クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

偽論文?!Fake amber?! †Paleognathus succini Waga, 1883の件についての検証

Paleognathus succini Waga, 1883

Type data: Eocene, Baltic Amber, Gdańsk, Poland (Germany).

http://www.fossilworks.org/cgi-bin/bridge.pl?a=taxonInfo&taxon_no=263078

 産地はドイツのダンツィヒ近郊のバルト海沿岸とされ、其処は現在ではポーランドグダニスクである。バルト琥珀に入ったクワガタとされてきたが。。。以降詳しくは後述する。

 検証説明のため画像を引用する。

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(図の引用:「Waga A. 1883. Note sur un Lucanide incrusté dans le Succin (Paleognathus Leuthner succini Waga.). Annales de la Société ento- mologique de France (6) 3, 191–194.」)

 スキニカセキクワガタというと、「現在では南半球の一部地域にしかいないキンイロクワガタ亜科(Lampriminae)に似た北半球で絶滅したクワガタ」として色々な文献でスケッチが登場していた有名な分類群である。キンイロクワガタの成虫は大顎が反り返り、蛹の時に頭を腹側に曲げない亜科として特異的とされる。南半球にしか現生していない系統に似た種が約4000万年前には北半球にも生息していたとなると重要な研究資料となる。

 しかしこの分類群唯一の一時資料であるタイプ標本が無い事に加えて記載文が不自然な論調記述である事から、2019年に贋作だろうと認定するレポートが出ている。これは興味深い原典批判(Textkritik)である。

「AMBERIF 2019 BURSZTYN BAŁTYCKI (SUKCYNIT): INTRYGUJĄCA ŻYWICA XXVI SEMINARIUM, 22 MARCA 2019, Gdańsk, Polska」

http://www.amberif.amberexpo.pl/mtgsa2010/library/File/AMBERIF/2019/Amberif_2019_pl_eng_18_03_2019_rgb.pdf

「Unique inclusions in Baltic amber」

内容を抜粋すると下記のようだ。

Even today, the record of Baltic amber palaeofauna includes a beetle of the stag beetle family Paleognathus succini Waga, 1883 (Fig. 4), ca. 14 mm in length, which is probably also fake. Although the original specimen went missing, the illustration depicting a perfectly positioned beetle, along with the description with no mention of any significant deformations or milky clouding, allow us to suppose that it was fake. But on the other hand, it is puzzling that this species, so accurately illustrated in a published paper, has not been found in present-day fauna.(レポートより抜粋)

現在でも、バルト海琥珀の古生物の記録には、クワガタムシ科のPaleognathus succini Waga, 1883(Fig.4)という約14mmのカブトムシが含まれているが、これもおそらく偽物であろう。オリジナルの標本は行方不明になっているが、甲虫を完璧に描写した図版と、大きな変形や乳白色の濁りなどの記述がないことから、偽物と考えられるだろう。しかし一方で、論文に正確に描かれているこの種が、現在の動物相で発見されていないのは不可解である。(和訳)

 つまり、このレポートからは「現生種を用いて作られた贋作の標本を使って記載された種」という推測がなされている事が読解できる。化石の贋作標本は何処から出てくるか分からない。緊張感が漂う界隈である。

 そして唯一しか無いタイプ標本の実物が行方不明とされた時点で本物が存在する事を証明出来なくなった。偽物だろうどころか本物という保証が金輪際出来ない。

 よくよく考えてみると実際は更に呆れるような話だと思える。そもそも1883年の原著論文自体が嘘出鱈目なのではないかという身も蓋も無い説が想起可能である。以下に、そう考えられる根拠を説明する

