クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【第拾參欠片】約4千万年前・始新世のクワガタムシ科入りBaltic amberについて

 以下は私が艱難辛苦ながら入手に成功した13個体目のクワガタムシ科入り琥珀触角等画像(図示以外画像は現状秘密)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。

 産地はリトアニア沿岸部。中身のクワガタと思しき甲虫の体躯表面はヒビ割れだらけである。また雌雄の判別は不可能。

f:id:iVene:20220218233206j:image(クワガタ個体は9mm程度。同定過程は後述のように既知分類に従うとなかなか難しい。殆どツメカクシクワガタ属:Genus Penichrolucanus Deyrolle, 1863の型をしていると考えるが、南米にいるオオツメカクシクワガタ属:Genus Brasilucanus Vulcano & Pereira, 1961とも似た雰囲気があり、最近再発見されたチベット雲南のツメカクシクワガタ類個体群にも近い形態がありどれに近いか推測しづらい※属名"Genus Xizangia Zhang, 1988"を復活とあったが「"LoftusiidaのGenus Xizangia Zhang, 1982 "のホモニムであるから使用性が無い」という話が回ってきている点と、生態にしてもそうだが別属にするほど異なるかという点に疑問があるから此処ではPenichrolucanus属に戻して考える※更に2種間の差異とされている根拠の形態差〈フセツの長さ・前脚距刺の長さ・エリトラ隆状部間の点刻等の深さ〉等についても調べられた個体数にしては"微妙"過ぎて新分類の識別法にも疑問が多い。また今回の琥珀中のクワガタは既知知見から"Dorcasoides sp.かもしれない※後述。なお琥珀のツメカクシクワガタ類甲虫については此処での和名を「琥珀のツメカクシクワガタ」の意味を汲み取り便宜上"コハクツメカクシクワガタ"と呼称する。ちなみに琥珀個体の触角は見かけ上9節構成である模様※発生学的には各節のどれかが退化または融合していると予想される)

f:id:iVene:20220218232957j:image(もがく姿のまま琥珀に閉じ込められた始新世のツメカクシクワガタ類の型を持つクワガタ。今回の琥珀に入るクワガタムシは触角の観察難易度が物凄く高い。何故ならば触角は両方とも前脚に隠れ、また背面からは見えないからである)


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左触角は殆ど見えない。しかし一応第一節が収納スペースから出ており第二節以降との関節で膝状に曲がりツメカクシクワガタ系に似ていると分かる)

f:id:iVene:20220410104028j:image(左触角ラメラ。顕微鏡で直接見た方がもう少し見やすいが、やはり同定に必要なレベルには観察出来ない)


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(節数は右触角の腹面から数える。第一節〜第四節が見える角度。ただし第一節は収納スペースに一部入り、第二節は体毛かゴミに遮られて見づらい)

f:id:iVene:20220218231225j:image(何度も確認を試みるが鮮明に見える角度を探すのは大変である)


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(第一節および第三節から第六節まで鮮明に見える角度だと第二節が完全に隠れる。第三節の場所は第二節を隠している異物※体毛?の位置を目印にして判別する)


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(第七節まで見える角度だと少しボヤける。第六節の内側に付着する特徴的な異物※体毛?を目印にして先の画像と照らし合わせ、どの節がどの部位か特定する)


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(第七節以降は腹側面から観る。空気に巻かれていないから黒っぽく見える節々と、空気層に巻かれ白っぽく見える節〜先端節を目印にして先の画像と照らし合わせてみる。第六節から先端節までが空気層に巻かれていると分かる)


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(第六節〜第七節にフォーカスを合わせる)


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(第七節〜第八節にフォーカスを合わせる)


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(先端の第九節にフォーカスを合わせる。深度合成でなんとかなるというレベルではなく、微妙に角度を変えないと鮮明さが著しく落ちる)


