クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【第肆欠片】約1億年前・後期白亜紀セノマニアン前期のクワガタムシ科入りBurmese amberについて

 以下は私が大惑不解を乗り越え入手に成功した4つ目のクワガタムシ科入り琥珀触角等画像(全身は現状秘密)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。


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f:id:iVene:20220126005126j:image(マダラクワガタ属に似た体長3.5mm程度のクワガタムシ、本体は頭部が気泡に巻かれて見づらいが第一節に剛毛が無い等の触角形態や爪間板が有る事で近似するコブスジコガネ科とは異なると分かる。型としては1点モノで、他に見た事の無い外形のクワガタ。サイズはマダラクワガタグループはじめクワガタとしては最小クラス)

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f:id:iVene:20220125221739j:image(実際問題として画像からも分かるように、触角などの細部形態も変形している事は多々ある。比較的状態の分かる形態を参考にしなくてはならないが、それが全く変形していないとも限らない。当琥珀では、節数は左右触角で、ラメラ形態は右側触角で観察する。右触角はあらゆる角度から見て各節の位置を識別する。左触角は亀裂が多く難しいが数えられる)

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(このクワガタ個体は爪間板の観察にやや手間取ったため苦労の跡を図示する。中脚と後脚はフセツ先端が絡みあった状態になっており画像の通り)

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(前脚の爪間板も見えるが撮影がなかなか難しい)

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(この付節ならば爪間板のsetaeの部分は爪に沿っていて見えにくいがrod部位は輪郭が少し見えている。色々参考にした感じでは南半球側オセアニアのマダラクワガタ類現生種はrod部位が細長く伸びるのに対して、北半球側〜東南アジアの現生種群は画像琥珀個体のようにrod部位が太短い)

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(前脚ケイ節形態はニュージーランドのクシヒゲマグソクワガタ属:Mitophyllusやオーストラリアのキバマグソクワガタ属:Ceratognathusに近い)

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(エリトラ上は毛束が配される。左エリトラは薄い空気層に覆われてしまっているが点刻等はハッキリ見えている)

 産地はミャンマー・カチン州タナイ。琥珀のクワガタは絶滅既知種との種内雌雄差か種内個体差か別種かの関係性判断は不可能である。ただし現生種とは、いずれとも異なる。

 琥珀内のクワガタは翅を閉じる際に別昆虫を巻き込んで鞘翅下へ収納してしまっていて、無関係な虫の翅がクワガタの鞘翅から食み出ている。

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スカラベオイデスマダラクワガタ:Aesalus (Aesalus) scarabaeoides (Panzer, 1793)〈左〉とタイワンネッタイマダラクワガタEchinoaesalus chungi Huang & Chen, 2015〈右〉。北半球側のマダラクワガタ類も色々いる。琥珀のマダラクワガタ近似型個体は、やや細身で毛束がありAesalus属らしい比率をしているが脚部形態は異なる。またサイズ的にはEchinoaesalus chungiと同じくらいである)

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ニュージーランドのパリアヌスクシヒゲマグソクワガタ:Mitophyllus parrianus Westwood, 1863の雌雄。この前脚形態は現生種でも南半球側オセアニアのマダラクワガタ類に特有的)

 ちなみに私はミャンマー琥珀の産地はインド亜大陸と共に南半球から現在の位置に移動してきたと考えている。全世界で僅かにしか発見されていない化石の産地を元に孤島だったとする仮説があるが根拠が希薄だった故に信用していない。という事でマダラクワガタのグループもインド亜大陸という方舟でユーラシアにやってきたのではないだろうかと考えている。

 過去、アフリカをクワガタの起源と考えた仮説を見た事があるが、アフリカにはマダラクワガタの記載はなされていない。しかし月刊むし402号によればアフリカ産マダラクワガタ未記載種が得られているとされる。この記事では記載予定とあるが2022年現在迄に記載された事は無い。何も続報が無いが記載が無いという事はデータミスか誤同定だったのだろうか。

 まぁアフリカにマダラクワガタ亜科の種が居たとしてもインド亜大陸から移動してきたという可能性はありうる。インドネシアのオウゴンオニクワガタ属:Allotopusとアフリカのオオツヤクワガタ属:Mesotopus・ミツノツツクワガタ属:Dendezia、また同じく分布を広げたノコギリクワガタ属:Prosopocoilusは其のような移動経路だったかと考えられる(約一億年前の南アメリカ大陸とアフリカ大陸が分離後にアフリカに侵入したと考えられ、それまでのアフリカ・南アメリカにはいなかったと考えられる為)。ただし中南米に産するマダラクワガタ類はどういうルートで入ってきたのか未だよく分かっていない。

【References】

Tabana, M., Okuda, N., 1992. Notes on Nicagus japonicus Nagel. Gekkan-Mushi 256, 4-10.