 1883年のWagaによる原記載論文では、昆虫学者を目指す若きM. Xavier Branickiが1881年にドイツのダンツィヒ(現在のポーランドグダニスク)あたりバルト海沿岸で採集したもの(※バルト琥珀バルト海海底に沈んだ大森林化石から海岸に打ち上げられるものと、ロシアの地層などで採掘して出土するものがある)を観察したとの話だが、其の非常に貴重な筈のタイプ標本の行方は現在分からない。追加記録の期待が薄く唯一しか無い絶滅生物の資料が大して実在性を検証されないままに失われた場合、其の分類群の実態は観測上の幻と化してしまう。そしてクワガタ入りバルト琥珀という凄まじい希少性の標本を採集しているとされるBranickiでありながら、氏のコレクションから記載されているのは本分類のみという事実のギャップが実物の存在感を希薄にする。ハッタリで何かの商売でもする事が目的の記載だったのかという類推すらさせる。

http://www.fossilworks.org/cgi-bin/bridge.pl?a=collectionSearch&collection_no=140931&is_real_user=1

 かたや間違いない琥珀種のSucciniplatycerus berendti (Zang, 1905)の琥珀を含んでいたDr. Georg Karl (Carl) Berendtのコレクションは1815年から1845年までの30年間に集めきったとは思えないレベルのボリュームであり、非常に沢山の虫入り琥珀が論文に新種記載として登場している。大抵の、分類学に貢献活躍してきた化石コレクターは、本来これくらいのボリュームのコレクションを扱っていて然るべきなのである。

http://www.fossilworks.org/cgi-bin/bridge.pl?a=collectionSearch&collection_no=109625

https://en.wikipedia.org/wiki/Georg_Karl_Berendt

 バルト琥珀はこれまでに少なくとも10万トンが得られているとされる。人類史で見つかっている最古のバルト琥珀加工品は紀元前約15,000年〜10,000年のヴュルム氷期第2期後半旧石器時代末期の西ヨーロッパ、フランスやスペインのマドレーヌ文化(Magdalenian)で作られた琥珀のビーズであり、他の古代エジプトや地中海への浸透など記録からも昔から大量の採掘されてきた長い歴史を理解される。近年の産出量は年間数十トン、多い年は2014年で約250トン、2015年で約400トンとされる。参考までに、10〜15mmのクワガタが入るサイズの琥珀となると大体2〜5グラム。Paleognathus succini琥珀バルト海沿岸から見つかったという事になっているので、実在した生物種ならどの海岸に打ち上げられてもおかしくない。つまり、いくら貴重とはいえ、新たなPaleognathus succiniの標本、またはその近似個体が得られないというのは、そんな分類群など実態が無いという事を示唆している

 またPaleognathus succiniのスケッチは精密な線で描かれていて異物の付着など全く感じさせない事への疑問視さえある

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(図の引用:「Waga A. 1883. Note sur un Lucanide incrusté dans le Succin (Paleognathus Leuthner succini Waga.). Annales de la Société ento- mologique de France (6) 3, 191–194.」)

 おそらくこのスケッチは1845年に記載されたクワガタモドキ科(Trictenotomidae)をベースに描かれている空想画と考えられる。タテヅノクワガタモドキの1種Autocrates aeneus Parry, 1847はサイズ以外が特によく似ている。触覚の形態も、側面図では細く長い第一節から数えて先端までの10節で描かれるが、背面図では左右2本両方の触角でそれぞれ11節あり、どちらかは間違いなく嘘の絵だ。また側面図ではクワガタムシ科で言う第一節の付け根に更に小さい節が描かれているようにもみえるが、この形態は現生種のクワガタでは全く見られない。とりあえず同じ標本のスケッチな筈でありながら側面図VS背面図で解釈の齟齬が明瞭に示されてあるのは科学論文として全くのアウトである。クワガタムシ科ならば大抵は10節以下で、11節以上の触覚を持つクワガタは他では見つかっていないクワガタモドキ科ならば触角は11節である。脚部ケイ節外縁に全く棘が見られないのもクワガタモドキ科チックで、クワガタでは先ずなかなか見られない形態である。顎、頭部、前胸、エリトラ、フ節、どれを取ってもクワガタモドキ科らしい形態とも見える。しかし14mmサイズという小型のクワガタモドキ科甲虫というのは見た事も聞いた事も無い。Zang, 1905は本分類群についてスケッチが精密に描かれている事を記述しているが実物の検証までは記述していないのでZang自身ではタイプ標本の実物観察を行ってはいないと考えられる。即ち、空想のスケッチと推察可能なのである。

