クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【論考】人為絶滅?ガゼラツヤクワガタ・ニアス亜種について

 化石種を見ていると、やはり絶滅というのは生物の儚さを知ると同時に悲しい気分になる。生きた姿を見られないからである。例えばたしかに、琥珀の中の虫などはまるで生き生きとしていたところで溺死したという姿勢をしているが、やはり個体として「生きている」生気、その躍動は無い(ライブ標本で所謂"幼虫詐欺"をする人間がいたので、私の「生体個体」への見方はかなり肥えている)。

 しかし化石種の方は人間が地球上にいなかった時代に大自然の影響でそうなっている訳でどうしようも無い。一方で人類史上で絶滅してしまった可能性の高い昆虫もやや存在する。クワガタムシ科の場合は、保全状況で「絶滅」とされている分類群は化石種以外には無い模様。しかし殆ど確実に絶滅したろうという分類群は存在する。

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(ニアスガゼラツヤクワガタ。入手後再整形済。)

 画像は其の一つの分類群であるOdontolabis gazella inaequalis Kaup, 1868(ガゼラツヤクワガタ・ニアス亜種)。昔はよく「ニアスガゼラ」という通称で呼ばれ、今から100年以上古い個体しか無い事と、ニアス島から新たに見つからない事から絶滅が囁かれ、日本国内でも昆虫業界の低迷期ですら標本1個体で10万円〜30万円で取引されていた。私が入手したのはやはり1890年代の個体群だったが調べているときにフランスのオンラインショップから商品宣伝が回ってきてそれはそれは奇跡的な安価だった。どういう理由であそこまで安価だったのか、やはり虫業界は不思議な業界ではあるが、♀個体はわざわざヨーロッパなどで保有する博物館に出向かなければ調べる事も出来なかったのが入手まで出来たので僥倖であった。

http://web.archive.org/web/20090204053939/http://homepage1.nifty.com/pame-loux/Genus%20Odontolabis2.htm

 基準亜種とは、翅の顕著な配色差異で判別は容易。ちなみに♂は頭部眼下突起が原亜種ほど尖らない。しかしとはいえ情報が少なすぎる分類群。形態や分類以外の記述を掲載する文献は殆ど無かった。1800年代の標本は多数あり、過去は普通種とまで記述された事もあるのに、1980年以降に其の分類群を観察するため現地を訪れた人は、誰もその姿を見ていないと言う。

 文献ではミャンマーマレー半島スマトラ島にも記録がある事になっているが、誤解ではないのかという心配がある。一般的に見られるガゼラツヤクワガタ・原亜種とは配色が大きく異なるが、原亜種でも悪い状態な標本個体なら似た見た目になって不思議ではない。ミャンマー産に至っては図鑑(世界のクワガタムシ大図鑑(月刊むし・昆虫大図鑑シリーズ (6)))に載る1♂しかなく、また頭部眼下突起が原亜種のように尖っている(もしや合体標本?か加工標本?)。データの真偽については、生物としての再現性の有無を現地で確認される必要があるが、絶滅していれば叶わない夢となる(合体標本か加工標本ならば死骸のコンタミなので生体で同様の型が出ない。ニアス島で絶滅していても生体で同様の型が出ない)。

 しかし、ニアス島と言うとマイトランディホソアカ(ファウニコロールの学名はジャワ島の通称"バンローニ"の先取名、バンローニホソアカはマイトランディホソアカのシノニムhttp://fanblogs.jp/anotherstagbeetlesofworld/archive/200/0。またマイトランディのHolotype標本はRijksmuseum Amsterdamにあるとの話http://www.bio-nica.info/lucanidae/Cyclommatus%20maitlandi.htm)や、ダールマンツヤ亜種グラキリスなど、固有の分類群が生息するとされ、タウルスヒラタやカナリクラトスホソアカなど固有でない種も生息する。カナリクラトゥス等は、近年までも採集例があるが、年々、ニアスの生物種レパートリーは減少傾向に見える。1980年代に、ニアスからのクワガタを調査していた友人や標本商によれば、大量の虫を確認したがガゼラツヤクワガタ・ニアス亜種は全く見られず不思議だったと言われる。また後年、ニアスガゼラが普通種である事を期待して現地調査を行った邦人によれば、かなり絶望的な事が分かったようだった。ニアス島は、原生林が殆ど伐採されておりヤシ園など二次林にすげかわっているんだとか。一応、少し内陸まで見に行った画像でも延々とヤシ園が広がり、なるほど低地に多いツヤクワガタは真っ先に生息地を奪われ、数を減らした事が伺い知れた。しかし、古い文献を漁っても具体的な伐採状況が調べられたレポートが見つからない。ただただ深刻な伐採があるという話のみ。色々と曖昧な情報を集める限りでは、おそらくかなり昔の知らない間に自然環境が人為的網羅的な焼畑農業二毛作で変わり果て、二次林化した事によりニアスガゼラが住めなくなったのだろうという話がある。原生林というのは、目に見えないレベルで特異的な生態系を悠久の時を越え保っている場合があり、それが失われると歯車が抜けたように生態系が狂い、絶滅種が増えるリスクが上がるという訳である。

 有史以前に絶滅した化石種の殆どは、長い地球史のなかで、ごく稀に起こる天変地異が主原因で絶滅したと考えられている。そんな数百万年に一度くらいしか無いごく稀の天変地異を、知性ある筈の人類が毎年のように再現して引き起こしたりなど、全く情け無い。

 ガゼラツヤクワガタ・ニアス亜種も、保全状況をはやく確認してRed list(正式名称:The IUCN Red List of Threatened Species)に入れるべきなんではないか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88

【References】

Kaup, J. 1868. Beschreibung zweier neuen Lucaniden. Coleopterologische Hefte 4:77.

Fujita, H., 2010. The lucanid beetles of the world Mushi-sha’s Iconographic series of Insect 6.472pp., 248pls. Mushi-sha, Tokyo.

【追記】

 絶滅が囁かれている事は有名だと思っていたので、Red listに登録が無い事は私にとっては意外であった。スマトラ周辺も森林伐採が盛んだが、マレーシアも同様。ジャサール山のスズムラネブトクワガタやゲンティンのイナハラハネナシネブトクワガタも心配である。ICUNは何やってんだか。

https://www.iucn.org/