クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

†Protonicagus tani Cai, Yin, Liu et Huang,2017についての検証

Protonicagus tani Cai, Yin, Liu et Huang,2017

Type data: lowermost Cenomanian, from an amber mine located near Noije Bum Village, Tanaing Town, Hukawng Valley, northern Myanmar.

https://www.researchgate.net/publication/317642430_Protonicagus_tani_gen_et_sp_nov_the_first_stag_beetles_from_Upper_Cretaceous_Burmese_amber_Coleoptera_Lucanidae_Aesalinae_Nicagini

http://www.fossilworks.org/cgi-bin/bridge.pl?a=taxonInfo&taxon_no=355988&is_real_user=1

 産地はミャンマー・カチン州のフーコンバレー。約1億年前の中生代後期白亜紀セノマニアン前期の地層から出土した琥珀を基に記載された。

 検証説明のため画像を引用する。

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(「Cai, Chenyang, Zi-Wei Yin, Ye Liu & Di-Ying Huang. 2017. Protonicagus tani gen. et sp. nov., the first stag beetles from Upper Cretaceous Burmese amber (Coleoptera: Lucanidae: Aesalinae: Nicagini). Cretaceous Research. 78. 109-112.」より引用した図)

 非常にクリアな琥珀で2017年6月にクワガタムシ科として記載された分類群。

 論文ではクワガタムシ科だと識別可能である詳細な図示がなされている。数多の甲虫の中ではマグソクワガタ属(Genus Nicagus)に最も似ているが、此方は3.7mmほどで、6〜9mmある現生種のマグソクワガタに比べて小さい事や頭部形態などで確かな外形差異もある。

 記述では他の既知クワガタ化石種に好意的な表現が見られるが具体性はかなり差がある。当記載種の論文が断然に優秀と見える。

 数千万年以上昔の化石種については、1つの時代を示す産地(または地方)で1つの科のクラスの生物種について明らかに絶滅種と推定出来る(既知種に無い形態を持つという事)ならば記録の意味において記載する意義はあると考える(既知種と変わらないならば新種記載ではなくレポートのみ)。そのため良好な状態の交尾器が見えないのは残念だがタイプ標本1頭でも記載される意義はあると考える(出現確率から奇形よりも絶滅種だろうと推定している事を踏まえて)。また贋作ではないなどの検証も必要不可欠。

【References】

Cai, Chenyang, Zi-Wei Yin, Ye Liu & Di-Ying Huang. 2017. Protonicagus tani gen. et sp. nov., the first stag beetles from Upper Cretaceous Burmese amber (Coleoptera: Lucanidae: Aesalinae: Nicagini). Cretaceous Research. 78. 109-112.

Tabana, M., Okuda, N., 1992. Notes on Nicagus japonicus Nagel. Gekkan-Mushi 256, 4-10.

【追記】

 ちなみにミャンマー琥珀については色々な情勢問題が纏わりついているが、日本語の報道では一部切り抜きで中国への批判を避けるような表現をしている物ばかりなので、英文ページを参照した。

 2020年4月21日、脊椎動物古生物学会(SVP)はジャーナル編集者に「ミャンマー軍が琥珀採掘の支配権を掌握するキャンペーンを開始した2017年6月以降にミャンマー国内の情報源から購入した化石標本については出版を猶予し控えること」を求める推薦状を発表した。2020年4月23日、Acta Palaeontologica Polonicaは、ビルマ軍が鉱床を掌握した後の2017年以降に採取されたビルマ琥珀素材に関する論文は受け付けないとし、「合法的かつ倫理的に日付以前に入手したものであるという証明書やその他の実証可能な証拠」を要求した。2020年5月13日、Journal of Systematic Palaeontologyは、歴史的なコレクションであるかどうかに関わらず、ビルマ琥珀資料の全部または一部に基づいた論文を今後考慮しないとする社説を発表した。2020年6月30日、SVPに対抗して国際古昆虫学会の声明が発表され、ビルマ琥珀資料に関する出版を禁止する提案を批判した。2020年8月、SVPの声明に対応して50人以上の著者によるコメントがPalZに掲載された。著者らはモラトリアムの提案に反対し、ビルマ琥珀に焦点を当てたことを「恣意的」と表現し、「ビルマ琥珀のモラトリアムに関するSVPの勧告は、脊椎動物の化石研究よりも非脊椎動物の化石研究にはるかに影響を与え、古生物学コミュニティのこの部分を明らかに代表していない」と述べた

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72346

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73033

 カナダの小さな鉱山会社であるLeeward Capital Corpは1990年代半ばから2000年頃までこの鉱床を支配していたが2000年代の開発の経緯は不明である。2010年代前半から半ばにかけてはカチン独立軍(KIA)がこの地域を支配していた。2010年代前半には生産量が急速に増加した。

