クワガタムシ科(Lucanidae)についての調査記録など

目的はverificationismに基づく原典検証・情報整理・批評説明。なお非営利・完全匿名を前提としています。

【俗談】先人の誤同定ラベルは捨てないでおこう

 誤同定はどこかしこ世間では溢れに溢れているとはこれまでの記事に記した。誰彼にマトモな事を求めても、各々能力限界があり大自然から返り討ちに会う事がしばしばあるのがこの世界だ。これから興味を持ち正解や真実を知り沢山の標本に出会う人達。そんな人達に、側から見れば結構性格の悪い趣味を指南すべく書いたのが今回の記事であるが、難しさに溺れ苦しんでしまう人もいるかもしれない。しんどくなったらすぐに当記事を読むのを辞める事をお勧めする。だが深く知れば知るほどに必ずぶつかる現実である。

 標本を観察する時には殆どの場合にラベルを見る。そしてその中には同定の記述もある場合が多少ある(予断や蛇足のリスクも考えられるため、無い場合の方が多い)。そして古い標本ならば必ず誤同定や誤記載データの記述に出くわす。其れは先人によるものであり、もしかすると著名人の誤同定かもしれない。貴重なものだからという理由ではなく、その誤同定は「著名人など先人も誤認をした」という認知に関する資料になるし自身への警鐘や戒めにもなるので残しておいた方が良い。

 さすがに誤同定は無いんじゃないかという印象が普通の博物館に行っても古い収蔵品の誤同定ラベルが見られる。展示では大抵が正確に同定されているが偶に誤同定が混じって放置されている。ボランティアの人がコレが正しいんじゃないかな?というラベルを新しく付けている事もある。しかしその再同定も図鑑やスケッチ或いは絵画からの絵合わせであり真か否かまで補償する域には到達していない。つまりやっぱり誤同定は日常茶飯事になる。

 客観的に見て誤同定は恥ずかしい。それもだいぶ詳しくなって態度を大きくして誤同定をすると凄く恥ずかしい。私も当然だが人間なので先天的バイアスに気付かず偶にやってしまう。だが其れでも気付いたならば、すぐに「ああそうか」と正確な認知に改めた方が良い(無意味なプライドの為に時間を浪費するのは勿体無い)。だが後付けで誤同定をやらかす人もいると考えると一瞬には片が付かない事も多いと考えられる。

 厳密な同定が出来ないならば「?」を付けておくと正直であるので倫理的に良い。他人の個人コレクションへの口出しは相当仲が良くないなら面倒な事になりかねないため辞めておいた方が良いが、自身の管理下にあるならば決して放置はしない方が良い。しかし、誤同定というのは法的にどう考えれば良いのだろうか。誤同定や誤同定を促す活動をしている学者は多いが、アマチュアも同様の事をしている人は多い。だが、責任ある人間からの影響であると、他人にとっては騙されているに等しく、応用する論文上に影響すれば不正研究という可能性すら想起しえる(研究不正に関わるコンプライアンス研修では、上長など責任者の不正を知りえた上で放置すると共犯であると習う)。であるので、私は専門にしている分類群ほど、相当分類学上の同定で真実に到達した個体でもなければ標本に同定記述を入れないようにしている。専門外については、知識が浅いので同定記述を「?」付きでラベルに書く。

 同定という作業は、認知と識別の組み合わせである。だから種同定に限らず、考え方にも誤りがありうる。例えば私がこうやってブログに本音を書き殴る事は本来で言えば紳士的なものではないだろうから、ある意味で誤った思想を内包していないとは言い切れないと注記する。だが単純に水は低きに流れるが如く低レベルな社会になっているのに合わせていれば、自分もまた低レベルな事をせざるを得ない。こんなブログを作らなくても良い世界が理想的ではあったのは間違いないが、当然の事をするためとするならば是非もないのである。

 昔から専門分野の分類を同じくする先人達とも正確な種同定のしんどさはよく話題にしてきた。そこでもやはり「分かる事だけをラベルに書く。分かっていない事を書くのは嘘を言っているに等しい。」というグウの音も出ない正論が出てくる訳だが、そんな感動的な事を言っていた人もしっかり誤同定をしていた。誰かの受け売りで確固たる概念化がなされていないと、言葉だけで都合よく考えてしまいバイアスにやられる。過去記事のパレイドリアに関する話題に通ずるものもあるが、人間の思い込みというのは恐ろしいまでに違和感なく頭の中で同居している。まさに誤同定とは人間的な行いと言って良いくらいに眩い瑕疵なのである。責任ある人の誤同定ではないならば表現の自由と言っても良いかもしれない。

 さて、とはいえ同定というのは自他共に効率良く生物種に関して色々な応用学問での考察をするのに利用される。だから誤同定をされた資料を用いて書かれた応用生物的な論文は上流の根拠で間違いをしてしまっているため結果も再現性に難ありなど致命的なミステークをしたという事から逃れようが無くなる。モデル生物のキイロショウジョウバエなどは、応用生物学で正式な知見が残される場合には遺伝型すら誤同定が許されず、使用されるのはOregon-R や Canton-Sの標準野生型系統であると相場が決まっていて、必ず論文のメソッドなどで記述説明が為される。

 また誤同定している人と会話しても話がなかなか噛み合わず、虫談義も難しくなってしまうためデメリットは大きい。

 誤同定をしない為には大変な作業が必要になる。他の記事で書いた様々な葛藤から察してもらいたいように、もはや信じられないくらいに網羅的且つ集中的な観察をしなくてはならない。これは昆虫類の正確な同定データや同定方法が、ネット上での紹介が少なかったり纏まりが無いため現在のAI技術には再現出来ない。だがまぁ誤同定ならば事実既にAIに真似されている(笑)種分類というのは曖昧なセンスでは出来ない。曖昧で良いと考えている人は最早AIに存在価値を奪われている

 だが同定以前に標本と其のデータに嘘や加工が混じっていると、正しい同定にはならない。例えば最近だと標本を集めるには良い個体が少ない。飼育品がよく売られているが、交雑などコンタミによる遺伝子汚染の可能性が無い個体以外は資料にならない。しかし遺伝子のコンタミが無い個体、例えば自身で採集したり、輸入されたにしても交雑の心配がなかったり、時系列的に偽データの可能性が考えにくいする個体などの累代個体ならば資料にはしても良いし、むしろ厳しい自然環境ではない環境下で簡易にブリードされた飼育品としてどのような変化が起きるのか一定の興味は見つかる。まぁ完全な野外個体群との比較作業が必須になるわけだが。やはり飼育品はどこまでいっても飼育品、人の手が加わったものに資料性を求めるのは、人為下である事が踏まえられてなければならない。各分類群の純粋な系統(遺伝学でのハプロタイプにおける"純系"とは異なるが)は自然界にしかいない。ノンフィクションとフィクションは、人間の思想中では混ざり合うため区別が出来ないが本質的には異なる。色々遺伝子汚染されたような個体を調べても何も面白くない。ただただ作った人達の倫理観の軽薄さを無駄なコストを消費して確かめるなんて何の応用性も公益性も無い。分かりきっている事を深掘りするなど阿保らしいにも程がある。

 とはいえ誤同定を始めとする誤認は、そう軽く考えて良いものでも無い。例えば世界的に見ればそういう無頓着な思考が普通な人々は多いが、もし毒物を扱うとなった時どういう意識を向けるか、もし危険物を扱うとなったら、もし毒性のある生物を触る時に人はどういう対応をするかである。教訓を持っていれば人として当然の忌避行為、注意意識の集中を即座に行う。近年大量の死者を出したコロナ騒動は武漢ウイルス研究所からの流出がほぼ確実だろうが理論上では自然発生という可能性を否定する事は出来ない。様々な状況証拠を鑑みれば、武漢ウイルス研究所の研究員がたまたま作ったウイルスが偶然凶悪で、特に危機に対して無思考なお国柄らしく研究所員の癖に不注意で感染したのだろうとの見方が最もありうる。そして中国共産党は、この那由多の可能性の中で最も薄い自然発生という可能性がありうる為に、決して責任を取ろうとはしないのだ。

 こういう風に誤同定という教訓に対しては、標本を観る時ならば様々な葛藤を抱えざるを得ない訳だが、本来ならば同定の前提となる分類学がまとまっていなくてはならなかったと考えられる。本来ならば採集者等の観察者が種同定出来る時代にならなければ分類学が達成されているとは言えない(思考停止が癖の無関係な人達に対する配慮なんて二の次三の次でどうでも良い)。だから、自然界での採集に大義があるし、行政指導を伴わない放虫などによる遺伝子汚染は咎められて然るべきなのであり、また論文は誤った前提で書かれてはならない。自分たちの甘さを許す為では無く、そういう教訓の為に、先人達の誤同定ラベルは注意喚起の資料として残しておこうという訳である。

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(ネパール〜インド北部のアーチェルニセヒラタクワガタ。古い標本は中型サイズの個体ばかりであったため、画像中にあるような顎がスラリと伸びる個体を日本人として初めて見た人物は、其の個体を新種と見間違えたという逸話がある。また第一発見者に関する裏話もある。)

【追記】

 私は人生経験上、他人の誰の言う事よりも物理証拠・現象証拠に従えという方針で此の情報収集を道楽として楽しんでいる。考察のために虫を観るのが楽しみで、同定は其の前段階で必要だからやるし、同定作業にも生物学的な考察も必要になってきて面白い。

 ブログの結論に至るまで25年間引っ切り無しにこのクワガタというテーマを考えてきた。しかしこんなに簡単な結論を出すのに25年もかかったのかと振り返れば、識別を目的としている筈の論文や図鑑が殆ど役に立たっていなかったからだと明瞭に説明できてしまう(物的証拠がありすぎる)。なので不都合な情報というのもなるべく考慮しバイアスがかかりにくいようにしている(そもそも人間はバイアスにかかりっぱなし)。あるテーマに対し焦点を当てて考えた場合ではバイアスを無くす事は不可能に近いが、引っかからないように、また間違いに偏り過ぎないように気をつける事は出来る。一部の人文系学者らは快不快など曖昧なバイアス要素で色々科学的判断するらしいが(苦笑)

正常性バイアス

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%B8%B8%E6%80%A7%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%B9

「フィルターバブル」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB

マーフィーの法則

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87

「バター猫のパラドックス

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%BF%E3%83%BC%E7%8C%AB%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9

 誤同定についても世間では誰がどうしたこうしたとかが話題になりやすいのは、やはり大衆がスキャンダル好きなだけという下賤な印象がある。私は学名や、その意義については応用必要性の為に利用しているだけなので、雑多な標本とコンタミしてはならないホロタイプなどタイプ標本群や論文に使用されたと定義された標本群以外は、誰が同定したかなんてどうだって良い。大切なのは考察の精度と其の前提となるクオリティである。

私は自分の無知を、そう酷く恥ずかしがらず、分からない事については、全然私には分からないと白状するべきである。

(ジャン・アンリ・ファーブル)

【論考】ホロタイプ標本を壊すな

 ホロタイプ標本参照必要性や、特徴を観察する意義などはこれまでの記事で、教訓を用いて説明した。今回記事にするのは「標本の損壊」について。

 「ホロタイプを壊しちゃいけない」なんて当然なんだから心配しなくて良いだろうと言う人もいるだろうが、実際では其の理想的な状況とは裏腹に、信じられない事が現実にあるから念押しをするものである。

 標本が一部損壊すると、その生物個体の形態は完全ではなくなる。つまり資料価値が劣化する。たまに交尾器の欠損した現生種の個体もあるが、そういう個体は殆ど価値が無い。データラベルの欠損、自然界での再現性から遡及されうるデータ改竄痕跡もミスリーディングな理解を促しかねないため損壊である(紙媒体だから手記でも印字でも時々ある)。

 そしてホロタイプは学術上非常に大切な筈の標本。分類群其々の物証の核である。原記載での生物種としての特徴説明が乏しい分類群がパラタイプ共々全て失われてしまえば、生物種としての再現性を完全に失い、空想生物との生物学的種概念上の差異が無くなる。第二次世界大戦など世界大戦時に博物館ごと爆撃されて学名の利用価値が無効名程度になった分類群も多い。ここに全く理解が無ければ定義された学名が消え失せかねないし、其れを日常的にやっているのが研究者側だった場合はかなり危ない。

https://m.srad.jp/story/17/05/13/2144218

 ともすれば、今の時代で公言上の其れならば、ホロタイプ標本とは非常に大切に扱われている筈である。昔から博物館の金庫など非常に厳重な場所で管理され、逸失や損壊を防がれている。しかし、実際にはそんなに大切に扱われていないのでは?という事例にしばしばぶつかる。

 具体的な例を示す検証のため図を引用する。


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(「Gilbert Lachaume. 1992. Les Coleopteres Du Monde : The Beetles Of The World - Volume 14, Dynastidae américains.」より引用したHorridocalia delislei Endrödi, 1974のHolotype図)

