クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【第陸欠片】約1億年前・後期白亜紀セノマニアン前期のクワガタムシ科入りBurmese amberについて

 以下は私が剛毅果断の気概を賭けて入手に成功した6個体目のクワガタムシ科入り琥珀右触角画像※1枚目:背面・2枚目:腹面(全身は現状秘密)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。

f:id:iVene:20220217125043j:image(体長約12mmのクワガタ。本体は樹脂の脱水収縮で潰れている。腹面は気泡が巻かれて腹節板が見えないが、触角は10節構成で第一節が細長く第二節との関節で膝状に曲がる形態・片状節形態から間違いなくクワガタムシと分かる。型としては1点モノで他に見た事の無い外形のクワガタ)

f:id:iVene:20211031143945j:image(触角の細部形態はニセキンイロクワガタHomolamprima crenulata MacLeay, 1885に似て、第八節から第十節にかけて肥大率が下がりキンイロクワガタ亜科的。大顎の雰囲気もドウイロクワガタに似ている)


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(ちなみに左触角は引っ込んでいて片状節形態が分かる程度。なお腹面からは樹脂の亀裂が遮り鮮明には見えない)

https://artsandculture.google.com/asset/homolamprima-crenulata-geoff-thompson-queensland-museum/xwGQv0A2bZ9cWQ

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(南米チリのドウイロクワガタ:Streptocerus speciosus Fairmaire, 1850も豪州のニセキンイロクワガタに似るが触角第七節の肥大が異なる。琥珀のクワガタはサイズ的にかなり離れ大顎もここまで大振りでは無いが最初に連想した種はこれだった)

 産地はミャンマー・カチン州タナイ。琥珀のクワガタは絶滅既知種との種内雌雄差か種内個体差か別種かの関係性判断は不可能である。ただし現生種とはいずれとも異なる。

 同琥珀は大きく、白亜紀の双翅類(Diptera)?など沢山の虫群が同封される。蜂らしいのも見える。専門外は疎いので一応「?」を付ける。

 触角は10節構成で第一節が細長く伸び第二節との関節が膝状に曲がっている形態および片状節形態クワガタムシ科以外の別科には該当しない。ただ、これだけを観るとクワガタムシ亜科のそのものが系統化していたかのように見えるから勘違いする人もいそうだが、此の形態は単に普遍的クワガタムシ亜科の触角形態に偶然一致をしているだけでキンイロクワガタ亜科であるかもしれないから詳しい系統関係までは特定出来ない。ニュージーランドに分布するマダラクワガタ亜科の一部の種も微妙に似た感じの触角になっている。

 キンイロクワガタ亜科にはクワガタムシ亜科的な形態の触角をする種と、マダラクワガタ亜科的な形態の触角をする種がいる。蛹の形態や交尾器形態で別亜科にされているみたいだが、交尾器形態はどちらかというとマダラクワガタ亜科的である。今回の琥珀に入るクワガタの触角は、クワガタムシ亜科的でもあるしキンイロクワガタ亜科的でもあり、其れ等が分岐する以前の様々な触角形態を発生させる種系統の個体であった可能性もあり、ミャンマー琥珀から知られる琥珀種がそういう種内変異を持つ特殊な系統であったかもしれない可能性はそもそも交尾器形態の変異と特徴を定量出来ないから否定出来ない。もしかすると全く別の絶滅系統が収斂で似た感じになった可能性も考えられる。

 またクワガタムシ科はジュラ紀に出現し白亜紀にベースとなる分化をしたという現在の定説自体も実際にはやや信じがたい。というのも、白亜紀後期セノマニアン前期には体長10mmを越しクワガタムシ亜科の型になるような形態を獲得しているのは想像以上に早い段階で分化を始めていたという事を示唆するからである。最小で3.5mm程度のクワガタムシ科始祖が生じたと仮定するとその3〜4倍のサイズに大型化するのはかなりの時間がかかっていそうである。実際は更に古いのではないか。しかし白亜紀セノマニアンより古い確実なクワガタムシの化石は見つかっていない。

 そしてジュラ紀に出現したクワガタという根拠の既知化石種は論文を読んでみたり化石の画像を見る限りではクワガタムシ科の定義に当てはまるほど特徴が残っていない虫の化石で考察がなされているし記載文は曖昧な長い文章で読者の関心に煙を巻いてある。その殆どは北半球の虫の化石であり、別科甲虫の雰囲気がある化石ばかりで、クワガタとは確定出来ないように見える状態の悪い化石という問題も解決が無いまま種までの分類がなされている。北半球の化石を調べるのは良いが、質の悪い化石で分類をしていくべきではなく、南半球にあったであろう産地をメインに化石種を調べた方が良さそうな予感がする。少なくとも現状の南半球での化石調査は、あまり大規模とは見えにくい。

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【References】

Fairmaire, L. 1850. Description d'un nouveau genre de Lucanide. Annales de la Société Entomologique de France (2) 8:53-57.

MacLeay, W.J. 1885. Two new Australian Lucanidae. Proceedings of the Linnean Society of New South Wales 10(2):199-202.

G. V. Nikolajev, B. Wang, Y. Liu and H. C. Zhang. 2011. Stag beetles from the Mesozoic of Inner Mongolia, China (Scarabaeoidea: Lucanidae). ActaPalaeontologica Sinica 50:41-47

G. V. Nikolajev. 2000. New subfamily of the stag beetles (Coleoptera: Scarabaeoidea: Lucanidae) from the Mesozoic of Mongolia, and its position in the system of the superfamily. Paleontological Journal 34(Suppl 3):S327-S330

G. V. Nikolajev. 2007. Mezozoyskiy Etap Evolyutsii Plastinchatousykh (Insecta: Coleoptera: Scarabaeoidea) 1-222

【追記】

 推定約1億年前の白亜紀セノマニアンのクワガタムシ白亜紀の10mm越えをしていて触角や大顎も発達したクワガタムシとしては私が初めて見た個体。

 出品者に自信があったようで其れまでに無い高額に気圧されそうになったが「背に腹はかえられぬ」と考え入手したものであった。とはいえ実は此れでも博打であった。出品時画像ではクワガタ個体が琥珀樹脂の深い部分にあった事と樹脂の流れた痕跡が縞状に入り内部の光屈折率を変えて見えづらかったので触角がブレて見えていた。だが普遍的クワガタらしい雰囲気の触角が見え、別科だったとしても興味深いと考え決断に至った訳である。

 手元に届いてから虫を見やすくする為に切削・研磨を行ったのだがミャンマー琥珀はなかなかに堅かった。琥珀が大きめだったので削る量が多く、また沢山の虫が同封されていたから最小限の切削にする。また貴重な琥珀だから絶対に壊してはならない。割れないように最終的な琥珀形態を予め設計する。綿密に計画を練って切削・研磨を行った。

 しかし最初にこの琥珀を見た時はまた驚きだった。白亜紀セノマニアンに大顎や触角がここまで発達していて10mm以上あるクワガタが居たなんて当時は全く知らなかった。そういうのも薄々いるかもしれないとは考えていたが、論文や報文どころか個人的知見も全く無いの状態で此のレベルの琥珀が出品されたのも意外で不意打ちであった。見る迄は白亜紀からはマグソクワガタ系などの原始的クワガタしか知らなかった為「インド亜大陸にまつわるプレートテクトニクス理論に間違いがあるのかもしれない」とも考えていたが、そうとも言い切れないと理解した。

 このように発見というのはいつも即物的なものだからNature誌やScience誌などのインパクトファクターの高い科学誌では画像図示などで済む話を長々と文章記述しないようにと言われている訳でもあるが、生物種分類学論文、特に昆虫類では読者の期待から外れ理解から遠くに行く論文が多い。

 さて、当ブログでの活動から分かる通り私は既に以前話した「ステルス式収集」を辞めている。私個人で調べたかった資料としては充分な収集が成っているからである。判別法等も記したが、これから如何なる世の中になるのかは時代の流れに任せてみたい。

VSCoincidence:偶然の一致」

 世の中には恰も最もらしい因果関係があるようで全く異なる因果関係や偶然に起こる現象に溢れている。解釈を間違えると致命的な誤認を促しかねないから、自然科学を扱う業界では因果関係がどのようなものであるか整合性を確認するために注意されている基本的な観念の一つである。

 関係する話では、虫を始めとした生物種の同定が難しいのは自然界での"変異"がどういう意味を含むのか分かりにくいからという理由がある。「変異を知っていても"破損形態"と"生物的形態"を見間違える人」も沢山見てきたが、予備知識の無い基本的な人間の認知能力は其れくらいが限界である。しかして"雰囲気同定"は大損の始まりである。

 そのように我々人間のような知的生物は「偶然の一致」を因果的なものと頻繁に見間違う。心理学においてカール・ユングの提唱した"synchronicity"があるが其方はあまり具体的な話では無く、科学では"coincidence"が問題になる。論理学においては例えば"同音異義語・同綴異義語"は最も分かりやすい「偶然の一致」の例であり、更にその中の例として"同姓同名の別人が此の世に居る"という事が其れの本質的証拠である。だから普通の社会では相手が察しにくい場合を配慮し、意味を説明して会話する事が最も普通の良心的コミュニケーションである。種小名の語源が分かるものと分からないもの(ニックネーム由来かもしれない等)が国際動物命名規約第四版で論理的に触れられているのはつまりそういう配慮を踏まえているという事である。同音異義語・同綴異義語は、一般的には文脈のみからでは意味を読解しきれない場合の方が多いが、天然思考をすると経験不足の直感による慢心的予断を行う事になってしまう。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E7%B6%B4%E7%95%B0%E7%BE%A9%E8%AA%9E

 自然現象でも似たような事がある。例えばジェノコピー(遺伝子模倣)やフェノコピー(表現型模倣)。それを知らない人達は簡単に間違った種同定の解釈をしている。現生種生物の外形による見分け方が有効とは限らない事は隠蔽種生物の存在が証拠である。

 昆虫の生態でも、例えばカマキリは大抵の場合に交尾中♂が頭部から♀に捕食されるが、頭部を失って脳による思考的行動が出来なくなったとしても、立脚や交尾継続などある程度の行動は身体側に残る神経だけで出来るように構造上なっている。大抵の大型動物は様々な指令を身体側に下す脳を失うと身体機能を即座に失っていくから、昆虫で首無しの生態的行動を観るとまるで脳が無くても、或いは頭部以外に脳があって生き延びられるかのように錯覚するが実際はそういう訳では無い。

 これ等のように人間には予備知識無しに"偶然に起きた現象"と"因果的な現象"が一致していた場合に見分ける認知能力が無い。特に後天的な脳障害がある訳ではなく全ての人間が持っている人としての認知限界である。だから実際問題として正確性と想像力はトレードオフの関係であるという事を考慮しなければ誤解が必ず生まれる。

 視野狭窄な人達は調べる事について「広く」且つ「深く」知らないから勘違いしやすい。だが広く深くなんて難しいから謙虚にモノを見る事が慎重で良い方法であると先人は学び生きてきた。それ故に「木を見て森を見ず」という諺があるのだが近年のSNS界で其れをマトモに理解している人々は少ない。だから分の悪い賭けに夢を見て神頼みする人達が沢山いる訳でもある。

 私からしても、学者らによって出される「図示不足や一貫性の無い考察で作られた論文」と、詐欺師らが書く「悪徳商売目的の論文」とは見分けがつかず区別が大変困難と感じる事が多い。まぁ結局はどちらにしても読者を舐めたような態度が垣間見える論文だという訳なのだが。

https://twitter.com/terrakei07/status/1486595403877212160?s=21

 こういう誤認を利用する詐欺師が産地擬装など行い景品表示法違反で罰せられたり、研究不正をしてペナルティを受ける学者もいたりする。また"舞台に上がるオーディエンス"をエキストラにやってもらいあたかも奇跡を起こしているように見せかける「自作自演」的なマジックショーもある。純粋な一般人は是等をコロッと錯覚し簡単に騙される。自作自演を始めとした露骨なマッチポンプ某巨大掲示板"2ch"でも頻繁に見られ、私も遭遇した際はよく笑った。

 実在が証明された事の無い「神」という概念も様々な宗教で登場し、人間がたまたま"種としての生存率"を上げるために獲得してきた能力で得ただけの幸運を「神からの贈り物」と勘違いしたりする。科学的思考をすれば「神」なる概念を物理的に恒久的存在証明になる証拠が無いと分かる(居ないとも証明出来ないが)。"精神"というものに対する神秘性に価値を見出す人も多いが結局のところ色々な経験則から得た生存本能的意識の組み合わせ、つまり生物学的に無意識に起こる条件反射的思考を神秘と誤認しているだけに等しい。

 贋作の絵画や文書、また偽論理も人間の思考限界による誤認メカニズムが悪用されてしまい、詐欺的行いが横行蔓延する訳である。歴史認識でも同様の問題があるし政治利用も沢山ある。一瞬で解決しそうな歴史問題とやらが何十年も終わらないのは為政意識の強すぎる人達が誤認を促す事が原因である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%B3%E9%81%8B%E5%8B%95

 また、こと"歴史を政治利用する人達"は根源的調査を避けて「差別」という言葉を軽々しく意識から発露させ政治的に扱い陳腐化させる。そもそも差別的認知というのは人間を始め全ての知的生物が持っている本能的生物機能であり犬ですら"飼い主"と"そうでない人間"を差別的に対応する。どの"括り"が自身の生活にとって支障をきたすかは様々な経験学習で決まるから差別的思考をしない知的生物は居ないし差別的思考をしていないと証明出来る人間は居ない。つまり個々でどれだけこの鬱陶しい話題に怒りが溜まろうとも表現上では自身で気をつけるしか無いのだが、此の知的生物の本能的行動の一つであるグルーピングの思考を完全に失くせると勘違いしている人達は多いし、分かっていて悪徳ビジネスに利用する輩も多い。

https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcSCTyi4vnmYkJ9naq4c6uxv3Tm15Xzeoz8YJg&usqp=CAU

 世の中めんどくさがって正解を出さない人や、成果を焦って間違いに気付かない人達は、このように"洞察力"という幻影に惑わされ続ける。人間は予備知識で色々な見通しを立てているだけで洞察能力なんてものは持っておらず、客観的に見れば"其のエスパーじみた洞察的行為"が因果的に起きているかのように誤認されているだけである。似た誤認が「独創性」という単語の使用でも見られる。客観的に見れば独特な製作物も、どこかからのアイデアを真似て少し突飛な組み合わせにしてあるだけである。よくよく考えてみると思考上では単純な事しか出来ず人間とは案外に機械的と思わされる事の方が多い。実質的には如何なる作品にも独創性は無く、非常に独創的に見えたとしても沢山の単純アイデアの複雑且つ過密な組み合わせで構成されているだけで「独創」そのものでは無く、あくまでも「独創的」に作られているのみに留まる。

 また自然科学の世界では"真実はいつも一つ"である。真実とは事実の集合体である。だから「沢山の真実がある」というような嘘くさい解釈をするのは「想像と現実をハッキリ区別して認識出来ない人間を始めとした知的生物の脳内思考だけ」である。全ての人間を含め知的生物は誤認をしたとしても「自身にとって都合の良い解釈」になるように進化上で"思い込みをしやすい生態"の形質を獲得したのが原因である。だからcoincidence検証による消去法的思考が必要になり、不足している考察はウソッパチである例が多い。

 詐欺師が他人を騙す悪事はこのような人間の誤認を利用して行われる。オレオレ詐欺を始めとする振り込め詐欺は全くの典型例である。"詐欺師"は此の誤認メカニズムをフンワリ理解しているため"社会的正義の雰囲気"を模倣し積極的に他人を騙そうとする。悪質カルト宗教が擬似科学を用いてマルチ商法をしているのも正にそういう詐欺である。

 客観的にありとあらゆる森羅万象の物性物理は動物の意識の上にではなく物理法則の上に成り立っているのだから嘘を決して吐かない。立場の高い人が詐欺師ならば追随する人達も意図せず詐欺師になり一般社会は混乱の極みを呈し出す。悪因悪果*そして天網恢恢疎にして漏らさずという訳である。

 ところで日本の仏教的地獄観というのは道徳的によく戒められるべき行いを示している。以下に引用するので興味があるなら読まれたい。

大叫喚地獄

殺生・盗み・邪淫・飲酒に加えて、嘘をついて人をだますなどの「妄言」の罪が加わった者が落とされる大叫喚地獄に付随する小地獄。「他人の田畑を奪い取るために嘘をついた者」などの細かい条件によって十八種類の小地獄が用意されている。ここのみ二種類多いことになるが、本来黒縄地獄に入れるべき物が混ざったのか、理由は明らかでない。 叫喚地獄の10倍の苦しみ。

吼吼処(くくしょ/こうこうしょ)
恩を仇で返した者、自分を信頼してくれる古くからの友人に対して嘘をついた者が落ちる。獄卒が罪人の顎に穴をあけて熱した鉄のはさみで舌を引き出し、毒の泥を塗って焼け爛れたところに毒虫がたかる。

受苦無有数量処(じゅくむうすうりょうしょ)
嘘をでっち上げて、目上の人を陥れた者が落ちる。獄卒に打たれて傷つくと、その傷口に草を植えられる。成長し根を張ったところで引き抜かれる。

受堅苦悩不可忍耐処(じゅけんくのうふかにんたいしょ)
王や貴族の部下で、保身のために嘘をついた者、またはその地位を利用して嘘をついた者が落ちる。叫喚地獄同様に罪人たちの体内の蛇が動き回り、肉や内臓を食い荒らす。

随意圧処(ずいいあつしょ)
他人の田畑を奪い取るために嘘をついた者が落ちる。さながら鍛冶師が刀を作るときのように、罪人を鉄に見立てて火で焼き、ふいごで火力を強め、鉄槌で打たれ、引き延ばされ、瓶の中の湯で固められ、また火で焼く、ということが延々くり返される。

一切闇処(いっさいあんしょ)
婦女を犯して裁判にかけられながら、王の前で嘘をついてしらを切り通し、かえって相手の婦女を犯罪者に仕立て上げた者が落ちる。頭を裂いて舌を引き出し、それを熱鉄の刀で引き裂き、舌が生えてくるとまた同じ事を繰り返す。

人闇煙処(じんあんえんしょ)
実際は十分に財産があるのに財産がないと嘘をつき、本当は手に入れる資格がないものを皆と一緒に分け合って手に入れた者が落ちる。獄卒に細かく身体を裂かれ、生き返るとまだ柔らかいうちにまた裂かれる。また、骨の中に虫が生じて内側から食われる。

如飛虫堕処(にょひちゅうだしょ)
穀物であれ衣であれ、サンガの所有物によって商売を行い、安く買い高く売り、得たものをサンガと共有せず、「儲けがなかった」と嘘をつく者が落ちる。獄卒が罪人を斧で切り裂き、秤で計って、群がる犬達に食わせる。

死活等処(しかつとうしょ)
出家人(僧侶)でもないのにその格好をし、人をだまして強盗を働いた者が落ちる。獄卒に苦しめられる罪人たちの前に青蓮華の林が見え、そこに救いを求めて駆け寄ると、炎の中に飛び込むことになる。また、両目をえぐられ両手足も奪われて抵抗できないまま焼き殺される。