 カチン独立軍は多数のライセンス、税金、労働力の移動の制限、強制的なオークションを通じて琥珀の輸出をコントロールしていた。ミャンマーの主な琥珀の市場はミッチーナである。ほとんどの琥珀は中国に密輸されており、主に宝飾品用で、2015年には雲南省の騰衝市(Tengchong)の主な市場に約100トンが通過し50億元から70億元の価値があると推定されている。ビルマ産の琥珀は騰衝市の宝石市場の30%を占めると言われており(残りはミャンマー翡翠)、地元政府は市の8つの主要産業の1つとして宣言していた。 方解石脈の存在は宝石の品質を決定する大きな要因であり、多くの脈があるものは価値が著しく低い。 2017年6月、Tatmadaw(ミャンマー軍)はKIAから鉱山の管理権を奪った。琥珀の販売は、2019年に様々な報道機関によってカチン紛争の資金源になっていると主張された。2020年3月、『Nature』の表紙を飾ったOculudentavisの記述が大きく取り上げられたことで、この議論への関心が高まった。ビルマ琥珀がTatmadawの資金源になっていたという結論には、ジョージ・ポイナーとジークハルト・エレンバーガーが異議を唱え、2017年にTatmadawが鉱山を買収した後に琥珀の供給が崩壊し、現在中国市場で流通している琥珀のほとんどが2017年以前に採取されたものであることを明らかにした。2019年の『Science』の記事にはこう書かれている。"電話インタビューで通訳を介して語った2人の元鉱山所有者は、政府軍がこの地域を支配するようになってから税金がさらに高騰した"と言う。2人とも、政府の買収後に採算が合わなくなって鉱山を閉鎖し深い鉱山はほとんどすべて廃業したと、ここのディーラーが裏付けている。フーコン渓谷の鉱山で働く鉱夫は、Tatmadawに買収される前は約20万人いたが軍事作戦後は2万人以下にまで減少した。ビルマ琥珀の標本を集めた博物館を所有する宝石学者のアドルフ・ペレッティは、「SVPが提案した2017年のカットオフは、2017年以前のビルマ琥珀の輸出が、KIAによる支配によりミャンマーの内紛の資金源にもなっていたことを考慮していない」と指摘している。2017年以降の琥珀の切削研磨の多くは人道的かつ非紛争的な条件の下、国内避難民キャンプで行われている。

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Burmese_amber

 問題が世界的に報じられて以降、実際にミャンマー琥珀の相場が低迷していたが、2021年にはミャンマー軍によるクーデターが起こった。ミャンマー軍はどうやって資金調達したのか。それはKachin Development Networking Groupにより2019年に出版された報告書を含めて読むと、なんとなく読めてくる。

https://progressivevoicemyanmar.org/wp-content/uploads/2019/08/BloodAmber_English-compressed.pdf

 2010年から2017年までミャンマー軍が採掘業者から採掘に関する様々な課税で得た金額は3000万ドル以上との事。2015年には多くが中国へ輸出(取引額は年間約10億ドルと推定される)され一見凄まじいビジネスのように見えるが、採掘現場は劣悪であり大量の労働者が入り乱れる(労働者らは、鉱山に繋がる一本しか無い幹線道路を犇きながら移動していた)。琥珀が採れる地下は酸素が薄く、酸素供給管が壊れ死亡者も出ている。また、地下の壁は脆く、採掘中に地滑りなどが起きて死亡者が出る事もある。なお鉱山での労働条件は、100メートル(330フィート)の深さの穴を這ってやっと通れるくらいの幅で、事故の補償もなく、非常に危険だと言われている。2017年6月まではカチン独立軍が鉱山を支配していたが、以後ミャンマー軍に買収された形となる。ミャンマー軍に資金が入った大きな原因の一端には、事実上2017年以前のミャンマー琥珀等宝石類ブームに莫大な投資をした中国経済と考えられる。またレポートにも『中国の「一帯一路」構想の一環におけるレドロード(中国とインドを繋ぐ道)の支配が最も激しい攻防の目的だった』と明瞭に書かれている。SVPによる声明以後ミャンマー琥珀の価値は底を彷徨っているので想像よりも脆弱な市場だと思うが、中国からの流通量はむしろ増えたように思える。元はと言えば、虫入りバーマイトの中身の虫を誤同定しまくったから大暴落したという気もするのだが、、(あの頃は頻繁にケシキスイ入り琥珀が「クワガタ琥珀!」として売られ、ヨーロッパ等の化石界隈BBSで詐欺的な問題だとして話題になった)。2015年のピーク期辺りだと以下の報告で例として中国の富裕層コレクターXia Fangyuan氏は年間75万ドルを投資としたとされる記述がなされている。金銭的な流れの詳しい実態はいかばかりか知れない。(https://www.science.org/news/2019/05/fossils-burmese-amber-offer-exquisite-view-dinosaur-times-and-ethical-minefield#