 例として示すヨロイカブトムシ:Horridocalia delislei Endrödi, 1974は同出版物記述から、たった1頭の標本で記載された分類群で、ホロタイプは貴重な資料と分かる(※1974年〜辺りの時代は未だ国際動物命名規約の一般的理解も完全から遠く、また交尾器観察や変異検証が一般的では無かったから1頭だけで記載されている例が多い。であるためシノニムになっている分類群が多いが、当分類群はたまたまシノニムの可能性が無くて学名の有効性が生き残った。ただし当分類群の近似近縁別種の可能性がある個体群が発見された場合は、複数個体同士の検証が必須になる)。私も1♂ボロ個体を持っているが、実物は予想以上に迫力のあるカブトムシである。

 さて、同ホロタイプ標本の、最近の鮮明な画像がパリ自然史博物館によってネット上で公開されている。


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https://science.mnhn.fr/institution/mnhn/collection/ec/item/ec8816?lang=en_USより引用したHolotype図)

 見れば分かるが、1992年の文献掲載時では存在した後脚付節が両方とも欠損して見当たらない

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https://www.gbif.org/tools/zoom/simple.html?src=//api.gbif.org/v1/image/unsafe/https%3A%2F%2Fmediaphoto.mnhn.fr%2Fmedia%2F1612360540359Ntzv1y7R7e3amz2pより引用したHolotype等図)

 触角まで欠損が見える。

 標本の姿勢が異なっていたりしてあるので、再形成の際に誰かが壊したのだろうと考えられる(管理責任者に責任が問われて然るべき)。しかも外れた部位が保管されている気配が無い事も肝が冷える。1992年の文献掲載時で見える付節も参照に足りるほど鮮明では無い。当分類群については近似未記載種が発見された場合に、後脚付節の比較観察が困難になったと言える訳である。正直な感想を言えば「世界的な公的資料に何やってくれてんの?」となる。しかも其の欠損状況を生み出しているのが、これまで殆ど学者・研究者らによるものと分かるから脱力感が凄い(最近は口達者で不器用な研究者が本当に多い。せめてそんな豪快に標本を壊さないとかマトモな修理が出来る程度の技術を身につけるまでホロタイプを触るな)。技術は訓練でしか身に付かない。経験もなく知らないで触ると大変な事になるのである。

 ちなみに人によっては別個体からパーツを代用して移植する人がいるが、ミスリーディングなコンタミ個体になってしまい参照価値を落とすため其処は修理しない方が良い。

 こうした事例は他にもあり、私が出会ってきた破壊済ホロタイプは世界的な希少種のものばかりであった。人気故に触る人が多いという事が原因なんだろうか。

 ロンドン自然史博物館にある有名希少種サソリクワガタ:Platyfigulus scorpio Arrow, 1935のホロタイプは各所欠損があり、過去の文献掲載時に比べて脚1本はまるまる逸失状態であった。ジュネーヴ自然史博物館にある南インドのアエノバルブスシシガシラツノヒョウタンクワガタ:Dinonigidius ahenobarbus De Lisle, 1974のホロタイプも交尾器を出された際に脚を壊され部品がエリトラにくっつけられていた(これは日本の某大学の某学者による犯行と分かっている。修復に自信が無いなら諸博物館がやっているように紙に糊付けするか失くさないようにマイクロチューブに入れてラベル式の保管をしろと言いたい)。また、ドミニカンアンバーのアンバリクスツツクワガタ:Syndesus ambericus Woodruff,2009も原記載で研究機関での管理下で破壊と修理がされたと記述されている。いずれもホロタイプ1頭か世界的に10頭も標本資料が無いような超希少種ばかりである。

 損壊の程度によっては独立分類群としての証拠部位が失われ、完全な標本に基づくネオタイプが必要となりえすらする。各分類群における重要証拠其々のホロタイプを過失とはいえ破壊しうるような人々が学者になってはならない。

【References】

Endrödi, S. 1974. Horridocalia delislei gen.nov.sp.nov. Folia Entomologica Hungarica, Budapest 27(1):49-52. 

Gilbert Lachaume. 1992. Les Coleopteres Du Monde : The Beetles Of The World - Volume 14, Dynastidae américains.

Arrow, G.J. 1935: A contribution to the classification of the coleopterous family Lucanidae. Transactions of the Royal Entomological Society of London, 83: 105–125, plate VI.

de Lisle, M. O. 1974. Troisième note sur quelques Coleoptera Lucanidae nouveaux ou peu connus.
Revue Suisse de Zoologie 80(4): 785–804.

R. E. Woodruff. 2009. A new fossil species of stag beetle from Dominican Republic amber,with Australasian connections (Coleoptera: Lucanidae). Insecta Mundi 0098:1-10

【追記】

 希少種のホロタイプへの扱いが悪い研究者が多いのは何が起因しているのか、思い当たる節が沢山ありすぎて考察が難しい。ホロタイプ等標本の扱いにかけては、美術系や技術系の本業を持つアマチュア虫屋の方が丁寧ですらあると思える。とりあえずこういう事があるのだから複数のタイプ標本があって悪い事は無い。1頭だけだと損壊の激しいホロタイプで支えられる分類群の参考が困難になる。ホロタイプ指定標本の売買による来歴信頼度の損傷や、逸失の可能性も深く懸念される。

 またデータ損壊の話で言うと、私が比較検証で必要だと言われ貸した標本が全くラベルと異なるデータ内容に改竄された状態で書籍に無断掲載されたりなどの経験がある。ビジネス倫理に乏しい人気取り本意な業界とは知っていたが、そんなにまでなのかと(以降、私は相当に信用出来る友人以外には標本を貸さないとした)。理由は明確で、掲載はしたいが、単純にABS問題などにかかる、どんなレギュレーションに抵触するか分からないからというものが起因する。たしかにデータが根拠で撤回される論文もある。だが嘘を公文書に掲載するのはミスリーディングな理解を促しかねず概念の損壊と考えられるため、なれば記述しない方がマシと考えられる。

 ちなみに、撤回された論文の学名というのは国際動物命名規約第四版の、以下条文が関わると考えられる。

8.2. 公表は棄権し得る. 公的かつ永続的な科学的記録のために発行するのではない,もしくは、命名法の目的のために発行するのではないという趣旨の言明を含む著作物は、本規約の意味において公表されたものとならない.

8.3. 学名と行為は棄権し得る. ある著作物が, そのなかの学名と命名法的行為のすべてあるいは一部が命名法の目的に関して棄権されているという趣旨の言明を含んでいるならば, 棄権されたそれら学名と行為は適格ではない. そういう著作物は公表されたものではあり得る (すなわち, そのなかの分類学的情報は、公表されたが抑制された著作物中の分類学的情報と同じ命名法的地位をもつ. 条 8.7.1 を見よ).

8.7. 抑制された著作物の地位. 命名法の目的のために審議会が強権 [条81] を 発動して抑制した著作物であって, 本条の条項を満たしているものは, 本規約の意味において公表されたものであることにかわりはない.ただし, 審議会が,その著作物は公表されなかったものとして扱うと裁定した場合 はこの限りではない.

8.7.1. そのような著作物が公表された記載や描画の出典として適格であることにかわりはない. しかし, 学名や命名法的行為 (担名タイプの固定や、 条24.2による優先権の決定など) を適格にすることができる著作物という点で適格性を失う.

(国際動物命名規約第四版より引用)

 つまり撤回された論文に含まれる学名は、「公的かつ永続的な科学的記録のために発行するのではないという趣旨の言明を含む著作物」に含まれる学名になるため、「担名タイプの固定や、 条24.2による優先権の決定などの適格性を持たない学名」という理解になりうると考えられる。確かに撤回された論文は永続的な頒布と参照を期待出来ない。

 しかし今回の記事タイトルは見返す度に笑ってしまう。なんて滑稽な話なんだろうか。

自由は秩序を作り、強制は無秩序を作る。
(ジャン・アンリ・ファーブル)

【Textkritik】無意味な論文で優位性をアピールするな

 論文での記載では一定の「体裁」を出版社が決めていて、それは出版社によりやや異なる。これが厳しい科学誌ほどインパクトファクター指数が高い。しかし、体裁が厳しいからと言って良い論文という訳でも無いし、著者によっては出版社に従うだけ従い、別な出版社の論文では思いっきり曖昧な表現にする人もいる。読者によりけりで要求される精度が異なると言えば異なる。しかし、ときおりそういう最低限の体裁を踏み抜いたような論文が学者著で出てきて度肝を抜かす。

 非常に分かりやすい簡単な例は2014年の「サヌチフタマタクワガタ再記載」である。この論文はある意味でインパクトファクターが凄くある。

 サヌチフタマタクワガタの原記載では89mm(巷では79mmの計測ミスという説もあるが私は未見)のホロタイプに指定した標本に基づき、ニグリトゥスフタマタクワガタと比較され、昆虫フィールドなる雑誌で出版されている。実際的には複数標本を揃えたり、近似するパリーフタマタクワガタ各亜種がいるのだから其れ等分類群標本も比較に加えて近縁グループ内での網羅的検証が必要であるのに対し、非常に検証不足の多い状態で記載されているというのはある。とはいえ其れは、そういう知識の全く無い雑誌で出版されたからというのみが問題を増幅させたくらいであり、国際動物命名規約的には学名としての適格性を持つ。後々に結果論的にはサヌチフタマタクワガタが独立種として、各所の累代検証や私自身の標本検証でも赤紋型と黒化型の出る独立種である事に疑いようがない時代にはなったが、記載時点ではパリーフタマタ各亜種との差異がモヤモヤする体裁であった。

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(私が揃えた当該近縁グループ。ニグリトゥスフタマタクワガタとサヌチフタマタクワガタは近似し、マキシカクワガタやペロッティベトナムシカクワガタも参考にする)

 そして後年の2014年「原記載が簡略過ぎて特徴が掴みにくい上に、記載以降、追加標本がごく僅かしか採集されていないために、その分類学的扱いに少なからず混乱が生じていた。」として再記載論文が出てきた訳だが、読んで見てビックリなんじゃこりゃという体裁だった。先ず再記載に使用した標本の外観がホロタイプとは異なる(ホロタイプでは鮮やかに赤いエリトラの模様が、再記載では完全に黒い個体を使用されている)、しかも死骸で拾った損傷の激しい個体だから交尾器が無いとある。産地は近いという事だが、種同定に必須な交尾器が同形態程度であると証明出来ない外見も変異かもしれないが別種かもしれないくらいに異なるたった1個体を用いて、完全同定したかのような言い回しをしてある。普通の科学誌ならば絶対に許されない比較方法であるのにも関わらず出版されているという事実が眼の前に堂々と鎮座している。査読付きの会誌だが、これなら査読が無いのに等しい。

 結局自身で標本を集めて調べないといけなくなった。

 さて、検証に使用されたという個体もなんだか怪しい。図示を初めて見た時から違和感があったが、友人と議論していてどんどん疑惑が深まった。交尾器が欠損するほど外灯下で吹きっ晒しに遭ったとされた死骸でありながら外骨格表面にはキズが無く(エリトラ先端に割れがある程度)損傷が激しいと記述される割にピカピカで、付節が全て残っていて片方の触角に欠損がある程度である。体表に付着するオガクズ片は殆ど等サイズで、吹きっ晒しに遭った野生個体の死骸にしては体表篆刻の溝に泥が全く付いていない。こういう死骸について、私は幾度も見た事がある。交尾だけのために使用された♂のブリード管理下で死亡した腐食死骸という状況に非常によく似ている(プリンカップなどの飼育容器の中で市販のオガクズを敷いて飼っていただけの個体ならよくある光景)。外灯下で拾われた吹きっ晒しの死骸でここまでキズもなく綺麗な表面の個体は見た事が無い。

 ちなみに外灯下で拾われたという死骸もいくつか見た事があるが、大抵に体表の古キズ(傷跡が丸くなっていて下部露出構造の白いクチクラ繊維が泥色を含んでいる)が少なからず有り、翅や点刻溝に泥が少量〜大量に付着し、前胸側縁やエリトラ側縁にもキズが入り、触角よりも脚が欠損している確率が高い。

 再記載論文の記述も不可思議な検証も不満であるし、図示個体も再記載に必要な資料としての要件を満たしているとは思えない。原記載論文は確かに簡単過ぎるとは思うが、だからと言ってこの再記載論文も予断が過ぎるしなんだかなぁ、という感想が付く。質としては五十歩百歩、ドングリの背比べという所に見えるのだが、じゃあだからこそこんなに意味の無い方法で優位性をアピールするような再記載は読者には不要と言える。

【References】

Fukinuki, K., 2004. The stag beetles (Coleoptera, Lucanidae) for descriptions of the new species. Koncyu Field, (39): 28-33.

Lacroix J.-P., 1990. Description de Coleoptera Lucanidae nouveaux ou peu connus (7eme note). Bulletin de la Sociètè Sciences Nat, (65): 11-14.

Araya, K., 2014. A redescription of Hexarthrius sanuchi Fukinuki, 2004 (Coleoptera, Lucanidae) from Cambodia. Kogane (16), 103-106.