異々転処(いいてんしょ)
優れた陰陽師で正しく占うことができ、世人の信用を得ていながら、占いで嘘をつき、国土や立派な人物を失う原因を作った者が落ちる。目の前に父母、妻子、親友など(の幻)が出現するので、救いを求めて駆け寄ると灼熱の河に落ちて煮られる。再生して河から出ると、再び同様の幻が出現し、駆け寄ると地面の鉄鉤で切り裂かれる。また、上下からの回転ノコギリ(のようなもの)で切り刻まれる。

唐悕望処(とうきぼうしょ)
病気で苦しんだり、生活に困ったりしている人が助けを求めているのに、助けると口先ばかりで嘘をついて、実際には何もしてやらなかった者が落ちる。目の前においしそうな料理が出現するので駆け寄ると、途中に生えた鉄鉤で傷つき、しかもたどり着くと実は料理に見えたのは熱鉄や糞尿の池で、その中に落ちて苦しむ。また、夜露をしのぐ家を貸すといって貸さなかった者は、深さ50由旬の瓶の中で高熱の鉄汁に逆さまに浸されるなど、嘘に応じた罰がある。

双逼悩処(そうひつのうしょ)
村々の会合などで嘘をついた者、悪口を言って集団の和を乱した者が落ちる。炎の牙の獅子がおり、罪人を口の中で何度も噛んで苦しめる。

迭相圧処(てっそうあつしょ)
親兄弟親戚縁者などが争っているときに、自分の身近な者が得するように嘘をついた者が落ちる。罪人に騙されたものたち(本人かどうかは不明)が出現し、罪人の肉をはさみで切り取って口の中で噛んで苦しめる。切り取られた肉片にも感覚がある。

金剛嘴烏処(こんごうしうしょ)
病気で苦しむ人に薬を与えると言っておきながら与えなかった者が落ちる。金剛のくちばしを持つカラスが罪人の肉を喰う。喰い尽くされると罪人は復活し、また始めから喰われる。

火鬘処(かまんしょ)
祝い事の最中に法を犯しておきながら、しらを切った者が落ちる。獄卒が鉄板と鉄板の間に罪人を挟み、くり返しこすって血と肉の泥にしてしまう。

受鋒苦処(じゅほうくしょ)
布施しようと言っておきながら布施をしなかった者、布施の内容にケチをつけた者が落ちる。獄卒に熱鉄の串で舌と口を刺される。嘘をつくことはおろか泣き叫ぶこともできない。

受無辺苦処(じゅむへんくしょ)
船長でありながら海賊と結託し、船に乗っている商人達の財産を奪った者が落ちる。熱鉄の金箸で吼々処のように舌を引き抜かれる。いくら抜いても舌は再生し、そのたびに抜かれる。さらに目を引き抜いたり、刀で肉を削られたりする。

血髄食処(けつずいじきしょ)
王や領主の地位にあって税物を取り立てておきながら、まだ足りないと嘘をついて多くの税を取り上げた者が落ちる。黒縄で縛られて木に逆さづりにされた上、金剛のくちばしのカラスに足を食われる。罪人は流れてきた自分の血を飲むことになる。

十一炎処(じゅういちえんしょ)
王、領主、長者のように人から信頼される立場にありながら、情によって偏った判断を下した者が落ちる。10方向から炎が吹き出して罪人を焼き、罪人の体内から11番目の炎が生じて口から吹き出し舌を焼く。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E5%85%AD%E5%B0%8F%E5%9C%B0%E7%8D%84より引用抜粋

 大抵の人が陥りやすい落とし穴だが、戒めが足りないと人間は必ず偶然の一致を因果的なものと想像で決め付けて勘違いする。対抗意識本意で社会を生きる人達や競争を好き好んでやる人達は殆ど此の落とし穴に嵌っている。

【第伍欠片】約4千万年前・始新世のクワガタムシ科入りBaltic amberについて

 写真の標本はバルト琥珀で私個人所蔵のクワガタムシ科入り琥珀としては難行苦行の末の5個体目。特異的な触角の形態から不明種としてのSucciniplatycerus sp. またはS. berendti (Zang, 1905)のどちらか。生物種の特定までは不可能。属和名を付けられた事は無いと思うが、ここでは属名原記載での説明に従い「コハクルリクワガタ属」と訳しておきたい(琥珀に限らない場合を考慮して「カセキルリクワガタ」でも良いかもしれない)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。

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(体長は約14mmで♂個体。※当記事での画像以外は秘密)

 顕微鏡で覗くと数マイクロメートル単位まで詳細に構造が見える。琥珀内には植物片や、樹脂の流れでバラけた2mm程度のキノコバエ(Sciaridae)?の破片が2頭分混入している。

 産地はリトアニア沿岸部のバルト琥珀。高額だったが私自身人生をかけて探していたものだったから価格からの躊躇は無かった。化石業界の事情でミャンマー琥珀からの「クワガタ入り琥珀」という誤同定のケシキスイ等が入る琥珀が多数出品された経緯があり業界人各位はクワガタムシ科とそれ以外の甲虫との区別点を知らない人ばかりのようだったため本当のクワガタ入り琥珀時価は相当に足を引っ張られ下げられた状態である。しかし後述にもするがバルト琥珀からのクワガタムシ科絶滅種はミャンマー琥珀の其れよりも出会える確率がずっと低い。

 出品された事を知った時は私自身もあり得ないほど驚いた。何故出品されたのか。出品者はゾウムシやカミキリムシの絶滅種に造詣が深いようだった一方で、Succiniplatycerus属を知らなかったあたりクワガタについては詳しくなかったと思われる。また中国人出品者らがクワガタでは無い「クワガタ」入りミャンマー琥珀を多数出品したため焦って出してしまったのかもしれない。とはいえ富豪でも無い私一個人には高い買い物だったので、相当にバルト琥珀の鑑定法を予習し、再現性のある実物での鑑定法を理解した。様々やって漸く価値を担保出来る。鑑定を他人に丸投げする他責的なコレクターが多いので偽物の流通が収まらないが、まぁ其のおかげで希望の品を実際の価値よりもずっと安価で入手出来たという事情もある。

 やや煩雑な検査法だが赤外線吸収スペクトル測定による分析ならば、バルト琥珀であれば他産地では見られない「バルティックショルダー」と呼ばれる波形が見られるという話、また再生琥珀等で作られた贋作の虫入り琥珀は接着剤の成分が混入していたとの報文が出ている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%A4%96%E5%88%86%E5%85%89%E6%B3%95

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1386142518301707

https://www.semanticscholar.org/paper/Identification-Characteristics-for-Amber-and-its-Li-Wang/413f750ef8874a50e3f957a62fa1783b1e2b8925

 また中身の虫が絶滅種ならば同定は殆ど安心である。クワガタムシ科の場合だと現生種の網羅率が高いから他の昆虫よりも検証が容易という要素も大きい(本当は色んな虫の分類を知りたいが業界は人気生物ばかりに研究テーマが偏りがちである)。なお現生種を大量に集めたり知り合いに見せていただいたりして未記載種を含め1500種近くのクワガタムシ科甲虫個体群を網羅的に観察してきた私などは有利である。観察や考察はなるべく多く且つ根源的である方が良い。

 加えて公式的に調べられるクワガタムシ科の定義はネブラスカ大学のページにあるクワガタムシ科やコガネムシ上科の比較説明が参考になる。ここで参考にされている南北アメリカ大陸のクワガタムシ科には全ての亜科があり、また化石種に似た形態のものもいる。このページに関しては私の研究活動に役立てる事が出来たから高く評価したい(※爪間板に関する記述は一部の近縁別科に特異的であるためか省略されているが、本来は具体的に示されているべきである)。

https://unsm-ento.unl.edu/Guide/Scarabaeoidea/Lucanidae/Lucanidae-Overview/LucanidaeO.html

https://unsm-ento.unl.edu/Guide/Scarabaeoidea/Scarabaeoidea-pages/Scarabaeoidea-Key/ScarabaeoideaK.html

 琥珀に入る原始的なクワガタ達は素人眼にはクワガタムシか否か分かりにくい。だから誰にとってもかなりの予習が必要になる訳だが、誤認常習者や詐欺師による検索妨害的な情報拡散が多く、なかなか情報収集になりにくい。まぁこの業界の詐欺師というのは使い回すフレーズがワンパターンでいかにも香ばしい連中であるから普通の社会人なら看破しやすいが、虫の同定となると条件が変わってしまい一般庶民には識別が難しい。

 また深くサーチしてみれば分かるが20〜30欠片近く出土していると噂のミャンマー産クワガタ琥珀とは異なり、バルト琥珀やドミニカ琥珀に入るクワガタというのは全くと言えるくらいに情報が無い。採掘場では既に大量の琥珀が産出しており、努力すれば見つかるという次元のクワガタでは無い。私は画像だけでも見たいと20年近く延々と探して見つけたが、入手まで出来た事は非常に運が良かったと考えられる。能動的に入手しようとすると想像を絶するキツさがありそうだ。ドミニカ琥珀は未だ採掘の歴史が浅いから仕方ないが、バルト琥珀はこれまでに少なくとも10万トン(=100億グラム)は産出しているとされる。このクワガタ琥珀は約3.44グラム。歴史上1800年以降の記録から分かる「バルト琥珀にクワガタが入る率」は100年にほんの数個?程度で、1800年以前の記録は全く無い。全体から見ると相当な低確率と分かる。バルト琥珀がこれまでに10万トンが産出しているとされる一方で未だ50〜60万トンが未産出で自然界に眠っていると推定されている。逆算すればクワガタ入りバルト琥珀は自然界ストックを含めても数十片も存在しない見通しがなされ、産出されきるまで未だ数百年はかかりそうという見通しがなされうる。

 さて、当記事主役のクワガタの体長は約14mmとルリクワガタ類では大型個体、最大体幅は約6〜7mmありルリクワガタの仲間では突出して幅広い、さらに大顎は鸚鵡の嘴のように太短い。また特筆すべきは他にない分厚さでボッテリ太ったような形態、それに鞘翅だけで長さが10mm近くあり、鞘翅外縁形態もこのサイズ感だと他では別科甲虫ですら見た事が無いような変わった形態をしている。ここまで大きな絶滅種クワガタが入った琥珀は初めてだったから其れは感動が凄まじかった。これが約4000万年前の始新世に生息し、現在は絶滅して居ないリトアニア産コハクルリクワガタ属の1種1個体なのだと。既知種ベレンティコハクルリとの関係性は不明で、同種かもしれないし別種かもしれない。虫体は構造が組織分解しているため取り出せない。遺伝子は半減期により殆ど全て残っていないし琥珀内なのでDNA配列の痕跡はコンタミして正確に読み取る術は無いと考えられる。しかし極めて珍しい事に交尾器硬質部位の先端が見えており、ルリクワガタ系の♂とまで分かる

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(♂交尾器の側片と陰茎の一部※背面。天然琥珀内の昆虫、特にクワガタで雌雄が明らかに判る標本は極めて稀)

 虫のコンディションは約4000万年に亘る樹脂の脱水収縮によりヒビが入り、また頭部など部分的に乳白色の濁ったような異物が付着している。だが変形は殆ど見られず部分的に金属光沢が健在ですらあり、保存状態が虫入り琥珀にしては最高クラスに近いと考えられる。

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(およそ四千万年も古くの虫個体とは思えないくらいに保存状態が良いが、顕微鏡を使い更に眼を凝らして細部を見ると虫の翅表面に細かいヒビ割れが走っている状態が分かる)

 現生のルリクワガタグループでは見られない程の巨躯であり、実物を観察したときには先ずそこに驚きがあった。そんなに体積のあるルリクワガタが居たのかと。なお触角第6〜7節が殆ど肥大せず、8〜9節で急激な肥大をしている点で、この属は判別が容易。その特徴は現生のコツノクワガタ類などの祖先に近縁で南半球に居ただろう白亜紀クワガタムシ亜科型個体群も同様である。この触角第7節が肥大する傾向は現生種では普遍的多数派である。発達以前の始新世より古い段階で分化したはずの各系統で各々が並行的に収斂進化を成している事は、変化する環境適応のために馴化的変化をしたような変遷を呈している様で面白い。

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(鮮明に見える触角。クワガタムシ科以外ではあり得ない形態。ルリクワガタ的な片状節でありながら全体的に見ると現生のルリクワガタには無い触角形態。1990年のNikolayevによるSucciniplatycerus属記載はたった1頭分のスケッチと記述の参照で記載され属内変異を考慮されていないから一致する属の特徴は第七節くらい)

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(しかし体躯は現生種では見られない形態なのに、まるでついさっき固まったかのように時が止まっている琥珀内景に感歎が絶えない)

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(前脚ケイ節の形態も現生のルリクワガタグループでは見られない形態)

 また♂交尾器は全ルリクワガタでは小さい方で、体躯の大きさからは想像しづらいサイズである。前脚脛節外縁の棘列状態は現生種のルリクワガタグループでは見られないパターンであり、現状で見知る個体群のみからの比較観察ではコハクルリクワガタ属種にのみ特異な形態と考えられる。

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アメリカ合衆国カリフォルニア州に分布があるポタックスニセルリクワガタ:Platyceroides (Platyceroides) potax Paulsen, 2014. ♂個体11.4mm。触角第七節は同属内で控えめな方の種だがしっかりと発達が見られる。かなりおおまかなプロポーションは今回記事にする琥珀内のクワガタに似る)

 なお、此の琥珀からはクワガタが埋没した時の状況が少しだけ分かる。クワガタ頭部より前方に葉のような破片、重力で埋没した方向が分かる生物的な移動以外の移動痕跡、小楯板の辺りから出る気泡の形態から分かる埋没時の上下方向、そして埋没時は暫く生きていて溺れ苦しむ姿勢。おそらく飛んできて葉か何かの破片に掴まったところで、自重で下に流れていた樹液に其の破片ごと落ちて流されてしまったと考えられる。腹面が樹液に入り苦しみ暴れる最中に、上から更に樹液が流れて完全に埋没した様子が読み取れる。綺麗に埋没しているのは、異物混入少なく液性の高い樹液に埋没したためと考える。約4000万年前の正確にはどれくらい昔なのか分かる術は無いが、その時起こった事が様々な痕跡として保存されている。

 ルリクワガタ類はクワガタムシ科の中ではやや古い段階で分化したグループと推定されておりキンイロクワガタ亜科グループと近縁だったらしい。始新世から現生種まで似たままであるという事も古い系統だと示唆している。また北半球にしかいない事から、インド亜大陸ゴンドワナから分離して以降に出現し、ローラシア側へ繋がってから北半球広域に分布を広げていったと考えられる。現在はバルト海底に沈む大森林には始新世の其の昔、ルリクワガタの進化系統がインド亜大陸から北上して到達したと考えられる。

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リトアニアを含め広大なエリアに分布するカプレアルリクワガタ:Platycerus caprea (DeGeer, 1774)。画像のリトアニア産個体群は偶然そうなのか紫色が強い。ヨーロッパでの同属現生種は種数が少ないが、太古では様々いたかもしれない。現生のルリクワガタ属が小型種ばかりなのは何が原因しているのだろうか)

 人間が出現するよりもずっと昔の始新世の時代はどんなだったろうか。クジラの祖先が4本の脚で陸上を歩いていた様はどのようなものだったのか。色々な想像を引き出され、まさにロマンの塊とも見える。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A9%E4%BA%9C%E7%9B%AE

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【References】

R. Zang. 1905. Über Coleoptera Lamellicornia aus dem baltischen Bernstein. Sitzungsberichte der Gesellschaft Naturforschender Freunde zu Berlin 1905:197-205

G. B. Nikolayev. 1990. Stag Beetles (Coleoptera, Lucanidae) from the Paleogene of Eurasia. Paleontological Journal24(4):119-122

Paulsen, M.J. 2014: A new species of stag beetle (Coleoptera: Lucanidae) from California. Insecta mundi, (0358)

DeGeer, C. 1774. Mémoires pour servir à l'Histoire des Insectes (tom.1-7. 1752-1778). Hesselberg, Stockholm 4:1-456.

【追記】

 生前の姿が殆ど変わっていない約4000万〜4500万年前の始新世にいた美しく金属光沢を放つクワガタムシ。バルト琥珀の其の実物を自由に観察出来るなんて昔は思ってもみなかった。

 近年はルリクワガタ類について適切な図示・考察を省き、形態が簡単に変形し尚且つ種内変異もある内袋と微妙な外形の差異だけで新分類群が記載されている事が多く、昔は熱意を持ってルリクワガタ属を見ていた私の友人もやる気を無くしていたが、私の琥珀標本を見て感動を取り戻していただけた。どんなルリクワガタよりも始新世の個体がズバ抜けて一番評価が高い。

 ちなみに私は有史以前に絶滅したクワガタムシ入りの天然バルト琥珀を20年近く追っていたので出品されたのを見つけた時は驚きが凄まじかった。

 回想すれば長いが最初に私が虫入り琥珀に興味を持ったのは私が虫界に興味を持つより昔の話。もう27年以上前になるがドミニカンアンバーの虫入り琥珀を手にした時である。何処か忘れたが博物館の売店で売られていた安物だった。「琥珀に虫?琥珀って?」という初心ながら興味を持ったが其の時代は虫入り琥珀はあまり出物が無く、またインターネットが流行り出したといっても紹介に出てくる"琥珀"はどれもこれも偽物くさい"羊頭狗肉"な業態を呈していた。出鼻を挫くように「贋作が出回る」という情報が沢山ある中で"人の主観"以外の真偽判定法が安定した情報になっていないなら本物なんて分からない。当時は文献も少なくそこそこ情報密度が高かったのがゲームボーイRPGゲームの一つ「ポケットモンスター」に登場するアイテム"ひみつの琥珀"であった。当時其のゲームシナリオではどうやって虫入り琥珀から巨大な翼竜ポケモンが復活するのか解説が見当たらず意味不明だったが映画"ジュラシックパーク"のオマージュだったという事から理解した。"ジュラシックパーク"の映画の方がまだ理解を促したが完全な論理的シナリオでは無く、やはりフィクションである(琥珀を削るシーンがあったがあんなに簡単に削れる訳が無い)。ちなみにDNAの半減期は521年であるため所詮はフィクション、数千万年以上昔の化石生物種の復活は現実的に不可能である。

http://sumaburayasan.com/archives/23684166.html

 その後、現生のクワガタムシ科にドハマりしていた私はとにかく色々情報を集めた(香ばしい連中も多かったが今と違い避ける方法はあった。最近は"羊質虎皮"の香ばしい人達が多いから大変である)。しかし不意に"ebay"に出会う訳である。たしか2002年だったか、当時のebayには現生種昆虫個体群が少ない一方でヨーロッパの化石商が沢山の化石を出品していた。当時は高額だった世界の昆虫収集など金持ち趣味であり一般庶民のする事では無いという社会通念が普遍的だった一方で化石は管理が易しく、葉っぱの化石なんかは採集が簡単で低コストでもロマンのある話題になっていたため収集が流行りだった。そして中には虫入り琥珀があり、忘れもしない出品に出会う。サイン付き鑑定書がついた「10mm程度のカマキリ成虫全身入りバルト琥珀」(※鑑定書が真偽の担保になっているとは限らない)が信じられないくらい白熱したオークションを呈し、10€スタートだったのに30人以上の参加者によってアレよアレよと入札が入り10,000€を軽く越えて落札されたのだ(当時のレートで120万円程度)。外国産現生昆虫が日本に入ってきて間も無かった時代、私は世界のクワガタにすら感動していたのに「虫入り琥珀だなんて」と、とんでもない世界を知ってしまったと思った。しかし同時にクワガタムシ入り琥珀があれば見てみたいと考え、どうせ買えないだろうと思いつつ探してみた訳である。まぁ文献などでも全然記載されないのだから有る訳が無い(出物があったとしても一見して現生種が入る贋作であった)。だがいつ出てくるか分からないというのは、それまでの私の経験則からすぐに考えられたので誰にも話さず(当時お世話になっていた人達にすら)極めて秘密裏に探索をすると戦略立てた訳である。しかしステルス式収集は収集活動の基本中の基本である。最初から高額である故に買えない事の方がありうるが、画像を見る価値はあるし、それにもし同定ミスで出てきたら買える値段かもしれない。しかし競合する人がいたら先ず入手出来ない。誤同定も多かったのに分類学の情報もそんなに入ってこないから殆ど独学を試される条件であった。自身の知識をブラッシュアップするためには知りうる限り出来うる限りの事をなるだけ全て行なう。当該琥珀を見つけるまでは色々な虫入り琥珀を無尽蔵に見てきたが専門外の虫は分からない。化石種にも色々いるんだな〜と感心しつつ自身の知識になりにくい虫ばかり見て結構な苦行にもなっていた(現生種の生物学的特性を知らずして化石種分類は語れない。「自身で理解しきれていない」と解る虫を延々と見つづける苦痛は凄まじい)。しかし2010年頃からのミャンマー琥珀大量出品と其れに伴う誤同定頻発大暴落事件が後年の虫入り琥珀全体的な相場低迷のキッカケになったのは私にとってまるで神風だった。他琥珀についてもそうだが全ての状況が私の活動の追い風になってくれた。

