クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【第伍欠片】約4千万年前・始新世のクワガタムシ科入りBaltic amberについて

 写真の標本はバルト琥珀で私個人所蔵のクワガタムシ科入り琥珀としては難行苦行の末の5個体目。特異的な触角の形態から不明種としてのSucciniplatycerus sp. またはS. berendti (Zang, 1905)のどちらか。生物種の特定までは不可能。属和名を付けられた事は無いと思うが、ここでは属名原記載での説明に従い「コハクルリクワガタ属」と訳しておきたい(琥珀に限らない場合を考慮して「カセキルリクワガタ」でも良いかもしれない)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。

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(体長は約14mmで♂個体。※当記事での画像以外は秘密)

 顕微鏡で覗くと数マイクロメートル単位まで詳細に構造が見える。琥珀内には植物片や、樹脂の流れでバラけた2mm程度のキノコバエ(Sciaridae)?の破片が2頭分混入している。

 産地はリトアニア沿岸部のバルト琥珀。高額だったが私自身人生をかけて探していたものだったから価格からの躊躇は無かった。化石業界の事情でミャンマー琥珀からの「クワガタ入り琥珀」という誤同定のケシキスイ等が入る琥珀が多数出品された経緯があり業界人各位はクワガタムシ科とそれ以外の甲虫との区別点を知らない人ばかりのようだったため本当のクワガタ入り琥珀時価は相当に足を引っ張られ下げられた状態である。しかし後述にもするがバルト琥珀からのクワガタムシ科絶滅種はミャンマー琥珀の其れよりも出会える確率がずっと低い。

 出品された事を知った時は私自身もあり得ないほど驚いた。何故出品されたのか。出品者はゾウムシやカミキリムシの絶滅種に造詣が深いようだった一方で、Succiniplatycerus属を知らなかったあたりクワガタについては詳しくなかったと思われる。また中国人出品者らがクワガタでは無い「クワガタ」入りミャンマー琥珀を多数出品したため焦って出してしまったのかもしれない。とはいえ富豪でも無い私一個人には高い買い物だったので、相当にバルト琥珀の鑑定法を予習し、再現性のある実物での鑑定法を理解した。様々やって漸く価値を担保出来る。鑑定を他人に丸投げする他責的なコレクターが多いので偽物の流通が収まらないが、まぁ其のおかげで希望の品を実際の価値よりもずっと安価で入手出来たという事情もある。

 やや煩雑な検査法だが赤外線吸収スペクトル測定による分析ならば、バルト琥珀であれば他産地では見られない「バルティックショルダー」と呼ばれる波形が見られるという話、また再生琥珀等で作られた贋作の虫入り琥珀は接着剤の成分が混入していたとの報文が出ている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%A4%96%E5%88%86%E5%85%89%E6%B3%95

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1386142518301707

https://www.semanticscholar.org/paper/Identification-Characteristics-for-Amber-and-its-Li-Wang/413f750ef8874a50e3f957a62fa1783b1e2b8925

 また中身の虫が絶滅種ならば同定は殆ど安心である。クワガタムシ科の場合だと現生種の網羅率が高いから他の昆虫よりも検証が容易という要素も大きい(本当は色んな虫の分類を知りたいが業界は人気生物ばかりに研究テーマが偏りがちである)。なお現生種を大量に集めたり知り合いに見せていただいたりして未記載種を含め1500種近くのクワガタムシ科甲虫個体群を網羅的に観察してきた私などは有利である。観察や考察はなるべく多く且つ根源的である方が良い。

 加えて公式的に調べられるクワガタムシ科の定義はネブラスカ大学のページにあるクワガタムシ科やコガネムシ上科の比較説明が参考になる。ここで参考にされている南北アメリカ大陸のクワガタムシ科には全ての亜科があり、また化石種に似た形態のものもいる。このページに関しては私の研究活動に役立てる事が出来たから高く評価したい(※爪間板に関する記述は一部の近縁別科に特異的であるためか省略されているが、本来は具体的に示されているべきである)。

https://unsm-ento.unl.edu/Guide/Scarabaeoidea/Lucanidae/Lucanidae-Overview/LucanidaeO.html

https://unsm-ento.unl.edu/Guide/Scarabaeoidea/Scarabaeoidea-pages/Scarabaeoidea-Key/ScarabaeoideaK.html

