クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

†Genus Anisoodontus Long Wu, Hao Tang, Lingfei Peng, Huafeng Zhang, Haoran Tong, 2022についての検証

Anisoodontus qizhihaoi Long Wu, Hao Tang, Lingfei Peng, Huafeng Zhang, Haoran Tong, 2022

Type data: mid-Cretaceous Burmese amber.

 産地はミャンマー・カチン州のフーコンバレー。約1億年前の"中生代白亜紀中期"(セノマニアン前期)の地層から出土した琥珀群を基に記載された。

 検証説明のため画像を引用する。

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(「Long Wu, Hao Tang, Lingfei Peng, Huafeng Zhang, Haoran Tong, 2022. The first representatives of Lucaninae from mid-Cretaceous Burmese amber based on two new species of Anisoodontus gen. nov. (Coleoptera: Scarabaeoidea: Lucanidae). Cretaceous Research. Volume 135.」より引用図)

 これは触角形態からクワガタムシ科甲虫で間違いない。虫の状態からして本物の白亜紀のクワガタとわかる。しかしラメラがよく見える画像が欲しい。おそらく通常時より中間節が90度捻じれてラメラが立っている。触角第一節が細長く第二節との関節で屈曲する様だけならばエンマムシ科にも似たのがいて紛らしい(エリトラ後縁形態と、触角節数もエンマムシ科では11~節で見分けられるが、触角先端数節は球桿状に合一していて数えづらい)。虫の左側の樹脂を削って側面を触角に近づけていけばラメラは横から見えそうである。また図示では爪間板も見辛いが一応見えている。とりあえず私にとっては初見だった琥珀個体。

https://roukanomushi.blog.fc2.com/blog-entry-886.html

 加えて「同産地同科既知化石種と分けられる」と断定される論調はやはり難しい。触角が膝状に曲がること、体が細長いこと、エリトラに縦溝があること、大顎が非対称であることなどで他の化石種と区別される。と記述説明されるが、遺伝学をやってみれば分かるように多型というのは種により様々な条件で現れる。現生のクワガタを見ても種内変異が多彩な種が多い事はわかる。白亜紀の記録に乏しい系統ともなると種内バリエーションが現生種に比べ更に多彩だった可能性は十分に考えられる。また"種"を示すならば生物的形態による生殖隔離を完全且つ明確に示されていなくてはならない。同産地の化石群において、現生では科階級とされている外部形態を持つ化石種が他化石生物種とどれくらい識別可能かという事くらいしか分からない(調べる化石種が生きていた当時の近縁別科との関係性が種変異内では無いか否かの見通しは必須)。また亜科レベルで分けられるか否かは交尾器の形でも判断され、今回の個体の場合だと触角形態の亜科内変異が多彩なキンイロクワガタ亜科との明瞭な区別点を検証されている訳では無い。そういう点から見ても"現生では亜科レベルの型の古生物化石記録を種記載レベルでやる必要性"はあまり無いように考えられる。さらに亜科の分類は沢山いる現生種では活用されやすいと考えるが化石種で其れをされてしまうと前述にもしたが「原始的ゆえに種内変異だった可能性」を考慮されていないと客観的に見て分かる。だから今回の論文は琥珀の記録としては興味深いが種記載に関してはあまり興が乗らない。あとスケールバーの尺がところどころ不安定に見える。

 ちなみにA. qizhihaoiのホロタイプ標本とされるものは当ブログの第拾欠片のクワガタムシ科甲虫によく似る。

https://ivene.hatenablog.com/entry/2022/03/26/090736

Anisoodontus xiafangyuani Long Wu, Hao Tang, Lingfei Peng, Huafeng Zhang, Haoran Tong, 2022

Type data: mid-Cretaceous Burmese amber.