Huang, Hao, Chen, Chang-Chin, 2015. Discovery of a second species of Aesalini from Taiwan, with description of the new species of the genus Echinoaesalus Zelenka, 1993 (Coleoptera: Lucanidae). Zootaxa 3920 (1): 163-170.

Fabricius, J.C. 1801. Systema Eleutheratorum secundum ordines, genera, species: adiectis synonymis, locis, observationibus, descriptionibus. Tomus II. Impensis bibliopoli academici novi, Kiliae:1-687.

Westwood, J.O. 1838. Lucanidarum novarum exoticarum Descripcum Monographia Generum Nigidii et Figuli. The Entomological magazine 5:259-268.

Westwood, J.O. 1863. Descriptions of some new species of exotic Lucanidae. Transactions of the Royal Entomological Society of London (3)1:429-437.

Albers, G. 1894. Beiträge zur Kenntniss der Lucaniden. Deutsche Entomologische Zeitschrift 38(2):161-167.

Hope, F. W. & Westwood, J.O. 1845. A Catalogue of the Lucanoid Coleoptera in the collection of the Rev. F. W. Hope, together with descriptions of the new species therein contained. J. C. Bridgewater, South Molton street, London :1-31.

荒谷邦雄, マダラクワガタの魅力., 月刊むし, (402) :18-25, 2004.01.

【追記】

 推定約1億年前の白亜紀セノマニアンのクワガタムシ。マダラクワガタにとてもよく似ているが、脚部が発達している形態はマダラクワガタにしては特異的。前脚ケイ節形態もどちらかというとオセアニアのマダラクワガタ亜科で安定した形態とまぁまぁ一致する。

 出品時画像は殆どクワガタに見えず相当悩んだ。触角先端らしき部位が微妙に見えていたが、コブスジコガネ科やカツオブシムシ科もマダラクワガタ系に体型の見た目がよく似ている。また事前に出品者の出品物他ロットのチェックも欠かせない(出品者によっては色々な所から仕入れているようで偽物が混じっていそうだった事もある。入手ルートというのはどれだけ名の通った人物のものであっても常時厳しく評価しなくてはならない)。当琥珀についてはクワガタ分類屋の友人にも相談したが「出品画像では分からない」という事で、もしかしたらクワガタかもしれないという僅かな望みに賭け、またもや博打的に落札するしかなかった琥珀であった。コブスジコガネ科との見分け方が一番難しかったが前脚フセツが長い事で目星をつけた。ただし証拠の部位が異物や気泡、亀裂などで見えないせいで科同定不可標本だったとしても敗北であるから其れも覚悟したものであった。結果的に触角と爪間板などの形態からクワガタムシ科と分かり安堵した訳だが手元に来るまではやはりしんどかった。

 マダラクワガタが白亜紀に居た事自体は、そこまで意外ではない。しかし琥珀に入るという事は例外的だと考えられる。何故ならばマダラクワガタの好む材の植物(被子植物樹木)と琥珀樹脂を分泌する植物(シダや杉などの裸子植物)は大きく異なると考えられているからである。ミャンマー琥珀からは被子植物裸子植物の両方のインクルージョンが出ているため同所的に生息していたと推定されるが、非常に希少である事を考えれば当時当産地では勢力的には未だ被子植物は劣勢だったかと想像されうる。また当時のマダラクワガタ祖先種の食性が異なった可能性もなくはない。

f:id:iVene:20220116220713j:image(†Tropidogyne属の花琥珀。一応の資料として入手しておいた物)