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f:id:iVene:20220328003815j:image(先端節の先端面には、現生のツメカクシクワガタ類でも見られる2つの孔が薄っすら見える。画像だとヒビ割れが紛らわしいが精密な顕微鏡下で角度を変えながら観察すると孔である事が分かる。2つの孔の配置は最近論文で図示されたチベット雲南に産するツメカクシクワガタ類個体群に似ている。通常のツメカクシクワガタ属やオオツメカクシクワガタ属では横並びだが、チベット雲南に産する個体群とコハクツメカクシクワガタでは縦並びになる)

https://zenodo.org/record/4893504#.YhBNfyVUuaN

 驚いた事にリトアニア産でありながら現生のツメカクシクワガタ類に酷似している。ツメカクシクワガタ類と言うと好白蟻性・好蟻性の生態を推定され、またチベットからソロモン諸島までの分布域のツメカクシクワガタ属と南米のオオツメカクシクワガタ属しか知られない。

f:id:iVene:20220208123932j:image(前脚部。ツメカクシクワガタ類に一致する形態。ちなみにツメカクシクワガタ類はクワガタムシ科では例外的に爪間板も退化したのか"無い"とされ、幼虫時形態や触角など各形態および交尾器形態でクワガタムシ科と分類されている)

f:id:iVene:20220208124004j:image(中脚・後脚もツメカクシクワガタ的。しかし現生のツメカクシクワガタ類に比べて比率的に短い)

 現在の分布域を鑑みるにインド亜大陸白亜紀後期あたりには出現していると予想していたが、始新世のリトアニアにまで分布域を広げていたなんて全く考えておらず驚嘆であった。一応は現生種に一致する形態の既知種は無いから絶滅種なんだろうが、サイズも形態も現生種に似ている。これはツメカクシクワガタ属が約4千万年ものあいだ殆ど姿見が変わっていないという事、また当時はリトアニア近辺に分布していた事を示す重要標本である。

 もしかすると、現在のヒマラヤからトルコなど中東のエリアにも生き残りが局在しているかもしれない。ロマンである。

 白亜紀のクワガタとの繋がりは鮮明でなく分からない。私の手持ちにある第貳欠片のクワガタが少し雰囲気的に近いが関係性は全く分からない。

https://ivene.hatenablog.com/entry/2022/01/14/125110

 マダラクワガタ亜科からルリクワガタのグループが派生した一方で、ツメカクシクワガタ類はいつ頃に派生したのか、ツメカクシクワガタ類はオーストラリア〜ニュージーランド南アフリカマダガスカルにはいない。アジアの一部とパプア〜ソロモン諸島南米大陸の北側エリアのみである。私の予想では、約1億年前のインド亜大陸に分布していたチビクワガタと祖先を近くする系統が独立して分化したと考えている。

 また白蟻についてはミャンマー琥珀では働きアリが入るがバルト琥珀では滅多に入らず大抵は羽蟻。ツメカクシクワガタがバルト琥珀に入るタイミングというのはどういうタイミングなのかあまり予想がつかないが、白蟻や蟻は琥珀に入るから近い場所に居たろう事は分かる。

f:id:iVene:20220208124443j:image(大顎もしっかり見える。ここは現生種と殆ど変わらない)

f:id:iVene:20220214010117j:image(肩部は基部方向へは湾入せずツメカクシクワガタ類の現生種では見られない形態。なお模様に見えるのはヒビ割れ)

f:id:iVene:20220214010130j:image(前胸背板側縁後方の棘が突出しPenichrolucanus属の一部現生種にのみ見られる形態でBrasilucanus属の現生種では見られない形態)

 バルト琥珀からは似た体型の別科甲虫であるヒゲブトオサムシ亜科やマグソコガネ亜科の入った琥珀が複数出ている。マグソコガネ亜科はミャンマー琥珀でもよく見られクワガタと誤同定されがちであるが、一方でヒゲブトオサムシ亜科はミャンマー白亜紀琥珀には入らず最古とされる既知種は始新世である(ミャンマー産にも「其れかな?」というのもあったが特徴があまりなく専門外の私には分からなかった。普通のゴミムシに似るヒゲブトオサムシの仲間もいるらしい)。ツメカクシクワガタは大体の種でサイズ感が近く、白亜紀後期〜始新世に出現し今なお姿見を変えていないというのも並行して考える事が出来れば面白い。またリトアニアに居た事からは高緯度でも温暖な気候だった始新世だから分布があった可能性を考えられる。なお琥珀の個体はどうかと言うとPenichrolucanus sp.に近い細部形態をしている。南米にいるオオツメカクシクワガタ属:Brasilucanusの種群は小型の祖先種が温暖な地球であった時に快適な環境を求めて北上し、一部個体群がユーラシア大陸北東端からベーリング海峡の反対側である北アメリカ大陸北西端に渡り、その後の寒冷化に伴って適温の地を探し求める南下の旅をしたものと考えられる(リトアニア琥珀を参照するに当時の高緯度に分布していたツメカクシクワガタ類は既に大型化していた可能性が高い)。オオツメカクシクワガタは中脚と後脚のタイ節が物凄く太く発達している。歩行性のクワガタと考えられ、オオツメカクシクワガタは現在の生息地に到達するまで相当に脚を発達させた属系統だったのだろうと推察する。今の高緯度に居ないのは寒冷な気候故の状況と考えられる。ちなみにオオツメカクシクワガタ属や殆どのツメカクシクワガタ属種の触覚は8節である一方で、今回観察したリトアニア産のコハクツメカクシクワガタ個体は9節構成の触角であり、触角が退化的変化をする前に別々の系統で大型化する事があったのか、オオツメカクシクワガタ属が大型化した後の9〜10節構成の単一系統で8節型へ変化をした一つの系統なのかは分からない。