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(「Long Wu, Hao Tang, Lingfei Peng, Huafeng Zhang, Haoran Tong, 2022. The first representatives of Lucaninae from mid-Cretaceous Burmese amber based on two new species of Anisoodontus gen. nov. (Coleoptera: Scarabaeoidea: Lucanidae). Cretaceous Research. Volume 135.」より引用図)

 こちらの科同定は微妙。実はこの琥珀については別角度画像を今から5〜6年前に私も貰っている(たしか「触角が詳しく見えてないならクワガタムシ科とは言い切れない」とヒントを出してあげたと思うのだが)。記述では膝状に曲がると書いてある触角が図示では見えないから、記載者らが観察出来たのか読者には分からない。爪間板も見えていない。似た形になるクロツヤムシ科など別科甲虫の可能性を考慮されなくてはならない。

 クワガタムシ科か否か可能性を調べるには此の琥珀では難しそうに見える。今回の論文で図示のある2点は両方ともデブリが多く中身が見づらそうで、おそらくだがバックライトでかなり照らされた状態で観察されている。科階級同定に必要な各外形特徴が見える別琥珀の探索が要される。

https://www.flickr.com/photos/68961563@N02/26851960121

 今回の新属はチビクワガタ属に似ているとして設立されたようだがチビクワガタ類は触角の先端節内側がよく尖るからしっくりこない考察である。スケッチは粗描であるしどれくらい正確か比べるためにも写真画像の図示が欲しかったところ。

【Reference】

Long Wu, Hao Tang, Lingfei Peng, Huafeng Zhang, Haoran Tong, 2022. The first representatives of Lucaninae from mid-Cretaceous Burmese amber based on two new species of Anisoodontus gen. nov. (Coleoptera: Scarabaeoidea: Lucanidae). Cretaceous Research. Volume 135.

【追記】

 これで"私の所有外にある間違いのない白亜紀のクワガタ入りミャンマー琥珀"は9個となった。

 とはいえ本文中にも書いたが極めて貴重な資料を調べておきながら論文内容は正鵠を示せてはいない。「一貫性の無い提示」というのは単なる"自己顕示"であり最近のSNSで大流行である。再現性に乏しく実態の論理でも無い。"一貫性"は物理法則による現象が基点になり、"自然現象と合わない解釈"は一貫性が無いから信用ならない。人間の思想性は補足程度で考える(生物を分類しようという概念を人類が獲得したと分かるのはリンネよりも古く物々交換や文字も無い時代、祖を辿れば「生物の判別・識別をしやすくする」という方向で発達したのであって商売を目的に作られたものでは無い。動物と分かるような絵が描かれ、それをモチーフに文字が作られた歴史は世界的に知られる。初期の人類がやろうとした事が衣食住なのは考えなくても大体想像がつくが、生物分類は他の動物が植物や動物を選り好みして食すように生活上最も影響がありそうな"食"に関係していたと考えられるhttps://www.bbc.com/japanese/55661511.amp)。

 科学論文というのは読者が理解出来て初めて価値を得るから"主張の根拠論述を立証しようとする図示表現が命"になる。時代考証を考慮しなくてはならないが20世紀末には生物学的な知見が固まっているから21世紀になり四半世紀近く経つ今代に雑な記載は読めたものではない。いつの時代でもそうだが、だから時代に合わせて其の表現が帯びる嘘っぽさをなるべく削る努力を怠ってはならない。画像やなんだと言ったところで完全に信頼を得るまでにはならないがマトモな知見ならば自然界現象が再現性を担保をしてくれる。表現がマトモならば良い考察に繋がるが、駄目ならば次のステップに応用出来ない。重要な事を示す表現の所々抜けている論文が科学者に批判される理由はそういうところなのである。

https://twitter.com/terrakei07/status/1512703755925352449?s=21&t=yLl9Rri_88HCQ_acDMDWrw