 また、市場に流れているミャンマー琥珀については採集された地層の具体的データに信用がないという問題が時折話題になっている。現生種の場合だと標本データから追跡可能な自然界での生息分布状況が詳細且つ正確なデータへの担保となるが、絶滅種だと生息状況に再現性が無く産地・時代特定はデータラベル・および産地から得られる新たな化石のみが担保となる為、データ無しの絶滅種・絶滅化石種は偽物と同等の価値しか無いという通念が一般論である。同様の理由で、現生種でも未記載種などの可能性を考慮すれば、他の主たる知見と相反する怪しげなデータ標本・または全くデータの無い標本は特異的な個体であったとしても自然界で分布が確認されるまで分類処理に使用してはならない(合体標本・加工済標本・遺伝子導入作出標本・人工雑種標本の可能性がある標本は自然界の新知見を補強する資料にはならない)。誰の書いたラベルか分からない、いつ採集されたか分からない、何処で採集されたか分からない、誰が採集したか分からない、そういう不安定要素を断定表現でデータラベルに書くという事は、思い込みや推論を断定にすり替えて記述する行為に等しい、つまり悪意ある改竄や捏造の部類に入る。だから、私みたいな人間になると種名の同定データをわざと付記しない。

 琥珀ならば赤外線分光法で産地特定が一定程度だが可能らしい。

https://www.inaturalist.org

 とはいえ実際には新種記載に使用されているタイプ標本も同様に市場から流れている琥珀である場合が多いProtonicagus taniのタイプ標本も同様に市場から流れたものらしく、私自身もタイプ標本の未公開別角度画像を貰っている。現地入りしていた琥珀商による言い分では「虫入り琥珀が出る地層は大体決まった場所で、地層はかなり入りくんでいるから測定場所と数百万年程度の誤差は分からない」という話で、年代測定機器の精度を鑑みても「研究に対する懸念や問題になるほど細かい年代なんて分かる訳無いんだから気にしなくて良い」との事だった。

 商業目的で売られる琥珀のデータが疑われやすいという訴因は、これまで商業形態の変遷からよく理解出来る。化石業界でも昆虫業界でも、データをわざとずらして記載し、種内変異レベルでしか違わないものを「この形のものは新種なんだ!」とやる守銭奴研究者が居たのは複数の文献からの検証でも間違いない。科学倫理の壁を乗り越える為に平気で嘘データを書く商売人も居る。兎角彼らはホロタイプの型と産地が違えば新種記載して良いという考えを拡散していて、これまでの科学史におけるマイヤーの生物学的種概念や、ダーウィンの進化論、メンデルやモーガンらによる遺伝学、そして其れらに続く膨大な知見の結果を無視し相反すらする論述を論文にしている。これは悪徳な人物がボロを出さない限りなかなかバレない為、学者でもやる人物は多い。ただ、偽データを偽データたらしめるのは自然界での状況であるので現地での調査で正確な検証は可能であるし、標本も加工済で偽データの場合だと加工痕跡検証や累代飼育で検証が出来る。自然科学では標本のみでの検証というのは実証にはならないので、自然界からのフィードバックデータは不可欠且つ切り離すような表現をしてはならないし、自然現象を直向きに見ないような人物は信用されないというハンデを負って然るべきである

http://sciencejournal.livedoor.biz/archives/3894298.html

 カチン州タナイの採掘場からは大量の琥珀がミッチーナの市場に運ばれ、そこから雲南の市場に運ばれる。そこから河南省鄭州市などの大都市圏にある琥珀・宝石店へ運ばれ国外へのルートに流れている。過去はミャンマーから雲南へ陸路で輸出されていたようだが、現在はミャンマー軍への資金流入が問題視されているので、中国人化石商はバイヤーとの取引が決まるとミャンマー国内のストック場所から直接バイヤーの手元へ発送されるような流れが多くなっている。タナイの鉱山からの調達は出来ない一方で、2017年以前の大量ストックや、タナイに比べると少量になるがザガイン州などにある別鉱山からの供給に頼っているという話、及び琥珀データがある。

【Reference】

Kachin Development Networking Group. 2019. Blood Amber Military resource grab clears out indigenous peoples in Kachin State’s Hugawng Valley.

JOSHUA SOKOL. 2019. Fossils in Burmese amber offer an exquisite view of dinosaur times—and an ethical minefield

【他参考URL】

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Burmese_amber

【Key words】Lucanidae, Lucanid beetle, Lucanids, Lucanoid Coleoptera, Stag beetle, fossil, amber, Burmite, Burmese amber, extinct species, article, description, クワガタ, クワガタムシ科, 甲虫, 昆虫, 化石, 琥珀, 虫入り琥珀, 昆虫入り琥珀, 鍬甲, 锹甲, 锹虫, 虫珀, 灵珀,