【追記】

 飼育個体をホロタイプにしたり、それと同等の扱いにしてはいけない。幼虫〜蛹時での生活環境によっては、少なからず細部形態が野生下での基本的な形態から離れて成虫となる場合があるから、robustnessな資料になりにくい。もはやよく注意される懸念である。野生下とはいえ、飼育下で頻発するような型の個体が低確率で出現する。しかし飼育個体を野外個体だと嘯かれると、これは難しい場合が多くなる。即ち、原産地野生下で得られた標本検証が不可欠になり、また詐欺師も増えて将来的には飼育規制や採集規制の見通しが立つ訳であり、独占研究出来る特権者らは胡座をかきながら殿様商売出来る訳である。

 しかしグループ界隈からして他者には厳しい意見をしている派閥ほどだが内輪での自浄作用の全く無い感じは凄い。諫言しもしないなんて人間関係が歪だったりするのかと心配にすらなる。結果的にはダブルスタンダード極まれり。やはり寡占演出のために事実整理よりも看板を優先する組織なんだろうなと改めて思い知らされる。内輪で保身していくこういうのは客観的に見てエスノセントリズムに見える。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%8E%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0

 私はどちらかと言うと個人主義的だが、いずれにしても可謬主義の考えに沿って考えたいと思っている。なお且つ無限後退の論理に引きづられないようにも気をつけている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%AF%E8%AC%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9

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(パリーフタマタクワガタ群。インド北東部産、ミャンマー産、タイ産、雲南省南西部産、ラオス北西部産、またデータ真偽が怪しいカンボジア北東部産ラベルの個体。資料はとにかく揃える。だが入手時は今よりもずっと安価だった。検証目的で沢山集めようとすると今代ではどれくらいコストがかかるのか、考えただけでゾッとする)

 しかしそういう思想で書かれた其れは"愚民観"がダダ漏れではないのか、なんて言いたくなる光景を論文で見た時には、こっちばかり恥ずかしい気分になる(社会の窓が開いているのを見つけてしまった時のような感情)。

現実というものはいつも公式からはみ出すものである。
(ジャン・アンリ・ファーブル)

【論考】パラタイプ標本は多い方が科学的には良い

 単純な話、パラタイプはホロタイプの原著論文内で「生物種的特徴の再現性」と「他の普遍的標本との識別」を示される為にある。簡単に説明すると、沢山あれば論文内で生物種としての形態的特徴の再現性・安定性を、著者が確認した事をアピール出来る。それだけのメリットだが、沢山あって損は無いというお話。

パラタイプ. paratype; タイプシリーズを構成する標本のうち,ホロタイプ以外の各々[勧告 73D] .

勧告 73D. パラタイプのラベルづけ.ホロタイプにラベルづけした後, タイプシリーズの残りすべての標本 [条72.4.5] に, 設立時のタイプシリーズの構成要素であることを示すために, “パラタイプ”というラベルをつけるべきである.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

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(2003年に複数の新種記載が為されたアフリカの美しいスワンジノコギリクワガタグループの数種パラタイプ標本群。沢山の標本にパラタイプ指定が為され、市場では贋作パラタイプラベル標本も出回った。※だが記載文の判別方法では1種につき1個体分程度の交尾器の鞭部スケッチしか示されておらず、また変異誤認で記載されている事によりシノニムになりそうな学名もある。たしかに再現性のある形態を持つ分類群もあったが、こういう例もあるから記載文に完全性を求めるのは難しいとも言え、実物標本群の網羅的・多数資料による定量的な比較観察に本質的な意義が生じる。)

 パラタイプについては、博物館所蔵にすべきという主張と、個人所蔵を認めるべきという主張がある。私はどちらの主張にも正義はあると考えるが、巷での議論を側から見ていると誰しも想像力の欠如をしていると感じ取れもする。SNS界で学閥勢力がアマチュア並みか其れ以下のポジショントークを発信するのは何故なのか。友人の仮説によれば「手元に必要なコレクションが無いから駄々っ子をしているのかも」という話がある。たしかにオンライン上で日本の諸博物館の公開しているコレクションを見ると主観的ではあるが「ん?思っていたよりしょぼいな」という、まぁ5〜10年もあれば、また資金を潤沢に持つ人ならば数年以内には集め終わるようなボリューム(一番速い方法は大コレクターから数千万円で買い取る事)であったので、凄く心当たりがある。

 それはさておき、博物館が所蔵すべきという意見は、たしかにホロタイプだけだと架空の資料で書かれたか否かという検証しか第三の参照者には分からないため、パラタイプが博物館に無いと記載文に書き漏らされた特徴や変異などを観るメリットを達成しにくくなるし、あってはならないが仮にホロタイプが逸失された場合に迅速なネオタイプ指定が困難になるデメリットがある。だが、パラタイプを「全て」博物館に入れなくてはならないという考え方は命名規約でも示されておらず誤りと考えられる。「タイプ標本を全く研究機関に入れない事」が忌避されるべきという理解が正しく、正しい理解以外の流布はミスリーディングになりかねないので改められたい。

72.10. 担名タイプの価値. ホロタイプ, シンタイプ, レクトタイプ, およびネオタイプは、あらゆる名義種階級群タクソン(さらに,間接的にあらゆる 動物タクソン) の学名の担い手である. それらは, 動物命名法に客観性をもたらす世界共通の参照基準であり,そのように処遇されねばならない (勧告72D~ 72F を見よ). それらは, 科学のために, それらの安全保管に責任ある人物に委託されるものとする.

勧告 16C. タイプ標本の保存と供託. 著者は、担名タイプが世界共通の参照基準であることを認識したうえで (条72.10を見よ), 学術標本コレクションを維持管理し, それらを保管しかつそれらを研究用に利用可能にする設備を有する研究機関 (すなわち, 勧告72F の要件を満たしているところ)にタイプ標本を供託するべきである.

(国際動物命名規約第四版より抜粋)

 個人所蔵を認めるべきという意見も、博物館などの公的機関が重要な研究資料を独占していない分類群であるという事を示す、つまり再現性の高さ・資料の信頼性の高さを示せるメリットがある。勿論だが、博物館にホロタイプすら入れず個人がタイプ標本を独占する等は不信を得やすい。単純な話「独占」による偏りに科学的なデメリットが出やすいという事なのだ。そのためパラタイプ個人所蔵は、上記のような博物館のメリットを奪うというデメリットがあり、取り合いの様相で非常に難しい問題のようである。

 だからやっぱり、其々で部分的に所蔵可能なようにパラタイプは沢山あった方が良いと、私は折衷案を考える。タイプ標本が多くて損をする事は先ず無い。たまに誤同定が混じる事もあろうが、ホロタイプほか複数のパラタイプがあれば後にでも気付きやすい。困るのは希少性をでっち上げたい悪徳商売人くらいである。

 しかし、こと超希少種については、この問題をクリア出来ない例が多くある。クワガタムシ科で希少な資料を用いた新種記載がされる際、少なくない例でパラタイプとなる個体が複数人の所蔵標本からの借り物である場合がある。ここで、パラタイプとなる標本が借り物オンリーだった場合には博物館に入れられないし、苦心して採集などで入手したろう貴重な標本でも博物館に入れるべきなんて他所様のコレクションに口出しして言えば先ず絶対的に貸し借りの話は立ち消え新種記載は出来なくなる。ホロタイプを博物館に入れるという事すら、希少種に巡り会えたという折角の幸運を手放さなくてはならなくなった所有者は身を切るが如く辛く悔しい気分を「建前」で隠している事が少なからずある。私はそういう人の気持ちを汲んできたから分かる。ちなみに私も自身のところに一応の意味でパラタイプを置いておきたい。複数標本があれば交換には応じられるかもしれないが、タダでくれてやる義理は希薄である。交渉と相互合意は大切である。

 しかしまぁ博物館にはホロタイプだけを入れておいて、大変だがパラタイプではない新しい信頼性のある標本を追加しても良いという解決策もある(コンタミ可能性系統の飼育品ばかり出回る市場からの追加なんていうのは論外)。パラタイプについては、種記載論文で図示や定義(常識的)されていて、論文上での再現性を示す資料を使用する上で「今後ほかの標本群とコンタミしないよう対策をしました」という説明を示されている程度の役割理解で良いからである(古い記載だと記述が無い場合があり、記載文に無いパラタイプラベルに突如出会したりして状況判断が求められる場合もある)。

 ABS問題への対策として原産地の博物館に入れろという人もいるが、そんなのは分類学に協力姿勢の我々一般人に負担をかけず、ホロタイプを所蔵しているなりする博物館等公共機関がタイプ標本以外での解決が出来るよう提案してあげてよと言いたい。大体、各分類群の殆どのタイプ標本は大航海時代植民地にされた世界中の各地域から奪ってきたヨーロッパにあるのだから、其れを無視しない標本参照システム構築など解決策は簡単に提示出来ると考えられる。

【Reference】

Desfontaine M. & Moretto P. 2003. Revision des Prosopocoilus Africains du groupe swanzianus. Descriptions de nouveaux taxons , Animma.x Supplement 1:1-43

【追記】

 だが大体の場合はパラタイプを持つ意味も大して理解していないのにも関わらずパラタイプラベルにプレミア価値を求める人達が感情論を言うので、博物館所蔵すべき論も個人所蔵すべき論も大体は独り善がりなポジショントークなんだろうなという印象が深い。

 パラタイプについては売買される事が少なからずある。また寄贈により寄贈者の氏名が博物館の記録として歴史に残される事もある。その際は標本の来歴に「個人的利益を優先とした目的の為に、科学資料としての価値搾取をされている」という学術価値の損傷を踏まえられていなくてはならない(似た標本ならば姿勢を模倣されて偽のパラタイプ標本が作られ、後にコンタミしかねない)。だからタイプシリーズはなるべく全て原著論文で図示されていた方が無難であるし、タイプラベルは模造されにくいデザインに拘る。また「ホロタイプの売買」などはコンタミ懸念により不安視が最たるものだから言語道断な訳でもある。

 とはいえ、なぜパラタイプを個人所蔵しちゃいけないという人がいるのか。とりあえず私を納得させるような妥当性のある理由は無さそうだ。

 ちなみに稀な事だがパラタイプの個体一つに対して''Paratypes"というラベルが付いてある場合は「同''Paratypes"ラベルに表記される学名に対したパラタイプ"など"」という意味を内包してしまい、"種同定が不確かなのにタイプシリーズに指定された個体"というラベルになるから科学的によろしくないという話がある。

https://3-bp-blogspot-com.cdn.ampproject.org/ii/w820/s/3.bp.blogspot.com/-rsGShAeYV6w/XHkrH8wjihI/AAAAAAAA2aY/Ol5i6G_tcNUuBb21LpehB9wW7z5Xd7oHQCLcBGAs/s640/oo_266724.jpg

 1個体に対して複数形の表記が為されている場合は此のように"曖昧な予断が為された"と読解される。

http://ant.miyakyo-u.ac.jp/J/P/PCD0419/52.html

 論文上で"Paratypes"の表記が使用されるのは決まってパラタイプに指定された検体個体群に対する総称的な表現で「複数形」の扱いだから許される。

あるものの幸福は、他のものの不幸を踏み台にしている。
(ジャン・アンリ・ファーブル)

【論考】原著論文を読む事の重要性とはなんぞや。

 生物種を知るためには標本が必要になる。そして具体的な概念とその定義の按配を知るには網羅的な観察に加え、原著論文の確認が必要になる(原綴りの確認にも必要だが、必要となる理由は過去記事の【追記】にて超長文だが説明したのでリンク:https://ivene.hatenablog.com/entry/2021/10/16/132331

 TwitterなどのSNSでは、これみよがしに希少種のブリードを自慢する人々が固定ハンドルネームなどで沢山いるが、時折間違った理解をされているクワガタを見かける。

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Digonophorus motuoensis wuchiae Okuda et Maeda, 2020:モートゥオセスジクワガタ・インド北東部亜種ウチ、未整形個体)

 画像はその1分類群であるが、これはインド北東部から亜種として記載され、原亜種はチベットに分布する。論文邦題でもそうだが非常に明確な記述がある。

 しかしTwitterを始めとしたSNS界、ヤフーオークション、また取扱う生体販売屋などではどうやらインド東部産を原亜種、チベット産を亜種ウチとして認識され、紹介のある際に原著論文内容とアベコベの認知は本日2021年12月4日現在の今まで殆ど100%に近い(流石はデマッター、バカッター)。

 たしかに、大まかな形態は似ているが亜種名を使用するならば特徴の把握が必要であり、知らないで同定したならば其れは「予断」と言われてしまい、今回の場合だと一般的にされている事は結果的に嘘や間違いである。最近のショップなどの人達がそんなに杜撰な理解で読んでいたとすると、少しガッカリである。

 当分類群に関しては、記載論文を読めばしっかりと特徴が示されており、輸入ルートの間違いない個体由来ならば飼育品でも形態特徴の再現性はバッチリ安定していてフェノコピーではないと分かる。

 こういう事もあるので、学名を使用する際は、よく論文を読み考えて参照されたい。

 ちなみに英題は"Three new species of..."となっているが、邦題と内容では「(前略)3新亜種」なので、英題は編集時による誤植と考えられる。

【References】

Okuda, N.; Maeda, T. 2020: Three new subspecies of the genus Digonophorus (Coleoptera, Lucanidae) from Arunachal Pradesh, northeastern India. Gekkan-Mushi, (588): 22-27. ISSN: 0388-418X

Huang. H. & C. C. Chen, 2013. Stag beetles of China II. 716pp., 140pls., Taiwan.

