クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【論考】クワガタムシの雑種とはなんぞや。

 世間一般的に、いまは雑種生物を知る機会は一般的である。しかし、雑種とはどういう意味なのか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%91%E7%A8%AE

 簡単にいえば、2つの種系統が交配して出来た子孫である。ちなみに国際動物命名規約では雑種と分かる学名は適格性を除外される。

 雑種という存在は、ある意味で言えば、2親種が古くは遺伝子的に近縁だったという事を示唆している。そう考えると、少し分岐以前の形態を観たようなそうでもないような気分になれる。

 これが自然界で起こるという事は虫自身も誤同定をしているという物証になり、興味深い考察が出来る。何故自然界で雑種が生じても親の2種らは其々で独立系統群を保てるのかと。

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雲南省のフタマタクワガタ属不明種。ビタリスフタマタクワガタとメルキオリティスフタマタクワガタの採集品に1個体のみ変わった形態の個体がビタリスとして混じっていたので取り寄せた資料。勿論当ブログ初公開で、これ以外に観た事が無い形態であるし、自然界での雑種なのかな?)

 植物の場合だと雑種個体は次世代が減数分裂出来ないために生じない事が示され定説になっている。哺乳類の場合も生殖機関の有機物質の関係が鍵と錠のような関係と言われている。そして昆虫の場合も交尾器形態が鍵と錠になっているから雑種は累代せずに絶滅する訳である(他のクモ類など節足動物は異論があるらしいが、其方について私は観察していないので詳細を知らない)。しかし、昆虫の交尾器には形態変異があり、其れらの変異幅は種群により異なっている。この状況は非常に面白いのだが、説明が難しい。実際に雑種の交尾器を観察してみると、中間的な形態ではなく、親種の其々から部分的に形態を受け継いでいる。例えば親種がそれぞれ棍棒状の陰茎と、ニードル状の陰茎だったとすると、中間的ならば細く括れたような形態になるはずであるが、実際は棒状の形態を発生させた。つまり、部分により受け継いでいる特徴が部分的には全く同じだったり中間的だったりしている訳であり、その為に雑種の時点でどの配偶者個体とも子孫を作れなくなっている訳である。昆虫類の交尾器硬質部を観てみれば分かるが、分類群により非常に複雑な形態をしている事が分かる。つまり、遺伝子上でとてつもなく複数な形態設計が為されいるために、それらのハプロタイプが崩れた時点で雌雄間の鍵と錠の関係性を喪失されていると推測可能なのである。ちなみに内袋も種内変異が多彩だが、そちらは簡単に変形するため鍵と錠の関係にはなっていないと考えられる。

 この鍵と錠という概念は結構厄介で、一見変異幅のみ違っても、鍵と錠として同じ形態を持ちうる2種間の交雑体には安定した形態の交尾器を持ち、更に稔性を維持した系統が生じる場合がある。それらはやはり亜種関係であり、自然界では混生を維持している確実な証拠が示されたことは無い。

 また、部位によってはそこまで鍵と錠の効果を示さない特徴もあるため異論が出やすい(特段、別の説が有力とも考えられないが)。しかし私の観察からでは、交尾器形態の変異と特徴からの考察は分類学から外せないほど重要と考える。人間の作る鍵と錠もそうだが、一見では全く精密な相互作用をしてないように見えても、挿入時に細部の形態が上手く相互作用しているという動画を見た事があり、昆虫類でもそういう機構があると考えられる。

 超希少種なども稀に交雑種の可能性が無くはない個体も考えられ、タウルスホソアカクワガタCyclommatus taurus (Nagel,1936)などは基産地も怪しくボルネオでのハイブリッド疑惑がある。下記引用の雑誌で見たカナリクラトゥスホソアカクワガタとマーチンホソアカクワガタのハイブリッド個体は腹部の肥大でいずれも羽化不全だったが、タウルスホソアカに酷似していた(タウルスホソアカが自然界交雑種だったとして親個体でマーチン×カナリクラトゥスの雌雄パターンが逆だったり、或いはティタヌス×カナリクラトゥスの可能性も考えられる)。こういう例は交雑実験での検証が役に立つのかもしれないが、自然界で得られたタイプ標本との関係性も調べる必要がある。