 また、こういう琥珀の中身である虫をハッキリ見るには研磨が必要になる。私はこういう作業も沢山やった事があるので慣れた感じで出来るが慣れていない人は宝石研磨師などに依頼した方が良いように考えられる。特に切削に関しては琥珀が堅いからかなり難しい。タングステン製のドリルを使いたくなるがグリッターにドリルの刃が引っかかると豪快に琥珀が割れるリスクがあるから殆ど推奨されない。また中身の虫等インクルージョンを削ってしまわないようにしなければならない。ダイヤモンドヤスリで撫でるように慎重に切削していく事が無難である。あとは紙ヤスリ等(粗面から徐々にキメ細かい番号にしつつ)撫でる感じでやすって表面の滑らかさを出していく。最後はコンパウンド研磨剤を使い艶出しを行う。作業は虫を削らないようにする為に、また樹脂表面の傷残しを防ぎたいため顕微鏡下で行う。しかし1回では傷残しがある場合が多いので研磨工程を2〜3回繰り返す事が多い。小さくても3時間、大きい琥珀だと20時間近く作業しなければならない事もある。だが中身を鮮明に観たいが為にやる作業だから疲労感は少なく、私はいつもなるべく通しで行う。現地から届いた時は大抵やすっぽいプラスチックのような光沢をしていたりくすんだりしているが上手い感じに再研磨すれば水面のように透き通った艶の光沢になる。

 しかしやはり出品時でも論文でも図鑑でもそうだが無意味な図示は頭を痛くする。部分的では分からない事だらけで殆どの部位が見えていても必要な部分が見えていなければパレイドリア的な誤同定や誤解をしやすい。非効率と思われるかもしれないが、こういう品が出る度に私は近似別科甲虫を参照し、考えに不足が無いかどうかを確かめる。なんせまとまったページが無いから大変である。平易明快な図示や説明表現のページでなければ頭が覚えてくれない。当ブログでも何度も書いているがクワガタムシ科だけでなく生物種の見分け方などと言って変異も考えず僅かな部分だけを根拠に分類する連中や、万能ではないと分かっているのに"DNA万能論"を持ち出して色々重要な考察をすっ飛ばす連中も全く不親切である。いくつかの琥珀について私は博打的入手をしていると書いているが、そんなに軽い気分で出せる額ではないから悩ましいというのもある。

琥珀の保管方法

 琥珀の保管方法については色々な私見があるが、基本的に数千万年〜1億年と自然界の地中で過ごしている訳だから相当に様々な環境を耐えぬいてきていると推察できる。特にミャンマー琥珀白亜紀に固まった事が同じ地層の他化石や鉱物状態などから分かっており、KT境界と呼ばれる生物大絶滅の原因となった隕石による災厄を乗り越えたものであるからそれなりに頑丈と分かる。だから室温湿度環境下での保管で問題無いと言える。

 しかしとはいえ、相手は元はと言えば植物の樹液が固まったもので、天然のプラスチックとも言えて火で焼けるし、高温加熱処理をすると酸化して色がわるくなる。また有機成分だから人類文明でしか出てこないような薬品がどういう影響を及ぼすか不明だから保管は或る程度無難な方法でやっておきたい。

 大抵の天然琥珀にはヒビ割れがある。割れていない部分が強力な構造故に繋がっているが、硬い物質であるため強い衝撃を加えると割れる事もある。初期研磨ではマシンを使って豪快に切削され割れなかった部位のみ最後まで研磨されていくから、最終的には壊れにくい欠片になっているように考えられもする。しかしいくら頑丈でも何が起こるか分からないから慎重に扱う事が推奨されている。

 水に付ける事を忌避する人もいる。水がヒビから内部に侵入し、湿潤と乾燥を繰り返しヒビ割れを大きくするかもしれないというリスクがなくはない。

 また酸化等での変色リスクを避けるため紫外線や日光に当てない所で保管しておいた方が良いという事もよく言われる。昆虫標本も日光に曝さない方が良いのは虫体のクチクラが構造を変質させかねないからであるが此れを紫外線だけ遮断しておけば良いと勘違いする人が虫業界にはとてつもなく多い。UV:紫外線を殆どカットするフィルターでもブルーライト始め可視光ほか長波長は通ってくる。だから問題が解決されない。ブルーライトの影響は詳しく分かっていないが紫外線に近い波長だから長期的には紫外線に似た影響を及ぼす可能性を見通せる(日光からの暴露量は人工光の1000倍以上)。またそのようにしてガラス箱に入れておくと日光による近赤外光の熱線も入ってきて箱内が照り焼き状態になり標本もタンパク質部分などが熱変性するという寸法である。

 なお琥珀になりきっていないコーパルについては私は触っていないので無責任な事を書けないが、まだ湿潤を残している樹脂であるため乾燥するとヒビ割れやすいらしく其れが注意点として挙げられている。