【追記】

 月刊むし発の記載論文なんだから、むし社関係者は把握していそうな気がするんだけど、なんで放置されているのか。。

【2022.04.08.追記】

 誤解が蔓延して2年も経っているから大した話ではないが修正されたらしい。

https://df-kabukuwa.net/archives/6136

 私の知る限り発端は此処では無かったと回顧するが誤解が直されたならなんでも良い。指摘した人物の一人は私の分類友で「昨今SNSで流行りの"逆ギレ"を懸念して指摘を遠慮していた」との事だった。

【論考】ホロタイプなど担名性を持つ模式標本観察の重要性とはなんぞや。

 巷ではよく「誤同定」がなされる。昔ならば、誤同定をしている人達は指摘されるとすぐに正確な情報に従い、己の信頼性を維持していた。しかし昨今では、其の「信頼性」に無関係な宗教観やイデオロギーを由来して観る人間がTwitterなどのSNSで先鋭化され、間違いを指摘されてもキレて従わない人、正しい知識を誤解して間違った知識を使い間違いだと指摘する人がとてつもなく増えた。それが起因している為か、分からない分からないと文句を言われる割に調べてみればアッサリ正解が出てくる話題が何故か存在する。

 以下は其れを考える上で挙げる例。

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 上からLycomedes ohausi Arrow, 1908、Lycomedes burmeisteri Waterhouse, 1879(基産地から離れるが同形態と言われている)、Lycomedes bubeniki Milani, 2017(Milaniの記載は分類群により評価が分かれるが当分類群は認められる)。其々、胸角*頭角*体格と交尾器形態の相関が異なる。

 其れ等のホロタイプ等担名級タイプはネットで調べれば出てくる(厳密には実際に交尾器などとの比較が必要になり、殆どの昆虫種で交尾器の変異等図示が無いため、現状の論文や図鑑のみでは観察不足が避けられない)。

Lycomedes ohausi Arrow, 1908 Type (記載文では16頭を検し11頭は♂とされる。Lycomedes burmeisteriと比較される。Lectotypeは未指定のようなので、記載文の特徴通りの形態を示すURLにある個体が指定されうる:立場上シンタイプと同等)https://www.flickr.com/photos/nhm_beetle_id/28370351652

Lycomedes burmeisteri Waterhouse, 1879 Lectotype https://www.flickr.com/photos/nhm_beetle_id/28442682256

Lycomedes bubeniki Milani, 2017 Holotype in article https://docplayer.it/59271676-Warning-the-copyright-proprietor-giornale-italiano-di-entomologia-has-licensed-this-pdf-for-private-use-only-all-other-rights-are-reserved.html

 正式な手続きで定義されたホロタイプ標本・レクトタイプ標本・ネオタイプ標本は国際動物命名規約の効力により担名性を持ち、各々の分類群で生物種学名に対応する形態の唯一無二の物証である(論文に記載された生物種特徴の形態に一致するからといってホロタイプという訳では無い)。ホロタイプ等の担名性のある標本が1種や1亜種の分類群に複数あれば、後年個体により別種を含んでいたと判明した場合に混乱リスクがあるため、国際動物命名規約により1分類群単位につき1頭のみと制限される(古い記載種で標本が沢山あるのに代表が決まっていないタイプシリーズは"シンタイプ"としてひとまとまりの担名タイプとされ、後年にレクトタイプとパラレクトタイプを指定される事が望ましい)。だから単なる規約の決まり事であるから当然の事なのに「世界に唯一のホロタイプ」なんて仰々しくも他意を含んだかのような表現で強調された宣伝があるといかにもミスリーディングで間抜けなのである。 

 要は一般人はそういう調べ方を知らずに、この分類が分からんと頭の弱い暴言を吐きながら右往左往している様がTwitterで見られる訳である。もしかしなくとも本気で分かっていない人もいるだろうが、普段雑談する仲間内であろう人達の間柄でさえ誰も調べて教えてあげようとはしないのだ(※私は全くの他人なので関わらない)。もはや「信用」に対する概念に、あらゆる人達の憶測や想像、危険思想付きのしがらみが混じりこんですらいると言って良い時代かもしれない。

 ちなみにLycomedes lydiae Arnaud, 2012は、Lycomedes reichei Brême, 1844のシノニムであると、Lycomedes enigmaticus Neita-Moreno & Ratcliffe, 2019の記載論文で記述されている。たしかに、L. lydiaeの原記載に載るL. lydiaeL. reicheiの外見はサイズ差を考えればそんなに変わらないし、交尾器は光の当たり方が違うくらいで変異内の同形態に見える(白亜紀後期当たりから出現したとされるカブトムシは外形進化を急激に行なっただけで、交尾器形態の安定度は低く、変異幅がクワガタムシなどの古系統に比べると広い)。ちなみにこういうリスクがありうる為、献名を籤引で決めようなんてイベントも生物学、というか自然現象・科学への無理解がどう考えても明瞭であり、他科学者・研究者また巻き込まれる一般庶民に対してすら傲岸無礼で失礼、そして一介のアマチュアに科学的根拠絡みの疑問を与えるのだから間抜けである。

【Reference】

Arrow G.J. (1908) A contribution to the classification of the Coleopterous family Dynastidae, Transactions of the entomological Society Londen (2):321-358

Waterhouse C.O. (1879) Description of new Coleoptera from Medelin Colombia, recently added to the British Museum Collection, Cistula Entomologica 2:421-429

Milani, L. (2017) Sinopsi del genere Lycomedes Breme con ridescrizione di Lycomedes ohausi Arrow maschio, descrizione di Lycomedes ohausi Arrow femmina e di una nuova specie dall'Ecuador. Giornale Italiano di Entomologia14(62):755-774.

Arnaud P. (2012) Une nouvelle espéce de Lycomedes , Besoiro 21:2-3

Brême F.M. de (1844) Insectes Coléoptères nouveaux ou peu connus , Annales de la Société Entomologique de France. Paris (2)2:287-313

【追記】

 どの博物館の誰かとは、其の人の人生を左右してしまいかねないため決して言えないが「論文書くのにホロタイプなんて見なくて良いじゃん。」と博物館の存在理由を真っ向から否定した事を私に面と向かった状態で言ってきた学芸員を絶対に忘れない(即座に反論して黙ってもらった)。

 それまでは、そのような考え方の研究者がまさかそんなに中枢に近い場所で職を担っているとは考えてもおらず、極めて重大な問題と考えたため戒めとしても、こういう考え方が公式内部でありうる事を疑問視する意味で記す。その学芸員の学歴、出身大学、そしてその大学に勤める学者らの論文やSNS書き込みを知り、今の昆虫業界を牛耳りつつある界隈が如何なる方向性か、その時点でかなりの事を理解した。要は他人を馬車馬のように働かし、当該学者らは好き勝手な事をし、実績だけ貰おうというアンバランスな強欲思想を組織的に持っている事が透けて見えたのだ(たまに一番の功労者を無視してたりする)。いや、この人達は他者を騙すのに余念が無さ過ぎるな。。

https://www.asahi.com/articles/ASPCZ569NPCZPLBJ00F.html

(別の大学だが実例。バレているのは珍しいが、悪い学者なら間抜けだな〜程度にしか思わないんだろう。まぁコンプライアンスの行き届いていない大学ならば世界的にある不正。)

 そりゃあ、普段から信者収集を目的にSNS活動で必死な人が実名で変な事言ってても、いや、だからこそ其れが学者なら一般人は善人だと思い込んでしまうな、と。

https://twitter.com/ygramul0110/status/1063242965735243776?s=21

【論考】人為絶滅?ガゼラツヤクワガタ・ニアス亜種について

 化石種を見ていると、やはり絶滅というのは生物の儚さを知ると同時に悲しい気分になる。生きた姿を見られないからである。例えばたしかに、琥珀の中の虫などはまるで生き生きとしていたところで溺死したという姿勢をしているが、やはり個体として「生きている」生気、その躍動は無い(ライブ標本で所謂"幼虫詐欺"をする人間がいたので、私の「生体個体」への見方はかなり肥えている)。

 しかし化石種の方は人間が地球上にいなかった時代に大自然の影響でそうなっている訳でどうしようも無い。一方で人類史上で絶滅してしまった可能性の高い昆虫もやや存在する。クワガタムシ科の場合は、保全状況で「絶滅」とされている分類群は化石種以外には無い模様。しかし殆ど確実に絶滅したろうという分類群は存在する。

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(ニアスガゼラツヤクワガタ。入手後再整形済。)

 画像は其の一つの分類群であるOdontolabis gazella inaequalis Kaup, 1868(ガゼラツヤクワガタ・ニアス亜種)。昔はよく「ニアスガゼラ」という通称で呼ばれ、今から100年以上古い個体しか無い事と、ニアス島から新たに見つからない事から絶滅が囁かれ、日本国内でも昆虫業界の低迷期ですら標本1個体で10万円〜30万円で取引されていた。私が入手したのはやはり1890年代の個体群だったが調べているときにフランスのオンラインショップから商品宣伝が回ってきてそれはそれは奇跡的な安価だった。どういう理由であそこまで安価だったのか、やはり虫業界は不思議な業界ではあるが、♀個体はわざわざヨーロッパなどで保有する博物館に出向かなければ調べる事も出来なかったのが入手まで出来たので僥倖であった。

http://web.archive.org/web/20090204053939/http://homepage1.nifty.com/pame-loux/Genus%20Odontolabis2.htm

 基準亜種とは、翅の顕著な配色差異で判別は容易。ちなみに♂は頭部眼下突起が原亜種ほど尖らない。しかしとはいえ情報が少なすぎる分類群。形態や分類以外の記述を掲載する文献は殆ど無かった。1800年代の標本は多数あり、過去は普通種とまで記述された事もあるのに、1980年以降に其の分類群を観察するため現地を訪れた人は、誰もその姿を見ていないと言う。

 文献ではミャンマーマレー半島スマトラ島にも記録がある事になっているが、誤解ではないのかという心配がある。一般的に見られるガゼラツヤクワガタ・原亜種とは配色が大きく異なるが、原亜種でも悪い状態な標本個体なら似た見た目になって不思議ではない。ミャンマー産に至っては図鑑(世界のクワガタムシ大図鑑(月刊むし・昆虫大図鑑シリーズ (6)))に載る1♂しかなく、また頭部眼下突起が原亜種のように尖っている(もしや合体標本?か加工標本?)。データの真偽については、生物としての再現性の有無を現地で確認される必要があるが、絶滅していれば叶わない夢となる(合体標本か加工標本ならば死骸のコンタミなので生体で同様の型が出ない。ニアス島で絶滅していても生体で同様の型が出ない)。

 しかし、ニアス島と言うとマイトランディホソアカ(ファウニコロールの学名はジャワ島の通称"バンローニ"の先取名、バンローニホソアカはマイトランディホソアカのシノニムhttp://fanblogs.jp/anotherstagbeetlesofworld/archive/200/0。またマイトランディのHolotype標本はRijksmuseum Amsterdamにあるとの話http://www.bio-nica.info/lucanidae/Cyclommatus%20maitlandi.htm)や、ダールマンツヤ亜種グラキリスなど、固有の分類群が生息するとされ、タウルスヒラタやカナリクラトスホソアカなど固有でない種も生息する。カナリクラトゥス等は、近年までも採集例があるが、年々、ニアスの生物種レパートリーは減少傾向に見える。1980年代に、ニアスからのクワガタを調査していた友人や標本商によれば、大量の虫を確認したがガゼラツヤクワガタ・ニアス亜種は全く見られず不思議だったと言われる。また後年、ニアスガゼラが普通種である事を期待して現地調査を行った邦人によれば、かなり絶望的な事が分かったようだった。ニアス島は、原生林が殆ど伐採されておりヤシ園など二次林にすげかわっているんだとか。一応、少し内陸まで見に行った画像でも延々とヤシ園が広がり、なるほど低地に多いツヤクワガタは真っ先に生息地を奪われ、数を減らした事が伺い知れた。しかし、古い文献を漁っても具体的な伐採状況が調べられたレポートが見つからない。ただただ深刻な伐採があるという話のみ。色々と曖昧な情報を集める限りでは、おそらくかなり昔の知らない間に自然環境が人為的網羅的な焼畑農業二毛作で変わり果て、二次林化した事によりニアスガゼラが住めなくなったのだろうという話がある。原生林というのは、目に見えないレベルで特異的な生態系を悠久の時を越え保っている場合があり、それが失われると歯車が抜けたように生態系が狂い、絶滅種が増えるリスクが上がるという訳である。

 有史以前に絶滅した化石種の殆どは、長い地球史のなかで、ごく稀に起こる天変地異が主原因で絶滅したと考えられている。そんな数百万年に一度くらいしか無いごく稀の天変地異を、知性ある筈の人類が毎年のように再現して引き起こしたりなど、全く情け無い。

 ガゼラツヤクワガタ・ニアス亜種も、保全状況をはやく確認してRed list(正式名称:The IUCN Red List of Threatened Species)に入れるべきなんではないか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88

【References】

Kaup, J. 1868. Beschreibung zweier neuen Lucaniden. Coleopterologische Hefte 4:77.

Fujita, H., 2010. The lucanid beetles of the world Mushi-sha’s Iconographic series of Insect 6.472pp., 248pls. Mushi-sha, Tokyo.