 原記載論文のフランス語文章を全文読んでみたが、触角の事について節数に関する文章は無く「触覚の付け根が見えにくい」という甲虫入り琥珀で有り触れた様子を記述している程度である。ちなみにスケッチでは明瞭に描かれており、記述に対して嘘のスケッチをしていた事が読解できる

 また原記載において属名も同時に記載されているが、種小名記載者がWagaであるのに対して、属名はLeuthnerの記載となっている。しかし論文の追記を読む限りでは、Leuthnerは当時の手紙か何かの通信で知ったのみで実物を確認していない事がわかる。

 原記載の記述から読解出来る「琥珀の実物を見ただろう人物」は、たった3〜4人。先ずは採集したとされる若き昆虫学者を目指すM. Xavier Branicki、そして「良い虫眼鏡で1000回も観察したんだ」と原記載に証言風な記述をする種記載者Waga、またWagaの同僚でスケッチをしたM. A.-L. Clémentである。Wagaの別な同僚でありクワガタ現生種で複数記載の実績があるM. H. Deyrolleは「オニクワガタ属(Prismognathus sp.)に似ているが形態から別属とすべき」とコメントしたらしいが、実物観察をしたか否か不明である。Deyrolleについては贋論文作成に共謀したか判断が難しく、なんとも言えない。まぁ普通気になる筈なので近場に実物があったのなら見た筈だろうし、適当に引き出されたコメントの可能性や、Wagaが意図的に贋作論文を書いていたと考えるとDeyrolleにはスケッチしか見せていない可能性もありうる。ヨーロッパ中の博物館で標本観察のために練り歩いていたというLeuthnerは通信のみで判断し実態は知らないと読解できる。後年の文献にもLeuthnerが観察したという記述は無い。

 クワガタモドキの外形はクワガタらしい雰囲気もあるが実際はかなり遠縁でクワガタムシとは他人の空似のような関係。クワガタモドキ科はゴミムシダマシ上科(Tenebrionoidea)に分類され、クワガタムシ科はコガネムシ上科に分類されてコブスジコガネ科やセンチコガネ科の方が近縁である。

 記載当時は生物にDNAがあるなどとは知られず、またメンデル遺伝学も一般的に知られない時代であり、スケッチでの記載が一般的だった時代である。そんな訳で、いくらでも稚拙な嘘が通じてしまっていたのだが、だからと言って科学技術の進歩目覚ましい135年以上の間、一度たりとも実物を検証出来ていると読解可能な資料が無い上で存在が信じられてきた事実はなかなか物悲しい。まともに調べようとしなかった学者らの怠慢としか考えられない。根源的調査を避けるやり方は、正に悪しき慣例である。

 一つ付け加えると今後タイプ標本が見つかったなどという報があった場合には相当精密な検証が必要となる。超希少絶滅種ならば簡単には自然界から見つかってくれない。方法としては①赤外線分光法での成分分析から間違いなくバルト琥珀と判明するのか、②成分分析から接着剤混入のアンブロイド贋作か否か、③虫は人工物ではないか、または研磨切削(および人為か不明の加熱)以外の人為的加工痕跡は全く見えないか、④合体標本を埋没させた贋作では無いか、⑤琥珀内に別な人工物の含有(人為的な切断面の枝片など)は無いか、⑥虫の状態は新鮮過ぎないか、⑦1883年の原記載文による説明通りか、⑧データラベル等の記述も一致するのか、等を調べなくてはならない。まぁタイプ標本でありながら一度失われた事実が報告されている以上、実際には自分の眼で実物を見て自分の手で真偽判定をするまで納得行かないのだろうが。