 私が此のクワガタ琥珀を見つけたのは仕事終わりで疲れ眠そうにチェックしていた時だったが、気づいたと同時に条件反射的にスッカリ目醒め人目を憚らず叫んでしまったくらい驚いた。どこからどう見ても本物の虫入りバルト琥珀で、私の見た事の無いクワガタが入っていたからだ。コレほど私を驚かせた虫個体は他に無い。是非も無く自身でバルト海沿岸で採集した訳ではないから読者には大して参考にし辛く面白い話では無いかもしれないが、産地の光景を見ても分かるようにコレを原産地で見つける自信なんて私にも全く無い。しかしてだから私の人生にとってはまさしく「ラーの涙」、大切な資料なのである。

https://karapaia.com/archives/52210511.html

【雑記】

 当ブログ記事では現生種の画像もブログだから図鑑式の図示をしていないし、琥珀内クワガタに至っては部分的にしか載せていないが理由は複数ある(見れば容易に分かるのだが図鑑という割に役に立たない物も多いが)。全身を公開しない事については「意味が薄いから」というニュアンスの理由を以前に書いたが、個人的にも「非常に苦労して入手した物品を勝手に利用されたくない」という理由もある。大抵の大コレクターが秘蔵にする理由も似た理由である。

https://www.google.co.jp/amp/s/www.cnn.co.jp/amp/article/35120409.html

 例えば恐竜の全身骨格等を個人収集している人がいるのを非難する研究家がいるが、私に言わせれば「文句言わずに協力してもらうよう交渉するか協力拒否されてるんなら自分の仕事をキッチリやれ」としか思えない。そんなに見たいなら原産地に行って探すという手段もある。「自分は賢い頭脳を持っているんだからつまらない仕事に引っ張られるのは嫌だ」みたいなアカデミックハラスメントを恥ずかしげもなく公言する学者・研究者がアホらしくて見せる気を喪失している人達も多い。貴重な資料でなくとも研究テーマはある。

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/101400601/?ST=m_news

 大富豪のコレクターが良い資料を集める事は其れに違法性がまとわりつかない限り悪い事ではないと私は考える。むしろこんな世の中で科学への関心を忘れないでいてもらえるのはありがたい。

https://www.google.co.jp/amp/s/www.sankeibiz.jp/macro/amp/170704/mcb1707040500003-a.htm

 彼らは確かに権威を示したいがために貴重且つ目立つ資料を集めるという動機もあろうが、知識欲があって標本を欲しいという動機も必ずある。だから学者や研究家の立場であったとしても彼ら富豪コレクターの自然科学への興味を無視して無下に扱う事は非科学的であると瞬時に分かる。

https://www.google.co.jp/amp/s/www.cnn.co.jp/amp/article/35178434.html

 また大コレクターの場合は頻繁にコレクションを秘蔵にする。私も特別殆ど誰も知らないような資料群の秘蔵をやってみて理解したが、自然や科学に対し不遜な態度をする人達が如何に大量にいるかという不快感に気づきがあった。他方「秘蔵をするなんて独りよがりだ」という人達の意見も分からなくは無い。しかし「なんであんな偉そうに馬鹿な事を言える人達に見えるよう大切な秘蔵資料を見せなくてはいかんのか。検閲のつもりなのか」と怒りすら湧いてくる我々側の意見も汲んで欲しい。だから信用出来る人物にしか見せない。秘蔵は正当防衛でありうる。

https://www.afpbb.com/articles/-/3170946?cx_amp=all&act=all

 単純に純粋な興味で大コレクターの秘蔵資料を見たい人達が其れ等を見る事が出来ない理由は馬鹿な人達の活動から広がる波紋のトバッチリである場合が多い。恨むなら不遜で夜郎自大な人間を恨むべしという結論であるが人間社会とはそういう生き物が構成するモノだからいつの時代もそうなる。

https://www.google.co.jp/amp/s/www.afpbb.com/articles/amp/3309616

 博物館に寄贈するとした大コレクターも拘りの個体群だけは先んじて他に回されうる。まぁ大切な個体群を失礼な人達に見せる意味は無い。博物館の所蔵庫で他では見られない驚くべき資料があった場合、其れは大抵が高額取引が成立して博物館に入ったものである(稲原コレクションやBomansコレクション等)。

https://toyokeizai.net/articles/amp/414929?display=b

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(ハワイハネナシクワガタ不明亜種?:Apterocyclus honoluluensis ssp.?。変わった個体群。ハワイハネナシクワガタはいくつかの既知種があるが未だ見つかっていない種はいると考えられる。様々なところで紹介される多くの個体は"コケ"という割と出入りしやすいエリアだが、画像の個体群は谷と山をいくつか越えた奥地で得られたものである。見て分かるとおり後脚が太短く、また傾向として前胸背形態がやや角ばる。其の山の個体群はそうなるのだとか。実は手前の個体は私が標本を再形成しているが、図鑑に掲載された書載モノで、近年に売られていたものである。念のため2オス入手しておいた。曰く成虫の発生期は雨季であり歩行性特化のハワイハネナシクワガタは水浸しになった低標高に降りられず隔離が起こっているのだろうという話で"未記載亜種"を予想されている。たしかにコケのポピュラーな個体群と交尾器形態は変わらないが外形は結構異なるように見える。ちなみにコケと此れ等の産地の間の山や離れた場所の個体群も変わっている。個体数が少ないのだが、採集された後年に道が土砂崩れで通れなくなり復興もされないから追加採集出来なくなったという貴重なクワガタである。こういう資料ほど博物館にはなかなか入らない)

【References 2】

Waterhouse, C.O. 1871. On a new genus and species of Coleoptera belonging to the family Lucanidae from the Sandwich Islands. Transactions of the Royal Entomological Society of London :315-316.

Paulsen, M. J., Hawks, David C. 2014. A review of the primary types of the Hawaiian stag beetle genus Apterocyclus Waterhouse (Coleoptera, Lucanidae, Lucaninae), with the description of a new species. ZooKeys 433: 77-88.

【第肆欠片】約1億年前・後期白亜紀セノマニアン前期のクワガタムシ科入りBurmese amberについて

 以下は私が大惑不解を乗り越え入手に成功した4つ目のクワガタムシ科入り琥珀触角等画像(全身は現状秘密)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。


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f:id:iVene:20220126005126j:image(マダラクワガタ属に似た体長3.5mm程度のクワガタムシ、本体は頭部が気泡に巻かれて見づらいが第一節に剛毛が無い等の触角形態や爪間板が有る事で近似するコブスジコガネ科とは異なると分かる。型としては1点モノで、他に見た事の無い外形のクワガタ。サイズはマダラクワガタグループはじめクワガタとしては最小クラス)

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f:id:iVene:20220125221739j:image(実際問題として画像からも分かるように、触角などの細部形態も変形している事は多々ある。比較的状態の分かる形態を参考にしなくてはならないが、それが全く変形していないとも限らない。当琥珀では、節数は左右触角で、ラメラ形態は右側触角で観察する。右触角はあらゆる角度から見て各節の位置を識別する。左触角は亀裂が多く難しいが数えられる)

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(このクワガタ個体は爪間板の観察にやや手間取ったため苦労の跡を図示する。中脚と後脚はフセツ先端が絡みあった状態になっており画像の通り)

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(前脚の爪間板も見えるが撮影がなかなか難しい)

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(この付節ならば爪間板のsetaeの部分は爪に沿っていて見えにくいがrod部位は輪郭が少し見えている。色々参考にした感じでは南半球側オセアニアのマダラクワガタ類現生種はrod部位が細長く伸びるのに対して、北半球側〜東南アジアの現生種群は画像琥珀個体のようにrod部位が太短い)

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(前脚ケイ節形態はニュージーランドのクシヒゲマグソクワガタ属:Mitophyllusやオーストラリアのキバマグソクワガタ属:Ceratognathusに近い)

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(エリトラ上は毛束が配される。左エリトラは薄い空気層に覆われてしまっているが点刻等はハッキリ見えている)

 産地はミャンマー・カチン州タナイ。琥珀のクワガタは絶滅既知種との種内雌雄差か種内個体差か別種かの関係性判断は不可能である。ただし現生種とは、いずれとも異なる。

 琥珀内のクワガタは翅を閉じる際に別昆虫を巻き込んで鞘翅下へ収納してしまっていて、無関係な虫の翅がクワガタの鞘翅から食み出ている。

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スカラベオイデスマダラクワガタ:Aesalus (Aesalus) scarabaeoides (Panzer, 1793)〈左〉とタイワンネッタイマダラクワガタEchinoaesalus chungi Huang & Chen, 2015〈右〉。北半球側のマダラクワガタ類も色々いる。琥珀のマダラクワガタ近似型個体は、やや細身で毛束がありAesalus属らしい比率をしているが脚部形態は異なる。またサイズ的にはEchinoaesalus chungiと同じくらいである)

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ニュージーランドのパリアヌスクシヒゲマグソクワガタ:Mitophyllus parrianus Westwood, 1863の雌雄。この前脚形態は現生種でも南半球側オセアニアのマダラクワガタ類に特有的)

 ちなみに私はミャンマー琥珀の産地はインド亜大陸と共に南半球から現在の位置に移動してきたと考えている。全世界で僅かにしか発見されていない化石の産地を元に孤島だったとする仮説があるが根拠が希薄だった故に信用していない。という事でマダラクワガタのグループもインド亜大陸という方舟でユーラシアにやってきたのではないだろうかと考えている。

 過去、アフリカをクワガタの起源と考えた仮説を見た事があるが、アフリカにはマダラクワガタの記載はなされていない。しかし月刊むし402号によればアフリカ産マダラクワガタ未記載種が得られているとされる。この記事では記載予定とあるが2022年現在迄に記載された事は無い。何も続報が無いが記載が無いという事はデータミスか誤同定だったのだろうか。

 まぁアフリカにマダラクワガタ亜科の種が居たとしてもインド亜大陸から移動してきたという可能性はありうる。インドネシアのオウゴンオニクワガタ属:Allotopusとアフリカのオオツヤクワガタ属:Mesotopus・ミツノツツクワガタ属:Dendezia、また同じく分布を広げたノコギリクワガタ属:Prosopocoilusは其のような移動経路だったかと考えられる(約一億年前の南アメリカ大陸とアフリカ大陸が分離後にアフリカに侵入したと考えられ、それまでのアフリカ・南アメリカにはいなかったと考えられる為)。ただし中南米に産するマダラクワガタ類はどういうルートで入ってきたのか未だよく分かっていない。

【References】

Tabana, M., Okuda, N., 1992. Notes on Nicagus japonicus Nagel. Gekkan-Mushi 256, 4-10.

Huang, Hao, Chen, Chang-Chin, 2015. Discovery of a second species of Aesalini from Taiwan, with description of the new species of the genus Echinoaesalus Zelenka, 1993 (Coleoptera: Lucanidae). Zootaxa 3920 (1): 163-170.

Fabricius, J.C. 1801. Systema Eleutheratorum secundum ordines, genera, species: adiectis synonymis, locis, observationibus, descriptionibus. Tomus II. Impensis bibliopoli academici novi, Kiliae:1-687.

Westwood, J.O. 1838. Lucanidarum novarum exoticarum Descripcum Monographia Generum Nigidii et Figuli. The Entomological magazine 5:259-268.

Westwood, J.O. 1863. Descriptions of some new species of exotic Lucanidae. Transactions of the Royal Entomological Society of London (3)1:429-437.

Albers, G. 1894. Beiträge zur Kenntniss der Lucaniden. Deutsche Entomologische Zeitschrift 38(2):161-167.

Hope, F. W. & Westwood, J.O. 1845. A Catalogue of the Lucanoid Coleoptera in the collection of the Rev. F. W. Hope, together with descriptions of the new species therein contained. J. C. Bridgewater, South Molton street, London :1-31.

荒谷邦雄, マダラクワガタの魅力., 月刊むし, (402) :18-25, 2004.01.

【追記】

 推定約1億年前の白亜紀セノマニアンのクワガタムシ。マダラクワガタにとてもよく似ているが、脚部が発達している形態はマダラクワガタにしては特異的。前脚ケイ節形態もどちらかというとオセアニアのマダラクワガタ亜科で安定した形態とまぁまぁ一致する。

 出品時画像は殆どクワガタに見えず相当悩んだ。触角先端らしき部位が微妙に見えていたが、コブスジコガネ科やカツオブシムシ科もマダラクワガタ系に体型の見た目がよく似ている。また事前に出品者の出品物他ロットのチェックも欠かせない(出品者によっては色々な所から仕入れているようで偽物が混じっていそうだった事もある。入手ルートというのはどれだけ名の通った人物のものであっても常時厳しく評価しなくてはならない)。当琥珀についてはクワガタ分類屋の友人にも相談したが「出品画像では分からない」という事で、もしかしたらクワガタかもしれないという僅かな望みに賭け、またもや博打的に落札するしかなかった琥珀であった。コブスジコガネ科との見分け方が一番難しかったが前脚フセツが長い事で目星をつけた。ただし証拠の部位が異物や気泡、亀裂などで見えないせいで科同定不可標本だったとしても敗北であるから其れも覚悟したものであった。結果的に触角と爪間板などの形態からクワガタムシ科と分かり安堵した訳だが手元に来るまではやはりしんどかった。

 マダラクワガタが白亜紀に居た事自体は、そこまで意外ではない。しかし琥珀に入るという事は例外的だと考えられる。何故ならばマダラクワガタの好む材の植物(被子植物樹木)と琥珀樹脂を分泌する植物(シダや杉などの裸子植物)は大きく異なると考えられているからである。ミャンマー琥珀からは被子植物裸子植物の両方のインクルージョンが出ているため同所的に生息していたと推定されるが、非常に希少である事を考えれば当時当産地では勢力的には未だ被子植物は劣勢だったかと想像されうる。また当時のマダラクワガタ祖先種の食性が異なった可能性もなくはない。

f:id:iVene:20220116220713j:image(†Tropidogyne属の花琥珀。一応の資料として入手しておいた物)

 また、こういう琥珀の中身である虫をハッキリ見るには研磨が必要になる。私はこういう作業も沢山やった事があるので慣れた感じで出来るが慣れていない人は宝石研磨師などに依頼した方が良いように考えられる。特に切削に関しては琥珀が堅いからかなり難しい。タングステン製のドリルを使いたくなるがグリッターにドリルの刃が引っかかると豪快に琥珀が割れるリスクがあるから殆ど推奨されない。また中身の虫等インクルージョンを削ってしまわないようにしなければならない。ダイヤモンドヤスリで撫でるように慎重に切削していく事が無難である。あとは紙ヤスリ等(粗面から徐々にキメ細かい番号にしつつ)撫でる感じでやすって表面の滑らかさを出していく。最後はコンパウンド研磨剤を使い艶出しを行う。作業は虫を削らないようにする為に、また樹脂表面の傷残しを防ぎたいため顕微鏡下で行う。しかし1回では傷残しがある場合が多いので研磨工程を2〜3回繰り返す事が多い。小さくても3時間、大きい琥珀だと20時間近く作業しなければならない事もある。だが中身を鮮明に観たいが為にやる作業だから疲労感は少なく、私はいつもなるべく通しで行う。現地から届いた時は大抵やすっぽいプラスチックのような光沢をしていたりくすんだりしているが上手い感じに再研磨すれば水面のように透き通った艶の光沢になる。

 しかしやはり出品時でも論文でも図鑑でもそうだが無意味な図示は頭を痛くする。部分的では分からない事だらけで殆どの部位が見えていても必要な部分が見えていなければパレイドリア的な誤同定や誤解をしやすい。非効率と思われるかもしれないが、こういう品が出る度に私は近似別科甲虫を参照し、考えに不足が無いかどうかを確かめる。なんせまとまったページが無いから大変である。平易明快な図示や説明表現のページでなければ頭が覚えてくれない。当ブログでも何度も書いているがクワガタムシ科だけでなく生物種の見分け方などと言って変異も考えず僅かな部分だけを根拠に分類する連中や、万能ではないと分かっているのに"DNA万能論"を持ち出して色々重要な考察をすっ飛ばす連中も全く不親切である。いくつかの琥珀について私は博打的入手をしていると書いているが、そんなに軽い気分で出せる額ではないから悩ましいというのもある。

琥珀の保管方法

 琥珀の保管方法については色々な私見があるが、基本的に数千万年〜1億年と自然界の地中で過ごしている訳だから相当に様々な環境を耐えぬいてきていると推察できる。特にミャンマー琥珀白亜紀に固まった事が同じ地層の他化石や鉱物状態などから分かっており、KT境界と呼ばれる生物大絶滅の原因となった隕石による災厄を乗り越えたものであるからそれなりに頑丈と分かる。だから室温湿度環境下での保管で問題無いと言える。

 しかしとはいえ、相手は元はと言えば植物の樹液が固まったもので、天然のプラスチックとも言えて火で焼けるし、高温加熱処理をすると酸化して色がわるくなる。また有機成分だから人類文明でしか出てこないような薬品がどういう影響を及ぼすか不明だから保管は或る程度無難な方法でやっておきたい。

 大抵の天然琥珀にはヒビ割れがある。割れていない部分が強力な構造故に繋がっているが、硬い物質であるため強い衝撃を加えると割れる事もある。初期研磨ではマシンを使って豪快に切削され割れなかった部位のみ最後まで研磨されていくから、最終的には壊れにくい欠片になっているように考えられもする。しかしいくら頑丈でも何が起こるか分からないから慎重に扱う事が推奨されている。