【追記】

 絶滅が囁かれている事は有名だと思っていたので、Red listに登録が無い事は私にとっては意外であった。スマトラ周辺も森林伐採が盛んだが、マレーシアも同様。ジャサール山のスズムラネブトクワガタやゲンティンのイナハラハネナシネブトクワガタも心配である。ICUNは何やってんだか。

https://www.iucn.org/

【論考】めんどくさい標本とはなんぞや。

 データが曖昧で、既知分類群の形態に当て嵌めにくい標本は視覚的には興味深いのに研究には使えない。しかし、そういう標本も半永久的に残りうる。

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(1999年スマトラ島産66mm。採集人が適当に仲介業者に渡すと詳しいデータが分からない。形態も細部は歪で、天然個体なのに天然らしさが薄い。トルンカトゥスホソアカクワガタの頭部矮小奇形なのか、キルクネルホソアカクワガタ=真エラフスホソアカクワガタ?の長歯型なのか、採集場所の山と標高が分からないため考察が困難。ちなみに両分類群の交尾器形態差異は少なく、標高差で地理的隔離を成している亜種関係かもしれない)

http://fanblogs.jp/anotherstagbeetlesofworld/archive/31/0

 こういう標本は、上記の理由から通常は論文に使用出来ない。分類群の特徴として扱うには飛びデータのコンタミは考察にならないので、データから外す意義を説明されうる。

 私のところではたまたま1頭こういう戒めをしてくれる個体があったので一応記事にした次第。決して利用価値が安定したものでは無いと付記しておく。

【References】

Gestro, R. 1881. Enumerazione dei Lucanidi raccolti nell'Arcipelago Malese e L.M.D'Albertis. Annali del Museo civico di Storia Naturale di Genova 16:303-347.

Schenk, K.D. 2000. Beitrag zur Kenntnis von Cyclommatus elaphus Gestro, 1881, von der Insel Sumatra. Entomologische Zeitschrift 110(7):214-216. 

【追記】

 博物館にあるややこしい標本などは、場所を食うので廃棄される。「いやあ廃棄なんてしないよ」と言われても信じない。そんなのは歴史的標本を捨てなかったり外面を気にした建前を目的にした言である。もう随分何年も昔だから今はどうか知らないが欧州のとある博物館各所のバックヤードで針ごと廃棄箱にドッサリ壊れながら蝶か蛾の標本が入っていたのを見た事がある。初めて見た時はあまりに衝撃的だったので鮮明に記憶してしまった。アレほどショックだった事もなかなか無い。日本の博物館でも「廃棄行き」と書かれた死骸を入れた箱群を見た事がある。今更シレっと方針を変えていて説明が無いというのは不自然である。ゴミ回収業者さん達が虫ピンで怪我をしていない事を祈る。

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(ブラジル現地での採集者らが絶滅を囁くBrachysiderus paranensis Arrow, 1902。パラナからサンパウロまで見つかっているらしいが、森林伐採の盛んな地域に近い。データは1920年6月20日サンパウロ産の貴重な標本であるが、この種は博物館で見る事は滅多に無い。博物館が購入しなかったためか、希少性を考えればそんなに高額でもない値段でebayに出品されたが、誰も入札しなかったため物悲しくなり私が落札した。)

【Reference 2】

Arrow G.J. (1902) Notes and descriptions of some Dynastidae from tropical America, chiefly supplementary to the "Biologia Centrali-Americana", The Annals and Magazine of natural History, including Zoology, Botany and Geology. London 7(10):137-147

【閑話休題】"Lucanidae科甲虫などの変異"に関する論考③

 現生するクワガタを題材に、様々な形態の見方を解説する人は多い。特にツヤクワガタ属(Genus Odontolabis)などは、サイズと顎の形態変異との間に相関振れ幅が広い例が多く、他のポピュラーな種から思い込んだ固定概念を取っ払ってくれる。

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 必ずしも大歯個体が中歯個体より大きいとは限らないし、大歯個体が小歯個体より小柄な体型をしている事もありうる。

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 だが、其れらの新しい刷り込みで満足するから、やはり人間の認知は弱いと結果的に判明する。変異を覚えた一方で「種としての特徴」を忘れてしまうのだ。

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 たしかに固定概念による誤解は是正されないと真実から遠ざかる。しかし、新たな固定概念に呪われているという事に観察者が気づかない事が多いので、一つの間違いに気づいても其の誤解を解いた現象もまた正解とは限らないから真実には近づけない。考え方を固めていくには、ただひたすらに正確な方法で観察し、正確な方法で考える必要がある。其れが出来ないならば、是非も無く、やはり真実から遠ざかるのである。

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南インドのブルマイスターツヤクワガタとデレッセルツヤクワガタは、中〜小歯♂や♀だと頻繁に誤同定される)

【追記】

 正確に物事を観る力があればステマみたいな事をしなくても良いし、悪い商売に引っかからずに済む。結果論的だが、損をしている人というのは見方や考え方を誤っている。

 過去、中越の方にある博物館の若い学芸員から「やはり市場で売られている標本はデータが信用出来ないから分類学には使えないんじゃないかと思っている」という意見を聞いた。この意見は一理ある(しかし後年に開催された展示会で有名なカブトムシを誤同定していたので、観察眼を疑ったが、、)。多くの虫屋は「自己採集」「観察した」という強調をするが、第三者の実体験にはならず、其れは当事者以外には他人事である。であるため、市場にある標本がデータのコンタミネーションをしていない可能性は、標本が単なる煽りのみで高騰しつつある2021年現在だと非常に不安視されうる。博物館にある標本だって論文を書く目的でデータを改竄されているかもしれない。様々な懸念をひっくり返して真実を確定させる方法というのは、現地調査且つ飼育累代検証など、かなりの確率で限られている。標本商をする人間も研究をする人間も、憶測をしてはならないし正直でなくてはならない。非常に普通で当たり前なのだが、ビジネス目的となるとその辺り意図的に軽視しがちな人が多く散見される。

【閑話休題】"Lucanidae科甲虫などの変異"に関する論考②

 クワガタムシを始めとする昆虫は、やはり発生変異が種によって振れ幅を違えるという状況が面白い。

 しかし、一見して視界に入りやすい「外形」は良いのだが、論文上で別種であるという根拠で示される「交尾器形態」や、参考にされる遺伝子は変異の事をあまり示されない。学界全体がそういう空気だからである。

 交尾器形態に変異があるのは、観察して初めて理解出来るのだが、その観察方法も正確でなくてはならない。隠蔽種を除き大抵の種は、外形特徴と交尾器形態特徴が100%相関している。しかし似ているものも少なくないため、沢山の標本観察が必要になる。観察を怠っていたり不正な研究をしている分類研究家は、都合の良いデータを選び出したり恣意的な解釈をして既知知見との擦り合わせが甘い論文を書く。

 遺伝子の変異は近年の分類研究者なら誰しも実験解析するので存在が知られているが、これもやはり分類群により変異幅が異なるようなので部分的な解析データの比較はミスリーディングな理解を促す。

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(個体により大した差異は無いように見えるが、細部ではしっかりヴァリエーションが見られるPrismognathus mekolaorum Okuda et Maeda, 2015:メコラオルムオニクワガタ;スケールバー無し。記載文に載るタイプ標本写真以外の画像公開は、おそらく当ブログが初になるであろう。外形はユキノブオニクワガタに酷似しながら交尾器は安定して全く異なるが、それを理解出来るのは2種其々の変異と特徴を理解しているから。)

 結論を言えば、網羅的観察、交尾器と外形の大量観察、生物学的な相関(親兄弟か否か)、現地での生息状況(分布の重なり具合)を踏まえる事、そして観察標本が市場界でコンタミネーションした懸念が無いものと言えるかどうかをハッキリさせておく事が、正しい理解に近づける唯一無二の方法である。

【Reference】

Okuda, N.; Maeda, T. 2015: Three new species of the family Lucanidae (Coleoptera) from Arunachal Pradesh, northeastern India. Gekkan-Mushi, (528): 29-34. ISSN: 0388-418X

【追記】

 真面目に観る、考える、という方向性で虫を観ていけば発見は芋づる式に出てくる。まぁ真面目にというか、普通の事をすれば良いだけなのだが。交尾器だけでなく、腹面や側面、正面、また後翅(まぁコガネムシ上科内なら退化的変化をしていない限り差異はあんまり無いように見えるが)、なんでも観察対象として既知知見に乏しい部位は腐るほどある。商売の為に其の努力を嫌がる人は多いが、私には勿体無いとしか思えない。

【閑話休題】"Lucanidae科甲虫などの変異"に関する論考①

 

 昆虫などの生物を調べてみると雌雄型(モザイクを含め)をはじめ、「奇形」や「突然変異」の単語を見聞きすることが少なからずある。外的影響のみによる外傷など身体の状態変化に限った見た目の変貌とは異なり、遺伝子的な影響が主として働き生じる変貌である。

 人気昆虫のクワガタムシやカブトムシ、また蝶や蛾では、其れらの自然発生的な突然変異の例が比較的頻繁に紹介されている。2021年現在だと、自然界のクワガタムシ・カブトムシ等では種によった形態的多様性が知見として多く報告され、少なくない愛好家に常識的に知られる。

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(サイズや個体、また雌雄差により著しい種内の形態的変異が見られるKatsuraius ikedaorum Nagai, 1996:ヌエクワガタの例;スケールバー無し)

 そして其れらの遺伝学的な理解は、モデル生物としてのキイロショウジョウバエ等から発見されている遺伝学的知見に相関する部分が多い。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%83%90%E3%82%A8

 これらを理解するには、高校生レベルの生物学の思考が必要不可欠になる。メンデル遺伝学、モーガン遺伝学は考える上で必修である。

http://spider.art.coocan.jp/biology2/titlepage.htm

 遺伝子がどのような構造で、どのような働きをしているか理解すると、とてつもなく途方もない機能の役割を果たしている事がだんだん分かってくる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90

 突然変異の生じ方がいかなるメカニズムかは、具体的に説明する事は困難だが、方向性はいくつか挙げられている。多少の変異ではそこまで影響が無い場合と、僅かな変異が著しく影響する場合がある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AA%81%E7%84%B6%E5%A4%89%E7%95%B0

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(脚が7本のキクロマトイデスミヤマクワガタ

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(通常形態よりも大顎が著しく太いベトナムアスタコデスノコギリクワガタ天然個体。綺麗に左右対称的であるので、まるで独立種かと勘違いしやすい形態とも見える。交尾器は既知種の典型的な形態。)

 あたかも新種かのような生物を人為的に作り出す技術も、もう既に揃っている。近年ノーベル賞を受賞したクリスパーキャス9は素晴らしい技術だが、全く新しい生物種を人工的に生み出せる技術でもあり、倫理的には取扱いが注意されなくてはならない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/Cas9

 トランスポゾンによる転座で、フレームシフト的な変異を生じる事もある。

https://www.megabank.tohoku.ac.jp/genome/archives/tag/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%82%BE%E3%83%B3

  雌雄モザイクも遺伝学的にメカニズムが推定されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%8C%E9%9B%84%E3%83%A2%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%82%AF

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(殆ど左右バッチリに雌雄の形態が分かれたと分かりやすいテルシテスゾウカブトムシ雌雄型の例)

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ギラファノコギリクワガタのモザイク的な雌雄型)

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パプアキンイロクワガタのモザイク的な雌雄型。飼育者の多い種は分母に相関して奇形も数が多い。)

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(ラノンガ島産ウッドフォードネブトクワガタの典型的モザイク的な雌雄型。特徴の出る部位がバラバラである。)

 一般的には出来ない染色体地図作製や全ゲノム解析が必要になるが、人為的に雌雄型の作出は可能である。

https://brh.co.jp/s_library/interview/42/

 環境要因により生じる可逆的変異も存在し、「フェノコピー」と呼ばれる(過去に何度も記事で書いているが一応URLを付記する)。

https://www.netinbag.com/ja/science/what-is-a-phenocopy.html

 また別々の遺伝子で、其々が似た表現型を発現させる「ジェノコピー」も存在する。

 https://ja.strephonsays.com/genocopy-and-phenocopy-6554

 このフェノコピーとジェノコピーが連携して作用する形態変動は非常に考察が難しく、検証専用の薬品による別なアプローチが必須になる。

 日本のミヤマクワガタはフェノコピーの例としては典型例であり、これが地域変異の正体と考えられる。

https://www.asahi-net.or.jp/~id8k-sgn/kuwabaka2004a/t/miyamajapan.html

 クワガタの化石種と現生種を見比べてみても分かるが、それらの間には形態的に著しい差異がある。形態変化をしたと考えられる時代は、やはり環境の変化が著しくあったと考えられ、何世代にも亘り遺伝子的変化を繰り返されたのだろうと推測が出来る。

 随所で「変異」は「ヴァリエーション」とも呼ばれる。また其れらは表現型、フェノコピー、様々な要因で生じる事を前述した。この変異幅は、森羅万象の自然現象で存在し、これまで見つかってきた物理法則も、その変異幅と特徴を識別されて見つかっている。生物形態は、二重螺旋構造のDNAにより物理法則下で決定されているという事が、具体的に判明しているという事である。

 では「生物種」とは何か、「種概念」とは何か。それも変異と特徴の網羅的検証からの識別により分類されたものであり、ダーウィンやメイヤーの論考に理解されるように進化と淘汰により「偶然」生き残った生物系統が、悠久の時を経て独立系統として特化した集団を人間の認知可能な範囲内で区別されるものである。

【Reference】

Nagai, S. A new genus and a new species of the lucanid beetles from northern Vietnam. Gekkan-Mushi 309:12-14. (1996).