https://www.mindat.org/taxon-P69181.html

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f:id:iVene:20220214005546j:image(頭部は現生2属の中間的な形態。なお複眼部の露出は小さい。また頭部は亀裂や構造脱落が多い。この琥珀は虫体の外側が固まってからは暫く虫体の中が固まっておらず、虫の内外で樹脂の固まる時間差があったという事を示したものでもある。外骨格の型は残りつつ虫の構造が部分的に虫体の内側に入りこんでいる)

 しかしやはり約4千万年前のクワガタがここまで残っているだけでも感動する。始新世の当時、樹脂を出していた植物は既に絶滅しているとされ、どれくらいか本当の事は分からないが「1〜3ヶ月くらいで樹脂が固まった」という説を聞いた事がある。つまり約4千万年もの間、この琥珀内の虫は姿を変えていないと解される。琥珀樹脂の透明度が高く色合いも良い按配で審美的にも極上の評価をしたくなる。

 一つの視点を示せばバルト琥珀からの確実な既知種のクワガタSucciniplatycerus berendti (Zang,1905)とは様々な形態的差異で非常に変わっているため別種以上に異なる系統という見通しも立つには立つが、私は此のコハクツメカクシについて"種記載や型記載はしない"とした。バルト琥珀から始新世にクワガタムシ科が居た事は既知分類群から、そしてツメカクシクワガタ類に一致する型の甲虫が居たと分かるのは当記事で充分に理解できる(正式な体裁では無いが、其れはまぁその辺の論文も同様)。もし論文にしたいという人がいればバルト海沿岸で採集を頑張ってみてほしい(発見は悍しいレベルで低確率なんだろうが)。パランガ海岸などは琥珀が結構上がるらしい。

https://mirandalovestravelling.com/ja/%E7%90%A5%E7%8F%80%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8/

 またデフォルメが著しいスケッチの曖昧さで解釈困難だったDorcasoides bilobus Motschulsky,1856について、私は「クワガタムシ科とは別科の可能性が高い」と考えていたがバルト琥珀にツメカクシクワガタ類甲虫が入っていたならば話は変わってくる。

https://ivene.hatenablog.com/entry/2021/10/16/133231

 原記載では「Dorcasoides bilobusDorcasPlatycerusの中間的な形態の大型昆虫で頭部の前部が二股に分かれているのが特徴」と記述される。DorcasDorcusの事だと考えるがスケッチを見る限りでは中間形態には見えない(時代考証的に誤解があったのかもしれないが)。また絵中の複眼位置なども信用ならない。しかし"頭部の前部が二股に分かれている"というのはツメカクシクワガタ的である。タイプ標本の観察で何かが分かると考えられる。

【References】

Huang, Hao & Chang-chin Chen. 2022. Rediscovery of the myrmecophilous Lucanid genus Xizangia Zhang, 1988 from southwest China (Coleoptera: Scarabaeoidea: Lucanidae).Zootaxa 5116(4): 517-549.

Zhang, Y.-W. 1988. Coleoptera: Trogidae. In: F. -S. Huang, F.-S. (Ed.), Insects of Mt. Namjagbarwa Region of Xizang. Science Press, Beijing, pp. 233-237.

Zhang L. X. 1982. 青藏高原东部的蜓 - Fusulinids of eastern Qinghai-Tibet Plateau. In Bureau of Geology of Sichuan Province and Nanjing Institute of Geology and Palaeontology, Chinese Academy of Science (eds.), The Stratigraphy and Palaeontology of West Sichuan and East Tibet. Sichuan People's Publishing House, Chengdu. 2: 119–244.