 しかし"種記載"を断行されるのもそっちの方が研究資金を集めやすいとかそういう理由があるのだろうか?「型のレポート」とした方が科学的であったと考えられる。記載者らはどうやら中国の研究者らで、中国人の間では研究の競争が激しく粗雑な論文が出やすくなっているらしいから難しい。しかし観察量が圧倒的に不足している人達は考察もお座なりになるから何をやらせても粗が出る(現生種の虫業界にしても各々が全くと言っていいくらい連携を取れていないのは賢い読者なら簡単に察せる)。そういう訳で著者らにとってご都合主義的というか牽強付会な論文や報文が世に蔓延る訳である。

https://twitter.com/terrakei07/status/1512578228400971782?s=21&t=33CLnIlIKQ778gIpGv0DlA

 「世の中で起こった事」は「実際に起こった事以外には無い」のだから全ての科学考察は一つの解釈に帰趨する。見えるか見えないか等の実態的観測追究は考察の第一歩であり省略してはならない。

https://www.google.co.jp/amp/oookaworks.seesaa.net/article/448879592.html%3famp=1

 私が不正論文を毛嫌いしている理由は、ブラック企業と同根の精神性で嘘出鱈目な商売しようとしているのがまざまざと見えるから。彼らの上層部は組織的に犯罪を犯しておきながら正義面と被害者面を頑なに外そうとはせず、しかもチャンスが来るやいなやなんとも欲深く下心が丸見えの魂胆を沸々と滲み出す。ブラック企業の悪癖というのはよく見ておいて損は無い。其処には何の建設的議論も無い。

https://sunnyday31.xyz/tensyoku/burakuki.html?gclid=EAIaIQobChMIqN3PtOOK9wIVEZ_CCh1sXw5uEAAYASAAEgIt9fD_BwE

 ブラック企業に入った事がある人によっては分かるかもしれないが入社前と後で対応が豹変する場合が多い。"法令に従い厳しくする方針"なら問題無いが"法令をご都合主義的に悪用し嘘で内外を騙すだけ"なのがブラック企業である。そりゃあ品質低下とダンピングが止まらない。彼らの活動は多くの人々を苦しめるものでしかないから決して許されることは無い。

https://twitter.com/mitugoro2/status/1513694694072786944?s=21&t=pxe5QgRv7RdHLeV32Wcnag

【雑記・収集品の行く末】

 収集をしたら最後は何処へ行くのか。一般的には博物館への寄贈の話を耳にする(個人にキープされる場合もあり散逸する事もある)。国内種のコレクションだと採集個体が多く無償で寄贈されるケースを時折見る。

 他方で日本の場合に有名なのは、やはり稲原延夫氏の世界のクワガタムシコレクションを買収し兵庫県博に収めた株式会社日本生命保険相互会社の逸話である。氏のコレクションは其の時代に一人で集められたものとは思えないほど凄まじく、いまなお再発見が為されない推定未記載種の標本資料が含まれる。あの資料集の収蔵に成功した兵庫県博は非常に運が良い。

 私は"転売"を好ましく思わないが、大コレクター達が"活動の引き際"に売譲されるのは相当の労力を考えれば「義のある事」と考える。大コレクター達の持つ資料集は物量が凄まじく、種数と個体数の充実度は其々に持ち味があり専門性を考えれば如何なる博物館の所蔵庫をも凌いでいる。しかし今代の社会では彼らのコレクションを買収しようとする人あるいは機関は現れない厳しい現状がある。これを正当評価しないというのは甚だ勿体無い事である。

 聞く限りではどう考えても実際の出費を大きく下回る額でも良いと言われる人もいるが買い手はなかなか現れない。こう大コレクター達の活動が報われないのは私自身もあまり納得がいかない。とりあえず解決のヒントになりそうな情報を集めてみる。

https://www.nich.go.jp/data/konyubunkazai/

(参考までに国宝クラスの文化財は桁違いの額で国が購入するケースがあるが一点一点検査される。鑑定出来るか否かが先ず大前提。また替えの効かない重要な"資料・資料群"である事も前提で買取される)

https://www.mext.go.jp/a_menu/hyouka/kekka/08100105/103.htm

(上記URLで文部科学省が明記しているように文化財を国が買い取るのは「転売対策」というのもある。たしかに転売屋から買っても割高になるだけ。私もネット転売専門の商売人からは何も買わない。やはり生息域に現地入りしている人物の方が良い資料を持っている)