【追記】

 それならば何故、遺伝子的コンタミネーションの可能性がある飼育品をホロタイプにした新種記載があったり、ホロタイプ1頭で新種記載したり、種や亜種の集団隔離を正しい方法で検証せずに分類したり、既知種のホロタイプや変異幅をしっかり調べないで同定記載される論文だらけなのかと、私はもう何年も前から疑問視している。既知の生物学を知っていれば分かるが、其れらの論文の記述は曖昧且つ不確定要素を根拠として白昼堂々と「分かった」などと明白な嘘を公文書として書いているのだ。

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(短歯しかいないと噂の憐憫なノセオニクワガタ、その「思い込み」は「諦め」に近い。)

【論考】クワガタムシの雑種とはなんぞや。

 世間一般的に、いまは雑種生物を知る機会は一般的である。しかし、雑種とはどういう意味なのか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%91%E7%A8%AE

 簡単にいえば、2つの種系統が交配して出来た子孫である。ちなみに国際動物命名規約では雑種と分かる学名は適格性を除外される。

 雑種という存在は、ある意味で言えば、2親種が古くは遺伝子的に近縁だったという事を示唆している。そう考えると、少し分岐以前の形態を観たようなそうでもないような気分になれる。

 これが自然界で起こるという事は虫自身も誤同定をしているという物証になり、興味深い考察が出来る。何故自然界で雑種が生じても親の2種らは其々で独立系統群を保てるのかと。

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雲南省のフタマタクワガタ属不明種。ビタリスフタマタクワガタとメルキオリティスフタマタクワガタの採集品に1個体のみ変わった形態の個体がビタリスとして混じっていたので取り寄せた資料。勿論当ブログ初公開で、これ以外に観た事が無い形態であるし、自然界での雑種なのかな?)

 植物の場合だと雑種個体は次世代が減数分裂出来ないために生じない事が示され定説になっている。哺乳類の場合も生殖機関の有機物質の関係が鍵と錠のような関係と言われている。そして昆虫の場合も交尾器形態が鍵と錠になっているから雑種は累代せずに絶滅する訳である(他のクモ類など節足動物は異論があるらしいが、其方について私は観察していないので詳細を知らない)。しかし、昆虫の交尾器には形態変異があり、其れらの変異幅は種群により異なっている。この状況は非常に面白いのだが、説明が難しい。実際に雑種の交尾器を観察してみると、中間的な形態ではなく、親種の其々から部分的に形態を受け継いでいる。例えば親種がそれぞれ棍棒状の陰茎と、ニードル状の陰茎だったとすると、中間的ならば細く括れたような形態になるはずであるが、実際は棒状の形態を発生させた。つまり、部分により受け継いでいる特徴が部分的には全く同じだったり中間的だったりしている訳であり、その為に雑種の時点でどの配偶者個体とも子孫を作れなくなっている訳である。昆虫類の交尾器硬質部を観てみれば分かるが、分類群により非常に複雑な形態をしている事が分かる。つまり、遺伝子上でとてつもなく複数な形態設計が為されいるために、それらのハプロタイプが崩れた時点で雌雄間の鍵と錠の関係性を喪失されていると推測可能なのである。ちなみに内袋も種内変異が多彩だが、そちらは簡単に変形するため鍵と錠の関係にはなっていないと考えられる。

 この鍵と錠という概念は結構厄介で、一見変異幅のみ違っても、鍵と錠として同じ形態を持ちうる2種間の交雑体には安定した形態の交尾器を持ち、更に稔性を維持した系統が生じる場合がある。それらはやはり亜種関係であり、自然界では混生を維持している確実な証拠が示されたことは無い。

 また、部位によってはそこまで鍵と錠の効果を示さない特徴もあるため異論が出やすい(特段、別の説が有力とも考えられないが)。しかし私の観察からでは、交尾器形態の変異と特徴からの考察は分類学から外せないほど重要と考える。人間の作る鍵と錠もそうだが、一見では全く精密な相互作用をしてないように見えても、挿入時に細部の形態が上手く相互作用しているという動画を見た事があり、昆虫類でもそういう機構があると考えられる。

 超希少種なども稀に交雑種の可能性が無くはない個体も考えられ、タウルスホソアカクワガタCyclommatus taurus (Nagel,1936)などは基産地も怪しくボルネオでのハイブリッド疑惑がある。下記引用の雑誌で見たカナリクラトゥスホソアカクワガタとマーチンホソアカクワガタのハイブリッド個体は腹部の肥大でいずれも羽化不全だったが、タウルスホソアカに酷似していた(タウルスホソアカが自然界交雑種だったとして親個体でマーチン×カナリクラトゥスの雌雄パターンが逆だったり、或いはティタヌス×カナリクラトゥスの可能性も考えられる)。こういう例は交雑実験での検証が役に立つのかもしれないが、自然界で得られたタイプ標本との関係性も調べる必要がある。

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(「Karino S. 2002. Cyclommatus species of Borneo island 1. Syumi no Konchu 5:64-67. (趣味の昆虫 No. 5. ボルネオのホソアカクワガタ❶)」より引用)

 ただし、私はとある島にいるカブトムシ3種のうち1種が中間的な形態であり、尚且つ異常に希少である事を訝しく考え、mtDNAを調べた事がある。ミトコンドリアDNAは通常、母系から受け継がれるため、交雑体であればどちらかの別近縁種のクレードの変異内に入る。しかし、結果は全く独立した系統群である事を示し、本当に超希少種である事に疑いようがなくなったという事がある。やはり他人の言い分程度の理解で終えずに、自身で実験すると確信がある。

 自然界で亜種分化している系統は、大抵が外見のみ異なり、交雑器形態には差異がなくて驚く。こういう観察のおかげで考察はよく捗る。

【Reference】

Karino S. 2002. Cyclommatus species of Borneo island 1. Syumi no Konchu 5:64-67. (趣味の昆虫 No. 5. ボルネオのホソアカクワガタ❶)

【追記】

 過去欧州の貴族らは雑種に雑種をかけて血統化しようとするほど科学倫理には疎かった。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/85584?page=1&imp=0

 彼らはキリスト教を信じ、生物に対する視線は今現在よりも宗教的であり、遺伝の法則を発見したメンデルも牧師であった。メンデルは生前、他の研究家らには全くその業績が認められず、死後に大発見であった事を認められた。

 交雑実験の上で亜種間の交雑ならば、同種ではあるので簡単に累代させる事が出来る。親の持つハプロタイプにもよるので、遺伝子の問題上、交雑体が弱い事もあるが、複数の実験をすれば強い雑種が生まれ得る。

 しかし、いま現在の飼育市場は管理不足や反倫理意識からの事実上亜種間のコンタミネーション汚染がかなり懸念される。

 コンタミは実験科学でも自然界でも経済上でも問題だらけである。世界の犬は人間が関わるまでは地域により形態特化した亜種だったろうが、あまりに人為的な交配を繰り返されたために品種の扱いを余儀なくされている。屋久島のヤクシマ犬などは、本土犬が侵入してから純系ではなくなっているとされる。沖縄のオキナワ犬は純系が生き残っており、どうか人間のエゴなんかが原因で絶えないで欲しいと願うばかり。

 過去、日本へ世界中のクワガタムシとカブトムシが輸入され始めた頃の市場は、安易に虫に値札を付ける事がよく批判されていた事を私はよく覚えている。「自然界で見て感じるべきものを、なぜ売買で機械的なやり取りで満足しようとするのか。子供に虫の値札ばかりの教育をする親は如何に自然に無関心なのか」と。この倫理観は図らずも市場のコンタミを防いでいてくれた。商売になれば必ず悪い人間が、まるで当然かのような尊大な態度で虫を売買する為に倫理を破る事が正義かのように言い出す訳だからである。何故、自然界で採集する事を軽視するのか。何故、海外などで現地採集出来ない人間がまるでデータの精度を担保出来るかのような言い回しをするのか。

 私は今みたいに出回るヒラタクワガタ、オオクワガタ、ヘラクレスオオカブトなどで変な個体がいなかった昔の頃に資料を集め切れていて良かったと考える。転売の為に巧妙なデータ捏造をする事に躊躇いの無い人間が少なかった時代に沢山の虫を見る事が出来ていて良かったと考える。私は販売もしないし、不当な利益を得ようともしないので、そこそこは純度の高い資料を揃える事が出来ていると自負する。

【余談】Alienopteraアレコレへの感想

 アリエノプテラ類について私は専門外なのだが、白亜紀から始新世で見つかっている目階級?レベルの絶滅系統と聞いては調べてみたくなり成虫個体を入手しけり(結構な不完品なので安物、状態が良い琥珀ならば成虫は流石にキツい相場になる)。非常に希少な標本でありながらポスト投函された小包みで入手後、研磨は充分かのように思えたが、やはり表面のくすみが気になったので自身で再研磨を行った。※琥珀の真偽判定は、簡単に可能な方法(食塩水テスト、UVテストなど)では確認済。

 産地は現在情勢不安定なミャンマー・カチン州タナイである。

 観ればなるほど。触角や口器などが欠失し、尾角が不鮮明なので分類に使用するのは困難そうだが、特徴的な前翅や後翅の構造はよく見え、透明度はなかなかに高く評価できる。成虫自体が非常に希少であるので、これならば高次分類での形態的な参考にはなる(※全身画像は現状秘密)。しかし、この琥珀を入手したおかげで4年ぶりに一般向け昆虫図鑑を開いたのはなんとも侘しい。

 頭部先端は破損しているが、鈍い金属光沢が残っている程度の保存状態。虫の姿勢や状態は、細かい分解に眼をつむれば、さっき埋没して固まったのかと思えるほど美しい。これが約1億年も昔に固まった琥珀なのかと一見ではとても思えないほどだが、中身は現生しない虫であり、白亜紀セノマニアンの地層から見つかっている琥珀なのである。

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 複眼も残存部位はまあまあ形態を維持しているように見え、偽瞳孔が見える構造は流石に残っていないが、一部では六角形の個眼(1個の長さが約20〜25μm)が密集するハニカム構造が精美に保存されている。個眼中央先端は少し角が付いて見え、多面体構造になっているように見える。

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 約1億年前の白亜紀の虫が、これだけ姿を保っている。しかも現生生物に無い形態をした虫などは、喩えるならば「異世界の生物」じみている。

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 やはり琥珀というのは恐ろしい。自然への敬意・畏怖を改めて思い知る。

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 体型は前脚と前翅をのぞけば、原始的なカマキリにそっくり。網翅目系統特有の口器形態など細部の特徴については、私は詳しく知らないので、分かりやすい概念が示されたら其れに従うか検討したい。体長は破損頭部先端から腹端まで約13mmと既知のアリエノプテラ類では大型で、後翅のステンドグラスのような網目構造が肉眼で見える。

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iPhoneカメラから直接撮影した場合の画質。眼で直視した時と同様に低画質解像度だがハッキリと翅脈が見える)

 翅脈の形態はややしなりやすい形態である(https://www.musashino-u.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00004627.pdf&n=%E6%9C%80%E5%84%AA%E7%A7%80%E8%B3%9E_%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%A4%A7%E9%99%84%E5%B1%9E%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1.pdf)。カマキリやゴキブリは飛翔時に翅をばたつかせるがトンボと同じで原始的昆虫に近く間接飛翔筋が無いので小刻みな羽ばたきが出来ない。アリエノプテラは朧げにはカメムシ目的な形態もしているが、カメムシ目はハチやハエなどと同じように間接飛翔筋があるので小刻みな羽ばたきが出来る。絶滅してしまったアリエノプテラはどうだったのだろうか。間接飛翔筋は胸部内にあるので、琥珀断面を見えるようにせねば調べる事は難しい。それに希少な琥珀を壊したくない。

 顕微鏡で観てみれば、ごく細部まで微細な構造が見える。透明度だけの評価ならば、下手をすると同科ホロタイプ標本の幾つかより断然に良い。

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 前胸背板後縁も特徴的。また肩パッド状の形態は、あまり見られない形態だが、狭い場所で後翅関節部を保護するなど役立っていたのかもしれない。何処かの論文に考察があるのだろうか。甲虫ような鞘翅を獲得するという事は、柔らかい翅のみでは生活していけない生態をしていた可能性は高い。例えばAlienopterix属は腹部先端近くまで鞘翅的な前翅を持ち、Liuo, C.-H.; Beutel, R. G.; Thomson, U. R; Zheng, D.-R.; Li, J.-H.; Zhao, X.-Y.; Zhang, H.-C.; Wang, B. , 2021の論文では「狭い生息域からの移動をせずに生存する上で甲虫的な収斂進化をした」と考えられている。

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 脚の腿節やケイ節は脱色して中身が透けて見える。2本の筋は外骨格由来の内突起(apodeme)であり、節足動物の脚ならば大抵は持っている構造、カニの脚を食べた時に残るあの白いスジと同じ。

※apodemeを「腱」と訳す学者が日本に多々いるが、発生学的にapodemeは骨格由来であり、筋由来の腱とは異なるため誤訳である。腱は英語で"tendon"でありapodemeとは異なる。混同した誤訳をせぬよう注意されたい。

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 付節体毛や爪の細部までもよく見える。

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 全体的な評価としては、まさにトレメンダス。ただし、私の入手した標本についての種分類は不明瞭で、既知種タイプ標本のどれとも形態が一致しなかった。既知分類を理解するのは難しい。色々な属が記載されて、各々の形態は異なる様子。しかし、専門外からでも言いたいのは、やはり「どうやって別種と分かったの?なぜ其の程度の形態差で別属にしたの?」という疑問。

 「交尾器形態が違うんだ」みたいな表現の記載文を見ても、「ええっ?樹脂収縮で変形した懸念だってある1個体 VS 1個体の比較で何が解ると言うの?」という乾いた感想しか出ない(紛らしい欠損を生物特徴と勘違いしてもいけない)。翅脈の違いも見分けたみたいな話なんかも「トランスポゾン」の呪文一言で効果が撃ち消せる。ちなみに化石種で「交尾器は現生種と同じでしたが新種記載しました」という、表現の意味不明さを譬えるならまるで「燃えていない家を消火活動で水浸しにしました」みたいな方向性の論文紹介もあって頭が痛かった。交尾器形態に差異が全く無いのなら同種生物分類群なんじゃないんですかね。もしかして推測を種学名として定義したのだろうか、ならば私はよく言う言葉があるのだが、「推測を断定にすり替えるな」。

 一応、既知種をリストすると以下のようになる。

Alienopterus brachyelytrus Bai, Beutel, Klass, Wipfler et Zhang, 2016. (Burmese amber. Mining locality is at Noije Bum, near Tanai Village).