 水に付ける事を忌避する人もいる。水がヒビから内部に侵入し、湿潤と乾燥を繰り返しヒビ割れを大きくするかもしれないというリスクがなくはない。

 また酸化等での変色リスクを避けるため紫外線や日光に当てない所で保管しておいた方が良いという事もよく言われる。昆虫標本も日光に曝さない方が良いのは虫体のクチクラが構造を変質させかねないからであるが此れを紫外線だけ遮断しておけば良いと勘違いする人が虫業界にはとてつもなく多い。UV:紫外線を殆どカットするフィルターでもブルーライト始め可視光ほか長波長は通ってくる。だから問題が解決されない。ブルーライトの影響は詳しく分かっていないが紫外線に近い波長だから長期的には紫外線に似た影響を及ぼす可能性を見通せる(日光からの暴露量は人工光の1000倍以上)。またそのようにしてガラス箱に入れておくと日光による近赤外光の熱線も入ってきて箱内が照り焼き状態になり標本もタンパク質部分などが熱変性するという寸法である。

 なお琥珀になりきっていないコーパルについては私は触っていないので無責任な事を書けないが、まだ湿潤を残している樹脂であるため乾燥するとヒビ割れやすいらしく其れが注意点として挙げられている。

【第參欠片】約1億年前・後期白亜紀セノマニアン前期のクワガタムシ科入りBurmese amberについて

 以下は私にとって苦尽甘来の邂逅となった3つ目のクワガタムシ科入り琥珀触角画像(全身は現状秘密)。※琥珀の真偽判定は簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。

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f:id:iVene:20211031142600j:image(マグソクワガタ属に似た体長3.5mm程度のクワガタムシ、本体はやや多くの異物に巻かれている。同琥珀には2頭マグソクワガタ属に似た甲虫が入るが、触角の節が不鮮明で撮影に難儀した。見やすい方の個体の触角も片方は異物で第七節が隠れて見えない。暫定的にこの画像だが、もう少し撮影法を工夫出来るかもしれない。とはいえラメラがこれだけ肥大していれば、体型など他特徴と合わせて同定が可能)

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(もう1頭の触角は更に見づらいが一応見える)

 産地はミャンマー・カチン州タナイ。クワガタは、いずれも†Protonicagus tani Cai, Yin, Liu et Huang,2017に酷似している。なお同種であるとは言いきれず別種であるとも言いきれない。種内雌雄差か種内個体差か別種かの関係性判断は不可能である。ただし現生種とは、いずれとも異なる。

 琥珀自体は小さく、中には様々な虫が入っていた。クワガタが2頭入っている事自体が異例中の異例だが、半損した4〜5mmのアミメカゲロウ目(Neuroptera)ミズバカゲロウ科(Sisyridae)絶滅亜科†Paradoxosisyrinaeの毛深い絶滅属種†Buratina sp.(?)や、3mm程のカメムシ目(Hemiptera)ヨコバイ亜目(Homoptera)カイガラムシ上科 (Coccoidea)絶滅科†Weitschatidae(?)の成虫、2mm位のハナノミ科(Mordellidae)?甲虫や、1mm程度のコケムシ科(Scydmaenidae)?らしき極小甲虫などが混入していた。専門外は疎いので一応「?」を付ける。

 私の予想ではクワガタの初期系統は南半球の何処かに始祖を生じたと考えている。ミャンマー琥珀からのクワガタ形態は今の南半球にしか居ない現生種と共通点が多く北半球ではかなり種数が少ない(KT境界の隕石が原因かもしれないが間違いなくクワガタと分かる白亜紀以前の化石が無い)。琥珀にあるクワガタからミャンマー琥珀インド亜大陸とともに北上したと考えるのが自然である。

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【References】

Cai, Chenyang, Zi-Wei Yin, Ye Liu & Di-Ying Huang. 2017. Protonicagus tani gen. et sp. nov., the first stag beetles from Upper Cretaceous Burmese amber (Coleoptera: Lucanidae: Aesalinae: Nicagini). Cretaceous Research. 78. 109-112.

Tabana, M., Okuda, N., 1992. Notes on Nicagus japonicus Nagel. Gekkan-Mushi 256, 4-10.

天然琥珀 VS 偽物・贋作・フェイクアンバー

 "琥珀"という話題になると、偽物が沢山売買されてきた歴史が一般常識になっているかと思うくらい会話の冒頭にやってくる。一目見て贋作と分かるのに「本物」として売買される贋作も大量に見てきたから市井の人々が不安な気分になるのは当然と言える。こういう事も多いから分類学と同じく事前の予習を必ず行い、余裕を持って慎重に事にあたる事が必然不可欠となる。しかし其れにしては真偽判定方法を調べてもまとまりが無い。「これで充分」「(理由を示さず)分からない」など、誰しも天然琥珀の事など知らずに騙っているような、そういう情報だらけで散漫な気分になりスッキリしない。論理的でも読者の要求に沿った情報開示でも無い人の主観ばかりで、科学的な手法がネット上や論文などでも充足していない。だから、やや労力だったが当記事で以下にまとめる事にした。

(「琥珀とは」)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%A5%E7%8F%80

 現生種昆虫標本であればデータラベルの正確さや真実性を担保するのが自然界しか無い事は最早当ブログ読者の殆どが理解した事と推察する(ここ20日間程度で4000アクセス程度:200~ access/ day)。一方で琥珀の場合であれば産地が少なく、また樹脂そのものの物性が様々な情報を持っているからある程度はそれだけからでも真偽判定出来うる。「天然性」の担保はやはり自然界に無尽蔵的にあるため其処から再現性を再確認する事もそんなに難しくない。

比重テスト。琥珀を食塩1:水4の飽和食塩水の中に入れると天然琥珀は浮いて来て偽物は沈下する。琥珀の密度は1.05―1.10間にあって材質はとても軽い。※ちなみに琥珀、コーパル、スチレン樹脂でできたものは浮いてくるが、ガラスやプラスチック、セルロイドカゼイン、フェノール樹脂等でできたものは沈むから、これだけのテストでは不足がある。また内部気泡で比重が変わりプラスチックでも浮く場合がある。何故かネット上などでは此のテスト法だけで良いとする書き込みが多いが理論上でも実際的にも全く不十分である。

※食塩水が琥珀のヒビなどから内部に侵入すると乾燥後に結晶化した塩の内圧で樹脂のヒビが大きくなり割れるリスクが高くなる為、実験後は必ず水洗いで塩を落とす。ちなみに水洗いも樹脂の状態を変える場合がある為なるだけ回数は少ない方が良い(乾燥と湿潤を繰り返さない方が良いという意味)。

②針で炙るテスト。熱して赤くなった程度の熱い針で琥珀の表面を炙ると焼けた部分が黒くなり、しかし針にベタつかないし、しかも竜涎香みたいな刺すような強い樹脂の香り、コーパルなら少し甘酸っぱい樹脂の香りが出てくる。人工的なものからできた偽物は針に樹脂にベタついて、酷いものならプラスチックのような刺激的な匂いがある。

弾音を聞くテスト。天然琥珀ならば琥珀同士を"コツン"と当てれば相対的にやや重みのある音があって、ガラスなど偽物の音は比較的軽快。感覚的に難しい方法とも考えられる。

光沢を見るテスト・UVテスト。人工琥珀の光沢は見た目で硬い感じがある。天然琥珀はUVライトで照射すれば照らす角度の異なりによっての色と屈折も違い、偽物はこのような効果が無い。琥珀を偽札識標機の下に置いて紫外線で照射すると天然琥珀は緑色・青色・白色などの蛍光を示し、"見た目が精巧"な偽物ほど同様の変色することがない(人工の合成樹脂でも蛍光するものはあるが紛らしい人工琥珀では見つかっていない)。※天然琥珀の一部をくり抜かれた部分に虫体入り偽物樹脂を埋め込まれた偽物もこの方法で見分けがつく。

エーテルによるテスト。エーテルを含むマニキュアの除光液などで琥珀の表面を拭いても天然琥珀ならば問題ない。偽物は腐食させられる。ただしアクリルや軟質の塩化ビニール以外のプラスチック類の大部分はエーテルの影響を受けない。

※化学薬品は樹脂にどのような影響を与えるか分からない為、コレも水洗いで落としてから保管する。また同様の理由でナフタレンなどの揮発性薬品を入れた現生種昆虫用標本箱に同封するのはリスクがあると予想されるため別の箱で保管した方が無難である。

静電気テスト。琥珀を綿の布などの静電気を帯びやすい繊維と摩擦させれば、本物は静電気が生じ小さな紙くず片を引きつけることができる。偽物にはできないものと出来るものがある。

コーパル(若い琥珀)可能性テスト。コーパルはアルコールを1~2滴垂らすと粘つく。琥珀は粘つかない。

加傷テスト(破損がついて再研磨など面倒なので非推奨)。プラスチックの最も解りやすい特徴は曲がることと切れること。人工プラスチック製では、カッターで削ぎ取るように切れば彫刻の削りカスのように繋がった薄片が削り取れる。本物の琥珀ではカッターで削ってもポロポロと粉片が出るのみ。削った手ごたえも異なる。

ガラス製偽物との判別テスト。ガラス製は冷たく感じ、それ以外の樹脂・プラスチックでは冷たく感じない。琥珀の場合だと触ったときに冷たさをあまり感じない。よく「ほんのりあったかい感じ」という表現がなされている。

赤外線吸収スペクトル測定(赤外線分光法)テスト。これで測ると接着剤混入痕跡や不自然なプラスチック・樹脂成分構成などの計測結果で本物と偽物の違いを知る事が出来る。またバルト産など産地がどうか調べることもできうる。バルト産の琥珀には「バルティックショルダー」と呼ばれる特定の波形が現れるので一目瞭然とされる。

※赤外線吸収スペクトル測定は充分な測定を出来る機器が高額で、所有する研究所などに測定依頼をしなければならない場合が殆どである。また自身でどういう測定をしているのか理解しなければならず、さらに測定結果は書面で波形でしか出ない為、偽造書類では無いと証明するためには其の都度さまざまな研究所で測定出来なければ真実を担保出来ない。それらの為の制約が大きく良い判定の割には煩雑且つ時間のかかり過ぎる作業とも言える。

 本物の琥珀ならば上記①〜⑩の全てのテストで偽物でない事が判る。また中身に人工物が混入していたら偽物や合体標本と簡単に疑える。他にもグリッターと呼ばれるヒビの形態が放射的かどうかとか色々あるが其れは私自身で見比べていないのでなんとも言えない。また触角の長いハエが同じ琥珀内に入っていれば大丈夫という説も見たがキノコバエなら現生でも多々いるし私は「後翅が前翅に隠れて見えにくいヨコバイの仲間か何かの虫」とハエを見間違えた事もあるから、あんまり良い方法でも無い気がする。

※しかし最後に、一つだけなかなか何処にもハッキリ説明されていない厄介な代物の判別法を加えて記しておきたい(おそらく初めての言及と考えるが何処かに書いてあるんだろうか)。何故誰もハッキリと書いていないのかも不明瞭で調べていてかなり苛々したのだが「再生琥珀(練り琥珀:圧縮琥珀:アンブロイド)」と「天然琥珀」の見分け方である。再生琥珀とは天然琥珀の破片群を、高温か高濃度エタノールかの何かの手法で溶かし纏めて一塊にしたようなものであるから、"人工的に作り出した素材では無い"という意味では「琥珀」であると言う人もいるし、しかし"人為的な処置で天然琥珀と見間違うような紛らわしい物を作っている"という意味で「偽物」であるという鑑定が常識的である。これまでは大抵の再生琥珀は赤外線吸収スペクトル測定で接着剤混入があるか無いか調べられてきたが「精巧な偽物がある」という噂があり、これは「噂程度でも確かにあり得ない話じゃないかもしれない」という気分にさせてきて私だけでなく多くの琥珀愛好家を不快且つ苛々させたままである(琥珀片を集めインゴットを作る技術があるらしい)。残念ながら私の見立てでは"インクルージョンが何も入っていない琥珀の場合"だと見分け方がないように考えられた(鑑定不可能という鑑定書がついた琥珀もあるくらい難しい)。まぁインクルージョンについて調べている私のような虫屋には中身無しの琥珀なんて見る動機が"ちょっとした比較をする程度以外"だと殆ど無いからそんなに大した障壁は無い。しかし虫などのインクルージョンを調べたい場合には厄介極まりない話である。噂程度に負ける方法論なんて何の役にも立たない。最近は細かい造形物をナノ3Dプリンターで簡単に作れる。CGで作られた画像が論文に載っているとはコスパが悪すぎてあんまり想像出来ないが偽物の虫が再生琥珀に入れてあったらややこしいにも程がある。だが大抵の論文はそんな面倒な話を説明や図示して疑惑を晴らすみたいな事はやらないから「実際どうなのか」を見分ける事が難しくなり過ぎている。レプリカと本物の見分けがつかないなら、レプリカをレプリカとして参考にするにしても本物を参考にするにしてもハッキリしないモノを見ている可能性を払拭しきれず参照価値が共倒れして消え失せてしまう(フィクションはフィクション、ノンフィクションはノンフィクションと判別出来なければ"偽物か本物か分からないミスリーディングなモノ"を見る羽目になり参照する意味が無い)。良心的な表現をする普通の人達はレプリカと本物の確実な見分け方を必ず付記してくれるが、我欲ばかりで性格の捻じ曲がった人達は"情報を提供する側としての自覚"が足りていないため気になる疑惑部分の見分け方を一切示さずのらりくらりとどうでもいい話ばかりして明瞭な議論・言及を避け一般庶民に対して背徳的な態度を取り続ける。

 実際の虫入り琥珀は"精巧"な模造品を作るより低コストで入手出来るため其処まで疑う事も無い。あれだけ精巧なモノを作ろうとすると低コストでは済まない。低コストで済まされたような贋作ならば「現生種が入ってるじゃん」とか「樹脂が偽物くさい」とか絶対に情報の粗が出てきて検証すれば「それみたことか」と容易に偽物である鑑定結果に行き着く。現地琥珀商も堂々と「贋作よりも低コストで天然の"虫入り琥珀"を入手出来る事」を売り文句にしているくらいである。しかし良いインクルージョンであれば値が張ってくるようになるため疑惑がつきやすくなる。

 この件で私も色々悩んでいたが虫入り琥珀の実物をかなり良い顕微鏡で覗いてみればモヤモヤが一切消え失せた。虫入り琥珀愛好家は安心して欲しい。本物の琥珀資料の方が、潜在している要素で真偽判別法の再現性を確実にするくらい圧倒的な物量が自然界にあるのだから模造品が天然個体にとって変わる事は未来永劫無い。琥珀内部をよく見えるように研磨する必要性が前提としてあるが、かなり良い顕微鏡で観察してみれば、虫そのもののキューティクル(微細な炭素繊維)で構成された細部構造が生物形態の証拠と言っても良い関節部位でも数マイクロメートル単位まで非常に細かく保存されている(本物の虫はナノ3Dプリンター出力物に残るようなプラスチック積層痕跡や熔けて爛れた感じなど粗造りの痕跡が一切無い)。またこのサイズ感だと人為的には再現出来ない自然な様態(内部に入ってから圧力で分解したと分かる)のヒビや破損が虫体表面や体毛などの何処かの状態で殆どお約束と言えるくらい必ず見られる(※大抵の論文上の虫入り琥珀画像ではこの状態が見えるようになっていないから実物を見た方が分かりやすい)。ヒビ割れは虫体の薄い部分ほど見やすく下から透過光で照らせば虫のヒビ割れ模様がクッキリ浮かび上がる。加えて虫の一部が透けて内部構造が見える場合もある。琥珀というのは樹脂が固まってから数千万年以上かけて出来上がったものを言い、もちろん水分が悠久の年月をかけてゆっくり揮発する・また地中にあるため弱い圧力で樹脂がゆっくり変形する。だから割れ方少なく樹脂の変形に伴い必ず中身の虫体も変形しうる訳である(急速に乾燥させたり圧縮をかけると琥珀内の不溶性成分と溶性成分などの3次元的な偏りで内部応力に大きな歪みが出て割れやすい)。虫体の生物形態的組織構造は樹脂内で永い時を経過しているから分解を起こしていて、例えば高濃度エタノールに長期間入れておいたり高温処理で溶かしたりすると姿見を保てない。本物の虫入り琥珀の虫は琥珀の中にあるから姿をある程度保っている(炭化が進んでいる為"色"は変わっていると考えられる)。つまり虫入り琥珀を「半永久的に参照可能な標本」として残し大切に扱おうとするならば樹脂から取り出せない(コーパルであれば樹脂が若いので綺麗に取り出せる場合がある)。例えばProtonicagus taniのホロタイプ標本も保存状態が最高クラスに良いが其れでも眼角小顎髭にヒビ割れが見られる。5mm以上の甲虫ほど此の傾向が顕著にあり、現生種の入った樹脂標本はそんな見た目が全然見られないから判別は容易である。虫体のヒビ割れについてはミャンマー琥珀、バルト琥珀、ドミニカ琥珀のいずれでも確認出来る(古いほどヒビ割れ率が高く規模も大きい傾向がある)。むしろ虫体にヒビ割れの無い琥珀の方が珍しいのではなかろうか(そういう画像の個体もあったが良い顕微鏡で見直せばヒビ割れが見えそうである)。加えて虫が明らかに現生種じゃない絶滅種と判るならば最早疑問の余地なく本物の天然琥珀と見分けられる。また虫の一部断面が見えている場合は欠損が気になる一方で中身が生物構造である事も確認出来る(空洞になっている場合と樹脂が侵入している事が見える場合があり"人工プラスチック樹脂が充填された人為的造形物"か"生物体"かどうかの判別は非常に容易である)。コレを人為的に作る技術は今の所無いと考えられる。大自然は何より偉大なのだ。様々なナノ3Dプリンター製品を見てきたが造形技術的にも上記したような本物の虫入り琥珀状態と見間違うレベルの精密さを造形する段階には到底到達していない。前述にも様々な判別法を書いているが、この見分け方だと殆ど他の真偽テストをパスしても虫入り琥珀樹脂の真偽判定を出来ると考えられる。問題なのは「使用性の良い高額な顕微鏡が要る」という事くらいと推察される。

 また虫の姿勢が溺れ苦しんだような姿勢という状況証拠から判定するという人達もいるが、偽物を本物として売る詐欺師なら虫を生きたまま樹脂に埋めるなんて非道な事も黙って平気でするに決まっているのだから保険にならない手法であると分かる。庶民感覚での判別方法は今の所モヤモヤしたものばかりで困難と考えられ、またやはり"虫入り琥珀"を理解するにはレプリカの造りが精巧になればなるほど相当に良い顕微鏡など高価な道具が必要になる。

【追記】

 さて、記事の主役とした琥珀の虫は推定約1億年前、白亜紀セノマニアンのクワガタムシ。クワガタ個体群の外部形態は既知種のProtonicagusに酷似というか殆ど完全に一致していたため悩まず即決入手した。前胸背形態なんかは分類するには全く困らないくらいに一致している。「百聞は一見にしかず」やはり見りゃ分かると言うのは本当に良い。†Protonicagus tani Cai, Yin, Liu et Huang,2017の化石種としての記載文にも本当に感謝している(※良くない論文に対する好評を除き)。

