クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【第玖欠片】約1億年前・後期白亜紀セノマニアン前期のクワガタムシ科入りBurmese amberについて

 以下は私が曇華一現から入手に成功した9個体目のクワガタムシ科入り琥珀触角(全身は現状秘密)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。

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f:id:iVene:20211031144434j:image(マグソクワガタ属に似た体長3.5mm程度のクワガタムシ、本体は異物が付着し複数の脚が削られている。触角もややこしい場所に亀裂が入っていて撮影に難儀する。実際に此の琥珀は実物を顕微鏡下で色々角度を変えながら観察した方が見やすい。画像の方がインパクトがあるが、実物の方が調査においては満足が大きい)

 産地はミャンマー・カチン州タナイ。クワガタは、†Protonicagus tani Cai, Yin, Liu et Huang,2017に酷似しているが、種内雌雄差か種内個体差か別種かの関係性判断は不可能である。ただし現生種とは、いずれとも異なる。

 同琥珀には、2mm程度の双翅類(Diptera)カ科(Culicidae)や、1.5mm程度のドロムシ上科(Dryopoidea)甲虫(?)が同封される。

 白亜紀のクワガタと同じような形態を約1億年保つグループが、南半球で強大な進化をせずに種分化ばかりしているのは、たまたま植物層などの環境に変化が無いからだと考えるが、様々な状況から現生種群は元は南に居ただろうクワガタが北上してから新たな進化をしたと類推させる。まさに白亜紀セノマニアンの時代には北半球にはクワガタが居なかった事すら連想する。

https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2021_08_04_01.html

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【References】

Cai, Chenyang, Zi-Wei Yin, Ye Liu & Di-Ying Huang. 2017. Protonicagus tani gen. et sp. nov., the first stag beetles from Upper Cretaceous Burmese amber (Coleoptera: Lucanidae: Aesalinae: Nicagini). Cretaceous Research. 78. 109-112.

Tabana, M., Okuda, N., 1992. Notes on Nicagus japonicus Nagel. Gekkan-Mushi 256, 4-10.

【追記】

 推定約1億年前の白亜紀セノマニアンのクワガタムシミャンマー琥珀のクワガタではマグソクワガタ形態の個体が割合多い感触がある。

 この琥珀は未同定琥珀として安価入手に成功したがこれほどのラッキーは前例も後例も無い。出品時は画質が悪く触角が見えなかった。体型で判断した私以外にはクワガタとは気付かれなかったと考えられる。

 マグソクワガタ形態の個体は、本当に日本や北米のマグソクワガタ属現生種そっくりなシルエット。しかし大きさはまるで違う。いまは叶わない願いだがやはり生きた姿が見てみたい。

 マグソクワガタというのは記載以降しばらくはコブスジコガネ科に分類するかクワガタムシ科に分類するかで論争状態にあった。それをクワガタムシ科に分類すると決着させたのが1992年のTabana, M., Okuda, N.による論文だった訳である。数ページの論文だが誰も反論出来ない古典且つ確定の論文でありよく引用されているし当ブログでも殆どお約束のように引用している。時代を先取りしたような素晴らしい論文だった。

【雑記】

 本来ならば現地で採掘し自己採集してみたいというところだが悍しいレベルの希少性だから「そんなのは夢物語」という話がある。目的の琥珀を狙って採集出来て、研磨も出来て、科同定も正確に出来て、撮影も出来れば個人的な文句は無いがソレをどうやって成し遂げるかと考えるだけでゾッとする。資料入手・切削研磨・科同定・細部撮影が出来ているだけで運が良い。なお私の現生種資料群でも99%以上が他者採集であるという悩みがあり其れに起因する資料性の質不足は否めない(誰かの自己採集は他人からすれば他者採集ではあるが)。だから現生種についても目的が"調べる為"だから殆ど"現地迄のルートを追跡出来る個体"を選んで集めてきているのだが、昔と違い今の時代だと偽造書類や嘘やらの話が沢山あるからルートの選定が大変難しい。最近になってこの業界に入ってきた人達は大変である。出品者は誰だって出品者自身の売り物を粗悪と思われたくないから"パチモンではない"として流す。その為"買い手の眼で判断しなくてはならない"のだが野生での変異なんてそんなに観る機会が無い時代であるから一般庶民や新参者達にはかなり厳しい条件である。