Aethiocarenus burmanicus Poiner & Brown, 2017. (Burmese amber from the Hukawng Valley of Myanmar).

Alienopterella stigmatica Kočárek, 2018. (Burmese amber).

Alienopterix ocularis Mlynský, Vršanský et Wang, 2018. (Burmese amber).

Caputoraptor elegans Bai et al., 2018. (Burmese amber).

Caputoraptor vidit Šmídová, Vršanský et Wang, 2018. (Burmese amber).

Meilia jinghanae Vršanský et Wang, 2018.(Burmese amber).

Teyia branislav Vršanský et Wang, 2018. (Burmese amber).

Teyia huangi Vršanský, Mlynský et Wang, 2018. (Burmese amber).

Vcelesvab cratocretokrat Vršanský, Barna et Bigalk, 2018. (Burmese amber).

Formicamendax vrsanskyi Hinkelman 2019. (Burmese amber).

Vzrkadlenie miso Vršanskýan de Kamp & Vršanský, 2020. (Burmese amber).

Apiblatta muratai Barna et Bigalk, 2018. (Crato, Brazil; Aptian Cretaceous).

Vcelesvab cratocretokrat Vršanský, Barna, et Bigalk. 2018.(Crato, Brazil; Aptian Cretaceous).

Chimaeroblattina brevipes Barna, 2018. (Green River, Colorado; Eocene).

Grant viridifluvius Aristov, 2018. (Green River, Colorado; Eocene).

 種名でググれば適当な記載論文やホロタイプ図などに引っかかる。

 其々の種が独立系統群であったなどとは記載論文を読んでもタイプ標本の図を見ても判然としない。特に印象的だったのは、交尾器が腹部を含み完全欠損したホロタイプでの記載で、そういうのはいかがなものかと著者らのリテラシーを懸念する。いまだに成虫の姿が分からない幼虫をホロタイプに記載された分類群も、これからも成虫の姿がわからないままで論文が発表されても誰も納得出来ない予感がする。雌雄差とか種内変異では無いという理由は、根拠に乏しい外形だけでは保証されない。

 とりあえず入手した琥珀の虫は、偶然まあまあ似ていて一番古い記載のAlienopterus属との同定にしておくのが無難そう。種については、既知種の変異内かもしれないし未記載別種かもしれないが、そこまで具体的な事が分かりそうにはない。

 Alienopteraについては、目階級のレベルで分類に諸説あるみたいだが、形態的にカマキリともゴキブリともシロアリとも違った独特の形態に派生していると考える。ゴキブリだと言う人もいるが体型や後翅ならケンランカマキリにもよく似ている。大抵の場合、高次分類は曖昧な感覚で決められる事が多く、近年だと現生のカカトアルキをガロアムシと同じ目にまとめられる説すらある。よくよく考えてみれば其々の目が出現した昔は、其々が別種レベルの差異しか無かったのではないだろうか。さらに起源を遡れば同種内変異だった事は生物学上当然である。アリエノプテラがどの時代に出現したか、現在は資料に乏しく不明と考えられるが、ベースとなる形態が特化しているのに加えて、白亜紀〜始新世では形態変化の方向性もカマキリやゴキブリ、シロアリなどとは異なり独特に特化している。とはいえ、目レベルの系統として座する意味はなんぞや妥当性が不明瞭という問題もある。

 なおAlienopterix属などはゴキブリ的な形態に近く、また前翅が鞘翅状で重ならず中央で会合気味になり、アリエノプテラに分類されない説もある。前翅が重ならないようなゴキブリも現生にいるみたいなので、特異的ではあるがこの形態だけでは難しい(実は私はゴキブリにはあんまり耐性が無くて苦手意識が強く、現生種をひたすら調べるのは精神的にかなり苦痛だった。まぁこういう時は常時図鑑より多様な種がupされているebayは流し見出来るので役立つ)。

 以上の事や諸説を鑑みて、一応は網翅目に入れ込み、アリエノプテラ亜目としての分類が良いのでは無いかと私は考えるが、網翅目の専門家、その上位分類の専門家はどう考えられるだろうか。以降、詳細且つ分かりやすい説明は、その道の専門家達に委ねたいが。。

 一応、高次分類は以下の学名があり、UmenocoleoideaやAlienopteridaeの系統がどこに入るかという話の様子。

Alienoptera Bai, Beutel, Klass, Wipfler et Zhang, 2016

Umenocoleoidea Chen & Tan, 1973

Alienopteridae Bai, Beutel, Klass, Wipfler et Zhang, 2016

 ちなみに以下で列挙した参考論文は、学名の引用・斜め読み・タイプ図を見た程度の参考であり、私は専門外であるので内容を熟読していないと付記しておく。

 しかし、このように進化した系統が何故絶滅してしまったのか。その考察は難しい。

【References】

S. Chen and C. C. Tan. 1973. A new family of Coleoptera from the Lower Cretaceous of Kansu. Acta Entomologica Sinica 16:169-179

Bai, Ming; Beutel, Rolf Georg; Klass, Klaus-Dieter; Zhang, Weiwei; Yang, Xingke; Wipfler, Benjamin (2016). "†Alienoptera — A new insect order in the roach–mantodean twilight zone". Gondwana Research. 39: 317–326.

Peter Vršanský; Günter Bechly; Qingqing Zhang; Edmund A. Jarzembowski; Tomáš Mlynský; Lucia Šmídová; Peter Barna; Matúš Kúdela; Danil Aristov; Sonia Bigalk; Lars Krogmann; Liqin Li; Qi Zhang; Haichun Zhang; Sieghard Ellenberger; Patrick Müller; Carsten Gröhn; Fangyuan Xia; Kyoichiro Ueda; Peter Vďačný; Daniel Valaška; Lucia Vršanská; Bo Wang (2018). "Batesian insect-insect mimicry-related explosive radiation of ancient alienopterid cockroaches". Biologia. 73 (10): 987–1006.

Liuo, C.-H.; Beutel, R. G.; Thomson, U. R; Zheng, D.-R.; Li, J.-H.; Zhao, X.-Y.; Zhang, H.-C.; Wang, B. (2021). "Beetle or roach: systematic position of the enigmatic Umenocoleidae based on new material from Zhonggou Formation in Jiuquan, Northwest China, and a morphocladistic analysis". Palaeoworld. in press.

Kočárek, Petr (2018). "Alienopterella stigmatica gen. et sp. nov.: the second known species and specimen of Alienoptera extends knowledge about this Cretaceous order (Insecta: Polyneoptera)". Journal of Systematic Palaeontology. 17 (6): 1–10.

Bai, Ming; Beutel, Rolf Georg; Klass, Klaus-Dieter; Zhang, Weiwei; Yang, Xingke; Wipfler, Benjamin (2016). "†Alienoptera — A new insect order in the roach–mantodean twilight zone". Gondwana Research. 39: 317–326.

Ming Bai; Rolf Georg Beutel; Weiwei Zhang; Shuo Wang; Marie Hörnig; Carsten Gröhn; Evgeny Yan; Xingke Yang; Benjamin Wipfler (2018). "A new Cretaceous insect with a unique cephalo-thoracic scissor device". Current Biology. 28 (3): 438–443.e1.

Jan Hinkelman (2019). "Earliest behavioral mimicry and possible food begging in a Mesozoic alienopterid pollinator". Biologia. 75: 83–92.

Hemen Sendi; Jan Hinkelman; Lucia Vršanská; Tatiana Kúdelová; Matúš Kúdela; Marcus Zuber; Thomas van de Kamp; Peter Vršanský (2020). "Roach nectarivory, gymnosperm and earliest flower pollination evidence from Cretaceous ambers". Biologia. Online edition (10): 1613–1630.

Wipfler, Benjamin; Kočárek, Petr; Richter, Adrian; Boudinot, Brendon; Bai, Ming; Beutel, Rolf Georg (2019-10-31). "Structural features and life habits of †Alienoptera (Polyneoptera, Dictyoptera, Insecta)". Palaeoentomology. 2 (5): 465–473.

Cihang Luo; Chunpeng Xu; Edmund A. Jarzembowski (2020). "Enervipraeala nigra gen. et sp. nov., a umenocoleid dictyopteran (Insecta) from mid-Cretaceous Kachin amber". Cretaceous Research. 119: Article 104702.

【追記】

 最近は検証に年数がかかる「論文」での発表は、やはり汎用性が薄い気分がする。というか専門外の人にも理解出来るように、現生種に詳しくなってから論文にしてくれないだろうか(汗)。現生種の記載論文の多くが幾ら「既知種との正確な差異や、交尾器形態の特徴・変異など」の情報不足に加え「部分的な遺伝子考察や交尾器内袋」など蛇足ばかりで書かれていたとしても、アレらは検索妨害やテロリズム的なものであるので、そういう体裁を真似る必要性は全く無く、虫を、自然を詳しく見るべきである。また、たしかに論文発表はあった方が良いだろうが、論文がなければ認められないという概念は、事務的な事に限定される。事実まで論文の有無前提で認知選択をしている人は予断が過ぎるのではないだろうか、そういう考えが主流になれば多くの人々の生活に支障を来す。最近流行りの、論文が著者、あるいはテーマによりで注目度に偏りが出ている時点で、正常な客観的評価を集めているようには見えない。なぜ内容精度での勝負・競争が無いのか。やはり「行き過ぎた機能主義が齎す不安定さ」の一つの原因になるだけと考えられる。論文を書くならば、的外れな反論を放逐出来るくらい程度には、一発で結果を仕留めなくてはならない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%9F%E8%83%BD%E4%B8%BB%E7%BE%A9_(%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%AD%A6)

 職業研究者が困るほどにネタが無いとは思えない。昆虫界はネタが膨大にあると考えられる。やっぱり学閥での無能な著者のお抱え、出版社や代理店の維持とかの金銭目的でわざとやってるのか、そうではないという予想をしたくともしづらい。私の感覚からすれば、そういう論文を押し込んだりTwitterで信者を集める為に威張り散らしたりする事の方がオーソリティを損う原因と思えるし、業界に根深く修復困難な損壊を与えているように見える。オウム真理教の横暴さを彷彿とさせる。

 2016年ごろ、Twitterを主としたSNSユーザーらは軽薄さの迎合から始まり、それから「其れまでの時代にあった"お硬い考え"」を「でっち上げた正義」を使い糾弾しはじめた。そうして多くの働かずに大金を欲しがる層の烏合の衆を集めた後に、彼らの独善的思想が新しく「お硬い考え」にすげ替わりつつある。"彼ら"がどういう個人であるか特定する必要は無い。彼らの言動は全て不完全且つ害悪なので、其れ等は客観的に反面教師にはなる。2021年現在、彼らの過去言動もシレッと白々しく変わっていて私からの印象は最悪なのだが、彼らは「無思考なフォロワー達」のおかげで厚顔無恥を開き直ってすらいる。彼らはヘゲモニーを独占する目的で徒党を組んでいるため考えが甘い。それらの主張が軽薄なので公益性がやっぱり薄く、彼らの金儲けの為にあるので、私にとっては役に立たない不要物なのである。彼らは「自然界での再現性」を意図して追究・説明しない。彼らは一般大衆に「外面的なルッキズムの魅力」だけ猿回し的に知らしめ、実力に見合わない利益を欲する。其れ等一連の行動が問題を増やしたあとで金儲けの道具にすると予測すれば全てが繋がる(マッチポンプというヤツである)が、虫の多様性やらなんやらは既に溢れに溢れた情報、それとebayでも見ておけば大体満足できるので、なんで何度もSNSで自慢げに公開する必要があるのかと不可思議である。色々と綺麗事を言いつつも、なんだか様々な未練があるのか解決策を提示しない。そんな、いとも簡単に瓦解する価値観を背負って勝負しようなどとは、やはり彼らは見通しの甘いだけの無能なのではないだろうか。

