クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【第壹欠片】約1億年前・後期白亜紀セノマニアン前期のクワガタムシ科入りBurmese amberについて

 ミャンマー琥珀からは既に以下の2既知学名があるため、後続の新種記載は控えられている。

Protonicagus tani Cai, Yin, Liu et Huang, 2017

Electraesalopsis beuteli Bai, Zhang & Qiu, 2017

 では、他で見つかっているミャンマー琥珀から見る白亜紀後期セノマニアン前期のクワガタムシ科甲虫とは如何なるものなのか。様々な状況を鑑み、論文は出版せずに平易なブログ化をしてみる(ミャンマー琥珀に関わる現地情勢の事は別記事の追記に記載 )。

 バーマイトからは、マグソクワガタやマダラクワガタ系統が報告されているが、他にもツツクワガタ的な形態の個体等が発見されている。

https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQdDzLlK4LhqK2ywaaH2cR0aIbQReQIo6IV2g&usqp=CAU

 ミャンマーなのにオセアニア的というのは面白い。

 以下図示は、私が苦心惨憺して収集した白亜紀クワガタムシ科入り琥珀の最初の一つの右触角画像。触角形態が見える事はクワガタムシ科と同定する為に必須である。流石にクワガタムシ、およそ1億年も昔の系統は変わった型を呈している(※全身画像は現状秘密)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。

 しかし、このクラスの琥珀を簡単な気分で出してしまうというのは出品者にとって非常に勿体無かったのではなかろうかと思案する。クワガタムシ科入りという体で誤同定の別科甲虫入り琥珀が沢山出ていたから、そもそもの希少性が過小評価されていると考えられる。読者の誰かで、こういう品をもし入手出来たのなら絶対に手放さない方が良い。手放してしまうようなら買わない方が良い。「貸す事すら厳禁」くらいに思っていた方が良い。

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f:id:iVene:20220107092149j:image(シワバネクワガタ属やハイイロクワガタ属に似た形態の体長6mm程度のクワガタムシ、本体は樹脂の脱水収縮でヒビが多い。大顎内側縁が鋸歯状になる型としては1点モノで、他に見た事の無い外形のクワガタ。※別角度だともう少し生物的形態な触角の節の境目が見やすいのだが第一節が隠れてしまう。また、体型の似る大顎の著しく発達したクワガタの琥珀が別途見つかっている。)

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 触角は10節構成。第一節が少し細長く、第二節は鞠状形態、第三節から第七節までの中間節は棒状構成、第八節から第十節を構成する片状節の棍棒状部は軸から一方向に肥大し全体として扁平形態を取る。また爪間板など他形態を合わせてクワガタムシ科と同定が可能である。白亜紀のこの頃には「クワガタムシ科」として確立した形態を獲得したようなので、同定に不可欠な観察が可能な標本ならば、例外なく科同定も可能と考えられる。※念のため私の20〜25年来の友人達(分類屋・標本商)には"他には秘密"としてクワガタの全身詳細画像を見てもらって御意見をいただいている。

 クワガタ個体は†Electraesalopsis beuteli Bai, Zhang & Qiu, 2017など既知化石種に似ているが、細かい形態は異なる。しかし外形のみでは、種内雌雄差か種内個体差か別種かの判断は不可能である。ただし現生種では見られない形態であるので現生種とはいずれとも異なる。私が分類仲間と琥珀種の分類考察を議論すると、このように外形のみでの種分類に懐疑的な結論に至る。

 南米〜オーストラリアで共通するシワバネクワガタ類やコフキクワガタ・ハイイロクワガタ類は、数千万年前の温暖化した時代で南極と繋がった頃に陸路を渡ったのではないかと考えられる(ジーランディア大陸のように沈んだと考える)。それよりもずっと昔の後期白亜紀セノマニアン前期にゴンドワナ南側大陸から分離独立したインド亜大陸地域でヒメキンイロクワガタ・ハイイロクワガタ形態のクワガタが出現していたという事実は私個人的に興味深い知見と考えられる。

 ※当記事の琥珀について簡易なレポートを何処かの出版社に投稿しようかとも考えたが、不特定多数の他人に全貌を見せる意味をあまり見出せ無かった事と、これまでの教訓から予想されうるリスクなどを考え、友人達と様々な議論を行い出版物での報文は出さない事とした。とはいえ日本国内に個人所有でありますよという報告・補足説明には意味がありそうという事で書いた記事である。

【References】

Cai, Chenyang, Zi-Wei Yin, Ye Liu & Di-Ying Huang. 2017. Protonicagus tani gen. et sp. nov., the first stag beetles from Upper Cretaceous Burmese amber (Coleoptera: Lucanidae: Aesalinae: Nicagini). Cretaceous Research. 78. 109-112.

Qiu T., Lu Y., Zhang W., Wang S., Yang Y. & Bai M. 2017 Electraesalopsis beuteli gen. & sp. nov., the first lucanid beetle from the Cretaceous Burmese amber Zoological Systematics 42(3):390-394

Holloway, B. A., 2007. Lucanidae (lnsecta: Coleoptera). Fauna of New Zealand, 61, Manaaki Whenua Press, Lincoln, Canterbury, New Zealand, 254 pp.

Tabana, M., Okuda, N., 1992. Notes on Nicagus japonicus Nagel. Gekkan-Mushi 256, 4-10.

