クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【第捌欠片】約1億年前・後期白亜紀セノマニアン前期のクワガタムシ科入りBurmese amberについて

 以下は私が天佑神助に恵まれ入手に成功した8個体目のクワガタムシ科入り琥珀左右触角背面(全身は現状秘密)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。

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f:id:iVene:20220309082814j:image(オニクワガタ属:Prismognathus Motschulsky, 1860などに似た体型の体長15mm程度のクワガタムシ、本体は樹脂の脱水収縮でヒビだらけで、研磨時に腹部と脚が一部削られている。右触角は片状節が変形、左触角は第一節先端等所々が割れている。オニクワガタ属等に似るが触角第七節は肥大しない。型としては1点モノで、他に見た事の無い外形のクワガタ。※ただし体型の良く似た細長い大顎を持ったクワガタが別途見つかっていて其方の個体は触角第10節が無く第9節が左右の触角で対象的な形態になっていた。半欠損していたのだろうか。琥珀の中の虫は欠損や歪みが普遍的であるから欠損部位を色々屁理屈を捏ねて生物的特徴として記載されかねない)

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(前胸背側縁形態も白亜紀にはクワガタムシ科の進化が進んでいた事を思わせる)

 産地はミャンマー・カチン州タナイ。琥珀のクワガタは絶滅既知種との種内雌雄差か種内個体差か別種かの関係性判断は不可能である。ただし現生種とはいずれとも異なる。

 触角第一節が細長くクワガタムシ亜科的である。しかしたまたまそういう姿勢だった可能性は否めないが其れ程には膝状の曲がり方をしていない。とりあえずここまで触角第一節が細長く他形態と合わせて考えれば間違いなくクワガタムシ科とまでは分かる。

 大顎は閉じていて見えづらいがツヤクワガタ的で太短い形態。内歯は鋭く突出し左右大顎で非対称的である。

 同琥珀では2mm程度のハチ目(Hymenoptera)昆虫が同封される。

 セノマニアン前期には既にクワガタムシ亜科の形態を獲得していたとなると、南半球で生じたクワガタの始祖は、やはりジュラ紀よりも更に古い段階とまで予想出来る。何故ならば約1億年前には既にアトランティカ大陸(アフリカ・南アメリカ大陸)を含む西ゴンドワナ大陸と、東ゴンドワナ大陸(南極・オーストラリア・インド亜大陸)の分離が終わっているとされる説が有力となっているからだ。おそらくこの時点でコバンクワガタ属やムネツノクワガタ属、オニツツクワガタ属、そしてマルガタクワガタ属の祖先はコツノクワガタ類の祖先種との系統分化が完了している。ただし触角の形態変化が各系統で並行して起こった可能性があるため白亜紀時点での亜科分化がどれくらい進んでいたかの具体的な推定は出来ない。クワガタムシ亜科〜キンイロクワガタ亜科〜マダラクワガタ亜科の形態が当時の種内変異か否か分からないが、ゴンドワナ大陸時には既に獲得されていた形態という事が推定可能である。

 ちなみに太古のクワガタで現生の大型種のようなサイズの個体はいまのところ見つかっていない。白亜紀〜始新世では最大でも15mm程度で、クワガタが巨大化したのはアジアを中心としたエリアの漸新世以降の時代だと考えられる。琥珀に入った太古のクワガタならば10mmを越せば大型、15mmなら特大である。甲虫類だとなかなか15mmは越えず迫るだけで希少標本である。ナガヒラタムシ科で20mm近く、甲虫だとコメツキムシで25mmが私の見た最大かなぁ。トンボでも30mm程度、カマキリ成虫も20mm、触角がギザギザのオオツノカメムシが10mm、蝶は2〜3mm、ゴキブリは20mm、アワフキで15mm、アリエノプテラは15mmくらい、カゲロウは50mmに迫るのがあった。最大クラスは昆虫では無いがウデムシで40mm、ムカデで50mmくらい。サソリやサソリモドキもあり小さくても人気である。大抵は2〜7mmの小型昆虫で観察には顕微鏡が必要になる。琥珀には色々入る。カタツムリ、花、葉、トカゲ、鳥、蛙、様々ある。海岸に近い場所だったからか、海洋性の生物痕跡も入る。少ないがフナムシも見たし、アンモナイト入りもニュースになった琥珀以外に1つ見た事がある。記載種としてはカニも最近有名になった。

