クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

†Litholamprima qizhihaoi Rixin Jiang, Chenyang Cai, Michael S. Engel, Boyan Li, Haitian Song, Xiangsheng Chen, 2022についての検証

Litholamprima qizhihaoi Rixin Jiang, Chenyang Cai, Michael S. Engel, Boyan Li, Haitian Song, Xiangsheng Chen, 2022

Holotype, NIGP 01D and NIGP 01V, from Liaoning, Lingyuan City, Dawangzhangzi Township, Mazhangzi, Liangyangpo, 41°09′38′′N, 119°17′08′′E.

Paratype, FAFS 02D and FAFS 02V, from Liaoning, Lingyuan City, near Dawangzhangzi Township, 41°08′10′′N, 119°14′36′′E.

 産地は中国北東部のYi-xian Formation。約1億2200万年前の中生代前期白亜紀アプチアンの地層から出土した甲虫化石を基に記載された。

 検証説明の為に図を引用する。

f:id:iVene:20220502115807j:image

(「Rixin Jiang, Chenyang Cai, Michael S. Engel, Boyan Li, Haitian Song, Xiangsheng Chen, 2022. Litholamprima qizhihaoi sp. nov., a new stag beetle (Coleoptera: Lucanidae) from the Lower Cretaceous Yixian Formation, China. Cretaceous Research.」より引用図。スケールバーは5mm

 ホロタイプとパラタイプの2化石で記載され、体長は23.9–24.8 mmとされていて白亜紀の甲虫としてはかなり大きい。記載文では♂個体群と断定されるが交尾器の検証は無い。また同属と予想される2化石を♀個体群として図示されている。既知種Litholamprima longimana Nikolajev & Ren, 2015とは大顎など諸外形差異と産出した地層の年代の差から別種とされた。しかしタイプ標本の計3個体の関係性が明瞭にされている訳では無い。

https://ivene.hatenablog.com/entry/2021/10/16/010354

 触角は10節と記述され、片状節は比較的明瞭に見える。Yi-xian Formationからの化石では保存状態が良い方と言える。しかし体型はクワガタムシ科らしくない。腹節板はあまり明瞭ではないが6節あるようにも見える。あと腹節先端に尖る様子があるのは何なのか。頭部前縁の飛び出したような形もなんだか難しい。雰囲気的にはFamily Geotrupidae Latreille, 1802:センチコガネ科的である。

https://alchetron.com/Geotrupidae#geotrupidae-1991da0a-c2fc-4c2f-b554-2826e4682f5-resize-750.jpg

 記載文ではドイツ・メッセルから記載された始新世の化石種Protognathinus spielbergi Chalumeau et Brochier, 2001に似ているとされ、なおキンイロクワガタ亜科などと比較される。ちなみに私はP. spielbergiもセンチコガネ科に近いと考えている。

https://ivene.hatenablog.com/entry/2021/10/16/132331

f:id:iVene:20220502120431j:image


f:id:iVene:20220502150214j:image

f:id:iVene:20220502150217j:image

(「Rixin Jiang, Chenyang Cai, Michael S. Engel, Boyan Li, Haitian Song, Xiangsheng Chen, 2022. Litholamprima qizhihaoi sp. nov., a new stag beetle (Coleoptera: Lucanidae) from the Lower Cretaceous Yixian Formation, China. Cretaceous Research.」より引用図。スケールバーはB,D,Gで2mm、A,Cで1mm、E,Fで0.5mm。※右下図は当ブログにてガイドラインを付記

 ホロタイプ標本の背面化石の触角は割と明瞭に図示がある。しかしやはり触角第一節が現生種に比べて短か過ぎる。というか此の画像に見える触角第一節〜第三節あたりは圧迫により潰れているように見える。またラメラは見かけ上は平たいが岩石化石だから圧迫されていて、生存時は球状形態だった可能性が予想されるほどこじんまりとしている。図を拡大してみると触角第一節:a1と第二節とされる節:a2の間に鞠状形態の節がうっすら引っこんだ状態で存在しているように見えるのだが、これはどうなんだろうか。著者らは数え損っていないだろうか。11節構成の触角ならばクワガタムシ科では無い。まぁ気のせいだったとしても、触角第一節のこの短かさはいただけない。加えて腹節板が不明瞭な点からRutelinae亜科のDidrepanephorina Ohaus, 1918である可能性もありうる。

https://zookeys.pensoft.net/article/75831/


f:id:iVene:20220502145319j:image

f:id:iVene:20220502145321j:image

(「Rixin Jiang, Chenyang Cai, Michael S. Engel, Boyan Li, Haitian Song, Xiangsheng Chen, 2022. Litholamprima qizhihaoi sp. nov., a new stag beetle (Coleoptera: Lucanidae) from the Lower Cretaceous Yixian Formation, China. Cretaceous Research.」より引用図※右図は当ブログにてガイドラインを付記

 比較的変形の少ないパラタイプ個体の触角図では中間節が不明瞭で見づらいが、やはり11節に見える。ホロタイプ標本の個体よりも第二節の露出量が多い。

f:id:iVene:20220502121419j:image


f:id:iVene:20220502124846j:image

f:id:iVene:20220502124903j:image

f:id:iVene:20220502152601j:image

f:id:iVene:20220502152558j:image

(「Rixin Jiang, Chenyang Cai, Michael S. Engel, Boyan Li, Haitian Song, Xiangsheng Chen, 2022. Litholamprima qizhihaoi sp. nov., a new stag beetle (Coleoptera: Lucanidae) from the Lower Cretaceous Yixian Formation, China. Cretaceous Research.」より引用図。スケールバーはC-Fで2mm、A,Bで1mm。※下図2枚は当ブログにてガイドラインを付記