 琥珀に入る原始的なクワガタ達は素人眼にはクワガタムシか否か分かりにくい。だから誰にとってもかなりの予習が必要になる訳だが、誤認常習者や詐欺師による検索妨害的な情報拡散が多く、なかなか情報収集になりにくい。まぁこの業界の詐欺師というのは使い回すフレーズがワンパターンでいかにも香ばしい連中であるから普通の社会人なら看破しやすいが、虫の同定となると条件が変わってしまい一般庶民には識別が難しい。

 また深くサーチしてみれば分かるが20〜30欠片近く出土していると噂のミャンマー産クワガタ琥珀とは異なり、バルト琥珀やドミニカ琥珀に入るクワガタというのは全くと言えるくらいに情報が無い。採掘場では既に大量の琥珀が産出しており、努力すれば見つかるという次元のクワガタでは無い。私は画像だけでも見たいと20年近く延々と探して見つけたが、入手まで出来た事は非常に運が良かったと考えられる。能動的に入手しようとすると想像を絶するキツさがありそうだ。ドミニカ琥珀は未だ採掘の歴史が浅いから仕方ないが、バルト琥珀はこれまでに少なくとも10万トン(=100億グラム)は産出しているとされる。このクワガタ琥珀は約3.44グラム。歴史上1800年以降の記録から分かる「バルト琥珀にクワガタが入る率」は100年にほんの数個?程度で、1800年以前の記録は全く無い。全体から見ると相当な低確率と分かる。バルト琥珀がこれまでに10万トンが産出しているとされる一方で未だ50〜60万トンが未産出で自然界に眠っていると推定されている。逆算すればクワガタ入りバルト琥珀は自然界ストックを含めても数十片も存在しない見通しがなされ、産出されきるまで未だ数百年はかかりそうという見通しがなされうる。

 さて、当記事主役のクワガタの体長は約14mmとルリクワガタ類では大型個体、最大体幅は約6〜7mmありルリクワガタの仲間では突出して幅広い、さらに大顎は鸚鵡の嘴のように太短い。また特筆すべきは他にない分厚さでボッテリ太ったような形態、それに鞘翅だけで長さが10mm近くあり、鞘翅外縁形態もこのサイズ感だと他では別科甲虫ですら見た事が無いような変わった形態をしている。ここまで大きな絶滅種クワガタが入った琥珀は初めてだったから其れは感動が凄まじかった。これが約4000万年前の始新世に生息し、現在は絶滅して居ないリトアニア産コハクルリクワガタ属の1種1個体なのだと。既知種ベレンティコハクルリとの関係性は不明で、同種かもしれないし別種かもしれない。虫体は構造が組織分解しているため取り出せない。遺伝子は半減期により殆ど全て残っていないし琥珀内なのでDNA配列の痕跡はコンタミして正確に読み取る術は無いと考えられる。しかし極めて珍しい事に交尾器硬質部位の先端が見えており、ルリクワガタ系の♂とまで分かる

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(♂交尾器の側片と陰茎の一部※背面。天然琥珀内の昆虫、特にクワガタで雌雄が明らかに判る標本は極めて稀)

 虫のコンディションは約4000万年に亘る樹脂の脱水収縮によりヒビが入り、また頭部など部分的に乳白色の濁ったような異物が付着している。だが変形は殆ど見られず部分的に金属光沢が健在ですらあり、保存状態が虫入り琥珀にしては最高クラスに近いと考えられる。

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(およそ四千万年も古くの虫個体とは思えないくらいに保存状態が良いが、顕微鏡を使い更に眼を凝らして細部を見ると虫の翅表面に細かいヒビ割れが走っている状態が分かる)

