クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【論考】再現性を確認出来ない記載文が駄目なのは何故か

 タイトルに対する解答は単純明快で、不正研究になるからです、で終わる。とはいえどう不正かという話。※手技や思考的に不器用だから再現性を確認出来ない人の意見は反映されないから此の問題に当たらない。当ブログを読んでいればもう分かったからという人も沢山いるだろうが、依然大勢の人は知らないから分かりやすく示した記事。分類群として認められるには"論理的な事が視覚的に理解出来るような根拠"が出揃っていなければならない。

 新分類群ならば生物学的な形態特徴を確かめる。それらには変異があるので当然複数個体揃えての検証が必須になる。だからホロタイプ1頭での記載などや図示に不足のある論文は使用性が低くなってしまう。以下に見間違えそうになる例を示す。

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 ボリビア産クルビペスシワバネクワガタ:Sphaenognathus curvipes Benesh, 1948の♂個体は、中脚と後脚のケイ節がグワリと湾曲する。綺麗な奇形という訳ではなくて、これが当分類群の形態的特徴であるのは記載文だけでなく昔からある色々な図鑑などで再現性を確認出来る。

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 ベトナム北部産マクレランドノコギリクワガタProsopocoilus macclellandi (Hope,1842)の♀個体群。※P. m. miyashitai Nagai, 2005の亜種名があるが地域変異かもしれないので当記事では使用を控える。左個体が通常型で、右個体が全脚部のケイ節外縁中央で棘を発現しなかった突然変異である。棘が無いどころか凹んですらいて、1頭だけで観ると未記載の分類群かと見間違う。しかし画像2♀はインブリードの類縁関係個体群だから既知分類群の変異関係であると解る。またこの類の突然変異が累代上で形態を維持する事は様々な生物学的要因から先ず無い。

 此処の記事では上記解説文があるから列挙した事例を間違う事は先ず無いだろうが、別例によっては誤解が免れない事もある。

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 アフリカ大陸中央〜西部のオオツヤクワガタ属(Genus Mesotopus Burmeister in Hope, 1845)でもアレコレある。近年記載された学名"Mesotopus imperator Bouyer, 2019"はタランドゥスオオツヤクワガタ:Mesotopus tarandus (Swederus, 1787)の単なる地域変異にしか見えない。大体ソレの記載文がスケールバー全く無しでガイド線全然合わないとか部分的mtDNA CO1でレギウスを挟んだだけとか生物学的に全く意味が無い方法で「種分類」されてある(mtDNAの件は他記事でも説明したが人為飼育下で突然変異を分離したのと同じ方向性の結果)。ちなみに各分類群のmtDNA差異は1〜2%程度で脱力感が凄い。調べるだけ時間を食われて疲労感も凄い。もう一度書くが地域変異である。コンゴ産だけで記載文にあるようなMesotopus tarandusの典型的な顎形態が出るし、顎裏の湾曲とかも撮影角度で誤魔化された図示じゃんかと言いたくなる。カメルーン北東部から北西部、そして西方のシエラレオネ辺りにかけては調査が足りていないが1頭私のところにカメルーン北東部産があり微かな生息域の繋がりが見える。記載文には記述が無いが頭部前縁の突起には傾向があるのはあった。しかし変異レベルであり別分類群にするほどでも無い。

 ついでに観察した感じでは、レギウスオオツヤクワガタ:Mesotopus regius Möllenkamp,1896はタランドゥスオオツヤの亜種と考えられる。つまりMesotopus tarandus regius Möllenkamp,1896。♀は前胸背板のとある部位の点刻の感じで判別出来るようだが難易度が高い。ちなみにカメルーン南部〜ガボンの沿岸側に沿った生息状況から基準産地表記の"Guinea"は赤道ギニア共和国:Republic of Equatorial Guineaの事で、ギニア共和国:Republic of Guineaの事では無いと考えられる。タランドゥスの生息域とは離れている模様で、植生等の環境的な地理的隔離があると考えられる。ガボンに入ると更に生物層が特化する。

 また、ビークワ14号9ページに載るR. Mourglia氏採集とあるシエラレオネ産ラベルのレギウスオオツヤについては、Bouyer, 2019の論文中で言及があり、R. Mourglia氏に確認したところ「そんな個体群採集した覚えが無い」と回答があった旨を記述されている。

【References】

Benesh, B. 1948. Sphoenognathus (sic) curvipes (Coleoptera: Lucanidae), a new species from Bolivia. Annals of the Carnegie Museum. 31: 45-48 + pl. 1.

Hope, F.W. 1842a. Descriptions of some new Coleopterous insects from Kasya Hills, near the boundary of Assam. Proceedings of the Entomological Society of London, 1841 [1842]: 83-84.

Nagai, S. 2005. Notes on some SE. Asian Stag-beetles (Coleoptera, Lucanidae) with descriptions of several new taxa (5). Gekkan-Mushi, 415: 20-25.

Thierry Bouyer. 2019. Note sur le genre Mesotopus Hope, 1845 et description d'une nouvelle espèce (Coleoptera, Lucanidae). Entomologia Africana 24 (1): 23-38.

Swederus, N.S. 1787. Et nytt genus, och femtio nya species af Insekter beskrifne. Kungliga Svenska Vetenskapakademiens Nya Handlingar 8:181-201, 276-290.

Hope, F.W. 1845. A catalogue of the lucanoid Coleoptera in the collection of the Rev. F.W. Hope, together with descriptions of the new species therein contained. J.C. Bridgewater, London: 31 pp.

Burmeister, H. 1847. - Handbuch der Entomologie, Vol. 5. T. C. F. Enslin, Berlin, 828

Baba M. 2005. An introduction to synopsis of Mesotopus tarandus (Swederus, 1787) (Coleoptera Lucanidae). Gekkan-Mushi extra Be-kuwa 14: 7-9.

【追記】

 ホイホイ間違うなんてインターネットが流行り出した頃ですらそんなになかった事である。客観的に見れば半匿名性SNSで"瑕疵的行動"を敢えて行いコミュニケーション手段として使い出した人達のせいで常態化したと考えられる。其れらが実名性価値を大暴落させた。

 じっくり気をつけていれば間違う事は避けられる。