 最も琥珀ジャンルを沸かしたのは恐竜の羽毛だったかと考えるがアレらが本当に恐竜の一部だったか否か不明瞭という印象である。恐竜の脚入りという琥珀も見たが鳥の脚と変わらなかった。ゴンドワナから分離した後のインド亜大陸に恐竜はいたのか。マダガスカルには恐竜が居たようだが、インド亜大陸と分離と接合を繰り返したという仮説もある。およそ1億年前のミャンマーに恐竜が居たかどうか知るためのハッキリした化石を見てみたい。

https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/oldworld/entry-10267538645.html

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【References】

Cai, Chenyang, Zi-Wei Yin, Ye Liu & Di-Ying Huang. 2017. Protonicagus tani gen. et sp. nov., the first stag beetles from Upper Cretaceous Burmese amber (Coleoptera: Lucanidae: Aesalinae: Nicagini). Cretaceous Research. 78. 109-112.

Motschulsky, V. 1860. Coléoptères rapportés de la Siberie orientale et notamment des pays situées sur les bors du fleuve Amour par M.M.Schrenck, Maack, Ditmar, Voznessenski déterminés et décrits. Dr.L.v.Schrenck's Reisen und Forschungen im Amur-Lande Band II. Zweite Lieferung. Coleoptera. St.Petersburg :77-258 (131-138).

Tabana, M., Okuda, N., 1992. Notes on Nicagus japonicus Nagel. Gekkan-Mushi 256, 4-10.

【追記】

 推定約1億年前の白亜紀セノマニアンのクワガタムシ。15mmクラスのクワガタが白亜紀に出現していた事に驚きがあった。腹部がかなり削り取られていて状態がそんなによくないがこれは大きい。以前の記事に書いた12mmクラスのクワガタでも相当大型だと思うくらいミャンマー琥珀に入る虫は現生種に比べてアベレージで小さい。

 触角を観れば第一節がニュッと細長く伸びていて容易にクワガタムシ科と分かる筈なのだが何故か「コガネムシ上科」として出品されて驚きだった(まぁクワガタムシ科がコガネムシ上科の中に分類されているから間違いでは無いのだが)。他の誰にも気付かれなかった為か大した競合もなく"ミャンマー琥珀に入る甲虫にしてはそこそこ大型の破損個体"という程度の評価額で落札に成功した。天の助けかと思ったくらい神がかった入手劇であった。

 琥珀に入った体型の似た細長い顎を持つクワガタは現生のミヤシタオニクワガタにも似ていた。其方は腹部が同様に削られ触角先端が両方とも欠損していたのは惜しかったが一目見てクワガタと分かる面白い琥珀だった。

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北ベトナム産ミヤシタオニクワガタ原亜種:Prismognathus miyashitai miyashitai Ikeda, 1997は高標高で局所的に分布する。ミャンマー亜種やインド産チベット産は最大サイズに近づくともう一段階大顎の形態を変えるがベトナムの原亜種は中歯止まり。原始的な系統の種なのかもしれない)

 この琥珀は詳細な同定がされなかったおかげで安価入手に成功できた。こういう同定は知識が無い人には迷惑な話だが知識の有る人にとっては有利な状況を齎しえる。しかし十分な知識では無いと誤同定と正同定を逆解釈する事になりかねない。ゆめゆめ油断しないように同定は消去法で行う。

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(インド北東部産ヤザキノコギリクワガタProsopocoilus yazakii Nagai 2005?は歯型や模様の変異があまり知られない※Prosopocoilus inclinatus (Motschulsky, 1857)の亜種という説もあるが納得の行くレベルで検証されていないし私もP. inclinatusの検証は不十分なのでここでは暫定的にこう扱う。♂や♀またサイズ差によって型の変わり方が異なるのは変異の多い種ならば普遍的である。画像個体群はいずれも飼育個体群であるが最大個体は40.1mmと巨大で大顎の発達は限界に近いと考えられる。種内・亜種内の変異がどんなものなのか、あまり知見の無い分類群では観察者の固定概念硬直の程度が低いから視覚的に認知を改めやすい)

【References 2】

Ikeda, H. 1997. Three new species of the genus Prismognathus from northern Vietnam. Gekkan-Mushi 318:28-30.