【追記】

 およそ1億前、白亜紀セノマニアンの美麗なクワガタムシ入り琥珀生物の持つ形態的機能美、進化と淘汰で太古に現れた自然の形態、細かい形態や姿勢は唯一無二で他では見られず琥珀だから精巧なレプリカも作られない。

 最初に此の琥珀を見た時は衝撃的だった。たしかに見た事も無いクワガタ的甲虫だったからである。其れ迄は偽物か誤同定か科同定不可ばかりな虫入り琥珀でしか見た事がなかった"クワガタ琥珀"が其れ迄になく鮮明に出品された訳である。しかも庶民的な価格では無かったが「其の値段で良いの?」という額面だった(前述したが誤同定の頻繁が影響して暴落していたと考えられる)。しかし出品時の画質でもイマイチ"科同定"が難しかった。クワガタらしい格好の分かる画像はあったが科同定に必要なだけの詳細図示が無かったのだ。別科甲虫かもしれないと。勿体ないが出品者らの殆どが持つ知識が浅いためミャンマー琥珀からは虫を誤同定した琥珀がホイホイ出品される(クワガタじゃないのにクワガタと同定された甲虫入り琥珀は私がチェックしてきた分だけで200件以上あった)。例えばマスメディアが何かの研究紹介をする時「関与遺伝子を沢山見つけたからメカニズムの全貌解明」みたいなミスリーディングな解説が付く場合があるが、全てとは言い切れない関与遺伝子だけなら「部分的」であり実際には全貌解明は程遠いんだからシレッと嘘吐くなよと言いたくなる、そういう類の苛々が此の琥珀の出品でも私を悩ませた。しかしこういう資料は替えが全く効かないから他者に先を越されると二度と実物観察を出来ない可能性が高い(論文で出ても大した表現を期待出来ないのは経験則から自明であった)。だからどうしても自身の眼で観察したくなり落札した訳である。とはいえ実物を手にするまでは真偽判定も同定確認も出来ないから私にとって大損の可能性が払拭しきれなかった時点では相当に精神的消耗をした。博打はやはり好きになれない。顕微鏡を覗き、分かりうる事の全てを理解して安堵した瞬間の開放感は人生一だったかもしれない(何処にも?載ってない真偽判別法も発見した)。

 真なるクワガタ入り琥珀を収集の本命とするならば、入手には事前の資金準備*同定や真偽判定法の予習*また観察眼の研鑽*そして何より幸運が必須であると考えられる。そういう対応が出来る体質は自身で作らなければ育たないのが人体で、幸運というのは大抵の場合「漁夫の利」のように降って下りてくる。しかし其れでも準備は大変である。だからソコらの図鑑やネットで現生種の豪快な誤同定がされてるのを見る度に「なんと迷惑な!」と思ったりもする訳である。

 ミャンマー琥珀から最初に「クワガタ入り琥珀」が出品されたのはいつだったか。もうだいぶ昔話だが、私が最初に出会った出品は酷かった。殆ど植物片か土か何か分からない物だらけの琥珀の中にうっすらとクワガタの頭部みたいな影が見えただけで「クワガタ入り琥珀!」として30万ドル(当時のレートでも30,000,000円程度)で出品されていたのだった。私には其れが虫の一部にすら見えなかった。何の参考にもならない物体ならば不必要と言える。パレイドリアにもほどがあると思ったくらいだったが、一般的にはそういうのでもよく受けた時代だったから、買ってしまった人がいたとしたら今頃其人は地獄のような辛さを感じているだろう。期待したのと合ってりゃ天国、全然違えば地獄である。

 次に出会ったのは、顎の細長い一見ではクワガタらしい形態の虫が入った琥珀だったが、既に売り切れていた。最初は私も舞い上がり「白亜紀のクワガタはこんなだったか!」と浮かれてしまったが、よくよく見れば2〜3mmの極小甲虫で触角も何だか見慣れない形態だった。詳しく調べてみるとケシキスイ等の別科甲虫だったようで、自身の観察眼を鍛えきれていなかった事に当時はかなり落胆した。まぁケシキスイでも面白いのだが。其れが売れたのを皮切りにしてか、後続でも同様な虫が入ったものや曇って中身が見え難い「クワガタ?琥珀」がチラホラ高額出品されてはよく売れた。私は「そんなの高額で買うなよ」と思っていたりしたが、暫くしてヨーロッパの化石界隈BBS(今は閉鎖されている模様)で「中国の業者によりミャンマー琥珀で"クワガタ"が売られていたけどアレらはケシキスイとかゴミムシダマシだ!酷い詐欺だ!」「え〜、買っちゃったよ。。」「アイツら分かってないのに自信満々で売ってるんだよ」なるニュアンスの書き込みがあり被害者達の存在が分かった(吊り上げ屋ではなかったのだ)。白亜紀には現生のクワガタそっくりなケシキスイ科等がいたのである。恐らく業者は気付かずに誤同定したのだろうが、知らずに売ったのだとしても其処まで豪快な誤同定ならば詐欺と憤怒されて当然である(まぁよく確認もしないで買う方もどうかとは思うが図示や調べが足りない出品者の方が立場がわるい)。この一連の事件があった時期のすぐ後くらいから虫入り琥珀が大暴落していったのをよく覚えている(ミャンマー軍が鉱山を買収するよりも結構昔の事。時系列的に琥珀と其の鉱山の大暴落が原因でミャンマー軍に鉱山を買収されたとも考えられる)。

 後年に記載種も出たが、後の祭りだったのは言うまでも無い。堅いスポンサーの離れた業界は萎むのが早い。薄利多売の流行った業界は豪快な誤同定もまるで止まらず現在でも至って毎回のように見られるから相場も安定しない。