V. Motschulsky. 1856. Lettres de M. de Motschulsky à M. Ménétriés. Études Entomologique 5:3-38

Arrow, G.J. 1938. Some notes on stag-beetles (Lucanidae) and descriptions of a few new species. Annals and Magazine of Natural History, 11, 2, 49-63.

Bartolozzi, L. 2015. A new species of Penichrolucanus Deyrolle, 1963 (Coleoptera: Lucanidae) from the Philippines. The Coleopterists Bulletin, 69 (3), 389-394.

Benesh, B. 1960. Lucanidae. Coleopterorum Catalogus. 2nd ed. Supplement 8. W. Junk. The Hague, 178 pp.

Deyrolle, H. 1863. Nouveau genre de Lucanidae. Annales de la Société Entomologique de France, 4, 3, 485-487.

Nagai, S. 2001. Notes on some SE. Asian stag-beetles (Coleoptera, Lucanidae), with descriptions of several new Gekkan-Mushi, 367, 2-4. taxa (2).

Parry, F.J.S. 1864. A catalogue of lucanoid Coleoptera; with illustrations and descriptions of various new and interesting species. Transactions of the Entomological Society of London, 3, 2, 1-113.

Ratcliffe, B.C. 1984. A review of Penichrolucaninae with analysis of phylogeny and biogeography, and description of a second New World species from the Amazon Basin (Col. Luc.). Quaestiones Entomologicae, 20, 60-87.

Vulcano, M.A. & Pereira, F.S. 1961. A Subfamília Penichrolucaninae representada em Améríca. Studia Entomologica. Rio de Janeiro 4(1-4):471-480.

R. Zang. 1905. Über Coleoptera Lamellicornia aus dem baltischen Bernstein. Sitzungsberichte der Gesellschaft Naturforschender Freunde zu Berlin 1905:197-205

【追記】

 推定約4千万年前の始新世のクワガタムシ。私が入手している最後の紹介になるクワガタムシ科甲虫入り琥珀である。いつも御意見をいただいている友人達にも大変称賛いただいた琥珀触角の観察は難しいが中身がツメカクシクワガタ類、また透明度の高さ、虫体の保存状態は群を抜いて優れている。やはり極上の資料である。

 琥珀内のクワガタを見るのは毎回のように驚かされる。始新世にツメカクシクワガタ?しかも北欧リトアニアからって"そんなの有り?"と驚きを禁じえなかった。

 今回の琥珀は出品タイトルでは"Lucanidae"となっていたがスタート値は其れほど高くなく、出品説明欄では"probably extremely rare stag beetle Lucanidae (possibly Penichrolucaninae) or some unusual scarab beetle Scarabaeidae."と記述され、意訳すれば「たぶん極めて珍しいクワガタ(ツメカクシクワガタ亜科の可能性)か他の珍しいコガネムシ科甲虫、、」と、つまり自信無さげな同定を記されていたわけである。また出品時画像では触角が見えなかった。琥珀内のクワガタなどの触角は引っこんでいたり脚や異物で隠れていたりすると観察が大変である。出品者は手元の機材で観察出来ず自信が無かったのだろう。たしかにマグソコガネ亜科やヒゲブトオサムシ亜科の収斂や個体の破損で似た形態になっている個体か否か触角が見えなければ分からない。是非もなく私は博打的に入手した。スタート値が安かったのと他に目を付けたバイヤーがいたため競合をしてしまったから其れなりの出費になり不安だった。

 標本が手元に届くまでは触角が見えるか否か分からず不安で呉牛喘月の気分が絶えなかったが、それだけに顕微鏡で"クワガタムシ科に特異と言える触角形態"が見えた時の安心感は別格であった。クワガタであると確信するまで、ツメカクシクワガタが始新世ではリトアニアまで分布域を広げていたなんて全く信じられなかった。