Nagai, S. 2005b. Notes on some SE. Asian Stag-beetles (Coleoptera, Lucanidae) with descriptions of several new taxa (5). Gekkan-Mushi, 415: 20-25.

【雑記・"借りパク"に御用心】

 有史以前のクワガタムシ科絶滅種甲虫入り琥珀というのは入手に異常に苦労する。だから其れだけに他人に話題を"我田引水されにくい"というメリットが物凄くある。現生種標本商の場合でも苦労して開拓した現地ルートを業界の寄生虫みたいな人達にすかさず奪わているような例が散見される。何処でも"ネタの盗用"や"商業上の激しい競争"が行われている事があるからそういうのに足を掬われないよう気をつけるのは必要不可欠な対策になってくる。誰がどんな人間性をしているのか長年かけてもなかなか分からない。

https://twitter.com/ttamu1228/status/1499367052523438080?s=21

コンタミ汚染の恐ろしさは人間の認知外にありうるから本当に怖い)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%BA%A6%E6%BC%AC%E3%81%91%E7%A6%81%E6%AD%A2

 当ブログには「しんどい話も沢山あるなぁ」と読者達に思われるような事を沢山書いている事は勿論のこと私も重々承知である。"何も書かずに放置する事"と"書き残す事"を天秤にかけマシな方の選択をしたという動機である(業界を主導しようなんて考えは全く無い。正常な世の中になって欲しいという祈り)。どちらにしろ厳しい世の中になるという見通しが立ってしまっているから免疫と耐性を付けておいて損は無い。

 実例として虫業界にいるとどうしてもネタを盗用する人に少なからず出会う。非難したところで彼らは他所様のかけたコストを考えずに都合良く「シェアだもんね」と嘯き正当化する。情報の無価値化が止まらないが、此の延々と終わらない様はPCウイルスのバージョンアップと其の対策がイタチごっこで延々終わらない現状に似る。

 何かの話題を自分の手柄にしようと逞しい人達は沢山いるし極めつけは標本を黙って「借りパク」される事すらある。彼ら自身が態度を大きくしている事がどういう事なのか彼ら自身はなかなか気付かない。自己相対化は殆どの社会人が苦手とする思考法である。

 実は私も借りパク被害に遭った事があるのだが相手が著名人であったのもあり解決は困難を極め、別な著名人に助けを願い9割程度だが解決してもらった事がある(1割は行方不明)。借りパク問題は何処かしこで散見され、聞けば最近は中国のクワガタ業界でも此の借りパク騒動が増えつつあるらしい。

 借りパクをされると本当に鬱陶しいのは"貸し出す側の善意と返却の期待"を悪用された上で時間をかけてじっくり狡猾に行われる「陰湿な窃盗」である事だ。別件でもホイホイと借りパクしていく人が複数いて被害に遭われている著名人もいて本人が疲弊しているという話も回ってきている。更にはもう15~20年以上前だがある教授なんかは有名採集家から希少種のクワガタを借りパクしてあらぬところから標本が見つかり一騒動起こした事もあった(古株クワガタ屋の間では有名な事件)。まぁそんなのは序の口で件の教授氏は外国の各博物館から貴重な標本を借りて返却催促があっても15年以上無視をかます程度との評判もある。

 借りパク常習犯の彼らは偽善者そのものの態度をしてくるから初心者には普通の人と見分けにくいが、慣れれば判別する方法は簡単で「返却催促をして返事が無い」または「段々と返事してこなくなる」が特徴的である(まぁ貸した後に分かる話だから判明した所でしんどいだけなのだが)。しかも借りパクをするような人間性なくらいだからか"借りた相手が何らかの理由で借りた側の評判を落としかねない場合は返却される"し、"そうで無い人の良さそうな人物が相手ならば借りパクされる"といった「人選」も行われる。"舐められている"と感じたら相手が誰であっても相当に信用出来ない限り貸さない事が吉である。