 やはり実物のあらゆる角度からの精密な検証が必要な時代になったかと色々思い侍らせるが、拙いSNSや稚拙な論文でなんでも解決した気分になる人々が増える世の中で一体どのような真実の保証を伝聞出来ようかと悩ましい。創作がまるで真実を担保するような言い回しをする人間はイヤと言うほど出会うが、その手口はまるで新興宗教の布教活動と変わらない。それなのにそのような事を恥かしげもなく堂々とするような学者ら研究者ら、またはその信奉者らを目の当たりにすると、無意味な過重労力をふっかけられそうで再た嫌になる。

 調べれば調べるほどに「これでもか!」というくらいに情報が安定しない。AMBERIF 2019等で報告されているように恐らく現在2021年から数えて138年前(1883年)の記載以降タイプ標本の行方を知る人物は居ない架空の分類群という疑念が確定的である。初めてスケッチを見て、こんなクワガタが居たんだと感動したあの頃が懐かしい。いつかどこかの博物館にある実物標本を観察したいと熱意を燃やしていた時間と労力を返して欲しい。宛ら心の中で絶滅したクワガタといった結末(しかしまぁ、この種を参考にして系統関係や大陸移動を考察している人がいるの、どうするんだろ、)。

【Refarences】

Waga A. 1883. Note sur un Lucanide incrusté dans le Succin (Paleognathus Leuthner succini Waga.). Annales de la Société ento- mologique de France (6) 3, 191–194.

R. Zang. 1905. Über Coleoptera Lamellicornia aus dem baltischen Bernstein. Sitzungsberichte der Gesellschaft Naturforschender Freunde zu Berlin 1905:197-205

Elżbieta Sontag, Ryszard Szadziewski, Jacek Szwedo. 2019. Unique inclusions in Baltic amber. AMBERIF 2019 BURSZTYN BAŁTYCKI (SUKCYNIT): INTRYGUJĄCA ŻYWICA XXVI SEMINARIUM, 22 MARCA 2019, Gdańsk, Polska.

Wolfe, A. P.; Tappert, R.; Muehlenbachs, K.; Boudreau, M.; McKellar, R. C.; Basinger, J. F.; Garrett, A. (2009). "A new proposal concerning the botanical origin of Baltic amber". Proceedings of the Royal Society B. 276 (1672).

Poinar G. O., Jr. 1992. Life in amber Stanford, CA: Stanford University Press.

Weitschat W., Wichard W. 2002. Atlas of plants and animals in Baltic amber Munich, Germany: F. Pfeil Verlag.

【追記】

 過去、日本では「ゴッドハンド」と呼ばれる人物による旧石器捏造事件という出来事があった。この事件発覚で、見えないところで悪さを行い、あまつさえ手柄にしようとした行いが随分と非難された

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E7%9F%B3%E5%99%A8%E6%8D%8F%E9%80%A0%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 "どの論文が"とは具体的に言わないが近年ですら少なくない化石種記載論文などの生物種分類に関係する論文では、やけにボンヤリとフワついた表現ばかりで形態記述が為されていて、クワガタムシ科等昆虫を含め生物種分類をよく知らない人にとっては成果が煙に巻かれたような体裁になっている「論文であるから」や「著者が責任を持つ学者・研究家だから」という要素だけで、読者衆を騙しきろうという魂胆が透けて見える。こういうスケコマシのようなやり方は頻繁に多用されており、全く説得力の無い結果にリアリティのある幻を吹き込んである。しかも一丁前に、彼らは自身らの所属すると自認しているであろう学閥派閥外の人間が怪しげな論文を出すと掌を返したように批判をしつつ、自らは身の振り方を変えないのである。彼らにとっての敵は「疑いようの無い現実」である。他の如何なる自然現象も、平易明快に示されてきたからこそ科学技術革新が起きてきた。それを煙に巻いて杜撰な論文で実績を積むために既知知見に毒を盛る輩が無垢な民衆の思考を妨げている。一般の人と生物分類学について突っ込んだ話題になれば必ずと言えるくらい頻繁に「分からなくて困っている」という問題に出会うが、これを放置して自身も分からずに最新の論文に従うとしている学者は「単なる教条主義者」であって分類学者では無い。

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