クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

†Succiniplatycerus berendti (Zang,1905)についての検証

Succiniplatycerus berendti (Zang,1905)

Type data: Eocene of Poland, Baltic Amber.

http://www.fossilworks.org/cgi-bin/bridge.pl?a=taxonInfo&taxon_no=224884

 産地はポーランド。約3500〜4500万年前の新生代古代三期始新世のものと推定されるバルト琥珀を基に記載された。

 検証説明のため画像を引用する。

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(「R. Zang. 1905. Über Coleoptera Lamellicornia aus dem baltischen Bernstein. Sitzungsberichte der Gesellschaft Naturforschender Freunde zu Berlin 1905:197-205」より引用した図)

 バルト琥珀より記載されたクワガタムシ科への分類群として、恐らく最も詳しく原記載論文で記述説明されたクワガタムシ琥珀種。

 タイプ標本のサイズは、全長12mm(エリトラの長さ7、前胸部2.5、大あご部1.2mm)と説明される。

 たまに種名をberendtiiという語尾が違う綴りを記載しているサイトを見かけるが、それは不正な後綴りが起因。国際動物命名規約第四版の条 33によると不正な後綴りは適格名では無いとの事(シノニムですら無い)。

33.3. 不正な後綴り. ある学名の後綴りのうち正しい原綴りと異なるものは, 強制変更でも修正名でもなければ, すべて“不正な後綴り” である. それは,適格名ではなく,不正な原綴り [条32.4] と同様に同名関係には入らず,代用名として使用し得ない.しかし,

33.3.1. ある不正な後綴りが慣用されており, しかも原綴りの公表に帰せられているとき, その後綴りと帰属を保存するものとし, その綴りを正しい原綴りと見なすものとする.

33.4. 種階級群名の後綴りにおける, -ii の代わりの -iの使用およびその逆など の選択綴り.人名に基づいた属格である種階級群名であって正しい原綴り が-iiで終わっているものの, 後綴りにおける属格語尾 -iの使用, およびその逆は, その綴りの変更が意図的であったとしても、不正な後綴りだと見なすものとする. 同じ規則を -aeと-iae, -orumと-iorum, -arumと-iarumに適用する.

33.5. 疑わしい場合. 原綴りと異なるある後綴りが修正名であるか不正な後綴りであるかの判別が疑わしい場合,それを修正名としてではなく不正な後綴り(したがって不適格)として扱うものとする.

23.9.1. 次の条件が両方とも当てはまる場合は, 慣用法を維持しなければならない. すなわち,

23.9.1.1. 古参異名または古参同名の方が, 1899年よりも後に有効名として使用されていないこと. かつ,

23.9.1.2. 新参異名または新参同名の方が、特定タクソンに対する推定有効名として, 直近50年の間で10年間を下回らない期間中に, 少なくとも10人の著者によって公表された少なくとも25編の著作物中で使用されていること.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

http://www.ujssb.org/iczn/pdf/iczn4_jp_.pdf

(詳しい解説は→の記事内"追記"にて説明https://ivene.hatenablog.com/entry/2021/10/16/132331

 原記載文を読んでみるに現状のバルト琥珀からのクワガタムシ科記載種はSucciniplatycerus berendti (Zang, 1905)のみが有効な既知の絶滅した生物種学名としてクワガタムシ科への分類が認められそうである。Dr. Georg Karl (Carl) Berendtによる1845年のコレクション目録にバルト琥珀含有物としてPlatycerusがリストされており、その記述を元にZangは標本を探し出し、それをタイプ標本として1905年に記載したそうである。原記載論文はドイツ語だったが非常に詳しい形態の記述ほか(おそらく樹脂の脱水収縮による圧力で潰れ)身体は平たく上翅が大きく抉れているなどの虫の状態や、色が濃く観察が難しいなど琥珀の状態が記述がなされている上、現生の近似種とされたカラボイデスヨーロッパコルリクワガタ(Platycerus caraboides)を始め現生種との比較説明が他の化石種の記載文よりも丁寧な論理構成である。原記載当時はPlatycerus属で記載されていたが、それはZang自身が「ルリクワガタとの大きな違いは顎の形態くらいであり、一般的な現生種を見てみれば顎が違うくらいで別属にするほどでも無い」という認識からであるというニュアンスの記述がなされている。

 本分類群のスケッチと論文のみからの琥珀標本実在性とクワガタムシ科との同定に関しては、先ずは記載文での詳細な生物形態説明と琥珀状態言及で科同定と真偽判定(贋作や加工品では無い等、琥珀ならば中身の虫を加工するのは不可能)が満たされている事と、タイプ標本が1845年にBerendt氏が目録に記した標本である事、1905年のZangによる新種記載より半世紀も以前から実在していたと分かる事から信頼性がある。また今回の記事では記さないが私個人的な生物形態における特徴の再現性考察理由などもある。いずれはタイプ標本の実物を詳細に観察してみたい。