 種記載原著論文は"対象"に関する「description:説明」と書いているのだから"今代なら本来コレ位が最低限でなくてはならない"という普通のコメントも聞いている。確かに無尽蔵な観察と考察を繰り返して漸く見えてくる自然界の成り立ちや構成を説明するのに致命的な不足があってはならない。

https://g-lance.net/other/chesterton/

 ちなみに大体この手の論文を一般人は有料入手する訳だが、よくない論文についても同様である場合がチラホラある。良い論文ならば多少の金額を払っても良かったと思えるが、よくない論文というのは当ブログで原典批判している"統計学も遺伝学も論理学も何も分かっていないような読んでも「よくも騙してくれたなァ」と地面に叩きつける以外使い道の無い資源の無駄遣い"みたいなモノで、そういう悪い出版物の販売については「アフィリエイト詐欺」の1種に見えて区別もつかない。「論文」「出版物」を情報商材に使う人は多いのだが、違和感の多いものの中から価値ある情報を掬える事は稀である。

アフィリエイト詐欺の見分け方URL)

https://sundaygamer.net/ng-words-affili-kasu/

 遺伝学は最古の歴史ではヒポクラテスアリストテレスが少し何か言ったくらいでメンデル遺伝学やDNA研究など本格的に確立してからは未だ歴史が浅いから目を瞑ったとしても、統計学は"統計学"という纏った概念が無かった紀元前の古代ローマから生活に密接して使われている極めて基本的な科学的手法なんだから使い方(確率的現象か絶対的現象かの前提で統計データの解釈が全く異なる)を外す意味が分からないのだが、統計学の使い道を理解している人なんて生物分類学者では見た事も聞いた事も無い。誌面でも論文でも生物種形態を間違った方法で見分ける等、其の辺の小中学生でも容易に誤っていると気付ける表現例が載っている事があって落胆する(客観的に見れば読者の思考を混乱させる為にやっているのと変わらない質の書籍が多い)。誰々とは言わないが簡単にすぐ出来る事をさも大変そうに誇張して言う人達も世間一般から普通に阿保扱いされているが、彼らは自覚が無く本気で主観的過信を公言して訂正は一切しない(気づいたなら公式ネットページ等で訂正付記なんか容易に出来る時代であるが)。彼らは科学に全く反した虚偽的な行いで商売をしている訳だから、普通の科学者らは彼らを偽計業務妨害の罪で問えそうとすら考えられる。まぁネット上で殆ど無料で入手出来るような情報の詰め合わせなんか当ブログでやっているみたいに無料で良いとすら考えられるが。

https://ai-trend.jp/basic-study/basic/history/

 さて、入手した標本は濁りが気になる琥珀だが贅沢を言っても仕方がない。現生のマグソクワガタ属にもよく似ているが其れ等よりもかなり小さい。

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アメリカ合衆国のオブスクルスマグソクワガタ:Nicagus obscurus (LeConte, 1847) ♂個体〈左〉と、日本のマグソクワガタ:Nicagus japonicus Nagel, 1928 ♂個体〈右〉は産地が離れるが形態はよく似る。此の2種を含めマグソクワガタ属は北半球の日本と米国で3種のみ記載がある。いつの時代か詳しくは不明だが地球の温暖期に北上し、ユーラシア側から北アメリカ側に移った後、寒冷化に伴い南下したと考えられる。刻々と環境の変わる地球上で理想的な新天地を探す旅の中では形態を変化させる暇もなかなか無かったのだろうと推察する)

 こういう時によく「生きた化石」という比喩表現を昔はよく聞いたのを思い出す。太古の昔から形の殆ど変わっていない生物種をそう喩える人が沢山いた。しかし「採集の神様」と呼ばれる御仁は其の表現に対して怪訝な印象を持っているようだった。曰く「太古から形が驚くほど変わった生物種も、そんなに変わっていない生物種も同じ時間を頑張って生きてきてるんやから、シーラカンスについてもそうやけどああやって変わっていないのを無下にするような比喩表現はよくないよね。」というニュアンスの理由だったと記憶している。氏は分類学的な実績も残されているが採集観察が好きだから分類は殆ど故・永井信二氏に任せっきりだったと言われた。しかしやはり虫を観る目が他とは違い、より鋭い視点を持たれていたのだ。後年に流行る遺伝子系統樹解釈がバラ撒く誤認を先んじて回避されていたとは、やはりnativeに自然を考える人は凄い。人間が主観的に受け取る"見た目"など人外の生物自身からすれば生存戦略上問題になる事は無い(むしろ"気持ち悪い"と思われた方が捕食されるリスクが減少するので虫にとっては好都合である。過去、アフリカのゴライアスオオツノカナブン類は捕食側生物から見て「鳥の糞」に擬態した形態だったおかげで被捕食率を下げられたため大型化出来たという話を聞いた私は「なるほどな〜」と自然界での営みの奥深さに感心した事がある。見方は色々あるのだ)。

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(約4億5000万年前の古い時代からおおまかな形態が維持されているカブトガニは有名である。画像個体群は私が過去に自己採集したアメリカブトガニLimulus polyphemus (Linnaeus, 1758)の死骸と抜け殻、またサイズ比較用のラコダールツヤクワガタ81.2mm♂個体)

 しかし白亜紀のクワガタが2頭も入った琥珀なんて例外中の例外なんではないだろうか。優秀な琥珀商によるとミャンマー産で真に白亜紀のクワガタ入り琥珀は恐らく20〜30片という事だが、私の知らない琥珀が実際どれくらいあるのか気になるところである。

 20〜30片というと沢山あるように感じる人もいるだろうが私が知る限りミャンマー産虫入り琥珀は私がチェックしただけでも50万片程だから分母からすれば超希少。この類の資料を私自身で自己採集する自信は全く無い。虫の入っていない琥珀は別用途なのか表市場には出てこないが虫入り琥珀は全体の15%ほどらしいので逆算すればおそらく400万片ほどは出回ったと推測出来る。また良い琥珀は大体どこかで出品されるが現地に掘り出されてストックされている分もある。ミャンマー琥珀は2010年あたりから本格的に産出が始まったという話と、2015年に中国に入ったミャンマー琥珀が推定100トンという話と2017年に鉱山がミャンマー軍に買収され産出が激減したという話、曇りやヒビ割れで売り物にならない琥珀が大量にあるというのを考えると現地のストックを合わせた総数はなんとなくの計算で500〜700トン(数百万〜数千万片)くらいと推定出来る。

【References 2】

Nagel, P. 1928. Neues über Hirschkäfer (Coleopt. Lucanidae). Entomologische Mitteilungen, 17,
257–261.

LeConte, J.L. 1847. Fragmenta entomologica. Journal of the Academy of Natural Sciences of
Philadelphia, series 2, 1, 71–93.

LeConte, J.L. 1861. Classification of the Coleoptera of North America, Part 1. Smithsonian Miscellaneous Collections, 136, 1–208.

Linnaeus, C. 1758. Systema Naturae per regna tria naturae, secundum classes, ordines, genera, species, cum characteribus, differentiis, synonymis, locis. Editio decima, reformata [10th revised edition], vol. 1: 824 pp. Laurentius Salvius: Holmiae.

【第貳欠片】約1億年前・後期白亜紀セノマニアン前期のクワガタムシ科入りBurmese amberについて

 以下は私が懊悩煩悶を経て入手に成功した2つ目のクワガタムシ科入り琥珀右触角の腹面・背面画像(全身は現状秘密)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。また記事にした動機・目的は前回と同様である。

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f:id:iVene:20220114084937j:image(ニセルリクワガタ属に似て細長く平べったい体長5mm程度のクワガタムシ、胴体部位は樹脂の脱水収縮で平たく潰れている。触角はヒビ割れが多いが生物的形態の節の境目は識別出来るから10節構成と判断可能である。型としては1点モノで、他に見た事の無い外形のクワガタムシ

 産地はミャンマー・カチン州タナイ。なお琥珀のクワガタは絶滅既知種との種内雌雄差か種内個体差か別種かの関係性判断は不可能である。ただし現生種とはいずれとも異なる。

 非常に特異的な外形で最初はクワガタムシ科には見えなかった。だが細長く平たい形態で、この触角形態や脚部形態、また爪間板など他の細部形態の総合判断からしクワガタムシ科としか考えられなかった。 

 大顎は短く状態としては閉じていたが片方のみ先端が尖っている形態が見える。各形態から現在のアメリカ合衆国カリフォルニア州オレゴン州に産するニセルリクワガタ属に似ている。前胸の特異的形態を鑑みるとキンイロクワガタ的な雰囲気も感じられる。ルリクワガタのグループとキンイロクワガタ亜科のグループは系統関係上では近縁とされる。キンイロクワガタ亜科は南半球にしかおらず、ルリクワガタは北半球にしかいないという状況をインド亜大陸の独立時に形成されたと考えると、もしかすると琥珀のクワガタは分岐以前の系統の個体だったかもしれない。

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(似た雰囲気のインフェルヌスニセルリクワガタ:Platyceroides (Platyceroides) infernus Paulsen, 2017〈?〉※Paulsen氏の記載文はよく観察されて書いてあるようだがスケールバー無いとか交尾器は殆ど見切れ画像とか図示が小さ過ぎるとか標本の姿勢が見づらいとか変異検証の結果が分かりにくい等の図示不足で参考にしづらいので追補報告を期待したい。ちなみに10.2mm。ニセルリクワガタ属はルリクワガタの仲間でも原始的なグループと考えられている。当記事の琥珀個体の触角は構造が異なりマグソクワガタらしいが脚部や体型など似る。そもそもマグソクワガタ属とニセルリクワガタ属の関係性には各形態の相関から近縁性があるとも考えられる)

 また同琥珀内には、2mm足らずのクモガタ綱(Arachnida)カニムシ目(Pseudoscorpiones)や、内顎綱(Entognatha)トビムシ目(Collembola)?など様々な生物遺骸が入る。

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【References】

Tabana, M., Okuda, N., 1992. Notes on Nicagus japonicus Nagel. Gekkan-Mushi 256, 4-10.

Benesh, B. 1946. A systematic revision of the Holarctic genus Platycerus Geoffroy. Transactions of the American Entomological Society 72(3):139-202.

Paulsen, M.J. 2014. A new species of stag beetle (Coleoptera: Lucanidae) from California. Insecta Mundi 0358: 1-3.

Paulsen, M.J. 2015. A new species of Platyceroides (Coleoptera: Lucanidae) from Oregon. Insecta Mundi 0430: 1-5.

Paulsen, MJ. 2017. Correction of existing generic and species concepts in Platyceroidini (Coleoptera: Lucanidae: Lucaninae) and the description of four new species of Platyceroides Benesh. 4269 (3): 346-378.

【追記】

 推定約1億年前・白亜紀セノマニアンのクワガタムシ。其の時代は例えば映画「ジュラシックパーク3」でも一躍有名になった大型肉食恐竜のスピノサウルスが地球上のアフリカ・モロッコや何処かで歩いていた時代に近しい。このようにミャンマー琥珀には白亜紀だった瞬の間の極小宇宙が閉じ込められている。

 虫は小さくとても変わったクワガタムシ。初めて見た時は前胸背形態が現生種には無い形態からクワガタムシ科甲虫ではない可能性をかなり悩んだ。マグソクワガタ的特徴もあったがシデムシ科やアツバコガネ科だったら私には用が無い。しかし本当にクワガタだったら?とも思えたからまた博打だった訳である。マグソクワガタ系らしき虫の場合に見えなければクワガタムシ科か否か判然としない「触角の節数」や「腹節板など腹面の状態」「爪間板」が出品時画像では見辛かったが、大まかな脚部形態からシデムシ科の可能性は排除可能で一応クワガタ的であったから手元に届けば確実な事が分かる(出品時画像だけなら凄く変わったセンチコガネ説もあった)。また出品者は限界まで鮮明に写したつもりだったらしいので再撮影を頼む意味が無い。悩み悩んで「まぁもし間違いで別科甲虫でも白亜紀特有の型なら面白いし良いか」と考えて落札したのだった。

 虫自体は実際に私の見た事も無い形態だったから、よくある現生種や合体標本や加工標本が入った模造品とは異なると鮮明に分かった。しかし生物分類的同定は絶滅種の場合困難を極める。だから事前の予習で世界中のあらゆる近似別科の姿見を頭に叩き込まなければならない。様々なページを参照してああだこうだ度々説明が異なる解釈を絞る作業は大変だった。原始的なクワガタほど紛らわしいものだから難易度が高くて参考になる文献やネット上の情報が全然足らず物凄く苛々する。肩書きや社名のブランドで内容の軽薄さが煙に巻かれただけの使用性が低い或いは無い文献などは参考にならず見ていて悲しくなる("落ち葉拾い"しただけみたいな解説は不要である)。

 この琥珀については入手後にも調べに調べ消去法でクワガタムシ科以外の何者でも無いという結論に至ったが、それに至るまでに件のクワガタ分類屋の友人にも色々助けて頂いた。現状では"文献上の一般論"と"巷の一般知識"には大きな乖離がある場合も多いから正確な判断を自身が出来ているか否か知る為にも専門の分類家の2ndや3rdの意見が欲しくなる。「原始的だがとても変わったクワガタムシ」というコメントも付いた。

 こういう琥珀資料はクローズドな場でのオファーやオーダーでの取引でも殆どリスクがある。というのも前回記事にも似た事を書いたがやっぱりクワガタじゃないか分からないのに"クワガタ"だと言って売り込んでくる事が殆どだからである。他にも私に「クワガタだろう」と堂々自慢してきたコレクターの琥珀も、クワガタじゃないかな?と同定依頼してきた人達の琥珀も、いずれもクワガタムシ科では無いかクワガタムシ科であると断定不可能な虫入り琥珀ばかりだった。割と優秀な現地業者もいたが分類はアマチュアだから誤同定も割合沢山していた。観察眼に自信を付けるまで集める事が出来ないジャンルと言える。これまでにおいて"私の所有個体群以外の琥珀群"から知る限り「間違いなく白亜紀にいたクワガタムシ科甲虫入り琥珀だ」と私の目からしても同定出来た個体はたったの5個体だった。

 しかし、やはり白亜紀のクワガタというのは"異世界のクワガタ"じみていると喩えたくなる。こういう自然史の奥深さを考えさせられる物を見るたびに思うのだが、人間長く生きていても見ていない事知らない事考えもしていなかった事がとてつもなく多い。

【第壹欠片】約1億年前・後期白亜紀セノマニアン前期のクワガタムシ科入りBurmese amberについて

 ミャンマー琥珀からは既に以下の2既知学名があるため、後続の新種記載は控えられている。

Protonicagus tani Cai, Yin, Liu et Huang, 2017

Electraesalopsis beuteli Bai, Zhang & Qiu, 2017

 では、他で見つかっているミャンマー琥珀から見る白亜紀後期セノマニアン前期のクワガタムシ科甲虫とは如何なるものなのか。様々な状況を鑑み、論文は出版せずに平易なブログ化をしてみる(ミャンマー琥珀に関わる現地情勢の事は別記事の追記に記載 )。

 バーマイトからは、マグソクワガタやマダラクワガタ系統が報告されているが、他にもツツクワガタ的な形態の個体等が発見されている。

https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQdDzLlK4LhqK2ywaaH2cR0aIbQReQIo6IV2g&usqp=CAU

 ミャンマーなのにオセアニア的というのは面白い。

 以下図示は、私が苦心惨憺して収集した白亜紀クワガタムシ科入り琥珀の最初の一つの右触角画像。触角形態が見える事はクワガタムシ科と同定する為に必須である。流石にクワガタムシ、およそ1億年も昔の系統は変わった型を呈している(※全身画像は現状秘密)。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。

 しかし、このクラスの琥珀を簡単な気分で出してしまうというのは出品者にとって非常に勿体無かったのではなかろうかと思案する。クワガタムシ科入りという体で誤同定の別科甲虫入り琥珀が沢山出ていたから、そもそもの希少性が過小評価されていると考えられる。読者の誰かで、こういう品をもし入手出来たのなら絶対に手放さない方が良い。手放してしまうようなら買わない方が良い。「貸す事すら厳禁」くらいに思っていた方が良い。

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f:id:iVene:20220107092149j:image(シワバネクワガタ属やハイイロクワガタ属に似た形態の体長6mm程度のクワガタムシ、本体は樹脂の脱水収縮でヒビが多い。大顎内側縁が鋸歯状になる型としては1点モノで、他に見た事の無い外形のクワガタ。※別角度だともう少し生物的形態な触角の節の境目が見やすいのだが第一節が隠れてしまう。また、体型の似る大顎の著しく発達したクワガタの琥珀が別途見つかっている。)

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 触角は10節構成。第一節が少し細長く、第二節は鞠状形態、第三節から第七節までの中間節は棒状構成、第八節から第十節を構成する片状節の棍棒状部は軸から一方向に肥大し全体として扁平形態を取る。また爪間板など他形態を合わせてクワガタムシ科と同定が可能である。白亜紀のこの頃には「クワガタムシ科」として確立した形態を獲得したようなので、同定に不可欠な観察が可能な標本ならば、例外なく科同定も可能と考えられる。※念のため私の20〜25年来の友人達(分類屋・標本商)には"他には秘密"としてクワガタの全身詳細画像を見てもらって御意見をいただいている。

 クワガタ個体は†Electraesalopsis beuteli Bai, Zhang & Qiu, 2017など既知化石種に似ているが、細かい形態は異なる。しかし外形のみでは、種内雌雄差か種内個体差か別種かの判断は不可能である。ただし現生種では見られない形態であるので現生種とはいずれとも異なる。私が分類仲間と琥珀種の分類考察を議論すると、このように外形のみでの種分類に懐疑的な結論に至る。

 南米〜オーストラリアで共通するシワバネクワガタ類やコフキクワガタ・ハイイロクワガタ類は、数千万年前の温暖化した時代で南極と繋がった頃に陸路を渡ったのではないかと考えられる(ジーランディア大陸のように沈んだと考える)。それよりもずっと昔の後期白亜紀セノマニアン前期にゴンドワナ南側大陸から分離独立したインド亜大陸地域でヒメキンイロクワガタ・ハイイロクワガタ形態のクワガタが出現していたという事実は私個人的に興味深い知見と考えられる。

 ※当記事の琥珀について簡易なレポートを何処かの出版社に投稿しようかとも考えたが、不特定多数の他人に全貌を見せる意味をあまり見出せ無かった事と、これまでの教訓から予想されうるリスクなどを考え、友人達と様々な議論を行い出版物での報文は出さない事とした。とはいえ日本国内に個人所有でありますよという報告・補足説明には意味がありそうという事で書いた記事である。

【References】

Cai, Chenyang, Zi-Wei Yin, Ye Liu & Di-Ying Huang. 2017. Protonicagus tani gen. et sp. nov., the first stag beetles from Upper Cretaceous Burmese amber (Coleoptera: Lucanidae: Aesalinae: Nicagini). Cretaceous Research. 78. 109-112.

Qiu T., Lu Y., Zhang W., Wang S., Yang Y. & Bai M. 2017 Electraesalopsis beuteli gen. & sp. nov., the first lucanid beetle from the Cretaceous Burmese amber Zoological Systematics 42(3):390-394

Holloway, B. A., 2007. Lucanidae (lnsecta: Coleoptera). Fauna of New Zealand, 61, Manaaki Whenua Press, Lincoln, Canterbury, New Zealand, 254 pp.