 本文の通り此のコハクツメカクシの触角観察は恐ろしく難儀で、普通の顕微鏡で観察出来ないのは仕方がないという気分でもあった。

 裏面を見れば形はツメカクシクワガタ属的な脚部形態だが、大きさは頭部が下がった状態で8.7〜8.8mm付近と南米のオオツメカクシクワガタ属に匹敵する(頭部が下がった状態なので真っ直ぐな姿勢ならば9mm以上だった事を推定できる)。これは結構な大きさである事を示しているのだが一般的にツメカクシクワガタ類の実物個体を見る機会は其れ程無いからイメージが湧かない人が多数派だろうので説明すると、現生のツメカクシクワガタ属は大体5〜8mmで、オオツメカクシクワガタ属は10mm前後と記録されている(実際に見てみれば体格でサイズ感に大きな差異があるように見られる)。ツメカクシクワガタ属の最大種はマレー半島Penichrolucanus elongatus Arrow,1935:エロンガトゥスツメカクシクワガタ(触角は10節構成)の8mm〜と考えられるが体型は胴長で細っこい。オオツメカクシクワガタ属種と今回のリトアニア産始新世のコハクツメカクシクワガタは似た大柄な体型比率をしている。またコハクツメカクシは頭部前縁中央の凹み方は2属の中間的で、複眼露出部は小さい。

 残念ながら私はツメカクシクワガタ類の現生種資料を殆ど手元に並べられていないが、分類屋の友人が種数を揃えられていたので有難く助けを借りて大体の既知種を参照させていただいた。文献やネット上のページではツメカクシクワガタの情報に不足が多かったため其の観察で得られることは多かった。

 現生のツメカクシクワガタ属種の細部形態を見ていくと亜科レベルで分類しても良いのではないかというくらい形態が変わっている。

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スマトラ島ジャンビのコプリケファルスツメカクシクワガタ?♂個体。体長は5.0mm)

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(下から映る白い棘は台紙)

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(前脚。フセツは退化的変化をしており爪も見えない)

 付節第五節を破壊すると爪が出てくるが爪間板は見えない。Huang, Hao & Chang-chin Chen. 2022によれば"腔壁の缺け殻"が爪にくっついている事があるらしい。繋がる"腔壁"は爪間板の成れの果てなのだろうか(発生に関わる遺伝子の同定比較をしないと分からない)。とりあえずクワガタムシ科の仲間でも例外的に退化的変化をしたという事は分かる。交尾器や触角形態がクワガタムシ亜科と一致する形態でなければ分類の難易度が跳ね上がるところだった。

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(中脚。この個体では距棘が欠損していた)

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(後脚。見て分かるように中脚と後脚は、前脚とフセツの形態が異なる)

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(大顎内歯は互い違いになっている)

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(触覚は10節〜8節の種がいる。第二節の形態はクワガタムシ科の中でも変わっている)

 クワガタムシ科の普遍的な種群は触覚が膝状に曲がる。これが何故なのか色々考えてきたが、一つヒントになる事があった。第一節が伸びやすい系統だというのは分かっていたが、それゆえに蛹時の触角収納スペースが限られていて、その制約で膝状になったという仮説が立てられる。

 触覚は感覚器なので、そう簡単に鞭節数は変わらない。片状節が変化する系統もあるが、偶然環境に適応出来ているから生き残っているだけで、大抵の虫ならば感覚器が杜撰な造りのままならば生存競争に負けてしまう。ツメカクシクワガタのような虫は触覚の使い方が他の系統に比べても限定的という事が察せられる。そういうのもあって、科同定をする際は触覚形態の参照に高い重要性がある。

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(第二節の拡大。関節はこんな感じで、第一節の背面側に関節孔が向き、そこで接続される。)

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(頭部腹面〜前胸腹面に触覚の収納スペースがある。また複眼は背面はキューティクルによる被覆があるが腹面は個眼が露出していてハニカム構造が見える)

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(鞘翅肩部は突起が見える)

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(♂交尾器はチビクワガタ類に似る。画像の姿勢は仮成形だから同定に参照出来るようにするには多少直さないといけない。とはいえ♂交尾器形態等からツメカクシクワガタ類はゴミムシダマシ科やコブスジコガネ科などの別科では無い事が分かる)

 しかしコレで私はクワガタムシ入り琥珀の収集を終了としたい。出費も大変なものになったが、何より"探索の辛さ"については最早思い出すのもゾッとする。

 とはいえ悠久の自然史の一部をこれだけ短期に調べられたから、取り敢えず前人未踏の考察は代え難く良い経験になったと考えられる。

 人間が居なかった遥か昔の地球上、そんな時代のひと時を生きたクワガタムシ。其れ等の存在を知る事が出来たのは真に確かに僥倖であった。

【Reference 2】

Arrow, G.J. 1935. A contribution to the classification of the Coleopterous family Lucanidae. Transactions of the Royal entomological Society of London, 83 (1), 105-125.