 Zangは新種記載する際に、比較対象としてヨーロッパから北米までの様々なルリクワガタグループとの関係を考慮した。そのなかで最も似ているとして比較された現生種Platycerus caraboides (Linneaus, 1758)のZangによるスケッチ(図4)では、実際の形態に近い触角第7節の肥大も表現されている。つまりSucciniplatycerus berendtiのスケッチ(図2)で形態差異があるように表現されている事は、デフォルメでは無く特徴の描写を意図したものであると分かる。

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(R. Zang. 1905. Über Coleoptera Lamellicornia aus dem baltischen Bernstein. Sitzungsberichte der Gesellschaft Naturforschender Freunde zu Berlin 1905:197-205より引用したPlatycerus caraboides頭部腹面スケッチ図)

 記述では大して問題と思われなかった為なのか詳しい説明がなかったが、スケッチでは両種間の明瞭な差異を描かれていた事が分かる。なお原記載記述では和訳すると「触角は太く、第1節(軸)は他の節を合わせた長さと同じで、先端が太くなっており、次の6節は幅よりも明らかに長く、それぞれに本質的な違いはない。最後の3つの節には微毛があり、厚くてふっくらした薄板があり、第8、9節の薄板は幅が長さの2倍で、第10節は輪郭が広めの卵形である。」と説明される。また「Pl. Berendtiと現在のPl. caraboides L.の主な違いは,頭部の前角が耳状であること,前胸部の輪郭がより角張っていること,触角,脚のかなりの長さ,特に中間部(おそらくケイ節の事)の長さ,そして最後に大あごの形で,多くのクワガタ類の雌の大あごと共通する。頭部と前胸部の大きさなどから、この標本が確かなものであることを疑うことはできない。」と言及される。

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(R. Zang. 1905. Über Coleoptera Lamellicornia aus dem baltischen Bernstein. Sitzungsberichte der Gesellschaft Naturforschender Freunde zu Berlin 1905:197-205より引用した比較スケッチ図)

 P. caraboides(図3)とS. berendti(図1)の比較図では、大顎のほか体型の差がよく分かるように示されている。

 後に当分類群を別の属へ分類するため記載されたGenus †Succiniplatycerus Nikolayev 1990の特異性は、属記載論文の記述からは明瞭には理解出来かった。Nikolayev, 1990は、同文献内で記載された化石種Platycerus zherichiniの岩石標本(他詳細は当ブログ別記事)から腹節板が6枚というような説明の記述をしており、Succiniplatycerus属は腹節板が5枚で触角ラメラ3節の長さが第2節〜第7節の中間節の長さより短いからPlatycerus属とは異なる属だとしていた。Platycerus zherichiniのスケッチを見て推察したが、標本の虫体が潰れ第5腹板先端から飛び出している第6腹板を6枚目と認識して記述したと考えられる(第6腹板は大抵のクワガタムシ科で腹部内に収納されている)。Platycerus属現生種の腹節板は見かけ上5枚であり、6枚目は収納されているため、化石によっては状態からの考察が必須である。また触角については、ZangのスケッチでPlatycerus caraboidesの触角第一節の描写を見ても分かるように、特に強調の意図が無い形態は再現された描写になっていないと分かる。実際の琥珀内昆虫の触角の幅や長さは一見では変形していないように見えて、左右で大きく異なっている等から変形している事が分かる例が多々ある。タイプ標本や様々な標本の観察からの考察は、そういうところで必要になってくる。

 また、スケッチからZangの意図を考えてみると、基本的な外形はルリクワガタ属やニセルリクワガタ属(Genus Platyceroides)のどれとも似ているが、触覚第6〜7節が殆ど肥大せず第8〜10節で急激な肥大をしている形態はSucciniplatycerus属に特異的と思える。

【References】

Berendt, Georg Carl, 1845. Die im Bernstein befindlichen organischen Reste der Vorwelt, gesammelt. Berlin,In Commission der Nicolaischen Buchhandlung,1845-56.

R. Zang. 1905. Über Coleoptera Lamellicornia aus dem baltischen Bernstein. Sitzungsberichte der Gesellschaft Naturforschender Freunde zu Berlin 1905:197-205

G. B. Nikolayev. 1990. Stag Beetles (Coleoptera, Lucanidae) from the Paleogene of Eurasia. Paleontological Journal24(4):119-122

【他参考URL】

https://www.gia.edu/JP/gia-news-research/historical-reading-baltic-amber

https://www.genesisworld.jp/amber/ちなみに←のURL内で「クワガタの仲間」として図示されてある琥珀内の虫は、1頭は鞘翅形態など体格からキクイムシ、もう1頭は前胸背形態など体格からゴミムシと考えられる。

https://osanpowanko-europe.hatenablog.com/entry/LT-9

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%A5%E7%8F%80%E3%81%AE%E9%81%93