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(「Karino S. 2002. Cyclommatus species of Borneo island 1. Syumi no Konchu 5:64-67. (趣味の昆虫 No. 5. ボルネオのホソアカクワガタ❶)」より引用)

 ただし、私はとある島にいるカブトムシ3種のうち1種が中間的な形態であり、尚且つ異常に希少である事を訝しく考え、mtDNAを調べた事がある。ミトコンドリアDNAは通常、母系から受け継がれるため、交雑体であればどちらかの別近縁種のクレードの変異内に入る。しかし、結果は全く独立した系統群である事を示し、本当に超希少種である事に疑いようがなくなったという事がある。やはり他人の言い分程度の理解で終えずに、自身で実験すると確信がある。

 自然界で亜種分化している系統は、大抵が外見のみ異なり、交雑器形態には差異がなくて驚く。こういう観察のおかげで考察はよく捗る。

【Reference】

Karino S. 2002. Cyclommatus species of Borneo island 1. Syumi no Konchu 5:64-67. (趣味の昆虫 No. 5. ボルネオのホソアカクワガタ❶)

【追記】

 過去欧州の貴族らは雑種に雑種をかけて血統化しようとするほど科学倫理には疎かった。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/85584?page=1&imp=0

 彼らはキリスト教を信じ、生物に対する視線は今現在よりも宗教的であり、遺伝の法則を発見したメンデルも牧師であった。メンデルは生前、他の研究家らには全くその業績が認められず、死後に大発見であった事を認められた。

 交雑実験の上で亜種間の交雑ならば、同種ではあるので簡単に累代させる事が出来る。親の持つハプロタイプにもよるので、遺伝子の問題上、交雑体が弱い事もあるが、複数の実験をすれば強い雑種が生まれ得る。

 しかし、いま現在の飼育市場は管理不足や反倫理意識からの事実上亜種間のコンタミネーション汚染がかなり懸念される。

 コンタミは実験科学でも自然界でも経済上でも問題だらけである。世界の犬は人間が関わるまでは地域により形態特化した亜種だったろうが、あまりに人為的な交配を繰り返されたために品種の扱いを余儀なくされている。屋久島のヤクシマ犬などは、本土犬が侵入してから純系ではなくなっているとされる。沖縄のオキナワ犬は純系が生き残っており、どうか人間のエゴなんかが原因で絶えないで欲しいと願うばかり。

 過去、日本へ世界中のクワガタムシとカブトムシが輸入され始めた頃の市場は、安易に虫に値札を付ける事がよく批判されていた事を私はよく覚えている。「自然界で見て感じるべきものを、なぜ売買で機械的なやり取りで満足しようとするのか。子供に虫の値札ばかりの教育をする親は如何に自然に無関心なのか」と。この倫理観は図らずも市場のコンタミを防いでいてくれた。商売になれば必ず悪い人間が、まるで当然かのような尊大な態度で虫を売買する為に倫理を破る事が正義かのように言い出す訳だからである。何故、自然界で採集する事を軽視するのか。何故、海外などで現地採集出来ない人間がまるでデータの精度を担保出来るかのような言い回しをするのか。

 私は今みたいに出回るヒラタクワガタ、オオクワガタ、ヘラクレスオオカブトなどで変な個体がいなかった昔の頃に資料を集め切れていて良かったと考える。転売の為に巧妙なデータ捏造をする事に躊躇いの無い人間が少なかった時代に沢山の虫を見る事が出来ていて良かったと考える。私は販売もしないし、不当な利益を得ようともしないので、そこそこは純度の高い資料を揃える事が出来ていると自負する。