【雑記:"例外"】

 生物種分類をしようとすると生物学を踏まえた考察、また様々な要素を踏まえた観察が日常的になる。"生物学的種概念"はErnst Walter Mayrの説を軸にしたものが揺るぎない。当ブログで検証や批判をしたように様々な論文に瑕疵がある事が世の中的に軽視されている以上は、Mayrに対する異論が観察不足により生じていないか再検討される必要性も生じる。

 昆虫の特にクワガタやカブトムシの場合にフェロモンで種を判別している等の仮説があるが其れは主観者らの思い込みによる"空漠なる説"と考えられる。というのも私が自身の実験で反証結果を沢山取っている(簡単に出来る実験。単純に近縁別種〜遠縁別種の間に起こる擬似的交尾行動を確認するだけ)。

https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/25456

(コレは鳥類における種の隔離を示唆する一つの研究例。私からすれば素晴らしい研究。分類方法によっては"種分類"をするならばコレくらい具体的な実験と研究はせねばならない)

 様々な"知見"は即時的には人によって受け止め方が違う。とはいえ時間が経てばある程度の社会的認知を受けるようになる。"百聞は一見に然ず"だからである。

 こと解釈について"散漫な思考"が為されやすいのは、やたらめったらと煽りの多い今代ならではという気もしてくる。インターネットが普及していなかった時代は今よりもずっと牧歌的で時間たっぷり思考を巡らせられた。あの時間はなかなか重要だった。

https://twitter.com/amajaamajaaanal/status/1526439905592999936?s=21&t=l67_d7PkdDgQuRgsVjVqIw

("ある類の人達"の発する言葉は意味が軽い。感情論なんかではない客観的な理由があって変わるくらいならそんなに目くじらを立てる必要はないが、無根拠に180°変わっている人はかなりの軽薄な性格である。そういう人の軽口は深みがあるようで無い。真に迫らない)

 そして研究活動をしていると観察対象に例外が時折出てくる。論文上で定義されない形態の個体が、ある種の変異として出現する。文章になっていない現象が観察される。其れが自然の奥深さを理解させる。

例外 

 例外とは通例の原則にあてはまっていないこと。また、一般の原則の適用を受けないことである。 たとえば法則(や規則)が成り立っていない事例のこと。あるいは、法則がそもそも適用されていないもののこと。 「例外のない法則はない」「例外のない規則はない」などと言われることがある。つまり規則や法則には例外がつきものではある。 対比される概念は「原則」である。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%8B%E5%A4%96

 情報収集をしつつ様々な現象を語る上でも例外やレアケースは付き物で、生活の上ではレアケースに注目する意味はあまり無いという一般論だが、科学的に見れば例外やレアケースの考察は必須である。

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ボルネオ島北部に生息するOdontolabis katsurai Ikeda, 1998:カツラツヤクワガタの上翅黒化型。通常の表現型ではエリトラは殆ど黄色い。最初は未記載の分類群かと思ったが調べてみると生物種としてはカツラツヤクワガタだった。他にも数頭のみ上翅暗色型を見た事があるが少ない。この分類群の上翅黒化型は稀型なのだろう。Odontolabisは他属に比べ此の程度の稀型が出やすいから評価見識の正確性に賛否あろうが、こうやって"例外を示す標本"という意味での参照性は認められる)

 しかし確固たる例外を「不都合だから」とか「不快だから」という安直な理由でデータから排除したり、不鮮明な例外を現象の前提に違う話を始める等は非科学的である。場合により捏造とされる事もあるが軽い気持ちでやる人達は別段少なくない。

貧すれば鈍する

 貧乏になると性質や頭の働きまでも鈍くなる。また、貧乏するとどんな人でもさもしい心をもつようになる。

https://kotobank.jp/word/%E8%B2%A7%E3%81%99%E3%82%8C%E3%81%B0%E9%88%8D%E3%81%99%E3%82%8B-614661

 例外を考察から外す場合は合理的な科学的理由を付記しなくてはならない。例えば"実験上の人為的ミスで得られた奇抜なデータ"は考察のための再現性を保証しないと言えるから、返ってデータから外す義務がある。虫業界であれば"どんな事(交雑での育種を含めた遺伝子組換え・遺伝子操作、或いは標本加工)をして参照個体群の再現性を変えたのか機序が全く分からないで作られた個体群"なんかが其れにあたる。

http://nature.cc.hirosaki-u.ac.jp/lab/3/animsci/text_id/Mutations.html

 野生型との関連性が低いとデータの正確性も著しく低く見積もられる。再現性の確認出来ないデータと捏造データは客観的に判別出来ないからである。

捏造

 科学的探求および学術研究における捏造(ねつぞう、でつぞう、英: Fabrication)は、存在しないデータ、研究結果等を、あたかも自分が実施したかのように意図的に作成し、研究成果や学業成果として学術出版、論文、書籍、申請書、レポート(調査や研究等の報告書、学校で課題として提出する小論文)などで発表・申請・提出、あるいは口頭で発表する行為である。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8D%8F%E9%80%A0_(%E7%A7%91%E5%AD%A6)

