クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【論考】基準産地のデータラベルの正確さについて確認が求められる意義とはなんぞや

 偶に記載文の基準産地に疑問する事がある。指摘されて間違いだった例もあり、原著者が正確なデータを示していない前例が残っている。であるので、自然界での再現性確認が随時必要になるわけだが、どういう事なのかというのを例を挙げて説明紹介する。

 モヤモヤしている例としては、先ずマクロケファルスツヤクワガタ:Odontolabis macrocephalus Lacroix,1984がある。当分類群は基準産地がベトナムハノイ近郊とされるが、タイ〜ラオスからしか再発見がない。ベトナムでホロタイプになる個体を採集したのはH. Perrot氏と記載があるが、Perrot氏の採集データが付く個体を見る度に、なんだか採集の再現性が低そうなものが多い事から違和感が集まる。記載者Lacroix氏は財力にモノを言わせて収集をしていたそうだが、それが祟って嘘データ標本を売りつけられていた事があると云われ、こういうデータ面での疑惑を訝られる場合が多い(採集者が正直にコレクターにデータを提供すると別の採集者へ流出・利用されるようにもなりうる。商売根性逞しい人物が商業ルートを独占するために、其のルートを断つ目的で嘘データにして仲介手渡しするという不正行為が原因と考えられている)。また当分類群の中国産パラタイプはタローニの図譜Il Cervo Volanteに掲載があり、どうやらプラティノートゥスツヤクワガタ:Odontolabis platynotus (Hope et Westwood,1845)の近似個体で誤同定であろう事が分かる。

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 また例としてビクトリウスミヤマクワガタLucanus victorius Zilioli, 2002が挙げられる。ルニフェルミヤマクワガタに近縁ながら見かけの印象がかなり異なる当分類群は、基準産地をChina, Sichuan, Daxue Shan mts, Yinjingとして記載されたhttps://www.biodiversitylibrary.org/item/268746#page/220/mode/1up。しかしHuang氏が後に、四川省のYinjing(四川省だとしても"Yingjing"の誤綴りとされる)では確認されず、雲南省南西部のYingjingから見つかったとして基準産地のミスを指摘・訂正している。昨今に至っても四川省での再発見は全く無く、雲南省南西部の一地域で普通種の如く分布する再現性を確認されている。つまり結果論的に、この事例では原記載でのデータよりも、現地採集家の方が正確な産地を示し事なきを得たという事である。

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 困った例としてはコレもある。プラティオドンネブトクワガタの現行でオビラツー島・オビ島亜種とされる分類群Aegus platyodon otanii Nagai, 1994は、実は原著論文でオビラツー島産個体をホロタイプに指定しオビラツー島を基準産地として記載された事になっているのだが、其のホロタイプが掲載図示された新しい図鑑(世界のクワガタムシ大図鑑, 2010年版)ではオビ島産がホロタイプとなっている。私は幸運にもオビラツー島のパラタイプ標本群を観る機会を得、また1頭を分けてもらう事が出来ている。実際の事を言うと、両島でやや異なる気がしている(気のせいかもしれないが)。オビラツー島産とオビ島産の雰囲気に差異があるかようなバイアスが私の頭で働いたのである。私が見せていただいたオビラツー島産大型個体のような個体は公開されていないようだが、プラティオドンネブトに特徴的な斧状基部内歯で、なんだかオビ島産と原亜種の中間的な形態をしているように見えたのである。両島からの個体群は未だ少なく比較個体数が足りないため観察不十分ではある。だから、単純に地域変異によるフェノコピー等の変異かもしれないし、そうじゃなくて亜種なのかもしれない。ラベルや現地での状況を知らない私からすれば、ホロタイプがオビ島産なのかオビラツー島産なのか判断出来ない。原記載者の永井氏は原著論文でオビラツー島産をホロタイプにしているが、後年の藤田氏による図鑑で変更説明は無いがハッキリとオビ島産がホロタイプだと図示されている。やっぱりこれでは何がなんだか分からない。こういう例に出会すと「なんで記述を変更した説明がないんだ」と憤怒してしまう。其処は大事な記述であるのだからシレッと変えてはならない。

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 前例でそうだったように、噂話程度だったデータは新しい論文で訂正の論文が出うる。本来はこれで解決なのだが、コスパが悪いためこういう実直な研究をする人は滅多にいない。だから平気で嘘を書く人も出どころを伺いながらチラチラ出てくるわけである。

【References】

Lacroix, J. P., Les Coléoptères du Monde-The Beetles of the World. Vol. 4. Odontolabini I: Chalcodes, Odontolabis, Heterochthes (Coleoptera, Lucanidae), Science Nat Venette. 175pp., 70figs, 49pls.

Fujita, H., 2010. The lucanid beetles of the world Mushi-sha’s Iconographic series of Insect 6.472pp., 248pls. Mushi-sha, Tokyo.

Mizunuma, T. & Nagai, T. 1994. The Lucanid beetles of the world. Mushi-sha Iconographic series of Insects. H. Fujita Ed., Tokyo 1:1-338.

Zilioli, M. 2002. Lucanus victorius n. sp., a new outstanding stag-beetle from Sichuan, China (Coleoptera, Lucanidae), Atti. Soc. it. Sci. nat. Museo civ. Stor. nat. Mirano 143 (2): 209-213, Dicembre 31.

TARONI, G. 1998. Il Cervo Volante (Coleoptera Lucanidae): natura, moto, collezionismo.
Milano: Electa.

【追記】

 古い図鑑だと内容が色褪せている事は珍しくない。しかし、根源では無い最初の方から不十分という事もありうる。こういうのに何回も出会すと、他の分類群なんかも不安視してしまう。

 そういえば似た不安の種になる事として、騙しにかかってくる態度を全く隠さない人が稀にいるのだが、やはりそういう人とのお付き合いは敬遠していく方が良い(カモにされないよう気をつけよう)。

 ぶっちゃけた話、SNSに時間を取られているから調べる時間が無い人が多い気がする。私は時間を取られたくないのでやっていない(時々炎上騒動を見る程度)。よく知りもしない人間関係やしがらみに悩むようなプラットフォームなんて辞めてしまった方が建設的で良い。

見ることは知ること。

(ジャン・アンリ・ファーブル)