 現生のルリクワガタグループでは見られない程の巨躯であり、実物を観察したときには先ずそこに驚きがあった。そんなに体積のあるルリクワガタが居たのかと。なお触角第6〜7節が殆ど肥大せず、8〜9節で急激な肥大をしている点で、この属は判別が容易。その特徴は現生のコツノクワガタ類などの祖先に近縁で南半球に居ただろう白亜紀クワガタムシ亜科型個体群も同様である。この触角第7節が肥大する傾向は現生種では普遍的多数派である。発達以前の始新世より古い段階で分化したはずの各系統で各々が並行的に収斂進化を成している事は、変化する環境適応のために馴化的変化をしたような変遷を呈している様で面白い。

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(鮮明に見える触角。クワガタムシ科以外ではあり得ない形態。ルリクワガタ的な片状節でありながら全体的に見ると現生のルリクワガタには無い触角形態。1990年のNikolayevによるSucciniplatycerus属記載はたった1頭分のスケッチと記述の参照で記載され属内変異を考慮されていないから一致する属の特徴は第七節くらい)

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(しかし体躯は現生種では見られない形態なのに、まるでついさっき固まったかのように時が止まっている琥珀内景に感歎が絶えない)

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(前脚ケイ節の形態も現生のルリクワガタグループでは見られない形態)

 また♂交尾器は全ルリクワガタでは小さい方で、体躯の大きさからは想像しづらいサイズである。前脚脛節外縁の棘列状態は現生種のルリクワガタグループでは見られないパターンであり、現状で見知る個体群のみからの比較観察ではコハクルリクワガタ属種にのみ特異な形態と考えられる。

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アメリカ合衆国カリフォルニア州に分布があるポタックスニセルリクワガタ:Platyceroides (Platyceroides) potax Paulsen, 2014. ♂個体11.4mm。触角第七節は同属内で控えめな方の種だがしっかりと発達が見られる。かなりおおまかなプロポーションは今回記事にする琥珀内のクワガタに似る)

 なお、此の琥珀からはクワガタが埋没した時の状況が少しだけ分かる。クワガタ頭部より前方に葉のような破片、重力で埋没した方向が分かる生物的な移動以外の移動痕跡、小楯板の辺りから出る気泡の形態から分かる埋没時の上下方向、そして埋没時は暫く生きていて溺れ苦しむ姿勢。おそらく飛んできて葉か何かの破片に掴まったところで、自重で下に流れていた樹液に其の破片ごと落ちて流されてしまったと考えられる。腹面が樹液に入り苦しみ暴れる最中に、上から更に樹液が流れて完全に埋没した様子が読み取れる。綺麗に埋没しているのは、異物混入少なく液性の高い樹液に埋没したためと考える。約4000万年前の正確にはどれくらい昔なのか分かる術は無いが、その時起こった事が様々な痕跡として保存されている。

 ルリクワガタ類はクワガタムシ科の中ではやや古い段階で分化したグループと推定されておりキンイロクワガタ亜科グループと近縁だったらしい。始新世から現生種まで似たままであるという事も古い系統だと示唆している。また北半球にしかいない事から、インド亜大陸ゴンドワナから分離して以降に出現し、ローラシア側へ繋がってから北半球広域に分布を広げていったと考えられる。現在はバルト海底に沈む大森林には始新世の其の昔、ルリクワガタの進化系統がインド亜大陸から北上して到達したと考えられる。

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リトアニアを含め広大なエリアに分布するカプレアルリクワガタ:Platycerus caprea (DeGeer, 1774)。画像のリトアニア産個体群は偶然そうなのか紫色が強い。ヨーロッパでの同属現生種は種数が少ないが、太古では様々いたかもしれない。現生のルリクワガタ属が小型種ばかりなのは何が原因しているのだろうか)

 人間が出現するよりもずっと昔の始新世の時代はどんなだったろうか。クジラの祖先が4本の脚で陸上を歩いていた様はどのようなものだったのか。色々な想像を引き出され、まさにロマンの塊とも見える。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A9%E4%BA%9C%E7%9B%AE