Tabana, M., Okuda, N., 1992. Notes on Nicagus japonicus Nagel. Gekkan-Mushi 256, 4-10.

【追記】

 およそ1億前、白亜紀セノマニアンの美麗なクワガタムシ入り琥珀生物の持つ形態的機能美、進化と淘汰で太古に現れた自然の形態、細かい形態や姿勢は唯一無二で他では見られず琥珀だから精巧なレプリカも作られない。

 最初に此の琥珀を見た時は衝撃的だった。たしかに見た事も無いクワガタ的甲虫だったからである。其れ迄は偽物か誤同定か科同定不可ばかりな虫入り琥珀でしか見た事がなかった"クワガタ琥珀"が其れ迄になく鮮明に出品された訳である。しかも庶民的な価格では無かったが「其の値段で良いの?」という額面だった(前述したが誤同定の頻繁が影響して暴落していたと考えられる)。しかし出品時の画質でもイマイチ"科同定"が難しかった。クワガタらしい格好の分かる画像はあったが科同定に必要なだけの詳細図示が無かったのだ。別科甲虫かもしれないと。勿体ないが出品者らの殆どが持つ知識が浅いためミャンマー琥珀からは虫を誤同定した琥珀がホイホイ出品される(クワガタじゃないのにクワガタと同定された甲虫入り琥珀は私がチェックしてきた分だけで200件以上あった)。例えばマスメディアが何かの研究紹介をする時「関与遺伝子を沢山見つけたからメカニズムの全貌解明」みたいなミスリーディングな解説が付く場合があるが、全てとは言い切れない関与遺伝子だけなら「部分的」であり実際には全貌解明は程遠いんだからシレッと嘘吐くなよと言いたくなる、そういう類の苛々が此の琥珀の出品でも私を悩ませた。しかしこういう資料は替えが全く効かないから他者に先を越されると二度と実物観察を出来ない可能性が高い(論文で出ても大した表現を期待出来ないのは経験則から自明であった)。だからどうしても自身の眼で観察したくなり落札した訳である。とはいえ実物を手にするまでは真偽判定も同定確認も出来ないから私にとって大損の可能性が払拭しきれなかった時点では相当に精神的消耗をした。博打はやはり好きになれない。顕微鏡を覗き、分かりうる事の全てを理解して安堵した瞬間の開放感は人生一だったかもしれない(何処にも?載ってない真偽判別法も発見した)。

 真なるクワガタ入り琥珀を収集の本命とするならば、入手には事前の資金準備*同定や真偽判定法の予習*また観察眼の研鑽*そして何より幸運が必須であると考えられる。そういう対応が出来る体質は自身で作らなければ育たないのが人体で、幸運というのは大抵の場合「漁夫の利」のように降って下りてくる。しかし其れでも準備は大変である。だからソコらの図鑑やネットで現生種の豪快な誤同定がされてるのを見る度に「なんと迷惑な!」と思ったりもする訳である。

 ミャンマー琥珀から最初に「クワガタ入り琥珀」が出品されたのはいつだったか。もうだいぶ昔話だが、私が最初に出会った出品は酷かった。殆ど植物片か土か何か分からない物だらけの琥珀の中にうっすらとクワガタの頭部みたいな影が見えただけで「クワガタ入り琥珀!」として30万ドル(当時のレートでも30,000,000円程度)で出品されていたのだった。私には其れが虫の一部にすら見えなかった。何の参考にもならない物体ならば不必要と言える。パレイドリアにもほどがあると思ったくらいだったが、一般的にはそういうのでもよく受けた時代だったから、買ってしまった人がいたとしたら今頃其人は地獄のような辛さを感じているだろう。期待したのと合ってりゃ天国、全然違えば地獄である。

 次に出会ったのは、顎の細長い一見ではクワガタらしい形態の虫が入った琥珀だったが、既に売り切れていた。最初は私も舞い上がり「白亜紀のクワガタはこんなだったか!」と浮かれてしまったが、よくよく見れば2〜3mmの極小甲虫で触角も何だか見慣れない形態だった。詳しく調べてみるとケシキスイ等の別科甲虫だったようで、自身の観察眼を鍛えきれていなかった事に当時はかなり落胆した。まぁケシキスイでも面白いのだが。其れが売れたのを皮切りにしてか、後続でも同様な虫が入ったものや曇って中身が見え難い「クワガタ?琥珀」がチラホラ高額出品されてはよく売れた。私は「そんなの高額で買うなよ」と思っていたりしたが、暫くしてヨーロッパの化石界隈BBS(今は閉鎖されている模様)で「中国の業者によりミャンマー琥珀で"クワガタ"が売られていたけどアレらはケシキスイとかゴミムシダマシだ!酷い詐欺だ!」「え〜、買っちゃったよ。。」「アイツら分かってないのに自信満々で売ってるんだよ」なるニュアンスの書き込みがあり被害者達の存在が分かった(吊り上げ屋ではなかったのだ)。白亜紀には現生のクワガタそっくりなケシキスイ科等がいたのである。恐らく業者は気付かずに誤同定したのだろうが、知らずに売ったのだとしても其処まで豪快な誤同定ならば詐欺と憤怒されて当然である(まぁよく確認もしないで買う方もどうかとは思うが図示や調べが足りない出品者の方が立場がわるい)。この一連の事件があった時期のすぐ後くらいから虫入り琥珀が大暴落していったのをよく覚えている(ミャンマー軍が鉱山を買収するよりも結構昔の事。時系列的に琥珀と其の鉱山の大暴落が原因でミャンマー軍に鉱山を買収されたとも考えられる)。

 後年に記載種も出たが、後の祭りだったのは言うまでも無い。堅いスポンサーの離れた業界は萎むのが早い。薄利多売の流行った業界は豪快な誤同定もまるで止まらず現在でも至って毎回のように見られるから相場も安定しない。

【論考】呼称「"マイシカクワガタ"」に関するファクトチェック

 友人の標本商が困惑しているという事で話題になった問題より。「マイシカクワガタを何故か"メイシカクワガタ"と呼ぶ人がいるが意味が分からない」という話である。たまにマイシカをメイシカと呼ぶ人がいるにはいた。しかし私にもよく分からない話だったし、件の標本商氏からすればベトナム現地にてマイシカクワガタに献名されたマイ氏の名前を知り発音も何回も確認していたから頭の痛くなる話という事だった。※上記から解る通り和名"マイシカクワガタ"の「マイ」とは"my"の事では無い。

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(中部ベトナムに分布し、赤褐色〜オレンジ色のエリトラを呈するマイシカクワガタ:Rhaetulus maii Maeda, 2009. ※共著連名が多い為か"Rhaetulus maii Okuda, 2009"として紹介するネットページもあるが間違いである。艶は強過ぎず弱過ぎずで雅な佗寂を感じさせるクワガタムシ。最初に見つかった時は驚きが凄かった。マレー半島にいるディディエールシカクワガタと似た顎形態のシカクワがベトナムに居たなんて!と。ちなみに野生では稀に明色型が見つかっていたとの話。)

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マレー半島のディディエールシカクワガタ:Rhaetulus didieri de Lisle,1970.は、凄まじい鹿角形態の大顎とギラつく褐色模様で有名な大型クワガタ種であり、雌雄差や個体変異を考える上でも面白い種である。昔はマレー半島のみで特化したような形態という考え方をされる形態だったが、マイシカクワガタの発見で別解釈が生まれた。馴化による収斂なのか近縁種なのか予想が難しいが興味深い関係性である。)

 つまるところ和名や発音の問題で、国際動物命名規約第四版では決まっていないし、私は今後も相当に使用性の高いデータベースでも作られない限り上手く取り決められる話題でも無いと見通している。また大抵の人が既に理解している事だから、とりわけ私が問題視する必要もない事と考えていた。しかしまぁ、まとまっていた方が便利というのはある。

 虫の和名というと平安時代の呼び方が踏襲されている事を時折思い出す。例えばカミキリムシは平安中期の辞書『和名抄』には「齧髪虫」と呼ばれ、「髪切り虫」に落ち着いたと分かる。

https://gogen-yurai.jp/kamikirimushi/

 このように和名にも由来が有って、歴史の中で使われてきている。「カミキリムシ」の和名は歴史が長く最早変えようが無いほど日本社会に浸透しているから、いきなり会話中に「天牛」なんて呼ぶ人は日本ではそう見られない。しかし決まって間もない和名の虫は珍説がワラワラと出てきて面倒臭いのである。

 さて「マイシカ」の話に戻す。

 誰なのかは特定されていないが『ベトナム語の“mai”は現地では“メイ”と発音するので、実はメイシカと呼ぶのが正しい』と誤った蘊蓄を垂れる人物がいるらしいという事だった。普通の感覚ならば記載者本人が論文作成のために現地協力者に氏名のスペルと発音まで正確に確認している事は容易に想像できる。些細な嫉妬や無知による瑕疵なのかは知らないが、全く有力な根拠も無く思い込みだけによる的外れな主張をできる"創造力"と、其れを自己検証もせず鵜呑みにして精力的に拡散するフォロワー達の行動様態的生態は興味深い。

(マイシカは本種発見者の父に献名された名称で普通にマイと発音される。その他複数のmai表記のベトナム語に関しても発音としてはマイになる模様である)

https://vjjv.weblio.jp/content/mai

ベトナム語では"mài:研ぐ" や "mái:屋根"なども「マイ」と発音する)

https://vietnam.sketch-travel.com/dictionary/search.php?t=vn&s=Mai

(似たスペルのベトナム語は沢山ある)

https://m.youtube.com/watch?v=0em1_TJvubw

(発音についての動画)

 マイシカの記載は2009年で、中世ヨーロッパの産地スペル等に対して適当な気分の人が多かった時代とは違う。

 しかし深い理解も無く飛ばし気味にデマを言う人も多い世の中なので、根拠が明確化されていないと第三者からすればどちらが真実か分からず混乱する。しかも巧妙なデマで飯を食っている人達からすれば真実で飯を食っている人達が敵である。半匿名性SNSでは真実に反発する事:即ち嘘をばら撒く事への「正当性」を掲げる人が多くいるから、わざわざ発信せずに見るだけの人々の中には既に「自信満々に立場晒して間違った事ばっかり言うなんてアホやなぁ」と看破している人達も多い。まぁ反科学を貫く人達も反面教師の好例にはなるから己が神に逆らいたいなら其のままでいてもらって結構(表現の自由)なのだが、私はそういうのに与するような事はしたくないという前提思考がある。自戒の足りない人達は雰囲気に流されて恥を晒し続ける。

 生物種学名については、学名となった後の綴りはラテン語と認められるからローマ字読みが一般的であると云われている。また人名については人名としての発音にすべきという意見もある。しかし人名の発音というのはなかなか難しく、国や地方で呼ばれ方が異なる事もある。また例えば、故・永井信二氏によれば「フランス語のHは"サイレント"という発音しない決まりがあるから、フランス人は学名を読むときも"はひふへほ"の音を発音しない人が多かった」という事で、例えば"フォルスター"も"オルスター"と呼ばれる事があるらしかったから発音の問題は統一しづらいという事もある。つまりローマ字読みが主流で無難ともなりうる訳だ。

 とはいえ「マイ」は学名綴りを見ても「マイ」の発音である。英語読みならば"メイ"と言う綴りだが前述の通り生物種学名を英語読みするのは一般的では無い。そこで出てきたのが「現地で"メイ"読みする問題」だった訳だが、やはり根拠が希薄過ぎる。少なくとも綴りは"maii"で、しかも現地で献名されたマイ氏の氏名発音が"マイ"なのをわざわざ変える意味は全く考えられない。間違った理由付けは、あたかも最もらしい詭弁であり、流される人もいそうであるからファクトチェックに意味が出てくる。

 こういう問題では特に思慮の無い輩が大した事も考えず「俺がルール」を押し通してくる事が多々あるから慣れていないと頭が痛くなる(論文でもSNSでも条件は同じ)。例えば科学的に倫理的に追究されたような話であればルール的にもむしろ利益がある可能性があるが個人的思想がルールになれば独裁主義的過ぎて弊害の問題が顕出するという訳である。

【References】

T.Maeda. 2009. “Three new species of the genera Lucanus, Rhaetulus and Dorcus
(Coleoptera, Lucanidae) from central Vietnam”
Grkkan-Mushi, No.457, pp.35-40

M. O. de Lisle. 1970. “Deuxieme note sur quelques Coleoptera Lucanidae nouveaux ou peu connus”. Revue suisse de zoologie. Tome 77, fasc. 1, n° 6: 91-117.

【追記】

 社会通念や科学知識と個人思想が乖離しているという現象は社会において無限に見つかる。人同士のコミュニケーション上ではどうしても感情が混じり変な方向へ議論が進みやすい。社会通念に従いながら生きているのに個人思想では真っ向から反していたら普段から生きる事が辛そうだからあまりお勧めはしないが、社会の雰囲気に誤った個人思想を植え付けるような問題があったとしたら、其の思想を鵜呑みして人生を壊してしまった人は犠牲者であると言える。

 私自身も昔は「誰か知っている人」に色々言われる事というのにいつも引っかかりが有った。随分な昔話、私が通っていた学校の教壇で教師が色々言う事にもブラック企業の上司が言う事にも論理性が無く苛々したが、押し通すように語気を強くして喋られる、そもそもの立場的な強弱差が災いして、なかなか意見しづらかった。だが運良く件の時代には「2ch」という匿名巨大掲示板があり、殆ど完全匿名の状態で議論が出来るようになっていた訳である。全くの匿名で文字だけだから誰かがイデオロギーを前提として書き込みをすると一瞬で看破される。柔らかい思考で語気に気圧されない本音VS嘘の論戦が見られるのはなかなかの思考訓練になったし論争で社会通念を知る事も多々あった。それに比べて実名で顔を晒している人や半匿名でも其れが詐欺師チックな会話をする人ならば、やはり地に足の付いた情報交換になりにくいケースが多いし其れから出る問題が解消されにくくなる。

 実名で何か言っている人の話は、それが真実や事実に即した事である場合には価値はあるが、論理の部分には実名性が不要である。誰かが実名で言っているからと言って価値があるとは殆ど限らない。論理性に対して必要以上に実名的価値を付与するのは非科学的である。

 私がいつの間にか他人の言う事を鵜呑みにしない思考法を獲得していたのは、そういう比較が出来たからであろうと考えられもする。しかし、やはり当り障り無い論調の解説や説明は私の頭に殆ど入らなくなった(馬耳東風みたいに)から、私のブログ記事では一部過激且つ分かりやすい論調にして「考える事」に意識して読ませるようにしてある。考える事を増やせば増やすほど覚えられる事も増えるし工夫も生まれる。

 一般的には教えられる事も少ないが、研究者の卵は「論文を読むときは嘘と考えて読め」というメソッドを教えられる。其れを臍曲がりに受け取り非科学的に使うか、真摯に向き合って科学的に考えるかで、其の人の科学的センスや性格が問われる事も多い。

http://scienceandtechnology.jp/archives/3990

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【論考】他人の個人コレクションをネット上に公開する場合にかかるレギュレーション

 裏で怨嗟とともに結構しんどい話題が舞い込んできた。いまは事が穏便に進んだように見えるが状況を見るに強引且つ狡いやり方が気になる。それに被害者側がどうも浮かばれない気がしたのと私個人的にも現状の歪な状況にしんどさを感じたので詳細をボカしながら記事にする事とした。事件は某半匿名性SNS上でとあるコレクターの一部コレクションが、割と著名な人物らの関わりによって"途中まで"所有者の許可なくネット公開されていたという話である。本来別の形で展示する話だったようだが、未だ展示もしていない時点で全くレベルの異なる公開性のネットに出された事は少なくない人達が違和感を持つに至っている。あたかも許可を得たかのような発信且つ無断ネット公開側の関係者らの間で諫言も無かったようで驚きではあったが、やはりかという気分もあったし正直ガッカリした。そういう事を平然とやる人が此の業界には普通にいるから簡単な気分で他人に大切な非公開物品を撮影させてはならないと改めて身構える。

https://sp.okwave.jp/qa/q6196156.html

 例えば上記URLのように昆虫標本ならば著作権が無いみたいな言い回しがあるから、誤解してホイホイ転載する人も増えてしまいそうである。しかし詳しく法理学的に考えると下記URLのような法的理解があるから危険行為とも言える(マナー的考えもあるが謎マナーと見分けがつかないものに制限される意味もよく分からないから法律的理解は参考になる)。

https://monolith-law.jp/youtuber-vtuber/photographing-others-property

 例えば私でもGoogleなどネット上で拾ってきた画像を参考図として箱に貼り、面倒で其のまま展示する事もあるが、大抵は法律上技術的保護をされるレベルまで画質をボカしている(どうせ仮置きだから画質に拘らない)。

 実際過去に「雑誌に転載された」としてネット上の画像公開者が著作権を用いて出版社を提訴した事があったが、元画像にコピーライトを示すサイン付記も無く雑誌上の転載画像は画質を著しく下げられており引用必要性も見出せた為、提訴を却下されているという判例を私は知っているから応用しているのである(具体的な法律の詳細は以下URLにて)。

https://i2law.con10ts.com/archives/1008

https://i2law.con10ts.com/archives/1014

https://riocampos.hatenablog.com/entry/20190125/thumbnailsizeincopyrightlaw

 また例えば展示物を撮影した画像についても非営利且つ私的利用に留め「公開」していないならば法的には問題が無い。

 そして私が他所所有コレクション画像を鮮明な画像で転載公開する場合は必ず許可を取っているし、他の人達がやっているのも私的な公共物利用様態だったとして許可を得てやっているのだろうと考えて見ている。

 だが今回の事件は、未公開時点だったコレクションが箱ごと「公開」され、無断転載が違法と言えるくらい高画質の画像(全体的に割とハッキリ見える)であり、しかも文章などの添付情報が引用元画像情報に比べ過少であり"其れら"の引用意義や必要性を認めづらい。画質については虫本体の鮮明な構造が見えていないというのは問題では無い。引用元が明らかにされている未加工と推察される画像1枚に関する画素数がサムネイル以下になっていない事が争点になる(サムネイル画質になればドット絵レベルになり画像紹介にはならないのだが)。そもそもコレクションの所有者であるコレクター氏がネット上への公開を希望しておらず最初の時点で不本意のようだったそうなので"使用収益の収奪"に当たる可能性を否めない。

利益(りえき)とは、以下の2つの意味がある。

1. 利すること。利得。得分。もうけ(儲け)。とく(得)。

2. 「利益を得る」 ためになること。益になること。「公共の利益」(この意味の場合、利益を得るための活動を「営利(えいり)」という)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%9B%8Aより引用抜粋

 「既に公表された論文などからの検証目的等としての引用」ではなく、個人的な未公開時点所有物を無許可で所有者の期待に"著しく"沿わない形でネット上に公開された場合は現行の著作権法に抵触する可能性がかなり高いから気をつけないといけない。

