クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【論考】ロマンとの葛藤「ギアナ高地のクワガタムシ」

 コナン・ドイルの空想科学小説「失われた世界」にも出てきたと有名な「ギアナ高地」のクワガタムシ。テレビ全盛期の時代も何度か映った事もある。そんなのを知った時には是非見たい、是非採集したいとなった人はクワガタファンなら沢山いた。私も例に漏れない。しかし現状は甘くないという事を書き記す。

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 ベネズエラ・クケナン山のスジバネギアナクワガタ:Charagmophorus lineatus Waterhouse, 1895。形態はイル山亜種に似るが、ロライマ山で採集される個体でも似る形態の個体がいる。たしかに傾向は異なるようだがイル山亜種は微妙な形態差で記載されていて、シノニムの可能性も考えられる。約1億年〜約6500万年前の白亜紀後期から山頂周囲の地表が欠落して形成されてきたテーブルマウンテン上で現状2種しか見つかっておらず、其々、各山塊でさほど種内差異も無さそうである事から、ギアナクワガタ属の外部形態はそれぞれ約6500万年の間殆ど形態変化していない可能性がありうる。ちなみにロライマ山からは43mmクラスの巨大なスジバネギアナクワガタが採集されていて原産国の博物館にある。大型になると外形特徴がよく出る。

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 ベネズエラ・チマンタテプイ産ウメダギアナクワガタ:Charagmophorus umedai Nagai, 1996の♀ボロ個体。ウメダギアナクワガタの産地を含めた広大なエリア、カナイマ国立公園一帯は、スジバネギアナクワガタ・イル山亜種:Charagmophorus lineatus eikoae Nagai, 2000の記載以後に規制が厳しくなり、同地域での採集が殆ど不可能になった。これは記載する際の根回しの甘さがキッカケになった可能性を懸念されている。まぁまぁ分かりやすいウメダギアナクワガタの一方で、C. lineatus eikoaeの方は変異幅や交尾器のマトモな検証も示されず微妙な外形差のみで記載されたので現地人からすれば見分けられず、尚且つ説明が難しく迷惑な記載と言えてしまう。また特産する生物種は観察される事も珍しく、近年は観光客などの不衛生な侵入で環境汚染が不安視されるため規制が厳しくなるのは致し方無い。ちなみにウメダギアナクワガタは、観る限り後翅の退化的変化が途上的である。図示された事のある♂の後翅は随分と縮れていたが、当ブログ図示個体はそうでもない。種内変異があるというように見える。

 テーブルマウンテンベネズエラに多数あり、西側のテプイほど調査がなされない。もしかするとニューがいるかもしれないが規制厳しく調べにくい。

【References】

Nagai, S. 1996. A new lucanid beetles of the genus Charagmophorus Waterhouse from Venezuela. Gekkan-Mushi 304:3-7.

Nagai, S. 2000. A new subspecies of Charagmophorus lineatus Waterhouse (Coleoptera, Lucanidae) from Venezuela. Gekkan-Mushi 350: 27.

Waterhouse, C.O. 1895. Insects collected by Messrs.J.J.Quelch and F.McConnell on the Summit of Mount Roraima. The Annals and Magazine of natural History, including Zoology, Botany and Geology. London 6(15):494-496.

梅田 衛「南米ギアナ高地クワガタムシ--ギアナクワガタ属に関する知見」月刊むし (426), 2-7, 2006-08. むし社

Huang, H.; Chen, C.-C. 2010: Stag beetles of China I. Taiwan. ISBN 978-986-86850-0-0 ISBN 9868685001

【追記】

 こういう採集が大変な種群は、特に規制なんか関係なく資料入手に大変苦労する。しかし規制がなされると其れも更に無理難題となる訳である。例えばオーストラリアの昆虫なども最早諦めるしか無い昆虫種が多い。お役所仕事だから、一度規制されると相当大変な働きかけが無いと解除される事は滅多な事では無い。記載論文は原産地付近の住民達に対して紳士的な体裁で、なるべく理解を得られるような論理を前提に書かなくては、こういう事にもなりかねないという話。

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(特異的な形態を持つ、貴州省銅仁市梵浄山のファンジンシャンミヤマクワガタLucanus fanjingshanus Huang & Chen, 2010は基準産地が独立峰である。神秘的な山で、ギアナ高地と少しだけ似た雰囲気がある。1982年に国連から生物圏保護区に指定されていたそうだが、何らかのルートで採集個体群が調べられ記載されたという分類群である。当分類群の基準産地は2018年7月2日バーレーンのマナマで行われた第42回世界遺産委員会において世界自然遺産に登録されたので規制がより厳しい状態になっている。後から調べて分かった事だが、画像の梵浄山の個体は世界遺産登録よりギリギリ早く採集された個体であった。)

あなたの不幸がいかに大きくても、最大の不幸とは、絶望に屈することである。

(ジャン・アンリ・ファーブル)