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【References】

R. Zang. 1905. Über Coleoptera Lamellicornia aus dem baltischen Bernstein. Sitzungsberichte der Gesellschaft Naturforschender Freunde zu Berlin 1905:197-205

G. B. Nikolayev. 1990. Stag Beetles (Coleoptera, Lucanidae) from the Paleogene of Eurasia. Paleontological Journal24(4):119-122

Paulsen, M.J. 2014: A new species of stag beetle (Coleoptera: Lucanidae) from California. Insecta mundi, (0358)

DeGeer, C. 1774. Mémoires pour servir à l'Histoire des Insectes (tom.1-7. 1752-1778). Hesselberg, Stockholm 4:1-456.

【追記】

 生前の姿が殆ど変わっていない約4000万〜4500万年前の始新世にいた美しく金属光沢を放つクワガタムシ。バルト琥珀の其の実物を自由に観察出来るなんて昔は思ってもみなかった。

 近年はルリクワガタ類について適切な図示・考察を省き、形態が簡単に変形し尚且つ種内変異もある内袋と微妙な外形の差異だけで新分類群が記載されている事が多く、昔は熱意を持ってルリクワガタ属を見ていた私の友人もやる気を無くしていたが、私の琥珀標本を見て感動を取り戻していただけた。どんなルリクワガタよりも始新世の個体がズバ抜けて一番評価が高い。

 ちなみに私は有史以前に絶滅したクワガタムシ入りの天然バルト琥珀を20年近く追っていたので出品されたのを見つけた時は驚きが凄まじかった。

 回想すれば長いが最初に私が虫入り琥珀に興味を持ったのは私が虫界に興味を持つより昔の話。もう27年以上前になるがドミニカンアンバーの虫入り琥珀を手にした時である。何処か忘れたが博物館の売店で売られていた安物だった。「琥珀に虫?琥珀って?」という初心ながら興味を持ったが其の時代は虫入り琥珀はあまり出物が無く、またインターネットが流行り出したといっても紹介に出てくる"琥珀"はどれもこれも偽物くさい"羊頭狗肉"な業態を呈していた。出鼻を挫くように「贋作が出回る」という情報が沢山ある中で"人の主観"以外の真偽判定法が安定した情報になっていないなら本物なんて分からない。当時は文献も少なくそこそこ情報密度が高かったのがゲームボーイRPGゲームの一つ「ポケットモンスター」に登場するアイテム"ひみつの琥珀"であった。当時其のゲームシナリオではどうやって虫入り琥珀から巨大な翼竜ポケモンが復活するのか解説が見当たらず意味不明だったが映画"ジュラシックパーク"のオマージュだったという事から理解した。"ジュラシックパーク"の映画の方がまだ理解を促したが完全な論理的シナリオでは無く、やはりフィクションである(琥珀を削るシーンがあったがあんなに簡単に削れる訳が無い)。ちなみにDNAの半減期は521年であるため所詮はフィクション、数千万年以上昔の化石生物種の復活は現実的に不可能である。