 著名人が借りたいと思うようなものは得てして貴重なもので誰でも入手に手古摺るような殆ど誰も持っていないレベルの資料である。だからそういうのを無名な人物が持っていると簡単に目をつけられてしまうから注意していてわるい事は無いし、ケースバイケースではあるが"名を売っている割にトップコレクターでは無い人物"ほどコレクションにコンプレックスを持っていて嫉妬深さを隠している傾向があるから警戒した方が良いというのもある(私なんかはそういう風に思われたくないから初期から非常に正直に「調べる為に標本が欲しい」とガツガツやってきた)。

 或いはレアケースだが他人のコレクションを「返却してくれ」と言ってくるヤバい人達もいる。どういう事かというと"貸し借りや譲渡の関係が無い他人の所有資料"を「貸したものだよね」という架空の前提でもって強奪しようとする輩である。冗談なら良いが、そうではなく嘘を既成事実かのようにしてやってくる本気の詐欺師である。法律上での「所有権」を考えれば有り得ない言い掛かりだが、過去にある標本商氏が実際に被害に遭われた話を私にしてくれた。コレクション活動というのはトラブルが付き物なのだが危ない人というのは非常に面倒くさい"キマリ方"をしてやってくるので対応が大変なのである。

 前述にもしたが私も実際に被害に遭った事がある経験則からの忠告である。アドバイスとしては貸し出す前に貸し借りのメールなど書類・自身の所有にあると示せる資料画像を残しておく事が推奨される(※ただしややこしい相手の場合は普通のやり取りが困難なケースがありうる)。寄贈や譲渡も本来ならば書類があった方が良い。例えばだがヨーロッパの博物館から私に標本資料を寄贈されるというレアケースもあったが極めて正式な書類が付いてきた。「所有権」という概念と定義、法律的な公的立ち位置について、よくよく知っておいた方が今後の身の為になる。まともな人間関係ならば慎重にしているから信用を置きやすいというのもある。

https://kotobank.jp/word/%E6%89%80%E6%9C%89%E6%A8%A9-80634

(「博物館に寄贈予定」と出版済文書である記載論文に記述される分類群のホロタイプ標本が偶々手元にあったからといって個人所有に挿げ替え博物館館長と共謀してオークションに出品断行し一般人から金銭を巻き上げた虫屋もいたがあの行為はどう言い訳されようが"置き引き"とやっている事が変わらない)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BD%AE%E5%BC%95%E3%81%8D

【近況】

 クワガタムシ科甲虫入りミャンマー琥珀が3個体出回った情報が入ってきた。私の見逃した個体群である。これで現時点では「私の所有外で"間違いなく白亜紀クワガタムシ科甲虫入り琥珀"は8個ある」という事になった。なお最初は3頭が入っていた一つの琥珀が切り分けられたという話。

 実は私が見逃すのは此れが2度めで、1個体めは私自身の観察眼を疑って色々検討している内に、私が出品を見つけたプラットフォームとは別のルートで売り切れてしまったという話だった。だが仕方がない。当時は長らくクワガタとは思わず難しさを感じていたからである。私が其の個体をクワガタと理解したのはかなり経ってからだった。

 件の計4個体は変わった形態の大顎をしたマグソクワガタ系甲虫で資料としても大変面白そうであるが私の持ち合わせに無い型で、且つ稀有な事に4個体はいずれも酷似している。まるで私とのご縁がなかなか無い型という切なさを感じさせる。ともあれ其れ等は絶滅系統という線が濃いがツヤハダクワガタ属などの祖先種だった可能性もありうる。クワガタムシ科甲虫入り琥珀というのは本当に一瞬で売り切れてしまう。だから一瞬で同定の可否を確認し可ならば金額に対して躊躇なく入手を決断せねば手に入らない。