クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【一句】観なければ納得出来ない種学名

 正確な同定方法について観察もせずに納得行かないという人がいる。だが「観てないなら納得行く訳無いでしょう」と返すとそこで会話が終了してしまう。彼らは一般的な社会認識として納得が出来ない。実際に「観るだけ」すらコストを払う事に忌避せざるを得ない人達もいる。たしかにわざわざ博物館に行ってタイプ標本を観るのはコストがかかる。危険な原産地に赴き新データ標本を採集するのには莫大なコストがかかる(場合により苦行とすら言える)。そして標本を「観れる状態」にして管理する事もまぁまぁの労働コストがかかる。故に、正確な同定なんて知らずにいる人の方が多数派であるから指摘される事は少ない。しかし稀に他人の受け売りで指摘してくる人もいるから対応がめんどくさい。観ないで理解するなんて無理な話である。今代の業界で問題が山積している事を踏まえれば「無駄の無い正確な観察」をしなければ真偽の確かめようがない。今代の人達はコストをかけずに真実を知ろうなんて不思議な考えは辞めた方が良い。

https://diamond.jp/articles/-/251553?_gl=1*1uafeos*_ga*YW1wLWFoVGdqZlBHWWVCcS0ya0NrU3VxVC1hczNfa1NTQlFKZWN2Zy03Rm5sWGV4N1lBYXM5ZlhMWlgtcGY4Ym42Y08.

 過去、飼育品の流通が無かったような時代でも、なんとか標本の特徴を図示しようと頑張った人達が少なからず居る。写真技術が一般的ではなかった時代は殆どがスケッチだが、読者に対してのサービス精神に溢れており、表現不足部分の説明が記述される。差異を明確に示すため図示に拘る研究者は昔から居たわけである。

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(スケッチと論述に拘りが詰め込まれた1885年のリュートネルによる論文別刷より。時代考証的に交尾器の図示は無いが、ある博物館にモデルとなったタイプ標本群等があり、其れ等を観れば描写の正確さに驚かされる。この時代だからこそ、実物を脚部や触角の細部にまで正確にこだわって描写しようとした事がよく見てとれる。サイズは原寸に近いとされ、拡大してある絵にはスケールバーが付記される。)

 今の時代であれば容易に鮮明な画像を撮影出来る写真技術があり、特徴の図示には技術的には全く困る事が無い。PCやスマホでアプリ等使えばプレート作成も昔ほど苦労は無い。資源が勿体無いので無駄刷りはしたく無いがコピー印刷にも苦労が無い。顕微鏡もまぁまぁ安い。良い時代である。

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(フィリピン北部からミンダナオ島まで広く分布するフラテルスツヤクワガタ:Odontolabis fratellus Leuthner,1885と、パラワン島からスマトラ島ミャンマー南部まで広く分布するラティペニスツヤクワガタ:Odontolabis latipennis (Hope, 1845)は別種である。フラテルスツヤの方が小柄でも顎の中歯傾向が出やすい程度の差異しかなく外形では判別は出来ないが、交尾器形態で判別出来る。しかし、それもこれも自身で観察したから出せた結果。大型種と言えど顕微鏡を覗く必要がある場合もある。ちなみに"latipennis"とはラテン語で「飛ぶ男性器」という意味をするラテン語複合綴りに同じだが、原記載者の意図は原記載論文で語源説明が無いため汲み取る必要は無い。)

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カシミールからアフガニスタンで見つかっているというセウェルツォフオオクワガタ:Dorcus sewertzowi Semenow,1890は基準産地をTurkestan mer.: Wantsch: Rocharf 2350m alt.、つまり今のタジキスタン南部にあるワンチ川付近とされる。ちょうどアフガニスタン北部に隣接する地域付近である。カシミールからは後年にルガートゥスオオクワガタ:Dorcus rugatus Didier,1927として記載され、深い検証の間もなくセウェルツォフオオクワのシノニムとされている。しかし1♀だけだが実物を観れば別種かもしれない可能性が浮上した。勿論これでも単なる変異の可能性はあるが、そう考えるには交尾器形態に差異がありすぎる。沢山新しい資料を見ないと不明なのだが情勢なんかも壁になって、そうも簡単にはいかない希少種分類。)

【Reference】

Hope, F.W. & Westwood, J.O. 1845. A Catalogue of the Lucanoid Coleoptera in the collection of the Rev.F.W.Hope, together with descriptions of the new species therein contained. J.C.Bridgewater, South Molton street, London (editor):1-31.

Leuthner, F. 1885. A monograph of the Odontolabini, a subdivision of the coleopterous family Lucanidae. Transactions of the Zoological Society of London 11(1):385-491.

Semenov, A.P. 1890. Diagnoses Coleopterorum novorum ex Asia centrali et orientali. Horae Societatis entomologicae rossicae. Moscov (1891) 25:262-382 (309-332).

Didier, R. 1927. Descriptions sommaires de Dorcides nouveaux. Bulletin de la Société entomologique de France 1927:191-195.

【追記】

 不十分な検証で結論が出されている論文は、非科学的なポストモダニズムに悪用されやすいという視点で読まれる事が不可欠である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%B3

 ポストモダニズムに属する連中はある意味で反面教師にはなるが、大抵でレベルが低すぎるのは如何なのだろうかと考える。

 例えば図示の体裁は本来よく拘られるべきだが、「雑な画像公開」で節分でも無いのに毎日のように鬼は外福は内をやるSNS界の喧嘩をよく見る。撮影角度、スケールバー、ライティング、何もマトモに考えられていない状態で討論をしている様から結論ありきで無意味な喧嘩している人達だとわかる。彼らは蒙昧主義である。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%92%99%E6%98%A7%E4%B8%BB%E7%BE%A9

学者というのは文句を言いたがるものなんだよ。私はこの目で昆虫を見ているんだからね。反対する人は自分で観察してみればいいのだ。きっと私と同じ結果が得られることだろう

(ジャン・アンリ・ファーブル)