クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

†Prolucanus beipiaoensis Zhi-Hao Qi, Erik Tihelka, Chen-Yang Cai, Hai-Tian Song and Hong-Mu Ai, 2022についての検証

Prolucanus beipiaoensis Zhi-Hao Qi, Erik Tihelka, Chen-Yang Cai, Hai-Tian Song and Hong-Mu Ai, 2022

Type data: Yixian Formation near the Huangbanjigou Village of Beipiao City, Liaoning Province.

 産地は中国北東部のYi-xian Formation。約1億2000万年前(記載文記述では"circa 125 MYA"とされる)の中生代前期白亜紀アプチアンの地層から出土した甲虫化石を基に記載された。

 検証説明の為に図を引用する。

 体長は14.5 mmとされていて白亜紀の甲虫としては大きい方。触角が10節と片状節も比較的明瞭に見える(記載文では片方のみ拡大があり第七節にガイドラインがあるが拡大すれば左右両方で10節が見える)。Yi-xian Formationからの化石とすると保存状態としてはかなり良い。しかし爪間板は見えないようで、体型もコブスジコガネ科(Trogidae)にも見えて悩ましい。

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(「Zhi-Hao Qi, Erik Tihelka, Chen-Yang Cai, Hai-Tian Song and Hong-Mu Ai, 2022. Prolucanus beipiaoensis gen. et sp. nov.: The First Fossil Species of Lucaninae (Coleoptera: Lucanidae) from the Early Cretaceous of Northeastern China. Insects 2022, 13(3), 272」より引用図)

 記載文の記述によれば、触角形態や眼角形態などからクワガタムシ亜科に分類するとされている。しかし、この形態だけでは未だクワガタムシ亜科的であるとまでは言い切れない。触角第一節と第二節の間は左右両方の触角で膝状に曲がっているように見えるが、この程度の湾曲角度、またついでに眼角形態であればマダラクワガタ亜科であり得なくは無い形態である。

 論文中では大顎先端が二叉状で内歯が一対あるかのような旨が書かれているが、拡大してよく観てみると小顎髭の間違いである事が分かる。片方で各節に分かれている形態的様子が見える。ならば顎形態はコブスジコガネ科甲虫(例としてコブナシコブスジコガネ)も似る。触角第一節は多少細長く逆テーパーの少ない形態だがコブスジコガネ科にも同じくらいの種が存在していて区別点にならない。

http://insect.nakamura.business/archives/37798812.html

https://www.zin.ru/animalia/coleoptera/eng/trosp_km.htm

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(「Zhi-Hao Qi, Erik Tihelka, Chen-Yang Cai, Hai-Tian Song and Hong-Mu Ai, 2022. Prolucanus beipiaoensis gen. et sp. nov.: The First Fossil Species of Lucaninae (Coleoptera: Lucanidae) from the Early Cretaceous of Northeastern China. Insects 2022, 13(3), 272」より引用図)

 さらに第一節と第二節の関節形態はよくよく見てみるとそんなにクワガタムシ亜科的かどうかハッキリせず判断が難しい。クワガタムシ亜科でも似たのはいるが確定的特徴ではない。クワガタムシ亜科として確定的である形態では触角第一節と第二節の関節穴の位置が特異的になり、触角第一節は例えば"パイプ煙草"みたいな形で穴の付く方向が別亜科とは異なる。化石の甲虫が持つ触角は第一節の先端からそのまま第二節が生えておりジョイント部に可動を許す"あそび"空間が見られない。似たような曲がり方をする触角を持つのはクワガタでもコブスジコガネでも私はあまり覚えが無い。姿勢的問題で膝状に曲がっているかのように見えているのではなかろうか。

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(「パイプ煙草のイメージ」フリー素材より引用)

 たしかにマダラクワガタ類やツヤハダクワガタ属などは似たような触角をするが、種や姿勢などの条件によってはコブスジコガネ科甲虫も似たようになりうると考えられる。

https://bugguide.net/node/view/486252

 なお片状節は殆ど閉じた形態で見かけ上扁平なのは岩石化石であるからで本当は球状だったかもしれなさが垣間見える。また化石に含まれる甲虫は爪間板が見えない。前胸背形態を始め体型もコブスジコガネ科チックさがある。コブスジコガネをクワガタとして見てしまっている感じが未だ全然抜けない。