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/food_safety/food_safety_portal/genetically_modified_food/

 モデル生物なんかだと遺伝子操作の系統を自然環境に放つ事は野生型の生物的特性を著しく変える可能性があるから一定の規制があるが、放虫問題や交雑個体群のクワガタ売買が問題になっても規制にはなっていない。おそらく過去20〜30年前の一般愛好家の善性に寄りかかった現状だろうが、これは日本の司法にある興味深いズレである。

https://www.gene.mie-u.ac.jp/Recombinant/Recombinant-2.html

 今や不自然に外骨格を分厚くなるよう操作が為され、呼吸や生活が不便そうな「愛好される」という言葉が全く似つかわしくない個体群すら出てきている。公共の利益にもならず独善的、見た目から分かる背景にも奥ゆかしさが無く"稚拙"な目的で作られていると評価されやすい。いかにも"悪い業"が深そうである。

http://n2ch.net/r/7I5-BsxU_G--1/insect/1275037197/?num=17&guid=ON

 一般的な昆虫類への興味が商業的要素を強めている今代では目立つ放虫など氷山の一角であろうようにも考えられる。遺伝子汚染と放虫のリスクが高い虫の一般的な自由売買が、今は違法ではない扱いをされている。しかし放置していても"世の為人の為将来の虫好きの為"とは成らないように思える。"屋久島犬"の例のようにナアナアになって固有の純粋な系統が消失する事すらリスクとしてある。この議題に対する現実は"諦めと落胆"の社会通念が一般的でもあり良い未来が見えない。

http://ookuwagatabreedingroom.web.fc2.com/page12.html

 以前の記事で少し触れたが僅か数塩基で劇的に形態を変える事もありうる。

https://www.toho-u.ac.jp/sci/bio/column/0817.html

 普通は修復される量の遺伝子変異も、対立遺伝子上に載るものは残存しうる。

https://sato-ayumi.com/2019/05/24/%e3%80%8c%e5%8b%95%e3%81%8f%e9%81%ba%e4%bc%9d%e5%ad%90%e3%80%8d%e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e3%83%9d%e3%82%be%e3%83%b3%e3%81%ab%e8%bf%ab%e3%82%8b%ef%bc%81/

 亜種間交雑は累代する(論文によっては亜種や種の概念が固まっていないからこういう部分でも論文は鵜呑みにしづらい)、利益相反等が優先された場合の売買上の瑕疵、放虫リスク、認知の問題、これを全部同時に考えないと簡単に綻ぶのが今代の虫業界である。正直、知れば知るほど関わり辛い"自称愛好家の集い"のイメージで実際に新参者らに厳しくもある。

 また、自然との紐付けが可能なまでの追跡は一般的に困難という問題もある。だから普通は緊張感を持って資料を調べる。記述の理由、記述の意味、物証の存在性について考える。分からなければ知見が出ていない部分まで調べようとする。今代は調べれば其れらしい回答がネット上にあるし、教科書や辞典での照合の可否を容易に確認できる。

https://twitter.com/david_r_stanton/status/1526929277987397633?s=21&t=_u09SGf_3AgkJSiiUpr8HQ

 しかしこれだけ便利な時代でも人間はバイアスに呑まれてしまう。そういった人達は科学的視点を持つよりも商業的視点等の別目的を優先しているというのも一因あるかもしれない。であるのに純粋な資料を並べにくいから"例外"というものがなんなのか分かりにくい。

https://twitter.com/sangituyama/status/1528269134504808448?s=21&t=yxSdCuE1U45ZsdLvEzJzkg