【追記】

 絶滅化石種の場合、この分類群の原記載論文で示されている通り「現生種との比較」が最重要視される。同形態な現生種が居るならば、其の現生種の学名が付される事が相応しいからである。消去法で現生種のどれとも同形態ではなければ、其の化石個体が生きていた時代特有の種との推定が妥当となる。そのため僅か1頭の標本で記載が成り立つ。だが、同じバルト琥珀からの同科既知種との判別も、しっかり検証されなくてはならない。

 Succiniplatycerus berendti についてZang,1905はバルト琥珀からのクワガタムシ科他既知種とは別属のPlatycerus属に分類している事から、其れらとは現生種における属間差異程度の差異があると思い記載されたのだろうと考えられる。しかし絶滅種の場合であると、そう甘い事も言えない側面がある。実際の既知種ホロタイプ化石は、時代考証的にも既知種同士の雌雄差や種内個体差程度の生物関係だったかもしれない、記載文は綺麗にスケッチが書かれているが実物は酷く変形していて検証困難かもしれない、そもそもでっち上げられた分類群かもしれない。様々な可能性も考慮されるべきであったが、他既知種について上手く実物観察出来なかったために苦肉の記載になったのではないかと推察する(それ故に詳細に記述したとも考えられる)。あるいは、適当な形態的差異があるなら種記載してしまえば良いという非科学的・非論理的な悪しき慣例に呑まれていた可能性もある。

 現生種の場合は、他の近縁種に無い形態である事が最重要視される。生物の形態は一つの種内であっても、ありとあらゆる自然現象の例に漏れず変異幅がある事から、「複数個体での検証にて其の種としての変異と特徴」が見出される事が必要不可欠である。その検証に加えて、集団間の隔離条件が生物的なものである"別種"なのか、非生物的なもの(地理的環境要因等)である"別亜種"なのか検討・確認され分類が下される。しかし、論文を読んでいると、この検証が分からない分類がなされている例によく引っかかる。客観的・視覚的に概念が定まっていない記載文が多過ぎて、数多の学名使用が生物学に即しているようには見えない印象が強い。

 マイヤーによって1942年に提案された生物学的種概念は非常に安定した概念と思うが、最近の研究では異論が多い。定説となっている主流の分類法を覆したいが為の論理を提唱する研究者は実は沢山いるのだ。だがどうも彼らの言い分は根拠に乏しく、観ていない事をさも見てきたかのように話したり、杜撰且つ作為的論文を根拠に教条的な言説を持って議論を展開してくるため無限後退の概念にハマって抜け出せない。昆虫類での話題なのに別な節足動物の話題に当て嵌めて議論する人も居てビックリする。こういう議論にならない為に、論理的思考、自身での観察、詳しい再現性の確認、非営利での活動、倫理的な研究運営が不可欠になるのだが、延々と次の応用研究に進ませないならばそれだけ肩身が狭くなるだけである。ーーー以前とんでもないのをSNSで見かけたのだが「雑種を商売目的に作り売って儲けよう」という最低最悪な倫理観のキャンペーンがあった。そもそも営利目的である上に、研究目的としても面白いかのような言い回しで目眩がした。「雑種を作る事で市場に出回る個体と照らし合わせる事が出来る」など色々賛同する人もいたが、そもそもの親になる個体の分類同定が間違い無いという保証が無い商業飼育品を材料にしてある(雑種の親も雑種かもしれないが分からない不安)、あるいは意図的に表示とは別種の親個体が使われていないという保証が全く得られ無い商業行為(殿様商売目的の詐欺の不安という事)であり、極めて低俗愚劣な倫理観と言わざるを得ない。そんな目的で作られた標本を使っても書かれているデータや生物体情報が実際と整合性があるかどうか全く信頼が得られない。例えば科学研究を全く別目的の商行為に利用する目的で実験材料の杜撰且つ作為的、詐欺的な選定をする可能性を懸念されうる人間は全く信用がおけない。もしも研究所などで同様な事が行われた場合は制裁対象となりうる。どうしても交雑実験したいなら商業目的にはせずに最低限の信頼を維持しなくてはならない。自然界で昆虫観察でもして頭を冷やした方が良かろう。今後継続されたとしても、危険行為に及ぶ人物がいるという知見にはなるだろうが、少なくとも私には、そのような下賤な目的の為にしか作られていない雑種に資料価値なんぞ全く感じられない

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

 生物的な隔離は、昆虫類の場合だと交尾器形質(稀な奇形以外の100%安定な形態的特徴)、哺乳類の場合は精子の保護有機物と溶解物質の相性、植物の場合は雑種第一世代から受け継がれた染色体が入る受精卵の減数分裂の可否で決まる等が定説となっている(疑う研究者もいるが、未だ実質的な反証が無い)。単細胞生物の場合はそもそも交わらないため、生活史などにおける形態的特徴と遺伝子情報で客観的な判別・区別が試まれている。このようにして世界中の生物種が、「種」の系統を悠久の時代に亘り維持し続けている。

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