 博物館によっては簡単に入手出来る"普通種"についてはあまり入れたくないというポジションにある場合も多い。もう所蔵庫に満杯あるからだ。

https://sogyotecho.jp/qa/estimationmatching-or-bid/

 識別にしても生物種分類学は生物学のなかでもとりわけ思考停止でも実績になってしまいやすい分野であり文献資料が参考になり難い。だから評価が難しいという事情にもなっている。残念ながら今代の世の中では安くてお手軽に儲かるネタばかりしか買われない。

https://twitter.com/hirosetakao/status/1516356975013027841?s=21&t=EmCC7el6WhJt3LzVgXpJEw

 日本は基礎研究に資金が来ないと嘆く人達がいる。だが「博物館に毎回行くの?」「科学にどれくらい興味があるの?」と言われたらなかなか博物館には行かないし現地調査・実態調査もしないビッグマウスな人達が殆どである。私の場合だと手元の資料で満足だから人生生きていても同じ博物館に行く事は多くても2〜3回くらいしか無い(一方で分類屋の友人宅には60回以上往復していて延べ400時間以上お世話になっている)。普通の一般人にとってしても口コミで好評を広めるほどハマるような展示物が博物館にあるかと考えるとあまり思い浮かばない。ネット上の自演くさいレビューよりも巷の世間話から聞く厳しい評価の方が参考になる。

https://twitter.com/terrakei07/status/1514191703988584452?s=21&t=0HrFjutKqDqp6WDWu1dbHw

 世の中の関心を得る能力に乏しいプレゼンを見るにつけ脱力感が凄い。今代だと其の傾向が強くてなお"他人の売名には厳しい目線を向けながら自らの売名には忙しい人達"が沢山いるが、昔の景気が良かった頃の虫業界を知っていると相対的に見て異様な光景である。

https://twitter.com/megane2480/status/1515481246062718978?s=21&t=wyKEy6dBuUPzq8GmbtoVkw

https://twitter.com/megane2480/status/1515482100039749641?s=21&t=0HrFjutKqDqp6WDWu1dbHw

 一般庶民まで各種生物への認識もあんまり通っていない。私の実体験だが外国産クワガタ死虫を現地から送ってもらった際に税関が其れをマルガタクワガタ属と間違えてワシントン条約どうこう言ってきた事が何回かあった(ベトナム産のネブトクワガタとか)。彼らの関心の度合いからすれば"よく知る気にもならない虫"など"輸入規制対象だったら告発して実績のチャンス"くらいの認識でしか無い。生体か死虫かの判別すらされていないし100年以上経過した個体群すら似た理由で税関に引っかかった事もある。法的に何も問題ない資料を規制されているものと勘違いされるのは迷惑な話であるが其れが今の現実である。

 人々が得る情報の品質が下がると人々が取る行動の質も下がる。良質な情報以外は要らないとなるし、粗悪な情報ばかりにもなるから悪循環が生じてしまう。

https://twitter.com/bluechip_makoto/status/1259298400798818304?s=21&t=AzGiDtnNXwBHsP1wHE7VvA

 しかし正確な認知をされるようになるとマルガタクワガタ属のように規制されやすくなるというのも確かである。コロフォンがまだ採集されていた時期でも論文上ではブラックマーケットが問題だと毎回のように記述されていた。売買の為、遊びの為、単なる収集癖の為という客観的側面が強くなると「低俗な理由で不要な殺生をされている」と解釈されて当然だから規制に大義が生じ役人の昇格ネタになりうる。欧州の研究者らはそんなに良い論文を出さないが「コレクターはコロフォンを見てヨダレを垂らすのだろう?当然規制しなくちゃね」という目線を持つ。そういうものなのだ。

 実際には公的機関もアマチュアのコレクターと同じく収められていない資料が不足し欲しているが様々な障壁があるという事である。これは個々で解決策を考えなければならない。収集をやるなら自己責任で。