 あと、私は結構厳選して琥珀を集めているつもりだが、中国経由で琥珀を入手すると偽物らしさがなくても「中国からか。どうせ偽物なんやろ」と疑われやすい難儀さがある(中国市場がミャンマー琥珀にどう関わってきたかは別記事にて)。実際問題中国が貧かった頃は贋作琥珀がよく出回っていたので、其のオオカミ少年的効果は根深い。コロナ騒動での立ち回りでもそうだが「そういう国」なのだ。そういう国の立ち振る舞いを見て、君らはどう考えるのか。

【雑談】Lucanidae科甲虫から観る新種昆虫発現について考察

 Lucanidae科甲虫は世界に1500種程度いると言われている。しかし、ん?と思う事が一つ、たった1500種だけ?という点が気になる。場所によっては狭いエリアに数十〜百数種が混生して生息し、近縁種同士が邂逅するような産地では互いが交わらないように形態差を増している(ウォレス効果)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%AE%E5%88%86%E5%8C%96

 新種の発現というのは、必ず遺伝子による素因が絡んでいる。もはや定説だが、環境変化によりゲノム損傷を引き起こし分化する「茎進化」、また一時的に産地が分断され後年に再度繋がる事によって外形的形態差しか無かった種間の交雑などが関わる「冠進化」がある。

 だが冠進化が起こるには産地の分離と再結合が前提的であり、大規模な大陸移動や海面上下にかかる時間を考えると、少し現実味が薄い。現生種からの類推だが、一つの生物種が独立系統として特化するのにかかる時間は数百万年で、陸地が一旦離れるよりも短い期間で行われる。冠進化が行われるには、分離して間もなく分化したとはいえ、生殖隔離を獲得していない亜種関係の生息域が再結合する必要がある。亜種分化が生じる場合、勿論そこまで不確定だろうが、およそ数十〜数百万年の時間で行われると考えられる。現生種を観ても解るように、別生物種同士ならば同地混生しても其々の系統独立性を維持している。大陸移動などを絡めた長期間の生息域変化であると分離前は近縁だったとしても、おそらく既に別生物種の関係性になっており交雑種が同地域で戻し交配などで片一方の種を淘汰もせずに系統化すると考えるのは極めて不自然である。故に、冠進化は小規模な生息域の変化で決められると考えられるため、大規模な冠進化は起きにくいと考えられる。

 とするとクワガタムシの場合だと茎進化が多かったのだと考えられる。現生種でも頻繁に見られる地域変異的なフェノコピーがサイレンス突然変異で形態をバランスすれば亜種の完成であり、さらに数百万年〜数千万年をかけて生殖隔離も徐々に進んでいけば完全なる独立種としての系統化を成し遂げられる。つまり、いくら世界が広くともゴンドワナ大陸で生じ、以降プレートテクトニクスに任せて分化したのみの種群であると一塊の科分類群で1500〜2000種程度でもまあまあ頑張った方だという事なのである(オセアニアアンデス山脈の低地にいる原始的なクワガタムシ群もそれなりに生息環境に振り回されて種分化したと考えられる)。

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Aegus macroparvus Huang et Chen, 2017:マクロパルブスネブトクワガタ♂個体31.6mm。おそらくタイプ標本以外の図示は当ブログが初であり、最大個体である。タイプ標本の2♂1♀の他、私は手元の31.6mm♂と友人の小型個体1♂を見知る程度の希少種だが、ネブトクワガタの中でも外骨格が硬く、顎先まで分厚い形態をしていて、そういう構造でないと生存しづらいような環境を好んで特化したと推測出来る。※ちなみに学名"Aegus macroparvus"をgoogleで調べると汎用されているGBIFhttps://www.gbif.org/species/9661407とBioLibhttps://www.biolib.cz/cz/taxon/id1668436/の2件データベースでNagelが 1941に記載した綴りと表現されているが、友人に参照してもらうと、そのような記述はNagel, 1941のAegus属記載欄には無く所謂公式ネットデマというものと分かった。ネット上に記載文のPDFが出ていたので読んでみると確かに無かったhttps://www.zobodat.at/pdf/Deutsche-Ent-Zeitschrift_1941_0054-0075.pdf。Huang et Chen, 2017で語源は「Aegus parvusの大きいバージョン。交尾器も似ているから」と説明されている。)

【References】

Huang, H., and C.-C. Chen. 2017. Stag beetles of China, Vol. 3. Formosa Ecological Company; Taipei, Taiwan. 524 p.

Nagel, P. 1941. Neues über Hirschkäfer (Col. Lucanidae). Deutsche Entomologische Zeitschrift, 1/2:54 -75.

【追記】

 無料公開状態のブログでここまで書いて良いのかと思われるかもしれないが、単なる一般論としての雑談である。私の矜持からして、そんな誰でも思いつくような何の労力もかけた感じもしない事で金銭は受け取れない。むしろそこまで容易な事で金銭的な関わりがあるのは気持ちが悪い。また、やや過激な論調とも思われるかもしれないが、普通に考えていれば当然に思いつく話ばかりであるので私は何の引け目も無く自信を持って推敲している。

 今はネット普及の時代であるし、いくらでも一般論が手に入る。ネットが普及していなかった時代は社会通念を理解するのにも非常に苦労したが、そんな事も今は昔。書籍や文献に関してはネット普及以前の物でまぁまぁの使用性はあるため苦労少なく情報収集が可能である。

 このブログ記事の推敲が1時間程度で終わるように、分類学は論文を書くにしても必要な資料が全て揃っていれば、ゆっくり時間をかけても2〜3日でドラフトペーパーが書ける(逆に資料が揃っていなければ倫理的な悩みが解消せず未来永劫書く事が出来ない)。査読されてから〆切までの時間もたっぷりあるので余裕を持って修正部分は修正し、まるで大層悩んだかのような態度で〆切ギリギリに提出する(提出するまでは頭の中で別な修正部分を考えられる)。私が論文投稿を頻繁にしないのは単純に論文活動が大してつまらないからであるが、分類よりずっと難易度の高い本業をしながら趣味の片手間でやっている私よりも、ずっと長期間研究している筈の分類学者らは何故こんなに容易な事をしないのだろうかと、不鮮明な図示と理解で記載される学者ら研究家らの論文に目を通しては不思議な気持ちになる。研究よりも論文を書く方が好きという人が稀にいるが、そういう人の論文はフィクションじみていて大抵読んでも頭がスッキリせずに苛々する。

 だから私にとっては、まるで苦労しましたみたいな態度でデスクワークばかり解説する人を見ても底が知れてお寒いだけなのだ。

 そういう輩は大抵の場合に売名と自己顕示欲に塗れていて、ネットを開けば大体満足するような幾らでも替えの効く簡単な話でカネをとる。そしてそういう人のSNS過去書き込みを見ると他者の自己顕示に対しては厳しい態度をしていたりする。なんと自己讃美と他罰に忙しい連中だろうか。まぁ多様な昆虫の姿見等を見るだけならば、ここ10年はebayが非常に優秀で、ひっきりなしに取っ替え引っ替え新しい虫がupされ常時的に新規性を感じられる。また相場の乱上下が見られるので、如何に情報商材屋が曖昧な相場を話しているか理解出来る。ebayのおかげで、SNSや何処かのブログで毎回見るような話ばかり掲載されたような、せこい情報商材屋のステルスマーケティングに騙されず済むのは大変ありがたい。

【俗談】虫等の「標本」を作るときに特徴的な部位を観えにくくするな。

 文献やSNSで上がってくるクワガタの標本など、「なんじゃこりゃ」と言いたくなるような姿勢で作られているのを散見する。交尾器や台紙で裏面が全て見えないのもそうなのだが、既知知見の判別で重要参考にされているのに隠れている部位があると考察が出来ない。代わりに大して観る気もしないような部位が白々しく見えている光景はなかなかに鬱憤が溜まる。

 無尽蔵な標本を見てきた私から正直且つ率直な個人的感想を言わせてもらうと、別にその姿勢が格好良いとは全く思えず、むしろ格好悪いとすら思うし、だからといって私自身の標本もそんなに格好良く出来ているとは思わない。私の場合は「比較参照する上で困らない事」を第一に考えて標本を成形しているため、姿勢の拘り方として無思考なルーティンワークにならないように気をつけている。格好良さの追求をするならば、私の場合だと、クワガタムシがaggressionの生態と武器形態を特化させた生物であるのだから生体時の威嚇シーンが最も好みである。

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(ドンミヤマクワガタ標本群。複雑な形態が目立ち、さながら"ヘラヅノオオミヤマクワガタ"とでも呼びたくなる。標本は細部のヴァリエーションが随所見られる事が想定され、なるべく特徴と変異の出やすい見間違いやすい部位の各所特徴が際立つようにしている。この画像では適当に並べているだけなので、顎内歯の一部が重なっていたりして見えにくいが、論文などに載せる場合には見えるようになっている。)

 だから特に私の考えを押し付けたいみたいな事も無いのだが、じゃあ観察者に対する配慮に欠いた姿勢の死骸を果たして「標本」と呼称しても良いのか、どの程度の参照価値が有るのかと言う議論になる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%99%E6%9C%AC

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(ゲアンミヤマクワガタの原名亜種:右標本群と、コンツム亜種:左標本群;スケールバー無し。同じ体格でも原名亜種の方が大顎の発達が良く、前脚ケイ節が著しく長い事が分かる。この差異は各標本の姿勢をなるべく自然に且つ各部位が背面に対して平行になるようにした事で、特に拘らずに撮影した一枚の写真に収められる。)

 「特徴が見えやすい姿勢」が唯一無二のフォーマルな標本の姿勢であるとは、ずっと昔から言われている事である(それ以外はスラングな姿勢である)。逆に言えば、それさえ守られていれば標本としての利用価値はある程度保たれる。

 まぁSNSに上げられているのはどうせ初心者アマチュアのやる事だし大した意義も説明されていないので、そんなに目くじらを立ててもしょうがないと言えばしょうがない。しかし「良い標本」にしたいと思っている人がミスリードされているのは如何ともし難い。目的が虚な姿勢を「標本」の型にはめようとしている人達には良心の呵責が無いのだろうか。めんどくさがりに配慮したいという事なのだろうか。また図鑑や論文にソレがある場合は参考にしたくても参考に出来ず見る度にどうしても頭に血が上って苛々してしまうので鬱憤を晴らすべく記述する。

 昔から図鑑や論文で、脚が縮んで背面図では正確な形態が分からなかったり、脚と突起などの特徴的な部位が重なっている画像が結構多い。おそらくSNSに上げている初心者は、可哀想かな其れを鵜呑みし真似したのだろう。学界論文ならば学界から相当不正な忖度(笑)されている著者の論文か、査読者が阿保でない限り絶対に突っ込まれてリジェクトされる案件である。

 特に肩部は、種や亜種を識別する際に見えていなくてはならない部位(代表的なのはメタリフェルホソアカクワガタ亜種間差異やギラファノコギリクワガタ亜種間差異、フタマタクワガタ種間差異等)なのだが、脚部腿節と重なって見えない場合は非常に苛々する。

 よく知らない初心者一般人に対し怒りを向けるほどではない。しかし其れで良いんだよみたいな態度で見て見ぬ振りをしてデカい顔をしている学者や不遜な態度の輩には腹が立つ。今の時代そんなに教育的配慮の無い図鑑を作るほど不便な時代ではない。そこが見えない文献なんて既知知見からして意味無いんだよなぁと、そう言いたくなる。

【References】

Okuda, N. 2009. A new species of the genus Lucanus Scopoli (Coleoptera, Lucanidae) from central Vietnam. Gekkan-Mushi (461): 50–52.

Okuda, N. 2012. Descriptions of the female of Lucanus ngheanus Okuda, 2009 and its new subspecies from Kon Tum Province, central Vietnam. Gekkan-Mushi (498): 20–22.

Maeda, T. 2009. “Three new species of the genera Lucanus, Rhaetulus and Dorcus
(Coleoptera, Lucanidae) from central Vietnam”
Gekkan-Mushi, No.457, pp.35-40

【追記】

 観察のやり方を間違えると簡単に明後日の方向に解釈が進む。

 例えば人では無い生物の「この生物は生存するために擬態しているのです」などのような擬人化的表現が多々見受けられるが、これは他人の思考を勝手に曲解して解釈する事と同方向の誤りである。何かに擬態している生物は、「生き残るために自然の見た目に溶け込む外見を手に入れた」というのでは無く、たまたま其の形態を獲得し、たまたま其の場所と其の時代で生存有利な形態だっただけである。鏡を見ても自身だと分からない人外の生物が、生物個体自身の意思で擬態形態を獲得したなんて訳が無いし、其れを示す物証が明らかに無い。

 そういう無理解を防ぐために色々な知見が残されているのだが、昨今の人達は観察で何を想像しているのだろうか。まぁ私は、一般人に対して地面の殆ど点か虫か見間違う蟻みたいな微小昆虫を正確に種同定しろなんてキチガイじみた事は言わないが。