 まぁ件の事件について私は当事者では無いし、違和感に気づいた有能な人物による第三者仲介が入ってからは穏便に済まされるなりされているような感じかもしれないらしいので成り行きに任せるが、見立てではレギュレーション的に全くのアウトだから真似されるべきでない事なのは確かである。

https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/gaiyo/riyohoho.html

 当ブログだと此の部分にも相当に気をつけて画像を出している上、引用表記の無い標本画像は私的所有物であるから無断転載防止の為にロゴを入れてある。

 というか他者所有のコレクションを転載するなんて何かの記念だったとしても滅多に動機が無い筈なんだが、自身の所有物を使わずに毎回のように他人のコレクションを軽い気分で私的転載公開される様態は社会通念上如何なものかと訝しまれるものである(まぁ添付文章が簡単過ぎたから早々に気付かれたというのが大きいが)。

 SNSでは著作権にかからないよう気をつけている人もいるが、軽薄な気分で著作権を破る人も多いから、法的手続きや人間関係の清算が面倒で頭を痛くしたり泣き寝入りする人もいる。この辺りはよく知っていた方が良い。

https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcTIt31Qx4AqG35CMkjvWG_Hzu5ZFCJoTjMsDA&usqp=CAU

【追記】

 とりわけ他人の事情よりも我の事情を優先する人間が多くSNS発信する時代であるので、快不快の為に自我を押し通すのを優先して「法理的にも通念的にも当然である事から逸脱した行為」をすればどうなるのか教訓を知っておくべきと考え記事にした由。

 特に半匿名性SNSだと一部の人に不義理な事をしたとして殆どの人には其の背徳的行為が知られない。だから加害側の名誉がそんなに損われず反省が軽く済んでしまい再び別の失敗をして他人に迷惑をかけ続ける人達が絶えないという非常にアンフェアな現象が恒常化する。失敗をして教訓を得ただろうとして許された人物がいたとしても法理的には被害者がいるのを忘れるべからず。偽善的な主張が不都合な真実をひた隠している事も昨今では少なくない。どんな表現でもSNS公開発信は何処かの誰かにとっては訝しいものなのであるから私のところにこういう辛い話が来る訳である(来ないような時代になるのを望む)。

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(美しいヒゲブトハナムグリ。現状何故か人気が無いが外形はホソマグソクワガタらしさがある。)

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(「クワガタムシ科」を知るには近縁別科や近似別科の虫の観察が必要になる。ネット上などの画像で事足りる場合もあるが、不足している情報が有ると見通せたなら実物を顕微鏡で観察した方が確実な事が分かる。しかし借りるより自身のコレクションにした方が処置をする上で面倒が少ないので、私はなるべく借りないような方向性で調達している)

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ニセコスジコガネ科はクワガタムシ科に近縁かもしれないと云われ、確かに細部形態や交尾器形態も似る部位が多い。ちなみに微小な虫も交尾器を観察したいので自分で標本を作る。割と構造の強い個体が多いので方法を工夫して慣れればeasyと考えられる。)

【1万アクセス】被関心度検証

 謹賀新年、干支は寅。虎の模様は森林や草原に隠れたときに擬態し、多色の識別を苦手とする草食動物に見つかりにくくハンティングに有利と云われていますね。スズメバチや其れに擬態する虫などの警告色も似ていますが其れと役割は異なります。

 ブログを始めて2ヶ月半程度です。最近のアクセス数は毎日150〜200くらいです(読まれた人々お疲れ様)。でも毎日欠かさずアクセスがあり10000アクセス行ったみたいです。

 私は自発的には全く宣伝していないので、読者になっている人というのは、どういう意味であれ相当に関心があるという事なのでしょう。ちなみに今季に始めたタイミングは、現在残さなくてはならない論考の為の資料が集まったからという偶然です。

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(記念に秘蔵からスマトラ島アチェOdontolabis nakagomei Okuda, 2013:ナカゴメツヤクワガタ完全長歯型44.5mm♂と♀を解放。ここまで大顎が発達した個体は他に知りません。♂は美麗色でマジョーラカラー。また種として♂にカラーバリエーションがあり、青や緑が強いとマジョーラカラーになりにくい一方、トライカラーだったりするほどマジョーラカラーになりやすい模様。)

 いやはやしかし寒いですね。布団でも被ってマルチ商法対策の復習でもするとしましょうかね。

【Reference】

Okuda, N. 2013: A new species of Odontolabis Hope from northern Sumatra, Indonesia. Gekkan-Mushi, ( 512 ): 5–6.

【追記】

 そんな事言ったってしょうがないじゃないかと言われる一方で渡る世間は鬼ばかりからしょうがないとも言えてしまう訳で、色々な方向から考えてみて損は無いと考えられますね。

まず考える事、辛抱強く考え尽くすこと

(ジャン・アンリ・ファーブル)

【論考】ロマンとの葛藤「ギアナ高地のクワガタムシ」

 コナン・ドイルの空想科学小説「失われた世界」にも出てきたと有名な「ギアナ高地」のクワガタムシ。テレビ全盛期の時代も何度か映った事もある。そんなのを知った時には是非見たい、是非採集したいとなった人はクワガタファンなら沢山いた。私も例に漏れない。しかし現状は甘くないという事を書き記す。

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 ベネズエラ・クケナン山のスジバネギアナクワガタ:Charagmophorus lineatus Waterhouse, 1895。形態はイル山亜種に似るが、ロライマ山で採集される個体でも似る形態の個体がいる。たしかに傾向は異なるようだがイル山亜種は微妙な形態差で記載されていて、シノニムの可能性も考えられる。約1億年〜約6500万年前の白亜紀後期から山頂周囲の地表が欠落して形成されてきたテーブルマウンテン上で現状2種しか見つかっておらず、其々、各山塊でさほど種内差異も無さそうである事から、ギアナクワガタ属の外部形態はそれぞれ約6500万年の間殆ど形態変化していない可能性がありうる。ちなみにロライマ山からは43mmクラスの巨大なスジバネギアナクワガタが採集されていて原産国の博物館にある。大型になると外形特徴がよく出る。

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 ベネズエラ・チマンタテプイ産ウメダギアナクワガタ:Charagmophorus umedai Nagai, 1996の♀ボロ個体。ウメダギアナクワガタの産地を含めた広大なエリア、カナイマ国立公園一帯は、スジバネギアナクワガタ・イル山亜種:Charagmophorus lineatus eikoae Nagai, 2000の記載以後に規制が厳しくなり、同地域での採集が殆ど不可能になった。これは記載する際の根回しの甘さがキッカケになった可能性を懸念されている。まぁまぁ分かりやすいウメダギアナクワガタの一方で、C. lineatus eikoaeの方は変異幅や交尾器のマトモな検証も示されず微妙な外形差のみで記載されたので現地人からすれば見分けられず、尚且つ説明が難しく迷惑な記載と言えてしまう。また特産する生物種は観察される事も珍しく、近年は観光客などの不衛生な侵入で環境汚染が不安視されるため規制が厳しくなるのは致し方無い。ちなみにウメダギアナクワガタは、観る限り後翅の退化的変化が途上的である。図示された事のある♂の後翅は随分と縮れていたが、当ブログ図示個体はそうでもない。種内変異があるというように見える。

 テーブルマウンテンベネズエラに多数あり、西側のテプイほど調査がなされない。もしかするとニューがいるかもしれないが規制厳しく調べにくい。

【References】

Nagai, S. 1996. A new lucanid beetles of the genus Charagmophorus Waterhouse from Venezuela. Gekkan-Mushi 304:3-7.

Nagai, S. 2000. A new subspecies of Charagmophorus lineatus Waterhouse (Coleoptera, Lucanidae) from Venezuela. Gekkan-Mushi 350: 27.

Waterhouse, C.O. 1895. Insects collected by Messrs.J.J.Quelch and F.McConnell on the Summit of Mount Roraima. The Annals and Magazine of natural History, including Zoology, Botany and Geology. London 6(15):494-496.

梅田 衛「南米ギアナ高地クワガタムシ--ギアナクワガタ属に関する知見」月刊むし (426), 2-7, 2006-08. むし社

Huang, H.; Chen, C.-C. 2010: Stag beetles of China I. Taiwan. ISBN 978-986-86850-0-0 ISBN 9868685001

【追記】

 こういう採集が大変な種群は、特に規制なんか関係なく資料入手に大変苦労する。しかし規制がなされると其れも更に無理難題となる訳である。例えばオーストラリアの昆虫なども最早諦めるしか無い昆虫種が多い。お役所仕事だから、一度規制されると相当大変な働きかけが無いと解除される事は滅多な事では無い。記載論文は原産地付近の住民達に対して紳士的な体裁で、なるべく理解を得られるような論理を前提に書かなくては、こういう事にもなりかねないという話。

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(特異的な形態を持つ、貴州省銅仁市梵浄山のファンジンシャンミヤマクワガタLucanus fanjingshanus Huang & Chen, 2010は基準産地が独立峰である。神秘的な山で、ギアナ高地と少しだけ似た雰囲気がある。1982年に国連から生物圏保護区に指定されていたそうだが、何らかのルートで採集個体群が調べられ記載されたという分類群である。当分類群の基準産地は2018年7月2日バーレーンのマナマで行われた第42回世界遺産委員会において世界自然遺産に登録されたので規制がより厳しい状態になっている。後から調べて分かった事だが、画像の梵浄山の個体は世界遺産登録よりギリギリ早く採集された個体であった。)

あなたの不幸がいかに大きくても、最大の不幸とは、絶望に屈することである。

(ジャン・アンリ・ファーブル)

【論考】再現性を確認出来ない記載文が駄目なのは何故か

 タイトルに対する解答は単純明快で、不正研究になるからです、で終わる。とはいえどう不正かという話。※手技や思考的に不器用だから再現性を確認出来ない人の意見は反映されないから此の問題に当たらない。当ブログを読んでいればもう分かったからという人も沢山いるだろうが、依然大勢の人は知らないから分かりやすく示した記事。分類群として認められるには"論理的な事が視覚的に理解出来るような根拠"が出揃っていなければならない。

 新分類群ならば生物学的な形態特徴を確かめる。それらには変異があるので当然複数個体揃えての検証が必須になる。だからホロタイプ1頭での記載などや図示に不足のある論文は使用性が低くなってしまう。以下に見間違えそうになる例を示す。

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 ボリビア産クルビペスシワバネクワガタ:Sphaenognathus curvipes Benesh, 1948の♂個体は、中脚と後脚のケイ節がグワリと湾曲する。綺麗な奇形という訳ではなくて、これが当分類群の形態的特徴であるのは記載文だけでなく昔からある色々な図鑑などで再現性を確認出来る。

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 ベトナム北部産マクレランドノコギリクワガタProsopocoilus macclellandi (Hope,1842)の♀個体群。※P. m. miyashitai Nagai, 2005の亜種名があるが地域変異かもしれないので当記事では使用を控える。左個体が通常型で、右個体が全脚部のケイ節外縁中央で棘を発現しなかった突然変異である。棘が無いどころか凹んですらいて、1頭だけで観ると未記載の分類群かと見間違う。しかし画像2♀はインブリードの類縁関係個体群だから既知分類群の変異関係であると解る。またこの類の突然変異が累代上で形態を維持する事は様々な生物学的要因から先ず無い。

 此処の記事では上記解説文があるから列挙した事例を間違う事は先ず無いだろうが、別例によっては誤解が免れない事もある。

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 アフリカ大陸中央〜西部のオオツヤクワガタ属(Genus Mesotopus Burmeister in Hope, 1845)でもアレコレある。近年記載された学名"Mesotopus imperator Bouyer, 2019"はタランドゥスオオツヤクワガタ:Mesotopus tarandus (Swederus, 1787)の単なる地域変異にしか見えない。大体ソレの記載文がスケールバー全く無しでガイド線全然合わないとか部分的mtDNA CO1でレギウスを挟んだだけとか生物学的に全く意味が無い方法で「種分類」されてある(mtDNAの件は他記事でも説明したが人為飼育下で突然変異を分離したのと同じ方向性の結果)。ちなみに各分類群のmtDNA差異は1〜2%程度で脱力感が凄い。調べるだけ時間を食われて疲労感も凄い。もう一度書くが地域変異である。コンゴ産だけで記載文にあるようなMesotopus tarandusの典型的な顎形態が出るし、顎裏の湾曲とかも撮影角度で誤魔化された図示じゃんかと言いたくなる。カメルーン北東部から北西部、そして西方のシエラレオネ辺りにかけては調査が足りていないが1頭私のところにカメルーン北東部産があり微かな生息域の繋がりが見える。記載文には記述が無いが頭部前縁の突起には傾向があるのはあった。しかし変異レベルであり別分類群にするほどでも無い。

 ついでに観察した感じでは、レギウスオオツヤクワガタ:Mesotopus regius Möllenkamp,1896はタランドゥスオオツヤの亜種と考えられる。つまりMesotopus tarandus regius Möllenkamp,1896。♀は前胸背板のとある部位の点刻の感じで判別出来るようだが難易度が高い。ちなみにカメルーン南部〜ガボンの沿岸側に沿った生息状況から基準産地表記の"Guinea"は赤道ギニア共和国:Republic of Equatorial Guineaの事で、ギニア共和国:Republic of Guineaの事では無いと考えられる。タランドゥスの生息域とは離れている模様で、植生等の環境的な地理的隔離があると考えられる。ガボンに入ると更に生物層が特化する。

 また、ビークワ14号9ページに載るR. Mourglia氏採集とあるシエラレオネ産ラベルのレギウスオオツヤについては、Bouyer, 2019の論文中で言及があり、R. Mourglia氏に確認したところ「そんな個体群採集した覚えが無い」と回答があった旨を記述されている。

【References】

Benesh, B. 1948. Sphoenognathus (sic) curvipes (Coleoptera: Lucanidae), a new species from Bolivia. Annals of the Carnegie Museum. 31: 45-48 + pl. 1.

Hope, F.W. 1842a. Descriptions of some new Coleopterous insects from Kasya Hills, near the boundary of Assam. Proceedings of the Entomological Society of London, 1841 [1842]: 83-84.

Nagai, S. 2005. Notes on some SE. Asian Stag-beetles (Coleoptera, Lucanidae) with descriptions of several new taxa (5). Gekkan-Mushi, 415: 20-25.

Thierry Bouyer. 2019. Note sur le genre Mesotopus Hope, 1845 et description d'une nouvelle espèce (Coleoptera, Lucanidae). Entomologia Africana 24 (1): 23-38.

Swederus, N.S. 1787. Et nytt genus, och femtio nya species af Insekter beskrifne. Kungliga Svenska Vetenskapakademiens Nya Handlingar 8:181-201, 276-290.

Hope, F.W. 1845. A catalogue of the lucanoid Coleoptera in the collection of the Rev. F.W. Hope, together with descriptions of the new species therein contained. J.C. Bridgewater, London: 31 pp.

Burmeister, H. 1847. - Handbuch der Entomologie, Vol. 5. T. C. F. Enslin, Berlin, 828

Baba M. 2005. An introduction to synopsis of Mesotopus tarandus (Swederus, 1787) (Coleoptera Lucanidae). Gekkan-Mushi extra Be-kuwa 14: 7-9.

【追記】

 ホイホイ間違うなんてインターネットが流行り出した頃ですらそんなになかった事である。客観的に見れば半匿名性SNSで"瑕疵的行動"を敢えて行いコミュニケーション手段として使い出した人達のせいで常態化したと考えられる。其れらが実名性価値を大暴落させた。

 じっくり気をつけていれば間違う事は避けられる。

【論考】「客観的な希少性」と「実際的な希少性」

 虫を見ていく上で様々な分類群を見る機会がある。初心者でもゆくゆくは希少性という概念を知る事になる。だがこの「希少性」という言葉の裏には色々な要素が絡み合っていて結局は「客観的な希少性」であり、「実際的な希少性」では無い事の方が多い。絶滅種や絶滅危惧種などでは無い限り、相手はやはり「虫」なのである。

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 上に図示するは其の代表例であるコンフススアラスジクワガタ:Aegognathus confusus Arnaud & Bomans, 2006であるが、そこらで個体群に出会す事は先ず無い。しかし今から12〜13年前、私は少数の本種個体群(sold outだったが)を含めペルーのクワガタを複数扱っていたドイツの標本商に在庫を聞いてみた事があり「え?ちょっと少ないだけで普通種だよ?」という意外な答えが返ってきた。「でも全然見ないじゃないか」という疑問に対しては簡単な答えしか返ってこない。「現地キャッチャーの気まぐれで採集されるから」と、なるほど残念。南米の小型で歩行性のクワガタ種は、アンデス山脈近辺では局所分布により細分化している場合が多い。高標高になるほど隔離も進んでいるから面白いのだが、現地で虫取りして生計を立てられる人達も少ないから、当然色々な産地をあたろうとすると種によっての希少性を確かめるような余裕が無い難しさがある。希少性を確かめるなら数十年間毎年最多産地の同じ場所で個体数を記録しなければならない。コスパがわるすぎる上に超長期間の調査になり誰もやらない。コンフススアラスジに関しては、ebayで小型パラタイプが出た事もあったが、私は此の話を知っていたので流した。ドイツの標本商との一件以降、十余年のあいだ私は悶々と待つ訳だが、後に沢山の個体が出てきたのでなるべく沢山落札したのである(有名種ではないのでまぁまぁの安価入手に成功した)。マトモに採集されていないだけで希少種と思い込まれているだけの種だった訳だ。

 他には現地情勢や治安が問題で客観的希少種になっている分類群もある。これはもうどうしようも無い。私も未入手の間に規制や情勢悪化されると大抵は諦める。大体、規制されてしまったなんて話がもう興醒めである。是非も無し。

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ワシントン条約による規制種として象徴的なプリモスマルガタクワガタ:Colophon primosi Barnard, 1929。交尾器形態も変わっている。生息域は狭く生態観察は大変との事。マルガタクワガタ属は論文でレビジョンが出る度に「ブラックマーケット」が記述される。闇市の事である。過去オーウェン氏のみ調査採集を許可されていた頃だと入手の可能性があったが今は引退されたので入手は無理難題となった。複数個体揃えるなど夢のまた夢。無念である。)

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ミャンマー・カチン州プタオのマナミヤマクワガタLucanus manai Bomans et Miyashita 1997(左)と、インド北東部〜チベットのニシュウインミヤマクワガタLucanus nyishwini Nagai, 2000(右)。※ニシュウインミヤマはミャンマー産が原亜種であり、インド〜チベット産を亜種L. n. bretschneideri Schenk, 2008として記載されているが単なる地域変異との説もある。いずれも個体数が少なく実物を観るのも難しい種群だが、私が図示のマナミヤマを入手出来たフェアで「小さいクワガタだ」と知らない人に嘲笑混じりで馬鹿にされた事がある。面白い反応に逆に笑ってしまいそうだったが、無知は罪であると客観的に知ることが出来た貴重な体験だった。とはいえマナミヤマに関しては日本国内の大コレクターの一人が沢山揃えていて驚いた事もある。過去、こういう種群は人海戦術で採集しても数が揃いにくかった歴史がある。)

 他例では人為的に出品数を操作されている種もある。倫理的に如何になものかと考えるが、"商売用"に「普通種」「希少種」を演出されている分類群である。私の個人的知見だが中国のラエトゥスミヤマクワガタについては、商売用にわざと安価で卸しているという中国人業者が居た。本来は珍しいのだという事で意外な話だった。単純に現地商売人達の商業ルート取り合いが原因でダンピングされてしまう事もある(競合業者が出てこないように予め相場を下げておくという商法である)。また記載される迄は複数見られていたのに、規制や環境破壊による何も影響が無いのにも関わらず記載以後パッタリ見なくなった種などは其れがある場合がある。

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ベトナムのフジタミヤマクワガタ:Lucanus fujitai Katsura & Giang, 2002. 記載前には少量ながら複数の流通があった。記載以後希少と言われていた時代には大型個体しか出回らず不自然であった。近年近縁種グラディウスミヤマクワガタLucanus gradivus Sato & Zilioli, 2017が記載され、其種が未記載種でフジタミヤマとして流通した頃に流通しなかったフジタミヤマが入れ替わるように流通しだした。其の状況は何だったのだろうか。現地で一体何が起こったというのか!)