 例外は原則を知っていて初めて理解が可能になりうる。そして其れが文章になっているとは限らなかったり、不正解な文章で説明されていないとも限らない。

原則

 もともとの法則。一般の現象に共通な法則。特別の例外が起こり得ることを念頭において、一般に適用されるものとする基本的な考え方。

https://kotobank.jp/word/%E5%8E%9F%E5%89%87-492592

https://sipe-selye.co.jp/lectures/%e3%83%92%e3%83%a5%e3%83%96%e3%83%aa%e3%82%b9%e5%82%b2%e6%85%a2%e7%97%87%e5%80%99%e7%be%a4%e3%80%82/

 例外というのは考察が難しい。原則との関連性を知らなくては其の例外を理解出来ない。また例外には色々ある。知見からの例外、個人的主観からの例外、遺伝子など微視的な視点からの例外。稀に似た結果になるから見分け方が難しい事もある。

 しかし商業目的のメディアなんかは事大主義な傾向が強いから、そういう部分の実態とのズレを見逃しがちである。

https://twitter.com/ugtk/status/1528550339347365888?s=21&t=UktjJ7y-JGEKqPZe83BqWQ

事大主義

 事大主義(じだいしゅぎ)とは、明確な信念がなく、強いものや風潮に迎合することにより、自己実現を目指す行動様式である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8B%E5%A4%A7%E4%B8%BB%E7%BE%A9

 例外から見出せる事は様々ある。"例外"を考える例として、生物形態では個体により奇形や稀型が生まれる事がある(確率はケースバイケースで変わる)。定義外の形態が単一の種系統から生じるのは物証として沢山存在している。

 他には生物学的にオスとメスはあるが"雌雄同体"も存在する事がある。この例外があるから累代継続可能な同系統内のオスとメスが同じ生物種である事が否定されない。

https://onsuku.jp/blog/gyousei_law_002

 例外観測をする事と似た考え方をする事として反対解釈がある。法解釈での反対解釈を前提とした読解法は重要である。しかしこれは人間が定めたルールや言葉から想定される事であって、現象の例外の前例に必ずしも一致する話では無いが、思い込みで誤解釈される事が頻繁にある。事実に無い事を脳内妄想で決め付けてはならない。想像は予想に留めるしか無いが、意味を理解せずに誤解する人達は少なくない。

 自然の物理法則を考察する場合も、法解釈で決まっていない事を考える場合も、起こりうる事象を想像するなかで"思い込み"や"希望的観測"に拘ってしまう事に気をつけなければならない。

 法解釈は国際動物命名規約第四版でも応用される。命名規約は"学名"の存在性を裁定する。

反対解釈

 ある事項について法律の規定があるとき、それ以外の事項については、その規定は適用されないと解釈すること。例えば車馬の通行を禁止するという規定で、人は通行してもよいと解釈する場合など。 https://kotobank.jp/word/%E5%8F%8D%E5%AF%BE%E8%A7%A3%E9%87%88-118253

 以上を踏まえ、生物種分類は生物学からすれば「学名を定義する」という意味で前衛的分野だが、論文上で確かな仕事がなされているかどうかといえば「否」と言わなければフェアで無い事の方が明瞭に多い。

 科学のみならず様々な前衛的活動に努力賞は無く結果が全てである。

https://president.jp/articles/amp/21210?page=1

 そもそもマトモな研究結果を出していれば胸を張って良い仕事が出来る筈であるが、誤魔化しでやる人達というのは霧に包まれたように心が見えない。

 しがらみ、不安定な中の其れっぽさ、人間の感情は混沌としたひとところに集まり易い。その中に入ってしまうと克己せねば感情の流れに呑まれて誤る。

https://kyofu.takeshobo.co.jp/news/column/toshidensetsu/1873/

 人は不可抗力で様々な過ちをする。其れを考え、其れを踏まえて物事を考慮する。"しがらみ"が過ちを隠す事もあって葛藤に疲れる事もある。だが普通にやっていれば科学研究は面白い。"自然を観る"という事の奥深さは"観る方法"を極めれば、無限に広大であると分かるのである。

【Reference 3】

Ikeda, H. 1998: A new species of the genus Odontolabis (Coleoptera, Lucanidae) from northern Borneo. Gekkan-Mushi, ( 333 ): 10–12.

【近況】

 バルト琥珀からのクワガタは非常に珍しいがチビクワガタ属の形態に似たクワガタムシ科甲虫入り琥珀も見つかったらしい。触覚を観る限り確実なクワガタムシ亜科形態であった。現在のヨーロッパにチビクワガタ類は居ないが、ツメカクシクワガタ類同様に始新世の温暖だった頃は居たという事を示している。