 一見すればクワガタ的な触角だがダメージや姿勢の事を考慮しだすと微妙な線で判断が難しい。更に良い保存状態の化石で追加記録がなされる事を期待したいが。。

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(「Zhi-Hao Qi, Erik Tihelka, Chen-Yang Cai, Hai-Tian Song and Hong-Mu Ai, 2022. Prolucanus beipiaoensis gen. et sp. nov.: The First Fossil Species of Lucaninae (Coleoptera: Lucanidae) from the Early Cretaceous of Northeastern China. Insects 2022, 13(3), 272」より引用図)

 左触角の拡大図で第七節のガイド線がついているが、別の画像を見る限りそこまで肥大しているようには見えない。ガイド線の位置がやや間違っているように見える。

 この化石の甲虫について、私は分類屋の友人と「実際どうなのか」議論してみた。友人は爪間板を欠損した状態の原始的なクワガタムシ科である可能性を考え、私はコブスジコガネ科の仲間である可能性を考えた。この相違がなくなるか否か様々な議論をしたが"爪間板が見えない"および"豪州などに似た感じの触角を持つコブスジコガネがいる"とはいえ"触角はコブスジコガネらしくもありクワガタらしい雰囲気もある"事から科同定まで追究出来ない化石」との結論に至った。また仮にクワガタムシ科であったとしても触角形態からクワガタムシ亜科とは言い切れない点について意見が一致している。

【References】

Zhi-Hao Qi, Erik Tihelka, Chen-Yang Cai, Hai-Tian Song and Hong-Mu Ai, 2022. Prolucanus beipiaoensis gen. et sp. nov.: The First Fossil Species of Lucaninae (Coleoptera: Lucanidae) from the Early Cretaceous of Northeastern China. Insects 2022, 13(3), 272; https://doi.org/10.3390/insects13030272

MacLeay, W.S. 1819. Horae entomologicae: or essays on the annulose animals. S.Bagster. London Vol.1 part 1:1-160.

Tabana, M., Okuda, N., 1992. Notes on Nicagus japonicus Nagel. Gekkan-Mushi 256, 4-10.

【追記】

 パッと見てクワガタムシ科的で検証も割と深い論文。既知化石種への評価も厳しく自他共に厳しく考察しようとの姿勢は科学的に好感がある。この論文を読むまで私は白亜紀の北半球にクワガタムシ科甲虫が居たかどうか全く分からない気分でいたが、読んでからは「もしかしたら?」という気分にもなった(産地や時代情報が正確であれば良いが、全く鵜呑みには出来ない。再現性を期待したい)。白亜紀前期の北半球にクワガタムシ科甲虫が分布していたとすると始祖は三畳紀に出現していた可能性が高くなる。

 しかし"白亜紀前期の北半球に分布していたクワガタムシ亜科"と断じた論調に先ず違和感を覚えざるを得なかった。しかも14.5mmと大きい割にクワガタムシ科では滅多に見られない体型である。私は「ん〜?なんだこれ?」と検証の最初の方では頭を痛めたが、よくよく見てみるとクワガタムシ亜科としての触角とは言い切れないからマダラクワガタ亜科的でもあり、爪間板が見えないからコブスジコガネ科的とも取れると考察した。

 岩石化石というのは難しい。私にはやはりコブスジコガネ科甲虫にも見える。背面、プロポーション、脚部形態、どれを取ってもコブスジコガネ科的ともとれる。クワガタを見つけたいなら「爪間板も揃った化石があれば良いね」とコメントしたいが、そもそも本当に白亜紀前期の北半球にクワガタがいたか否か現状では未だハッキリしていない段階と言えるし、爪間板が保存される岩石化石なんてとてつもなく希少だと考えられる(このサイズ感以下の甲虫では私は見知らない)。

【雑記】

 ちなみに私の所有琥珀にあるクワガタムシ科甲虫では全ての琥珀で「触角が9節構成か10節構成なのか」が見えており、第伍欠片ともう一つについて以外は全てで「爪間板」が見えており、第陸欠片・第捌欠片以外の全てで「腹節板が見かけ上5枚構成である事」が見えている。