http://sumaburayasan.com/archives/23684166.html

 その後、現生のクワガタムシ科にドハマりしていた私はとにかく色々情報を集めた(香ばしい連中も多かったが今と違い避ける方法はあった。最近は"羊質虎皮"の香ばしい人達が多いから大変である)。しかし不意に"ebay"に出会う訳である。たしか2002年だったか、当時のebayには現生種昆虫個体群が少ない一方でヨーロッパの化石商が沢山の化石を出品していた。当時は高額だった世界の昆虫収集など金持ち趣味であり一般庶民のする事では無いという社会通念が普遍的だった一方で化石は管理が易しく、葉っぱの化石なんかは採集が簡単で低コストでもロマンのある話題になっていたため収集が流行りだった。そして中には虫入り琥珀があり、忘れもしない出品に出会う。サイン付き鑑定書がついた「10mm程度のカマキリ成虫全身入りバルト琥珀」(※鑑定書が真偽の担保になっているとは限らない)が信じられないくらい白熱したオークションを呈し、10€スタートだったのに30人以上の参加者によってアレよアレよと入札が入り10,000€を軽く越えて落札されたのだ(当時のレートで120万円程度)。外国産現生昆虫が日本に入ってきて間も無かった時代、私は世界のクワガタにすら感動していたのに「虫入り琥珀だなんて」と、とんでもない世界を知ってしまったと思った。しかし同時にクワガタムシ入り琥珀があれば見てみたいと考え、どうせ買えないだろうと思いつつ探してみた訳である。まぁ文献などでも全然記載されないのだから有る訳が無い(出物があったとしても一見して現生種が入る贋作であった)。だがいつ出てくるか分からないというのは、それまでの私の経験則からすぐに考えられたので誰にも話さず(当時お世話になっていた人達にすら)極めて秘密裏に探索をすると戦略立てた訳である。しかしステルス式収集は収集活動の基本中の基本である。最初から高額である故に買えない事の方がありうるが、画像を見る価値はあるし、それにもし同定ミスで出てきたら買える値段かもしれない。しかし競合する人がいたら先ず入手出来ない。誤同定も多かったのに分類学の情報もそんなに入ってこないから殆ど独学を試される条件であった。自身の知識をブラッシュアップするためには知りうる限り出来うる限りの事をなるだけ全て行なう。当該琥珀を見つけるまでは色々な虫入り琥珀を無尽蔵に見てきたが専門外の虫は分からない。化石種にも色々いるんだな〜と感心しつつ自身の知識になりにくい虫ばかり見て結構な苦行にもなっていた(現生種の生物学的特性を知らずして化石種分類は語れない。「自身で理解しきれていない」と解る虫を延々と見つづける苦痛は凄まじい)。しかし2010年頃からのミャンマー琥珀大量出品と其れに伴う誤同定頻発大暴落事件が後年の虫入り琥珀全体的な相場低迷のキッカケになったのは私にとってまるで神風だった。他琥珀についてもそうだが全ての状況が私の活動の追い風になってくれた。

 私が此のクワガタ琥珀を見つけたのは仕事終わりで疲れ眠そうにチェックしていた時だったが、気づいたと同時に条件反射的にスッカリ目醒め人目を憚らず叫んでしまったくらい驚いた。どこからどう見ても本物の虫入りバルト琥珀で、私の見た事の無いクワガタが入っていたからだ。コレほど私を驚かせた虫個体は他に無い。是非も無く自身でバルト海沿岸で採集した訳ではないから読者には大して参考にし辛く面白い話では無いかもしれないが、産地の光景を見ても分かるようにコレを原産地で見つける自信なんて私にも全く無い。しかしてだから私の人生にとってはまさしく「ラーの涙」、大切な資料なのである。

https://karapaia.com/archives/52210511.html

【雑記】

 当ブログ記事では現生種の画像もブログだから図鑑式の図示をしていないし、琥珀内クワガタに至っては部分的にしか載せていないが理由は複数ある(見れば容易に分かるのだが図鑑という割に役に立たない物も多いが)。全身を公開しない事については「意味が薄いから」というニュアンスの理由を以前に書いたが、個人的にも「非常に苦労して入手した物品を勝手に利用されたくない」という理由もある。大抵の大コレクターが秘蔵にする理由も似た理由である。

https://www.google.co.jp/amp/s/www.cnn.co.jp/amp/article/35120409.html

 例えば恐竜の全身骨格等を個人収集している人がいるのを非難する研究家がいるが、私に言わせれば「文句言わずに協力してもらうよう交渉するか協力拒否されてるんなら自分の仕事をキッチリやれ」としか思えない。そんなに見たいなら原産地に行って探すという手段もある。「自分は賢い頭脳を持っているんだからつまらない仕事に引っ張られるのは嫌だ」みたいなアカデミックハラスメントを恥ずかしげもなく公言する学者・研究者がアホらしくて見せる気を喪失している人達も多い。貴重な資料でなくとも研究テーマはある。