 このホロタイプ標本の腹面化石画像からでも触角第一節から小さく第二節が出ているように見える。そもそもクワガタムシ科では触角第二節と第三節以降の節々で形態を異する例が普通で其れは近縁別科でも似た風になる。だから当分類群の著者らがするような解釈の触角形態は違和感がある(スケッチで見られる)。またこのFigure中のC図では爪間板が一応見えている。

f:id:iVene:20220502123128j:image

(「Rixin Jiang, Chenyang Cai, Michael S. Engel, Boyan Li, Haitian Song, Xiangsheng Chen, 2022. Litholamprima qizhihaoi sp. nov., a new stag beetle (Coleoptera: Lucanidae) from the Lower Cretaceous Yixian Formation, China. Cretaceous Research.」より引用図。スケールバーはA-Dで5mm

 同属♀個体群とされる化石は触角が殆ど見えない。

 加えてそもそもだが触角第一節がクワガタムシ科にしかないくらい細長い形態か、第二節から膝状に曲がる関節をしていないならば爪間板の他に腹節板が明瞭に見えていなくてはならない。

 以上、結論として今回の分類群はクワガタムシ科とは言いきれない。センチコガネ科的である。

【References】

Rixin Jiang, Chenyang Cai, Michael S. Engel, Boyan Li, Haitian Song, Xiangsheng Chen, 2022. Litholamprima qizhihaoi sp. nov., a new stag beetle (Coleoptera: Lucanidae) from the Lower Cretaceous Yixian Formation, China. Cretaceous Research.

Latreille, P.A. 1802. Histoire naturelle, générale et particuliere des crustacés et des insectes. Paris 3:1-467.

G. V. Nikolajev and D. Ren. 2015. A new fossil Lucanidae subfamily (Coleoptera) from the Mesozoic of China. Caucasian Entomological Bulletin 11:15-18

F. Chalumeau and B. Brochier. 2001. Une forme fossile nouvelle de Chiasognathinae: Protognathinus spielbergi (Coleoptera, Lucanidae). Lambillionea 101:593-595

Ohaus F. 1918. Scarabaeidae: Euchirinae, Phaenomerinae, Rutelinae. In: Schenkling S (Ed.) Coleopterorum catalogus. Pars 66. Dr. W. Junk, s’-Gravenhage, Berlin, 241 pp.

【追記】

 しっかりした論文ならここに書いてある事以外も読む価値があるけど、この論文もそうではないから意味が薄い。有料論文にしても結構高いのだからしっかりしてほしい。

【雑記・心構え】

 論文や書籍に表現を記すならば読者に疑問を持たせないように尽力するのが普通だと私は考えてきたが、そうでもない人達が多いように感じられる事が多々ある。

 クワガタムシ科甲虫は一般的に人気であり社会的認知度の高い分類群である事は確かだろうが、其れが仇となってか近似する別科甲虫は認知度が低い。だからボンヤリでもクワガタらしい形をしていればクワガタだと解釈同定してしまうパレイドリア現象が社会的必然に起こり化石種を考える上で難しい障壁である。

 科学的センスのある人達ならば、当記事の化石についてにしても触角第一節を見て普通は「クワガタじゃないかもしれない」と不安になり必死に調べる筈である。しかしそういう最後の重要な作業をする記載者らは殆ど滅多に居ないのだ。

 大抵の化石種を見ていても非科学的な論調が頻繁に引っかかり著者らの心構えを疑う事がお約束みたいになっている。図示は大きくしてほしいが毎度曖昧で、断定される各要素の記述理由を知りたくても平易明快には表現されていない。また著者らの氏名を見る度に記載文により異なっている事から彼らの就職活動や立場保身の為に論文が出ている可能性すら考えられる。即ち"カネ"の為に学術活動を模倣している人達と区別が付かない。

 発表の場等で少し立場のある人物に対して素朴なサイエンス上の質問を投げただけでめちゃくちゃに怒る人がいる。最初は其の態度に「何で怒るのか?」と驚くが、よくよく考えてみればそういう人間はセコい商売で生きているという事の裏返しの態度である事が分かる。そういう人間は想像以上に世の中にいる。

https://twitter.com/makkuro_ankoku/status/1521118338390261760?s=21&t=LNqlWhQn9NhL5doIr2-NhQ

 世の中"駄目な情報"というものの方が作られやすいから、人生生きていれば必ず悪い情報ばかりが入りやすくなってしまう。物量的に仕方が無い。良い情報だけ集めるという事は今代の社会では絶対的に不可能であるから、其れへの対策が必要な時代になっているという事である。ゴミが散乱すれば掃除するというように。

 私にとってすれば「クワガタなどの種記載論文」みたいな得意分野に瑕疵があると容易に問題点を一つ一つ潰せるが、どう考えてよいのか難しい対象に対しては判断の事前に調べなくては対処が出来ない。よく知らない事ほど"調べる方法"が重要になるが結局行き着く場所は最初から決まっているのが探究の道である。だから煙に巻いたような表現があると訝しくなお残念に思う訳である。

 論文が駄目、本も駄目、著名人さえ駄目となると何を信じれば良いのかと世間で議論すればいつものように「自然の理」という結論に行き着くが、やはりなんだか其れは寂しいという気分にもなる。信じられない人達なんて殆どの人達から必要とされないが彼らも足掻くから反動として人間不要論が社会通念の中で更に進行していく事になる。

 情報が回りやすいという状況がどういう影響を齎すのか、其れは私のような情報収集が趣味な程度の人達にとってはメリットがあるが社会的なデメリットは甚大であろう事は窺い知れる。難しい問題だが考えなくてはならない。