 昔は観るのも難しかった種が、今では沢山出てくるというのもある。一概に客観的希少性は語れない。

 しかし一方で、真に、実際的に希少種というのも存在する。其れを確かめるのに最も好例が多いのもやはりベトナムである。ベトナムの昆虫はebayで無尽蔵の如く出品されている(これも倫理的に良い事とは思わないが)。そして過去ヨーロッパ〜日本でも頻繁に輸入され、また研究報文が多くある。あのエリアだけで種数密度が凄いのがベトナムである。大抵の種は普通種のように見つかるが、その中で極僅かしか得られていない種が希少種という訳である。真の希少性というのは全体の生物数を分母とした数値からの確率でしか分からない。

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ベトナム北部で見つかっているヴェルナーネブトクワガタ:Aegus werneri Nagai,1994(?)。※当分類群には未検証な事が多い。最近は雲南省側でも見つかっているらしいが、私個人的には25年間で図示の潰れた1頭しか入手のチャンスに出会えなかった。単純に採集法が不明だからかもしれないが、同属他種に比べ少な過ぎる。)

 発生数に10年程度の周期がある種もいる。メカニズムは異なるだろうが客観的に見れば周期ゼミのように複数個体の発生年がある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%A8%E6%9C%9F%E3%82%BC%E3%83%9F

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ベトナム南部にいるバオンゴクマルバネクワガタ:Neolucanus baongocae Nguyen, 2013は、8〜10年周期で発生数が多い年があるとの噂。実際に採集に行った邦人グループに聞けばシーズンを外して採集出来なかったと話す。詳しい発生年の波は未だ掴みきれていない。こういう例は現地在住で毎年採集している人達にしか分からない。)

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(昔からインド北部に産するとして有名なウエストウッディオオシカクワガタ原名亜種:Rhaetus westwoodii westwoodii (Parry, 1862)も現地では10年程度の発生周期の波を予想されている。画像の93.0mmや90.2mmは飼育個体だが、野生下では発生年に会えるか会えないかのようなサイズである。95mmオーバーが採集されたら宴会騒ぎだったらしい。流石に古系統甲虫のクワガタムシ科だとこういう周期的な例も複数ある。)

 そしてブラックボックスエリアに居るから見つかっていないだけの種、また殆ど誰も探さない"裏シーズン"にしか居ないから見つかっていないだけの種もある。其れを知る事が出来る人は限られる。

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(インド北東部〜チベットに分布するヴェムケンノコギリクワガタProsopocoilus wemckeni Schenk, 2017(左)と中国内陸部に点々と分布するヤンシカノコギリクワガタProsopocoilus (Kirchnerius) yangi Fukinuki, 2004。※なお属名Kirchnerius Schenk, 2009については当ブログにて亜属として使用するため、国際動物命名規約第四版 条51.3.2に従い著者名と日付けをくるむ丸括弧を外す。※またヴェムケンノコはStag beetles of China IIIにてスズムラノコギリクワガタProsopocoilus suzumurai Nagai, 2000の亜種分類にされているが、どうやら別種のようなので独立種として扱う。ヴェムケンノコの方は原産地でもなかなか見つからない。低標高に局所的な生息域があるのかよく分からないが個体数は微々たるものである。一方でヤンシカノコの方は多産地があり沢山見つかっている。単純に売買されていないだけで物珍しいとされている。)

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(ヤペン島のAegus sp.、すごいボロボロながらebayでかなり競り上がった。イリアンジャヤ・ジャヤプラから1♀のみで記載のあるAegus marginivillosus De Lisle, 1967かもしれないが分からない。ヤペンとジャヤプラに行っていた邦人に頼んだが見つからずであった。同定は現状保留。そういう種もいる。)

【References】

Arnaud, P.; Bomans, H. 2006: Descriptions de deux genres et quatre nouvelles espèces de Coléoptères Lucanidae du Pérou. Besoiro, (12): 2–7.

Barnard, K.H. 1929. A study of the genus Colophon Gray. Transactions of the Royal Society of South Africa 18(3):163-182.

Mizunuma, T. & Nagai, T. 1994. The Lucanid beetles of the world. Mushi-sha Iconographic series of Insects. H. Fujita Ed., Tokyo 1:1-338.

Mizukami, T., & S. Kawai, 1997. Nature of South Africa and ecological notes on the genus Colophon Gray. Gekkan-mushi , Tokyo, Suppl., (2): 1-79. (In Japanese)

Katsura, N.; Giang, D-l. 2002: Notes on the genus Lucanus (Coleoptera, Lucanidae) from northern Vietnam with description of two new species. Gekkan-Mushi, (378): 2–14. ISSN: 0388-418X

Quangthai, N. 2013. Description of a new species of the genus Neolucanus Thomson, 1862 from central Vietnam. Zootaxa 3741(3):377-384.

Parry, F.J.S. 1864. A catalogue of lucanoid Coleoptera; with illustrations and descriptions of various new and interesting species. Transactions of the Entomological Society of London (3)2:1-113.

De Lisle, M. O., Note sur Quelques Coleoptera Lucanidae Nouveaux ou peu Connus, Revue suisse Zool. 74 (2): 521-544

Sato, J.; Zilioli, M. 2017. Lucanus gradivus n. sp. from Vietnam, with new records of L. fujitai Katsura & Giang from Vietnam and Laos (Coleoptera, Lucanidae). Natural History Sciences. Atti Soc. it. Sci. nat. Museo civ. Stor. nat. Milano, 5 (1): xx-xx, 2018: 11–15.

Bomans H.E. & Miyashita T. 1997. Description de trois nouvelles espèces de Lucanidae du nord Birmanie , Besoiro 4:2-3

Nagai, S. 2000. Twelve new species, three new subspecies, two new status and with the checklist of the family Lucanidae of northern Myanmar. Notes on Eurasian insects Nr.3 Insects :73-108.

Nagai, S. 2000. Notes on some SE Asian Stag-beetles (Coleoptera, Lucanidae) with
descriptions of several new taxa. Gekkan-Mushi, 356, p. 2 - 9

Schenk, K.D. 2008. Contribution to the knowledge of the Stag beetles of Asia (Coleoptera, Lucanidae) and description of several new taxa. Beetles World 1: 1-12. 

Schenk, K.D. 2017a. Prosopocoilus wemckeni, a new species from north-east India, Arunachal Pradesh (Coleoptera, Lucanidae). Beetles World15: 17-19. Reference page. 

Schenk, K.D. 2009. Beschreibung einer neuen Gattung, zwei neuer Arten und einer neuen Unterart der Familie Hirschkäfer aus China, Provinz Guangxi. Beetles World 2:1-6.

Huang, Hao & Chen, Chang-Chin, 2011, Notes on Prosopocoilus Hope (Coleoptera: Scarabaeoidea: Lucanidae) from China, with the description of two new species, Zootaxa 3126, pp. 39-54: 39-41

Huang, H. & Chen, C.C. 2017. Stag beetles of China III. Formosa Ecological Company :1-524.

Fukinuki, K. 2004. Descriptions of new species for Lucanidae. Insect Field, 39, 28 - 33. [In Japanese].

【追記】

 長年やっていないと、この色々な要素に振り回される感覚は分からない。

1分間さえ休む暇のないときほど幸せなことはない。働くこと、これだけが生き甲斐である。
(ジャン・アンリ・ファーブル)

【論考】「亜属」という概念のユーザビリティ

 分類学では「亜属」という概念が使用されうる。これまでの歴史で、属内種数が多くなり過ぎた属分類群では、いくつかの亜属に分けた方が分かりやすいという考え方も理解出来る。属分類がファイリングのような分類であるとして、亜属もその中の似た分類法で使われる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%9C%E5%B1%9E

 例としては大属であるDorcus属やAegus属などが有名かもしれない。シノニムになった属名もあるが、いくつかは亜属として使用しても良いのでは無いかというのもある。現行の整理では生物学的に異論が多かろうが、ゆくゆくは整理されるものと考えられる。

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(例えば日本にもいるアカアシクワガタのグループは、中国〜インドシナ〜インドまで複数種分布する。Dorcus属らしさもあるが♀脚部形態や♂顎形態などを観れば、遠縁らしきグループの種とは一纏まりで相関形態が異なるように見える。Dorcus rubrofemoratus (Vollenhoven, 1865)を基に設立されたNipponodorcus Nomura & Kurosawa, 1960を亜属名として使用しても問題無いと考えられるhttp://insecta.pro/taxonomy/1034213。ちなみにDorcus rubrofemoratusの原記載時に結合されていたEurytrachelus Thomson,1862の属名はCarabidae科Bembidion属の亜属名Eurytrachelus Motschulsky, 1850のシノニムになっているhttps://en.wikipedia.org/wiki/Bembidion_(Eurytrachelus)

 一方で「いやいやそんなので分けるなよ」とバッサリシノニムにされるような学名が乱立しているというのも現状ではある。私が友人達とよく揶揄する「書きたい病」の人達によるマーキングのような残滓的論文で頻繁に出てくる。他記事で書いた"スプラッター"著者らとそんなに意味は変わらない。例えば属名だと論文上で批判されるのは「大きさだけで別属・別亜属になっている分類」である。グループによっては近縁種間でも主に大きさに差異があるという種群グループもある。「だからそんな事もあるのにサイズ差だけで別属に分類するなよ」という議論は妥当と言える。

 例えば、1914年にLeaによって設立されたEucarteria属は,Reid (1999) によってCacostomusのジュニアシノニムとされ,彼はこの2つの属を分ける重要な分類学的特徴がないと判断し,大きさと雄の大あごの形は2群を分けるためにあまり有用でないとして除外している。したがって、Eucarteriaの2種(E. floralisE. subvittata)は、現在Cacostomus属に位置づけられている。

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(件の3種。並べてみるとサイズ差は確かに大きいから分類したくなる気持ちも分からなくはない。だが細部形態に属や亜属に分類するほどの差異は見られない。)

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(別属でも種間サイズに差が著しくある例は多々ある。)

 玄人なら詳しく知っている人がいそうな話だが、ポッと出の研究家には難しいハナシかもしれない。網羅的観察というのはここでも重要になってくる。

【References】

Snellen van Vollenhoven, M. 1865. Sur quelques Lucanides du Muséum Royal d'Histoire Naturelle à Leide. Tijdschrift voor Entomologie. Amsterdam 8:137-156.

Newman, E. 1840. Descriptions of some new species of coleopterous insects. Magazine of natural history and journal of zoology, botany, mineralogy, geology and meteorology 4(New Series):362-368.

Reid CAM (1999) A new generic synonym in the Australian Lucanidae (Coleoptera). Coleopterists Bulletin 53(2), 175-177.

【追記】

 あまり話題にされないような話だが、知っておいて損は無いので記事化してみたという話。

人生の辛い試練は、どこかで説明がつくはずである。
(ジャン・アンリ・ファーブル)

【陰陽道】無限後退と1歩前進の岐路

 別に新種記載しなくたって歴史に名が残らなかったって絶滅さえさせなければ生物は地球上の何処かにはいる。だが見つける前に絶滅されたら誰も出会う事が出来なくなる。

 分類学活動の最終目標は「自然界での未知種の生存」であるとも考えられる。過激な考え方で、こんなのは広大な生物の生息地を人間の魔の手から完全に守らなければ成し遂げられない。だからそういう事に気づきがあっても言いっぱなしの人しかいない。そういう思慮を行動に移している人間なんて、社会を生きていてもなかなか出会えず、ただ誰も見た事が無い生物種が滅していく想像をして辛い気分が止まらなくなる。人間が生活する為には自然を食い散らかすしか無い。とにかく今は人類に残された行動的な良心に賭けるしか無い。

https://m.youtube.com/watch?v=TknLsUY86mA

 だが未知種の保護を訴えるには「未知種」とは何なのかという理解を先ずは得なくてはならない(ボンヤリとした思想で否定的に見る人に其れを期待する事は出来ないが)。結局のところ未記載種を含めて、この言葉の意味を正確に使用して事務手続きする事を拒むように「ああ未知種ね。記載されてないだけで俗称はあるよね。」という表現が目立ち、未知種群の中にいる今にも消えそうな、誰も見た事が無い希少生物種が人々に気付かれる確率はますます減少する。

 野生生物がどんどん減っている。そりゃそうだ。金儲けばかりに必死な勢力からすれば、環境破壊で普遍的に見られた生物種が減れば値段を上げる意味が出るから生物売人と開発業者の利害が一致する。そのトバッチリで希少生物種も個体数を当然減らす。例えば誤同定を促すような、希少生物を世間に認知されにくいような、どうでも良い宣伝をし続ければ、大衆が気付かず自然界の希少生物を不注意に扱うようになるのはどう考えても自明だ。

 生物種の保護や規制をするにも「世間の認知」で如何に油断させないようにするかを前提に考えなくてはならない。生物分類学・生物学も、物理学や化学などの科学と同じく生活に密接したインフラに関わりがあるが、だからといって庶民の関心からは程遠い分野である。だから、希少生物種と普遍的生物種をごっちゃにして考えさせるような情報発信は害悪であり、誰からも未知な生物種も人知れず絶滅する事を止めきれない。保全云々言っている人達も中には、他の業種などへの皺寄せ解消まで考えていない辺りが逆効果を生じさせているとも考えられる。いまもそうだが不完全と見られるクオリティのデータベースでは誰も納得させられない。良いとこ取りや勝手な都合で恣意的に綺麗事を並べるんじゃなくて、灯台下暗しの思考を辞めなくてはならない。

 だから私の手元には、誰も「未記載種」とすら認知していないような未記載種だろう標本群を、記載は出来ない数量でも意義有りとして密かに集め、この可能性を如何にして知らしめるべきか常に考えている。物証なくして納得は得られない。その為には膨大な研究者らが与える分類学へのあらゆる被誤認を取っぱらって行く必要がある。"誤認"を一つ一つ看破していくのには新種記載を論文でやるよりも1歩1歩大きな前進がある。

【追記】

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(公式には未記録未記載種だがラベル上では30年ぶり)

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(でも1〜3頭しかないと考察が難しい)

 未記載種かもしれないからと言って急いで記載されなくても良いと考える。私がどちらかと言うと未知種ならば原産国の人に記載して欲しいと思っているというのもあるし、記載されるなら完全な体裁に出来るまでされない方が良いとも考えるからである。だが「未知種」を知るには、やはり圧倒的な観察量が必要になる。知ったかぶりをしている人は、擬態と演出に全力をかけるので意味が無い。如何に其れを分かる人を増やすかが大切で、如何に分からないままの人を増やさないかという事も大事と考えられる。

人間というものは、進歩に進歩を重ねた挙げ句の果てに、文明と名付けられるものの行き過ぎの為に自滅して倒れてしまう日が来るように思われる。
(ジャン・アンリ・ファーブル)

【論考】騙し討ち・はめごろしのある界隈で

 私とも深い議論をやり取りした事がある国外の学者氏が、別国家である中国の甲虫についてたった1頭の奇形の可能性が高い個体を使い非科学的新種記載をして、其れが原因で原産地の愛好家達とトラブルになっていたという情報が入ってきた。現地人達の言い分は「奇形個体に種学名を付けるなんて迷惑だ」である。しかし学者氏の方はまともに取り合わなかったという話である。学術界は論文さえ出していれば、また学術界内での不義理さえなければ、そういう空気で生きていけるからである。遠く離れた国の現地人がどうなろうがアマチュアが分類で困ろうが其の学者氏の人生の妨げになる事は無い。

 昔、その学者氏は私の主張をメールのやり取りでよく理解されていたので、ホロタイプ1頭での記載をはじめ変な論文がパラパラと出てきたのを見た時は違和感が凄かった。だが、やり取りをしている感じでは、他人の意見に振り回されやすい人柄だという事も薄々勘づいていた。

 しかし、どうもこの学者氏がトラブっている状況には違和感がある。なぜ、それまでそこそこ思慮のある論文を書いていた人物が、いきなりそんな非科学的な論文を公表してしまったのか。またなぜ、そんな裏情報が巷で出回っているのか(どちらかというと中国側から流れてきた情報の模様)。

 ここ数年、きな臭い動きを感じる事が多々ある。全くと言って良いほど公益性を伴う実績も無く大して有名でも無さそうなのに結構偉そうな事を言っている人達がSNS界に沢山いる(しかも誇大表現が多い)。まるで"奈良の某センター"が今際の際にやっていた躁病のような態度を彷彿とさせる。昔はそんな人達は少なかったので、私の知る人々も一部の人達に違和感を持ちながら見ているそうだが、誰が何を考えているのかは詳しく分かっていない。誰しもSNSで出鱈目な事を言っている様子から、下手につつくと暴れられる懸念が予想されるため繊細な問題であるとの議論になっている。

 私は一つの仮説を立ててみた。こういう詐欺師予備軍みたいなのが、件の学者氏を甘言か何かで誑かすかそそのかし、件のような体裁の論文を書くよう煽てたのではないかと。また、それを原産地の人達にアレやコレやとある事無い事悪評を付加した上でチクったのではないかと。それだと其の学者氏らの間で急激にトラブルが起き、それまで保たれてきた学者としてのオーソリティは毀損され「あ〜あ、あの学者も大した事なかったね」と、どんな素人からも売名・詐欺目的のマウントを取られてしまうようになる訳である。そうして原産地の人々の感情も悪化し規制が捗る。その方法で安価で入手出来ていた虫を暴騰させようとしているのではないか。

 最近は規制された事を理由に虫を値上げする人も少なくない。

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(件の学者氏を思い出すクワガタムシ。あの頃は頑張っていたね。)

【追記】

 こういう騙し討ちなんかの可能性も幾らでもありうる時代なので資料検証方法を極力厳しくしていた方が無難であると言えるし、Twitterみたいな見づらい場所を選んでSNS活動をしている研究者モドキ(肩書きがあっても本質的に偽物もいる)を見つけてしまうと非常に怪しさを感じる訳である。

 だからこの業界でやってくのが大変というのもある。私が色々聞いてきた経験則でも、例えば博物館の学芸員になれた人の中には運が良くてやれているという人もいた。準備不足なのに目標を狙って生き抜くのはなかなか難しいのが社会の前提としてあるからである。

 こんな記事でも残しておく意義はある。サイエンスの奥深さは常にモヤモヤを看破している。

(ダーウィンの進化論は)法則としては壮大なものであるけれど、事実を前にしては空気しか入っていないガラス瓶のようななものだ。

(ジャン・アンリ・ファーブル)