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/101400601/?ST=m_news

 大富豪のコレクターが良い資料を集める事は其れに違法性がまとわりつかない限り悪い事ではないと私は考える。むしろこんな世の中で科学への関心を忘れないでいてもらえるのはありがたい。

https://www.google.co.jp/amp/s/www.sankeibiz.jp/macro/amp/170704/mcb1707040500003-a.htm

 彼らは確かに権威を示したいがために貴重且つ目立つ資料を集めるという動機もあろうが、知識欲があって標本を欲しいという動機も必ずある。だから学者や研究家の立場であったとしても彼ら富豪コレクターの自然科学への興味を無視して無下に扱う事は非科学的であると瞬時に分かる。

https://www.google.co.jp/amp/s/www.cnn.co.jp/amp/article/35178434.html

 また大コレクターの場合は頻繁にコレクションを秘蔵にする。私も特別殆ど誰も知らないような資料群の秘蔵をやってみて理解したが、自然や科学に対し不遜な態度をする人達が如何に大量にいるかという不快感に気づきがあった。他方「秘蔵をするなんて独りよがりだ」という人達の意見も分からなくは無い。しかし「なんであんな偉そうに馬鹿な事を言える人達に見えるよう大切な秘蔵資料を見せなくてはいかんのか。検閲のつもりなのか」と怒りすら湧いてくる我々側の意見も汲んで欲しい。だから信用出来る人物にしか見せない。秘蔵は正当防衛でありうる。

https://www.afpbb.com/articles/-/3170946?cx_amp=all&act=all

 単純に純粋な興味で大コレクターの秘蔵資料を見たい人達が其れ等を見る事が出来ない理由は馬鹿な人達の活動から広がる波紋のトバッチリである場合が多い。恨むなら不遜で夜郎自大な人間を恨むべしという結論であるが人間社会とはそういう生き物が構成するモノだからいつの時代もそうなる。

https://www.google.co.jp/amp/s/www.afpbb.com/articles/amp/3309616

 博物館に寄贈するとした大コレクターも拘りの個体群だけは先んじて他に回されうる。まぁ大切な個体群を失礼な人達に見せる意味は無い。博物館の所蔵庫で他では見られない驚くべき資料があった場合、其れは大抵が高額取引が成立して博物館に入ったものである(稲原コレクションやBomansコレクション等)。

https://toyokeizai.net/articles/amp/414929?display=b

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(ハワイハネナシクワガタ不明亜種?:Apterocyclus honoluluensis ssp.?。変わった個体群。ハワイハネナシクワガタはいくつかの既知種があるが未だ見つかっていない種はいると考えられる。様々なところで紹介される多くの個体は"コケ"という割と出入りしやすいエリアだが、画像の個体群は谷と山をいくつか越えた奥地で得られたものである。見て分かるとおり後脚が太短く、また傾向として前胸背形態がやや角ばる。其の山の個体群はそうなるのだとか。実は手前の個体は私が標本を再形成しているが、図鑑に掲載された書載モノで、近年に売られていたものである。念のため2オス入手しておいた。曰く成虫の発生期は雨季であり歩行性特化のハワイハネナシクワガタは水浸しになった低標高に降りられず隔離が起こっているのだろうという話で"未記載亜種"を予想されている。たしかにコケのポピュラーな個体群と交尾器形態は変わらないが外形は結構異なるように見える。ちなみにコケと此れ等の産地の間の山や離れた場所の個体群も変わっている。個体数が少ないのだが、採集された後年に道が土砂崩れで通れなくなり復興もされないから追加採集出来なくなったという貴重なクワガタである。こういう資料ほど博物館にはなかなか入らない)

【References 2】

Waterhouse, C.O. 1871. On a new genus and species of Coleoptera belonging to the family Lucanidae from the Sandwich Islands. Transactions of the Royal Entomological Society of London :315-316.

Paulsen, M. J., Hawks, David C. 2014. A review of the primary types of the Hawaiian stag beetle genus Apterocyclus Waterhouse (Coleoptera, Lucanidae, Lucaninae), with the description of a new species. ZooKeys 433: 77-88.