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(グァンシーシカノコギリクワガタやダビソンフタマタクワガタ等は飼育累代個体でも安心である。交雑などで形を変え詐欺的に販売強化しようとする人間がいたとしても個体を見ればすぐに看破出来るし、他種とは混ざらないか混ざりにくい種群だからである。ちなみにダビソンフタマタの75mmを越えるサイズで大顎内歯が鋸歯状になるのは稀型。飼育個体群でも野生個体群とそんなに型は変わらない)

 虫入り琥珀の場合は産地の一部として虫に樹脂が付いてくる。現状では偽物と本物の見分け方は以前の記事で詳しく記したがあの通りで安心感が現生種を扱う時の比では無い。虫入り琥珀も偽物を本物と言い販売する商売人達がいるから真偽については買い手判断になる。

 某なんでも鑑定団なる番組は色々な品の真贋を放送しているが結構な量の偽物が紹介されてきている。これについて騙された人を嘲笑う人達が多いが「どれだけ詐欺師が沢山いるのか」と私は不安になるだけだった。

https://hikakaku.com/blog/%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A7%E3%82%82%E9%91%91%E5%AE%9A%E5%9B%A3%E3%81%AF%E5%81%BD%E7%89%A9%E3%82%92%E6%9C%AC%E7%89%A9%E3%81%A8%E9%96%93%E9%81%95%E3%81%88%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B%EF%BC%9F/

 数年前、東京のインセクトフェアで飼育が非常に難しいと評判のアジア産大型ミヤマクワガタ属種野外採集個体群標本が並んでいて購入を悩む数人の外国人バイヤー達が居た場に私も居たのだが其処へ著名人K.Y氏がやってきて「全部飼育品だよ」と冗談の気分か知らないがコメントを入れてきた。勿論バイヤー達は冷めて散ってしまったが初心者に分かる筈もない冗談で営業妨害するとは流石の評判を集める某氏である。本当に空気が読めていない。こういう事もある。

 専門外の真贋判定なんて非常に難しい。私が専門にする此の分野でも難しさを感じる事はあるが其処らの人達よりも観察をしてきているからある程度は分別が出来る。しかし普通の一般庶民からすれば欲しくもないパチモンがどこからやってくるか分からない不安を拭いきれない。私の知る人も「今はさホラ。"ああいう"のが多いから簡単な気分で集めらんないよね」とコメントする。輸血液にウイルスがコンタミしている可能性があれば普通は廃棄するが業界によりそうしない精神性の選択を取る。色々な議論をしていたとしても曖昧な情報で最終的な目的がカネになっている物品は避けられる。そうして混ざりの可能性がありきたりの普通種を避けるようになり、混ざりの不安が少ない希少種を求めるようになる訳である。

 とはいえクワガタ入りの琥珀なんかみたいに無い物強請りのエネルギーを探索に向けると健康を害しやすい。永遠とも思える時間の流れの中ひたすらに目当ての品が出て来るのをチェックし続ける。外国僻地でとある種が飛んでくるのをひたすら待つという採集方法もあるが其れの不健康的且つしんどいバージョンだ。競合相手がいないと気楽ではあるのだが世の中そんなに甘くは無い。液晶画面を永遠かのように見続けると眼精疲労で毎日のように頭痛が激しいし睡眠不足になりがちでフラフラになる。「こんなのはもうしまいだ!」と少し思ったところで未知型のクワガタが出ないとも限らず気になるからついつい知らぬ間に探している。