、Saunders, 1839でも示された俗称で、属名として初めて使用したHopeの記載がツヤクワガタ属の原記載として認められており、其処では由来・語源を詳しく説明なされていない。基準種がクベラツヤクワガタで、なお種名の由来が不明なOcuveraであったため女性形と解釈した人物が絶えなかったのだろうかと思う。ちなみに私にはOdontolabisが男性形なのか女性形なのか、規約の例文中に挙げられる学名から以外では判定出来なかったので分からない。O. cuveraの種小名の語源も原記載からは特定出来なかった。

https://ja.wiktionary.org/wiki/labium

 labiaが語源語尾なら女性だが、仮に語源語尾がlabiumだったとすると中性であるので、命名規約的には男性扱いという見解も出る。どちらもlabiīsに格変しうる格を持つ。つまりどちらか分からないから男性形という議論になりうる。

 議論すべきは命名規約が習う「標準的なラテン語辞書」とは何ぞやという部分くらいだろう。ラテン語は、生活上で使用する人または使用される時代によって用法や文法が多様過ぎていて何が正解が分からなくなった歴史があるため「死んだ言語」とされている。命名規約が採用しているのは古典ラテン語と中世ラテン語であり、古典ラテン語は一度滅び次の時代や様々な派系のロマンス語などへ、中世ラテン語は正に様々な変容をしながら現在の英語・ドイツ語・フランス語へと影響し合った過渡期のラテン語である。おそらくは、語源とする場合は古典ラテン語の格変に従い、学名として使用される場合は中世ラテン語と見なしても問題ないように計らえという事と考えられる。現在までもラテン語を使用しているのはバチカン市国のみで、それはバチカン市国公用語として使用するラテン語であり、様々な時代の様々な人々のために存在したラテン語と合同の文法ではない。「正しい」文法を分かっているなんて言っている人は最近流行ったスラングで揶揄される「事後諸葛亮」みたいな者だ。今更に命名規約で踏襲されていない後付けの「正しい文法」を示されても安定にはならない、それは全く別目的で作られた文法と言われて然るべきである(謎マナーみたいなもんだ)。生物種の事を考えるのに時間を割きたいのに、なんでこんな不安定で七面倒な文語で悩まなければいけないのか、ハッキリ言って鬱陶しい。単純に属名設立時の扱いが分からないなら男性形として扱い、また種小名の語源由来を原記載論文に記載されていなければややこしい話に巻き込まれず原綴りを維持出来るので其れが唯一の解決策と考えられる。

 例えば18世紀末Olivierなどは、ラテン語もフランス語も名詞的用法も形容詞的用法もごちゃ混ぜで考えていたためか、ミヤマクワガタ属(Genus Lucanus)を記載する際、"Lucanus""Lucane"(フランス語?)と併記していたりする。そういう事務手続き上の曖昧さから来る問題を解決するために一つの解釈へと規約が制限している。Odontolabis camelusは、各所にてしばしば"camela"の種小名を綴りとして紹介されるが、Olivierは原記載にて"Lucane chameau"と"Lucanus camelus"併記している。斜体にしてあり、且つ正確な属名原綴りを使われて記述されているのでLucanus camelusが学名の原綴りとして記載されたと分かる。chameauの語源までは詳しく分からないが、少なくとも仮定的な属名綴り「リュカネ」に合わされた単語はラテン語やフランス語で「ラクダ」の意味を内包する"chameau"であり、名詞を含む可能性がある単語である以上は修正や訂正は不要且つしてはならないと分かる(18世紀後半はフランス語のラテン語からの純化が始まって150年少しなので、未だラテン語として認識されていた可能性もある)。後出記載で属の分類が移動したからといって種小名の性語尾を変える人は、語源が特定されなければならない意義と、命名規約から理解される理念での、二重の誤解をしている。

 シンプルな話、各種小名の原記載において結合する属名が女性形と属名原記載で示されている事で規約の指定で女性形と示されるものに完全一致する状態(規約的に女性形と言いきれないものは一致しない)で出版され、「形容詞または分詞由来のラテン語ラテン語の複合綴りである」または「(ラテン語綴りと其の意味に一致しながら)形容詞または分詞由来」と原記載で語源説明されている種小名なのに男性形になっている綴りが女性形の語尾に直される。男性形とされている属名に対する女性形の種小名原記載の例でも然り。即ち、性語尾修正は種小名原記載で結合する属名の性と合わず且つ語源がニックネーム由来かもしれないという"偶然の一致"可能性が完全に排除出来て上記条件が揃った語源説明が有るケースに限られる。

 さて、以上の解釈以外の別の解釈は無いと考える。だいたい生物種名の綴りを二転三転とコロコロ変えられてはリスト作成時に参照が滅茶苦茶不便になるのだ。国際動物命名規約の目的として大前提となる「安定性・普遍性」を考慮するならば、綴りを変える選択肢が其の理念に反している事は明白である。条文の論理を越え、意図的に変えようと解釈している人達の考えは為政的過ぎるという疑義が呈される。なんらかの論文で捻じ曲げられた解釈が書かれても、規約に定められている通りに従うならば、不当な教条主義に付き添う義理は一切全く無いので、おそらく此の解釈を殆ど変える事は無いと考える。

http://www.ujssb.org/iczn/pdf/iczn4_jp_.pdf

【Refarences 2】

Guillaume-Antoine Olivier, 1789. Entomologie, ou Histoire naturelle des insectes, avec leurs caractères génériques et spécifiques, leur description, leur synonymie, et leur figure enluminée. Par M. Olivier, docteur en médecine, de l'académie des sciences, belles-lettres et arts de Marseille ; correspondant de la société royale d'agriculture de Paris. Coléoptères. Tome premier, Vol. 1.

Guillaume-Antoine Olivier, 1792.Encyclopédie méthodique: ou par ordre de matières, Vol. 114.

【Key words】Lucanidae, Lucanid beetle, Lucanids, Lucanoid Coleoptera, Stag beetle, fossil, extinct species, article, description, クワガタ, クワガタムシ科, 甲虫, 昆虫, 化石,