クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

昆虫化石分類の分かりやすい過剰解釈の例について。

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(※月と餅つき兎の画像は今回記事のイメージで、フリー素材からの引用)

 昆虫の分類で過剰解釈って、どういう事でしょうか。考えた事がなかった人が多いのでは無いでしょうか。事例の検証のため画像を引用します。

 では、以下の画像スケッチを見て下さい。

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(「Wappler, T. 2003. Die Insekten aus dem Mittel-Eozän des Eckfelder Maares, Vulkaneifel. Mainzer Naturwissenschaftliches Archiv 27:1-234.」より引用した図)

 此のスケッチ画像がクワガタムシ科の甲虫を描いたものに見えますか?堂々と見えると仰る方は、昆虫分類学者ではない一般人の方と推察致します。

 もし貴方が全くクワガタには見えないと思ったなら、事実なので正解です。

 一方で、もしもクワガタムシに見えたなら、貴方はご自身の脳内が勝手に過剰解釈を行っている事、パレイドリア現象を実体験しています。なんとなくよく見知ったクワガタらしくはありませんが、ボンヤリとクワガタの♀のようなシルエットはしていますね。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2

 パレイドリア現象で我々日本人が最も身近と言えば、月の表面に居る訳が無い「餅つきをする巨大兎」が居るように見える錯覚です。ぼんやりとその形さえしていれば現実にはあり得ない事も、いとも簡単に想像出来てしまうという私達知的生物のどうしても抗えない錯覚なんですね。

 そう、話を戻すと例えば貴方が「昆虫採集観察でケシキスイをクワガタと勘違いした事」や「脱走したクワガタがゴキブリに見えた事」が有れば似た現象が起きていると理解出来ると思います。実際は判別するために必要な触角・符節が欠損した、クワガタムシとは言い切れない甲虫の化石なんですよ。

 とはいえ、頭の中で条件反射的にクワガタらしいシルエットからクワガタを想起してしまう事は止めようがありません。正しい解釈をしたいなら、そう思い込む迄にあらゆる消去法で同定精度を上げていかなくてはなりません。昆虫分類学者・研究家達の中でも正常な方々は、この事に非常に気をつけて新種発見や同定をされるので古典として半永久的に参考になる論文がある訳ですね。

 しかし、とりわけ生物化石の分類はこの過剰解釈によるものが多く、ツノと思っていた化石が親指の化石だったイグアノドンの例などを代表に戒めとしてよく知られていますが、現在も似たような論文を出す人は大勢います。

 という訳で、上のスケッチの被写体になった甲虫化石が、事実の顕す主旨に反してLucanidaeと断言の同定と記述定義で論文に記載されてしまっている訳ですね。「論文だから大丈夫じゃないの?」という疑問を持つ方もおられるでしょうが、実際問題論文になっているからと鵜呑みにして良い訳でも無いという事が科学界では常識だったりします。また、事実確認を怠らない為にドイツ語の論文を読みましたが、クワガタムシ科であると判るような具体的な記述は全くありませんでした。ちなみに、こういった化石から得られる情報からは、遺伝子など系統関係を追跡・考察するために十分な資料は得られません。このような分類結果で種記載をされてしまうと、後の応用研究に誤った解釈を促す事になります。実際に、こういった例にわんさか振り回されてドツボに嵌る人は少なくありません。逆に同定出来る良い化石なのに科同定困難と報告されている化石種には、少なくとも私は出会った事がありません。生物分類学の不安定な弱点を逆手に取って生物学に毒を盛るのをやめましょう。また毒杯と薄々気づきながら啜るのをやめましょう。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E6%88%B8%E3%81%AB%E6%AF%92%E3%82%92%E7%9B%9B%E3%82%8B

 スケッチに描かれているような破損の多い化石であると、このように触角、脚部(特に符節から爪および爪間板)、頭部前縁の形態、腹節板が欠損しているという問題に頻繁にぶつかります。残る形態から想像されうる可能性は、Lucanidae(クワガタムシ科)、Glaphyridae(ヒゲブトハナムグリ科)、Belohinidae(マダガスカルセンチコガネ科)、Diphyllostomatidae(ホソマグソクワガタ科)、Geotrupidae(センチコガネ科)、Glaresidae(ニセコスジコガネ科)、Hybosoridae(アツバコガネ科)、Ochodaeidae(アカマダラセンチコガネ科)、Passalidae(クロツヤムシ科)、Pleocomidae(フユセンチコガネ科)、Trogidae(コブスジコガネ科)、Scarabaeidae(コガネムシ科)、Aclopinae、Dynamopodinae、Aegialiinae(ニセマグソコガネ亜科)、Orphninae、また、Tenebrionoidea(ゴミムシダマシ上科)やHisteroidea(エンマムシ上科)等、更にはUnknown family(未記載絶滅科)の可能性すらあり得、どれか一つに絞る事は過剰解釈による方法以外では不可能です。即ち、まともな科学者ならば見栄を張らず正直に「科同定不可能な化石」と同定するのです。

 「見通しは仮説であり、現象の断定に十分な結果では無い」という真理と真っ向から衝突するような行き過ぎた教条主義的論文は、科学では無限後退の論理にしか引き込まれず悪例と看做されて当然です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E9%99%90%E5%BE%8C%E9%80%80

 さて、ここまでの記事を読んで未だ件のスケッチがクワガタに見えると言う人は残っておられますでしょうかね。未だクワガタに見えるという人には、もう少し頑張って調べてみて欲しいと思います。

【Refarence】

Wappler, T. 2003. Die Insekten aus dem Mittel-Eozän des Eckfelder Maares, Vulkaneifel. Mainzer Naturwissenschaftliches Archiv 27:1-234.